ぼくときみのかくれんぼ   作:善吉

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第5話

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 とっくに太陽が沈んだ街は、雪化粧ですっかり白く染まっていた。いたるところで雪がつもり、道路も氷で覆われている。街角では、3段積みのスノーマンが微笑んでいた。出かける前にもニュースで転倒事故があって怪我人が出たとキャスターが注意を呼びかけていたから、気をつけなくては。

 

 冬本番とあって、外は痛いくらいの寒さだが、店内はしっかりと暖房がきいている。

 久しぶりに訪れたバーは相変わらずゆっくり時間が流れるような落ち着いた空間で、ユーリを安心させた。キャメル色のダッフルコートを脱ぎマフラー、耳あて、ついでに手袋まで外し、定位置に腰をかけると、じんわりと汗が肌を濡らすのを感じた。かちゃり、控えめな食器の音とともに、用意されたものは香り高いダージリンである。

 このバーにいて酒を頼まないのはユーリくらいだが、このマスターがいれる紅茶は特別に美味しいのだ。

 

「ユーリ君じゃないか。最近は見なかったが、元気にしていたかい?もしかして、寝不足気味なのかな、顔色が優れないようだが…」

 

「マスター、お久しぶりです。仕事がようやくひと段落しまして。せっかくなので、この子達を自慢しようかと」

 

 ユーリが指したものは、身につけているセーターだった。伝統的なノルディック柄にはトナカイたちが規則的に並んでいる。

 

「…ああ、素敵なセーターだね。もしかして、イイ人からのプレゼントかい?」

 

「ふふ、ありがとうございます。実はこれ、おばあさまがクリスマスに贈ってくれたプレゼントなんです。それに、イイ人は…そうですね、今はここで働いている彼にぞっこんなんで」

 

「ははは!君たちは仲が本当にいいな!だが君のイイ人はここ最近へそを曲げているよ。今日は覚悟をしておいたほうがいいな」

 

 はて、僕のイイ人に何があったのだろうか。疑問がよぎったが、心当たりがない。

 ここのマスターにはとても良くしてもらっていて、シュウ君目当てで通っている間に、マスターとも距離が縮まった。彼は僕の両親のことも知っているので、まるでお爺ちゃんのようだった。和やかにマスターと会話をしていれば、近づく足音がある。そして、不穏な気配も。久しぶりだけど、元気そうで何よりだ。

 

「久しぶりだな…darling?クリスマス以来か?」

 

「えーとシュウ君。ごぶさたしております…?」

 

「はっはっは!君たちは随分と感動的な再会をするんだね」

 

 未だに海外のノリは難しい。両親のおかげでヒアリングもライティングも一切心配することはないが、日本にいた時間が長かったので、細かいニュアンスにときどき戸惑う。はにーもだーりんも特に男女関係なく使うんだって。前にかわいこちゃん、って呼ばれたときは何事かと思った。いや、でもやっぱりおかしくない?

 

 まあ、それはそれ。これはこれ。久々の再開に友人はおかんむりなようで、拳を脇腹をぐりぐりと当ててくる。彼に比べて筋肉があるわけではないから、冬の間に溜め込んでしまった脂肪がばれてしまう。そもそも、なにか怒らせたっけ。

 考えることを放棄して、降参したと両手をあげながら後ろを振り返ると、僕のイイ人がその端正な顔をいつも以上にしかめていた。

 

「どうしたの?なにかあった?」

 

「クソッタレ!どうしたもこうしたもあるか!家に行けばもぬけの殻で、おばあさんまでいない。最初は強盗にでも襲われたのかと思ったぜ」

 

「あ、」

 

「荒らされた形跡もなかったから、様子を見ていたが、それが2週間も続けばおかしいと思うだろう!」

 

「なるほど。だから家に帰ったときドムが、チューケンハチコーを生で見た!って騒いでいたのかってぐああ、やーめーて――」

 

 ぐわんぐわんといつも以上に頭を髪の毛を揺さぶられて、乱される。ボサボサになった頭はひどい有様だろうな。でも、そうか。シュウくんのほうがよっぽどかわいこちゃんじゃないか。

 

「ふーんそっか、へへへ、なるほどね」

 

「あ?」

 

「心配してくれたんだね、honey♡寂しかった?」

 

 胸のあたりがほわほわした。へえ、そうか。シュウ君が。

 別に故意に言わなかったわけではないし、実は言ったつもりになっていた。えへ。それは素直に謝ろう。

 

 でも、なによりこの友人が2週間も僕と連絡を取れないことに、おかしいと思ってくれたことが嬉しかった。だってみんなが口を揃えていうのは、来るもの拒まず、去る者追わずのシュウイチ、だし。

