IS/XU 《インフィニット・ストラトス/クロスユニバース》 A∞B 作:龍使い
バイザー越しに見える満月の浮かぶ群青の夜空と、漆黒の海。
明かりに照らされる中、どこまでも続く群青と漆黒の境界線を切り裂くように、自身を包む白い鋼鉄の鎧―――専用の飛行装備により飛行機のような形をとっている愛機のIS《アウトフレームD》を飛ばす。
雲の切れ間から覗く満月と幾多の星々を時折見上げながらも、次々に表示されるデータを事細かにチェックするのは忘れない。
『指定座標を起点とした半径3㎞圏内の空間調査、90%完了。事前に報告のあった重力異常及び《歪み》と思われる空間異常、転移痕などの観測、確認はされません』
『反応があったのって三十分前なんでしょー? 流石に反応全く無いのは可笑しいと思うんだけど……本当に何か転移してきたのかな? 観測ミスだったりしない?』
装甲を叩く風の音と甲高いエンジン音に混じって聞こえてくる、メット内の左右から事務的に状況を伝えてくる声と、呑気そうでありながら率直な疑問をぶつける声。
その片方の疑問に対し、『その世界』において表向き二人目となる男性のIS操縦者……アウトフレームDの搭乗者である青年、高天原夕凪は機体を飛行機のような形から本来の人型へと……。
額から後頭部へと伸びる巨大な黄色の二本角を持つ、アニメの中に出てくるようなロボット同然の姿に変化させた。
折り畳まれ大盾となった、飛行形態時に両翼を兼ねていたそれを左手に携えた凪は、周囲を見回しながら口を開く。
「『あの』お袋が造ったものが誤動作するとは思えねぇし、センサー類の性能ならそん所そこらのISより上のアウトフレームと、お袋謹製であるお前らサポートAIがそう易々と何かを見落とすのもあり得ねぇ……どうにも臭ぇな、こいつぁ……」
愛機と自身をサポートするAI、先程から左右の鼓膜に声を届けていた二人の声の主に対する信頼から来る言葉を口にしつつ、眼前に調査結果を示すホロパネルを出現させる。
「空間転移による異常重力波と空間震、次元の歪みが出ただとかで真夜中急に叩き起こされて、調査に駆り出されてみれば清々しい位に何の異変、異常も無し……いやそれが普通なのはわかるんだがなぁ……」
ぼやきながらも下から上へと流れていく調査データに気になるものが無いか目を通しつつ凪は、事の発端を振り返る。
それは、何かと厄介事を持ち込んでくる母親の高天原那美によってパラレルワールド、所謂別の可能性によって分岐し似ているようで違う世界に渡るという、普通に生きていればまず『ありえない』ことを体験した夏休みのとある日から数日後の、真夜中の事。
その日、叔母の運営する研究所にて夜遅くまで行っていた新装備の試運転を終え、IS学園寮の自室に戻ることなく仮眠室で寝ていたところを、急遽フランスから日本へと舞い戻ってきた那美によって叩き起こされた。
普段、知る限りではあまり余裕のない表情を那美が浮かべた所を見たことのない凪にとっては、思わず二度見するくらいには珍しくその表情を硬くしていた。
いきなり叩き起こされて文句の一つは言おうと思ったが、そんな表情を母親にさせるような程の何かが起きているのかと予想した凪は、那美が告げてきた普通であれば耳を疑うような言葉を、
「何かやばいものがこの世界に転移しようとした反応が、複数あった」
それを疑いもせずに、そして調査をしてきて欲しいと言われるがままに目的地へと飛び、そして今に至る。
―――あんな顔で冗談を言う訳が無いし、あのお袋がわざわざ「やばい」と口に出す程のもんが本当に出たっつーなら、ガチで事に当たった方が良い……良い筈なんだが、こうも何も無いと、いや、全く無いなんて言うのは『おかしい』……
思考を現在に戻し、目を通し終えたデータを閉じると凪はAIの片方、今身に纏っているアウトフレームDのメインサポートAIである『アウト』に語り掛ける。
「アウト、残りの10%分の空域を探査している間に、今までの調査データからどこかに妙な空白地点が無いかもう一度データを洗い直してくれないか? 見落とし、があるとは思えねぇが、どうにも引っかかる」
