ぼくときみのかくれんぼ   作:善吉

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第16話

 物音のないからっぽの部屋に戻るのは、ひどく億劫に感じた。

がらんどうとした心を埋めるために当ても無く夜の街をゆらゆらとふらつくが満たされることはない。ポアロを出た時には見えていた夕日も随分前に姿を隠し、どれだけの時間が経ったのかもわからなかった。彼女たちは何も悪くない。悪くないのだ。僕が勝手に懐かしんで、かなしくなって、寂しくなっただけだった。誰でもいいから隣にいて欲しいと望んでしまった。安心させて欲しい。でも、誰がいる?みんな、いなくなってしまったというのに。夜の暗さと、光り輝くネオンの賑やかさは一層、自分がひとりぼっちだという孤独を浮き彫りにさせた。

 

「あ、…」

 

 突然、ポケットに収まっていた携帯から木琴の軽快な音楽が響き、軽く震える。誰だ。明るいディスプレイに表示されていた名前は、この米花町に来て知った彼だった。

 

◇◇

side ???

 

「昴さん。おかえりなさい、遅かったね」

 

「…コナン君。もう夜も遅い。毛利探偵事務所の皆さんも心配しますよ。送っていくので…」

 

「大丈夫!今日は博士の家に泊まってくるって伝えたから大丈夫。それに、新一兄ちゃんにも連絡をしたからね、たっぷりお話をできるよ」

 

「……」

 

 どっぷりと日が暮れ、流石にもう諦めただろうと工藤邸に戻れば、玄関口で満面の笑みを浮かべたボウヤに迎えられた。こちらがもう諦めろ、ということか。

 

「今日、ユーリさんが現れるたびに昴さんがあの人を避けていたのって、偶然、じゃないよね?」

 

「それは…」

 

「それに、ユーリさんの容姿と、昴さんの容姿。性格とか、言動は全く違うから昴さんをそれなりに知っていると印象は変わってくるけど、見た目はどこか似通っている」

 

 このままだと本当にユーリを無理やり目の前に連れ出されそうな勢いだ。ここまでか。ユーリと似ていると指摘された男は、後ろの扉がしっかりと閉まったことを確認し、ハイネックに隠されていた襟元をずらした。

 

 軽くタップすれば小さな電子音が響く。チョーカー型変声期の電源が切れた音だ。そして細められていた瞼が開くと、深いエバーグリーンの瞳が現れた。

 

「特別なことは何もない。ボウヤの考えた通りだ」

 

 両手を上げ降参のポーズを取りながら、軽く肩をすくめる。もう大学院生の沖矢昴はいない。そこにいたのは、FBI捜査官として殉職した、赤井秀一だった。

 悪魔的な偶然が重なった一日であった。米花公園でのエンカウントから始まり、響いた声に驚いて、阿笠邸で打った脛は痣になるだろう。…別にどうってことはないが。

 

 そして、最後に見たユーリの姿。二度あることは三度ある、とは良くいったものだ。ダラダラと街をうろつき、書店に篭っていれば、また出会いそうになったのだ。しかも、隣にはとある人物を引き連れて。

 

 逃げたくはないが、そうも言ってはいられない。沖矢昴としての役割を果たすためにも、会うべきではないのだ。アイツをこちら側の領域に踏み込ませず、近づかせないのが一番なのはわかっている。ただ、彼の隣にいた人物がどうしても気に食わなかった。ユーリに近づいても、赤井秀一にはたどり着けない。だからそれ以上関わってくれるな。そう言って、引き離すことができればどんなに楽か。まさか、自分はこんな子供じみた感情を持て余していたとは。

 

「それで、ユーリさんと赤井さんの関係って…」

 

「一括りに関係と言っても、難しいが、そうだな……」

 

「ユーリは、……赤井秀一の、親友だ」

 

「親友……」

 

「0から1を生み出すのは難しい。この世にいない人間を、1から構成し沖矢昴を造るよりも、参考になる手本がいたら良いと思ったんだ」

 

「……だから赤井さんにとって身近な存在だったユーリさんを選んだんだね」

 

「ただ、俺が演じると少しばかり毒気が強すぎてな……。ユーリの性格までは、完全に合致させることはしなかった」

 

 そう続いた言葉には、質問をした小さな探偵は妙に納得してしまった。こちらまで気を抜いてしまうあの雰囲気は、誰にも真似できないだろう。

 