 ちなみにおばあさまは、寒さから逃げるために、仲の良い御婦人方と南カリフォルニアのサンディエゴまで長旅に行ってしまった。帰宅はまだまだ先。お土産が楽しみである。僕の観光好きはおばあさまの血を受け継いだのだろう。

本当に行っちゃうの、おばあさま。僕も連れて行って逃避行したい~!と、ぐずる僕を置いてサッと飛び立ってしまった。温暖な気候なので、とても羨ましい。

 

 僕はといえば、アトリエにずっとこもっていた。

 というか、半分くらい監禁状態だった。締め切り間際の原稿をいつもの調子でのんびり進めていたら、出版社の担当さんであるのケイトが半狂乱で悲鳴をあげた。

そんな調子じゃ、指定日までに終わらないですよね⁉スケジュールを伝えたの覚えていますか⁉詰め寄られたのは何度目だったか。

 

「…別に。お前を見ればわかる。画材が爪の間に挟まっているし、顔にもついている。それに隈まであって、ひどい顔だ。仕事を片付けて、すぐにここに来てくれたんだろ」

 

「うん。寂しいのは僕だって同じだよ、ってあいたたた!いはいよ!」

 

 目元をなぞられ、頬を拭われる。身を任せていれば、両頬を思い切りつままれてしまった。痛い。照れるとすぐに手がでるのは良くないと思います。

 

「ごめんね。連絡取れなくなる時は、ちゃんと教えるね。僕だって寂しいんだから、君もふらっといなくなる前にちゃんと教えてね」

 

「……どうだかな」

 

 そうつぶやいた時の彼は、綺麗なエバーグリーンの瞳を合わせてくれなかった。ここではない、どこかを見ているような。不安になった僕はお返しとばかりに、彼の薄い頬を軽くつねる。ああ、彼もどこかへ行ってしまうのだろうか。

 

◇◇

 

 結局、彼の仕事が終わるまではうつらうつらと眠気の波に漂いながら、紅茶を片手にバーに入り浸った。気がつかなかったが、どうやらハイになっていたようでここ数週間分のツケがどっと押し寄せた感じ。ぐにゃぐにゃになった僕のうでを引いて、一緒に帰り道を歩いている。まだおばあさまは旅行中だから、そのまま彼の家に泊まる予定だ。あの大きな家に一人は、寂しい。

 

「あ、その手袋使ってくれてるんだね」

 

「ああ。お前のその耳あても、いいんじゃないのか。おい、歩きながら寝るな」

 

「ん~。ちょっと可愛すぎない?これ。でもすごくあったかいから重宝しているよ」

 

 今年のクリスマスは、おばあさまと、僕、そしてシュウ君の三人で過ごした。日本じゃクリスマス日は恋人の日だなんて言われているけど、英語圏じゃ家族の日としてみんなでクリスマスディナーを囲むのが普通らしい。

 家族のもとに帰る予定はない、とシュウ君の話を聞いたおばあさまがそれなら3人で美味しいものを食べましょう、とささやかながらも会を開いてくれたのだ。七面鳥に、クリスマスプディング、ほかにもいろいろ季節にあわせた料理を披露してくれた。ゲロ甘いカラフルモンスターお菓子の心配はない。おばあさまは日本の文化にも理解が深いし、料理が趣味のような人だからね。

 

 プレゼントも交換をした。おばあさまは僕たちに手編みのセーターを用意してくれた。シュウ君はプレゼント交換なんてガラじゃないと言っていたけど、おばあさまに紅茶の茶葉セット、そしてふわふわしたファー仕様のこの耳あてをくれたのだ。

 どんな顔をしてお店で買ったんだろう。僕はおばあさまにエプロン、そしてシュウ君に手袋をあげた。よく手をポケットに入れている姿を見るし、ひえひえの手を僕の首元で暖を取ろうとするしね。

 

「寒いね、早く春にならないかなあ。そしたらブルックリンで桜を見よう。桜祭りがあるんだって」

 

「桜か。こっちのほうじゃ4月の終わりがシーズンだからまだまだ先だな」

 

「そうなのか、じゃああったか~い銭湯にでもいく?この前教えてもらったお店がたしか…」

 

「アー…。この前ユーリにしつこく言い寄っていた奴が口にしていた店だろう?やめておけ」

 

「え?なんで?あれ、こっちの銭湯だと水着が必須なんだっけ」

 

「……アッチのやつらの御用達しだ」

 

