閑静な住宅地である。
古めかしい洋風の屋敷の隣に、阿笠さんのお宅はあった。この研究所のような立派な家に哀ちゃんと二人暮らしというのだから驚きである。
あの後、外国人カップルについて知り得る限りの情報を、破竹の勢いで話してくれた子どもたちへ感謝の言葉と、お礼として公園の自販機で紙パックのジュースをご馳走したら、とても喜んでもらえた。そして、そうだ!兄ちゃんもハカセの家来いよ!と元太くんを筆頭に少年探偵団が誘ってくれたのである。
ハカセくんとやらは、同級生のお友達のあだ名かと思えば52歳のおヒゲがチャーミングな男性とは思いもしなかった。(いつも怒られていると元太くんが教えてくれた)家主の許可無く、そんな勝手に人数を増やしてもいいのかな…?と思ったが、哀ちゃんが「まあ、別にいいけど」と許可を出してくれて今に至る。
勝手知ったる様子で門扉を開く哀ちゃんに続いて子どもたちが進む。オロオロしているとコナン君が「ユーリさん、ほら、行こ」と招いてくれた。優しい。
それはそうと、呼び鈴鳴らさなくても大丈夫かなあ。
「博士、ただいま」
「博士ー!おじゃましまーす‼」
「阿笠さん~!突然すみません、おじゃましますー!」
子どもたちにも負けないような声で挨拶をしてみれば、奥の部屋から、ガタッと鈍い音がした。たぶん、人が、モノにぶつかってしまったような音。玄関まで届くほどの音だ。きっとかなりの痛手なのでは。もしかして、突然の訪問に驚かせてしまったのだろうか。
――さっき米花公園で会えなかった、噂の大学院生のスバルさんとは会えるかな。期待に胸を弾ませながら、リビングへと踏み入れた。
◇◇
せっかくユーリ兄ちゃんが来てくれたんだから、宿題はやっぱり家でやろうぜ…、と提案した元太くんを哀ちゃんが一蹴するということも起きたが、きちんとやり終えてから阿笠さん作のテレビゲームをみんなで楽しんだ。軌道修正をかける哀ちゃんも偉いし阿笠さんもゲームを個人で作っているというのだからすごい。
結局、期待をしていた大学院生の昴さんには会えずじまいだった。
阿笠さんに迎えられリビングに行けば、背の低いソファの前には子どもたちのお茶請けの準備と、5人分のグラス、先ほど阿笠さんが飲んでいたであろうオレンジジュースのみで。ただ、その目の前には、何故か飲みかけのアイスコーヒーが置いたままだった。
会えなくて残念に想う気持ちと、残されたアイスコーヒーの謎は、子どもたちのゲームを楽しむ歓声にかき消されていった。きっと同じ町にいれば、いつか会える機会はあるだろう。
だから、阿笠さんとコナン君のひっそりとした会話は聞こえなかった。
「あれ、昴さんはいないの?」
「そうなんじゃよ、し…コナン君。ほんのついさっきまで一緒に君たちを待っていたんじゃが、戻ってしまったんじゃ。どうやら大学院の研究が忙しいようでな…」
「へーえ…」
思わずコナンは半目になってしまった。おいおい。沖矢昴が『普通の』大学院生ではないことは、こちとら百どころか千も承知だっての。ちら、と訪問者に目を向けるが気づいた様子はなく子どもたちと話をしている。
慣れ親しんだ阿笠邸の内部を把握しているからこそ、博士の発言の矛盾に気がついた。まあ、おおかたあの人が博士を言いくるめただろう。
テーブルに残された結露が付着したままのグラスが証明するのは、ほんの少し前まであの人はここにいたという事。玄関からこのリビングまでの道のりで、すれ違っていないとすると窓から出て行ったか、もしくはまだどこかに隠れているだろうことを推理した。あの人逃げたな……。
以前に探りを入れた際、ひらりと交わされてしまいユーリさんとの関係を聞けずじまいだった。その為公園から阿笠邸まで、連絡を入れず意表を付こうとしたが効果は抜群すぎたようである。謎は解くためにある。特に、秘密の多いあの人を解き明かすカギを握っているであろう新たな人物の登場。先ほどのサプライズがどれほど、あの人の心を揺さぶることが出来たのかは不明だが、そろそろ、重く閉ざされた口を開いてくれるだろうか。
「コナンくーん、僕と一緒に協力してゲームしてくれないかな」
「ユーリさん、コナン君はテレビゲームは弱いので戦力にはなりませんよ」
「そうだぞ、ユーリの兄ちゃん」
「歩美がユーリお兄さんのお手伝いしてあげるね!」
ゲームの腕前への辛口すぎるコメントが突き刺さる。ほのほの笑っているこの人と、まるでナイフのように研ぎ澄まされたキレ者のあの人との関係。
それとなくあたりはついているが、あまり想像はつかない。今の仮の姿でこそ、あの目つきの悪さは隠されているが、並んで歩いている様子など、とんと検討もつかなかった。
――蘭はああ言っていたが、やっぱり全然似てねえだろ…。
世の中には解き明かされていない謎はまだたくさん存在するのである。
◇◇
「ってことがあって、可愛い探偵さんたちとお友達になれたんだ」
「おや、世間はとても狭いですね。僕も少年探偵団の子どもたちとは面識がありますよ」
掻い摘んで今日出会った少年探偵団を名乗る子どもたちと友達になったことを話せば、カウンター越しにカップを拭きながら笑顔で透くんは答えてくれた。
いつでも会いに来てくださいね、僕がユーリさんに会いたいので、と熱烈な言葉を送ってくれた彼は定期的にバイトのシフトまで連絡してくれるので、話し相手欲しさに彼のバイト先である喫茶ポアロに足繁く通うようになった。ちょっと早めの夕飯は透くんお手製である。ミートソーススパゲッティおいしい。
ホテルでの生活は楽だ。でも、一人の食事は味気ない。そのため、誰にも言えない残念な習慣までできてしまった。その一つである、 寂しすぎてテディベアのくま君に話しかけながらルームサービスを囲む食卓もそろそろ卒業したいのだ。もちろんくま君からの返事はない。お行儀よく話を聞いてくれる。
僕だって年齢的にも社会的にもアウトなのは承知しているから、このことはトップシークレットである。
キイ、と扉の開く音がした。お客さんかな。目を向ければ、制服姿の少女たちが会話に花を咲かせながら入ってきた。高校生かな。と、よく見れば知った顔ぶれだった。
「あ」
「ユーリさん!」
僕の名前を呼ぶ声が、3つ重なる。驚いた様子で彼女たちは互の顔を見合わせたが、僕からすると彼女たちが友達というのが驚きである。
ああ。透くんの言うとおりだ、ほんとうに世間は狭い。