 説明をする赤井の脳裏には、沖矢昴になるために協力してもらった工藤有希子氏の演技指導と変装術指導がよぎった。存在する本人そっくりにするには演技力など諸々のハードルが高くなるため、あくまでもモデルとしてユーリを参考にしたまでだが、自身の体格などにも合うようにカスタマイズをして沖矢昴が生まれたのである。

 

 有希子さんには随分と遊ばれ、最後にはこの一言を贈られたのだ。

 

 

「秀ちゃんってばその人のこと、と~っても大好きなのね♥」

 

 

◇◇

 

side amuro

 

 紙袋の包みが2つ。時々カサ、と音を鳴らしている。とある新刊の絵本だった。安室は、がちゃりと音を立て錠を開け、招く。ここは、安室透のマンションの一室である。――どうしろってんだ。

 

 客とは、手元にある絵本の作者であるユーリだった。

 ポアロに賑やかな女子高校生達が来店し、ユーリが囲まれたところまでは確認している。その後、店長から食材や備品の購入を任され、買い物を済ませれば思いのほか時間が掛かったようで、女子高校生もユーリも、とっくに退店していた。

 

 そんなものだろうと気にもしなかったが、愛車を走らせ街道沿いを走行していると最近やけに脳裏にちらつくその人がいたのだ。伝票とレシートを確認して計算した退店時間からは、もう数時間も立っている。俯いているために前髪で表情が見えないが、消えてしまいそうなほど暗い。何があったかはわからないが、心が弱っているのなら付け入る絶好の機会だ。

 

 ユーリの心に近づき、信頼を得る。そう、目的のために。誰かに聞かせるわけでもない理由を心につぶやきながら電話帳を開き連絡を取った。そうだな、要件はさっきは挨拶もないまま店から消えてしまったことと、本日発売のユーリの新刊について。下心をたっぷり含ませた電話をし、取り入る段取りをしたが、やはりこの人は自分にとって思い通りにならない嫌な人間であった。

 

「無理にお誘いしてすみません、どうしてもユーリさんを放っておけなくて」

 

「……え?」

 

 さっきからこの調子ばかりだ。話しかけてもうわの空。目線の先は何を見ているのかもわからなかった。愛車に乗せ、書店に向かったものの、思った以上に、ユーリはぼんやりしているようで、芳しい反応もない。

 安室はどうすれば良いのかもわからなかった。対象が女性であれば熱く抱きしめ唇を奪えば、また変わってきていたかもしれないが、自分は友人という立場だ。肉欲や金品を求めるような男でもない。なんの打算もない関係の相手には何をすればよいのか、この男が何を求めているのか、やはり分からなかった。

 

 もやもやとしながらユーリを引き連れ書店で新刊を購入し、結局答えは見つけられないままホテルまで送った。

 

「ユーリさん。今日はお疲れだったのに、無理に振り回してすみません。早く休んで元気になってくださいね」

 

「あ…、ごめん、透くん。その、ありがとうね」

 

 気を使わせてごめん…という言葉が小さくこぼれた。分かっているのなら、さっさと普段通りに戻れ。そうしていつもみたいに、ぼけっと笑え。安室の冷たい部分が理不尽に囁いたが、もちろん口には出さない。

 

 エントランスから溢れる光は互の表情を鮮明にさせたが、ユーリの表情は車中から覗いた時からちっとも変わらなかった。ああ、自分じゃこの人の心を変えることはまだ難しいのか。もどかしい気持ちを抱えながら、では、また今度、と傍に止めていた車に戻ろうとすれば、突然腕を引かれる。

 

「あ、」

 

「…?」

 

 驚いたのはこちらだが、ユーリも思わずの行為のようで、どこか狼狽えていた。

 

「えっと、その、あー、気をつけて帰ってね」

 

「はい」

 

 そう返すも、掴まれた腕の拘束は解かれそうにない。

 

「…ユーリさん?大丈夫ですか?あの、なにか」

 

「えーと、ごめん。あ…あの、」

 

 いつまでも、あ、だの、えっとだの、意味のなさない言葉が続けられてたが、しんぼう強く安室は口を閉ざして待った。この言葉の先に、答えがあると信じて。

 

 そして、続けられた言葉は、冷えた安室の心の底にわずかばかりの悦びを生んだが、当の本人は気がつかない振りをした。

 

◇◇

 

 風呂上りの着替えとしてユーリに貸した白のスウェット姿は、安室の方が筋肉など体の厚みが有るため、だいぶ袖や裾が余り、ダボついていた。身長もそう変わらないはずなのに、袖からは指がちらとしか出ていない。転ぶなよ。堂々とすればよいとはわかっているが、何故か悔しいのでなんの興味もありませんよといった風に装い、観察は数秒でとどめた。