「アッチって、ああー、そっちかー。じゃあ僕らは行かない方がいいね、う~む」

 

 久しぶりの銭湯はお預けである。まあ、いつか別の機会に行ければいいや。

 寝不足も相まってふらふらとした調子で雪を踏みしめる。滑りそうになるたびに助けてもらうのだから、なんだか情けない。なんで彼はそんなにしっかり歩けるんだろう。

 

 それからも、久しぶりの会話は取り留めのないものばかりだったけど楽しかった。僕が勝手に、感情を揺らさなければ。

 

「お前なら、いつかいきなりチケットを渡してきて、そのままハワイへひとっ飛び、なんてこともありそうだな」

 

「あはは……、そこまで思い切りは良くないって」

 

「どうだか。いまから荷物を詰めておいたほうがいいか?」

 

「そんなことしなくてもいいって。えーと、そういえばさあ、」

 

「水着も用意しなきゃいけないだろうから、飛行機での旅は早くに伝えておいてくれよ」

 

「だから!飛行機は、ひこうきは、乗らない!のらないってば…」

 

「…そうか、悪い」

 

「僕も急に大きな声をだしてごめん」

 

 飛行機。そのワードが秀一の友人を刺激させたらしい。

隣の友人は、急にうつむき、表情が暗くなった。不安定だ。締め切り明けということを差し引いても、である。探求心のままに引き出そうと、踏み荒らしてしまったことを、今更ながら秀一は後悔した。

 

 先ほどまで会話の楽しさで和らいでい外気の温度も、急に冷たく感じた秀一は、己に巻いていたマフラーを外し、熱を分け与えるべく友人の首元に巻いてやった。

 

 その後は何もなかったかのように振舞うユーリに合わせていたが、不安げな様子は隠しきれていなかった。顔色は先程に比べて随分と青ざめている。

 寒さと寝不足だけが原因ではないだろう。家についても相変わらず無理に笑おうとする姿は、痛々しくて見ていられない。さっさと寝ろと言わんばかりに、秀一はユーリをベットへ放り投げる。慰め方なんて知るか。

 黙って毛布も上からかければ、苦し気な抗議の声が上がったが、毛布の上からポン、ポンとゆっくりしたテンポで叩けば静かになった。

 

「…これは寝言だから、気にしないでほしんだけど」

 

「ああ」

 

「飛行機、に、いい思い出がなくて」

 

「そうか」

 

「日本に置いてきたものもたくさんあるんだけど、さ」

 

「……」

 

「家族が、事故で、えーと…うん…」

 

「……」

 

「だから、その、飛行機には、乗れない…きみと行きたいところもたくさんあるし、両親は日本で眠っているんだけど、まだ会いに行けてない。ええと、だから、ごめん」

 

 ここまで弱っている姿を人に見せるのはユーリにとって初めての事だったが、秀一がそれを知ることはもちろん無い。ぽそぽそとずっと謝罪を繰り返しこぼしながら眠ってしまったが、寝苦しそうで魘されている。

 

 片手を包むように握ってやったが、彼のために行ったというよりは、縋るように小さく握られることで満たされる歪んだ安心感を得るための自己満足であった。その懺悔は目の前にいる自分へ向けたものではない。きっと日本に残してきた多くに対してなのだろう。ああ、そうだろう。お前のような奴が、一人なわけがない。

 

 本人には伝えたことはないが、秀一が気に入っているあのやわらかな笑みと、心地の良い声、そしてその思いを多くの人に分け与え、注ぎ、心を通わせたのだ。

こうして、遠い異国の地で懺悔をする程に。ああ、それでも、彼の大切な心の一部に触れてしまった。不謹慎にもどこかホッとしている自分に嫌気が指す。

それに、重要な情報も手に入れた。飛行機に乗れないということは、この国からは出られない。囚われている。

 

 自ら追っている事件の全貌は掴めていない。舞台もどこになるかは不明だ。ただ、万が一の際は自分が国を出てしまえば、この友人を巻き込むことはない。そして追いかけてくることもできないのだ。いつか来る別れは、自分から一方的に彼に押し付けることになるのだろう。そのような未来が訪れたら、彼はどのような行動をとるのだろう。

 

 抱えた矛盾に目を背けたまま窓を覗けば、いつのまにかまたしんしんと雪が降っている。明日も寒い一日になるのだろう。ユーリに貸していた片手をするりと抜き取る。せっかくの分け与えられた熱はすぐに冷えてしまった。ざわざわと落ち着かない心を静めるために、雪が降る寒空へ出て、マッチに火を灯し紫煙をくゆらせたが、秀一の心が満たされることはなかった。

 

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