ぼくときみのかくれんぼ   作:善吉

15 / 18
第15話

side ???

 

 その声は、心までも震わせた。

 

 実際に聞くのは数年ぶりの声が鼓膜を震わせた時、立ち上がってしまったのは思わずであった。今はまだその時ではない。

 

この姿で会うのは多くのリスクもある。その一瞬で多くの物事を脳裏に巡らせたが思った以上に慌てていたようで、沖矢昴――赤井秀一は阿笠邸のローテーブルに脛を打ってしまった。痛みはまだ取れない。

 

 ユーリが、すぐ近くにいる。

 人並み以上の視力をこれほど感謝したことはないだろう。子ども達の付き添いで公園に来て、目的の物を見つける事が出来たまでは良かった。しかし、何の偶然か。遠くのベンチで項垂れていたのはよく知る人物だったのである。慌てて退散をし、いただいたアイスコーヒーで取り乱した心臓を落ち着かせていた矢先にこれだ。

 

 予想だにしないことに驚きと焦りばかりが先走ってしまい、証拠も何もかもを残したまま部屋を飛び出してしまったのは痛いが仕方がない。ああ、現職のFBIが形無しだ。後で博士に謝らなければ。

 

 窓から退散した男は、ガラス張りの家屋の構造もなんなくクリアをし、無事に見つかることなく阿笠邸から脱出をした。遠目で公園でユーリを確認したときは、顔色などわかる距離でもなかったので、顔くらいこっそり覗いておけばよかったとも思ったが、それで見つかってしまっては本末転倒だ。倒れてからは随分と時間が経ったが、体調は元通りだろうか。変わりは、ないだろうか。

 

 小さな名探偵からの追求にも、もう誤魔化しは利かないだろう。今までのらりくらりと躱してきたが、そろそろ無理がある。このまま、工藤邸に篭るのは悪手と思えてならなかった。あの知りたがりのボウヤが訪ねてくることは、推理するまでもない。まさかとは思うがアイツを連れて突撃されても困る。そして先程から乱されてばかりだが、これだけは忘れてはならない。アイツの新刊が日本で店頭に並ぶのは本日なのだ。それだと言うのに、ふらふらと何をしているのか。何故、あの時公園にいたのか。

 

 答えの出ない推理を放棄した秀一は、書店へ向かうことを決め、不用心にもデスクに転がしたままの箱から吸い慣れた1本を取り出した。

 ああ、いつもアイツは俺を振り回す。心の中で呟かれた言葉とは裏腹に、長く吐かれた煙に紛れた表情は柔らかかった。

 

◇◇

 

「それでユーリさん!ユーリさんはもしかして梓さん狙いなんですか⁉それとも大穴で世良ちゃん⁉」

 

「園子くん!ユーリさんが困っちゃうだろ。ボクとユーリさんはそんな関係じゃないって!」

 

「でもユーリさんが世良ちゃんを見る目って、なんだかほかとちょっと違う…気がするのよ!女の勘よ!むしろ世良ちゃん関係の恋愛話、ほとんど聞いたことがないからむしろあって欲しい~!」

 

「ちょっと、園子ったら落ち着いて……!園子の願望が入っているじゃない!」

 

「もちろん梓さんとの美男美女カップルも捨てがたいけど!あっ⁉もしかして安室さんと三角関係だったり⁉キャー!この喫茶ポアロからラブロマンスが始まっちゃうのかしら…‼」

 

 安室透が律儀にもユーリへ断りを入れ、お店の奥へ消えてから随分と経つ。

 

 ちょうど3人の女子高生が来店したタイミングだった。買い出しを言い渡されたのか、展開を予想し飛び火を避けるためだったのか。

 

 ポアロ店内の明るいトーンの声が響くテーブルにはグラスやティーカップが合わせて4つ並んでいる。

 世良真純と、毛利蘭、鈴木園子、そしてユーリが使用したものであった。おもに女子高生組が食したパンケーキが載せられていたプレートは、親切な女性店員によってすでに下げられている。

 そのため空いたスペースに手を付き、身を乗り出すように、園子はユーリに詰め寄った。みなぎるフレッシュなパワーを正面から受けながらも、ユーリはいつのもやわらかい笑顔である。

 

 ――女子高校生3人組とユーリは、もちろん全員とも出会った経緯は別であった。

 

 毛利蘭とユーリは、先日米花百貨店で知り合った仲であり、状況も含めて説明すれば、こっそりと園子が「なるほど…虚弱体質な白皙の美青年だなんて、ユーリさんも罪深いわね…」とボソリと呟いた。言葉は運良く本人の耳には入らなかったのは、不幸中の幸いである。