 

 普段だったら絶対に断るであろう望みも、弱々しい懇願に負け、安室透としての拠点の1つに招いた。しかし、表情はちっとも晴れない。何がしたいんだ。

 

「遠慮なく、好きにくつろいでくださいね。ソファですみません、先に寝ていてください」

 

「ありがとう…、ごめん」

 

 扱いに困ってさっさと入浴を進めた安室は、本人がいない場で先ほど購入した本を読んだ。他の作品以上に暗い色合いと重いテーマで描かれた絵本である。

 絵は時にその人の心理状態を表すと言うが、果たしてあの男の死からこの本が出来上がったのだろうか。ということは、未だ帰結するのは早急だが、やはりこの男はあのFBIについて死亡した以上のことは知らないということか。

 

 ただでさえ、この能天気な男のこと以外にも考えなくてはならないことがあるのだ。制作時期や、内容について聞くことが出来れば手がかりに繋がるのでは、など思考で頭をいっぱいにさせていたからだろう。

 ユーリがぽそぽそと続けた、じゃあ、失礼します、という言葉に気がつかなかった。

 

 油断をしていた訳はなかった。武闘を嗜む身としては情けない。しかし、余りにも予想しなかったことで時が止まったかのように固まってしまったのである。押し倒されたのだ。ユーリに。しかも、自分の上に重なるように相手も倒れてきたのだ。

 

「は、……?」

 

 ホテルでのやりとりとは逆で、今度はこちらが油の切れて動きがぎこちなくなったロボットのように、歯切れの悪い、容量の得ない言葉ばかりが口からこぼれる。

 隙間なく密着された体温はあたたかい。そりゃあ入浴後すぐなのだから当たり前か。同じ石鹸を使っているのに、漂う香りは目の前にいる人を表すようにどこか甘かった。もちろん性的ないやらしさは一切ない。抱きしめられるというよりも、過去に読んだ書籍で見た親に甘えて擦り寄る子供のようで、安室を下敷きにしたユーリの頭は、安室の心臓の真上でぴったりとくっついている。

 

「……、」

 

「あの、ユーリさん、その」

 

 邪魔だ、早く退け。

 

 しかし、何故かそれを言い出せない自分もいる。久しぶりに感じた人の体温は、妙に心地よく感じるのだ。のしかかったまま、動かなくなったユーリは顔を押しつぶすかのように安室の胸に押し付けているので、表情は見えない。どうすることもできないまま困惑した安室は身体が自由だったら頭を抱えていただろう。

 

 自ら選択することを放棄した安室は、もうどうにでもなれと好きなようにさせていた。好きにくつろげといったが、好き勝手にしすぎだろ。

 

 そして数分後。押し倒された時と同様に、その熱は唐突に離れた。

 

「えっと…変なお願い、聞いてくれてありがとう」

 

「いえ、構わないでください」

 

 一応事前に許可をとられていたことに、ようやく気が付く。

 

「驚かせてごめんね、ちょっと落ち着いた。本当にありがとう」

 

 まだお腹の中にいる時に、お母さんの心臓の音を聞いているから、人の心臓の音って安心感があるんだって。だから昔から僕がダメになったときは誰かの心臓を借りて、音を聴かせてもらったんだ。そう続いた音への理解はなかなか追いつかない。少し上ずった返事は誤魔化せただろうか。

 

「そうですか。確かに、心臓の音っていいですよね。そういえば赤ん坊には、テレビの砂嵐のようなホワイトノイズもいいらしいですよ。不思議ですよね」

 

「へえ、不思議だねえ」

 

「はは……。あー、僕はもう部屋に戻りますね。ええと、おやすみなさい」

 

「うん、おやすみ」

 

 緊張からか、口数が多くなる自分に落ち着け、と念じる。慣れない就寝の挨拶を交わし、部屋に戻る。バクバクと心臓の音がうるさかった。なんなんだ。変に穏やかでない気持ちのまま、自室にこもる。

 

 だがその後、ユーリの入浴中にソファ下に仕掛けておいた、盗聴器からこぼれた寝言がイヤホンから響くと脳内は冷めた。他人の体温の熱に当てられて、逆上せていた脳内は一瞬で醒めた。なんだよ、シュウクン、って。ここにいて、お前に音を聴かせたのは、安室透だ。くそ。

 

 ――結局、自分はこれにとって、代替品でしかないのか。自分では、その心を埋めることはできないのか。腹の底に渦巻いた感情は無視をするには苦く重すぎたが、それがどうしてなのかは、答えは知るはずもなかった。

 

 

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