 

 鈴木園子とは鈴木財閥が主催をするパーティーで知り合った仲である。

 分家筋に鈴木会長と同じく美術品の蒐集家がいて、絵画から漫画、絵本など絵であればなんでも気に入ったものを集めているその男は、随分とユーリの絵本に入れ込んでいるのだ。

 事あるごとにパーティーへ招いては、熱心に口説き強請っている姿はよく見かけていた。また、整った容姿は着飾った紳士淑女が集う会場においても十分に招待客の視線を奪った。実際に会話を交わしたのは数回のみだが、園子がユーリの存在を忘れる訳はなかったのである。

 

「じゃあ、この中ではボクが一番ユーリさんと仲良しだね」

 

「一人で朝食を食べている世良ちゃんに、相席を申し込むなんて…。ユーリさん、まるでドラマの登場人物みたい…」

 

「そうかな。実は不審者って思われたらどうしようかと心配だったんだよね」

 

 この空間にいた誰もが、それはありえないと声には出さないツッコミを入れた。

 

 ホテルで高校生の女の子が長期宿泊をしている。同じように利用をしているユーリは、そのことにすぐに気がついた。

 彼女、世良真純がカフェテリアスペースでよく一人で朝食を摂っていることも。

 初めは物珍しさに目を引いたが、それだけではなかった。彼女の背中がどこか寂しそうに見えてしまったのだ。それが自分の願望であるのか、または自分と重ねてしまったのかはわからなかったが、放ってもおけなかった。そして、彼女の容姿に抱く既視感も。そこで他にも空席があったにも関わらず、話しかけたのが始まりだ。

 

 普段は双方ともにルームサービスを利用することが多いが、時間が合えばカフェテリアでお茶をしたりもするのだ。

 

 ほとんど女子高校生たちに主導権を握られながら、各々ユーリとの出会いを説明すれば、あれよあれよと話題はいつの間にか恋人の話題になっていた。恋愛ネタは女子高校生の話題における基本の必修科目なのは、いつの時代も変わらないのだと気を抜いたが最後、話題の矛先はユーリに向けられたのである。

 

「それで、ユーリさんが狙っているのは誰なんですか⁉やっぱり世良ちゃん⁉」

 

「確かに真純ちゃんのことは素敵だと思っているけど、僕にはもったいないよ…。それに、年も離れているしね。僕が捕まっちゃう」

 

「えっ、ユーリさんっておいくつなんですか…?梓さんと同じくらいかなって思ってました」

 

「えーと、梓さんってさっきの店員さんかな。僕はあのかわいい店員さんの年齢はわからないけど、安室くんより年上。だから君たちとは1回り以上は年上」

 

 ええー!と絶叫する彼女らに苦笑しながら、ふいにユーリは昔のことを思い出した。高校時代、ともに過ごした幼馴染たちのことを。あの時は、クラスで同じ委員会に所属していた女の子と二人で行動している様子を目撃されて、他のクラスメイトにからかわれたのだ。

 

 ほのかに芽生えていた恋心はその程度では折られはしなかったけれど、相手の女の子は噂を随分と気にしたようでそれからそっけなくされたな、なんて。そのあと幼馴染に泣きついたのもいい思い出だ。あの頃から泣き虫は変わっていない。ああ、気が付いたらまた昔のことばかり思い出している。

 ずいぶんと遠いところまで来てしまった。彼女たちと同じように制服を身にまとっていた僕は、今の自分を想像できただろうか。いいな、高校生。笑って、バカなことをして騒いで、みんなもいた。なつかしい。

 

 会話の内容はしっかりと耳から脳へ伝わって来る。ただ、取り残されたような物哀しさはどうしても自分を誤魔化せなかった。

 

「本当にユーリさんって、今はフリーなんですか⁉もしくはアメリカに本命がいるとか!」

 

「あー、うーん。そうだなあ。僕の今の一番は…十数年来の親友かな、なんてね」

 

 ひとまず答えを出せば、納得すると思ったけれど、逆効果のようでさらに可憐な女子高校たちは盛り上がった。

 申し訳なく思いながらも、答えた言葉はどこか投げやりだった。大丈夫、気持ちを隠して取り繕うことは年数を重ねることに上手くなったのだ。3人は気づいていないようできゃあきゃあと叫んでいる。

 

 しかし、ユーリのティーカップの紅茶はすっかり冷め切っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。