『承りました。しかし……これまでの調査中、当機の機能をフルに使って海面下にも『目』は向けていましたが、ステルス反応及び海中への異常反応を一切関知出来なかった辺り、また転移して消えたという線も考えられます』
「もしまた転移して消えたんなら、お袋からすぐ通信が来る筈だ……面倒な人じゃあるが、その辺はきっちりと」
しているからな、と言おうとしたが、それはもう一つのサポートAI『ゲイル』の、先程までの呑気そうな声とは打って変わった緊迫した声と、不意に背筋を走った悪寒によって最後まで続けられる事は無かった。
『七時方向仰角47度、防御!』
「――ッ!」
言われるがまま、感じるがままに振り返るよりも先に、左手に持った大盾を衝撃が来るであろう方向へと向けると、ワンテンポ遅れて金属塊でも叩き付ける様な衝撃と音が襲ってきた。
瞬時にISの加速機動技術の一つである瞬時加速を用い、衝撃が襲って来た所から一気に距離を取って衝撃の正体を確かめようと振り向くと、バイザー越しに衝撃を与えてきた存在を捉える。
降り注ぐ月明かりを反射する銀色の鎌腕を、『ソレ』は威嚇するように持ち上げていた。
凡そ2m以上はあり、ISの様に人が乗るには無理がある歪な形の、様々な昆虫の要素を模した機械の化け物が。
「こいつぁ……!?」
衝撃を与えて来たモノの正体を見て、凪が肝を潰したと同時だ。
更なる警報が、今度はアウトによって発せられる。
『当機を中心に、半径3㎞圏内で異常な重力場と次元振動を観測ッ!! また同時に、眼前のアンノウンと同等の、高エネルギー反応を持つ動体反応を検知、数は6! 姿は確認できませんが、何れも此方の周囲を取り囲むように接近してきています……! 一体、どんな手を使って隠れて……』
『更に悪い情報! 今アウトに代わって調査データを重ねたマップ情報を更新したら、いきなり穴あきチーズみたいに未調査地点がぽこじゃかと! あとあと、マスターのママさんと連絡とろうとしたら妨害された! 通常通信はおろかコア・ネットワークによるデータ通信も遮断されてるよ!?』
「…………っ」
立て続けに起きる異常事態に、装甲の下で冷たい汗が頬に伝う。
此方の『目』に一切感知されない既存のステルスとは異なる隠密性を持ち、唐突に表れた此方より大きい虫型機械の化け物による襲撃。
そして呼応するように『ソレ』と全く同じエネルギー反応を持った物体が6つ、異常重力波や次元振動を伴って現れ、此方へまっすぐ接近してきている事。
その登場に合わせ、いきなりマップから見調査地点の大量発生。
最後に、事態を知らせる為の手段すら全て断たれた状況。
―――油断している所を不意打ち、失敗しても周囲を囲み孤立させ、追い込む……狩りのつもりだってぇのか……?
見た目からして無人機である事を想定しても、野生動物の狩りにも近いその行動は、形容し難い違和感を感じさせる。
……機械の姿を持った
だが距離を取っていた機械で出来た怪物が眼……らしき4つの部位を光らせながら突進して来る姿と、アウトからの呼びかけで思考の海から現実に引き戻される。
『アンノウン―――いえ、無人機と思われる対象を敵機として判断。ある程度牽制後、Gフライトによる即時撤退を推奨しますが……っ』
「そう簡単にやらせてくれる相手とも思えんが―――」
迎撃用にと、大楯の裏にマウントしていたビームライフルを取り出し、スラスターの光とはまた違う青い燐光を撒き散らしながら迫ってくる怪物に照準を向け、間髪入れずトリガーを引く。
銃口から放たれたビーム光は直撃コースに乗り、しかし怪物に直撃する前に一瞬何かにぶつかったのか、怪物本体に当たる前に四散して消えた。
その際僅かに、怪物の周囲を薄く光る膜のようなものが確認出来たのを、凪は見逃さなかった。
「一丁前にバリアーまで持ってるたぁ、面倒くせぇなオイ……! アウト、装備をエールに! 武装は―――」
と言いかけた所で、今相対している怪物と全く同じ形状をした六体の姿をハイパーセンサーで捉える。何れも燐光を撒き散らすように突撃してくる姿を見て、オーダーを変更する。
―――他六体と接敵まで10、目の前の此奴が詰めるまで2……ならッ
もはや目前に迫った鎌を前に、大楯を投げつけ怯ませると同時に上空へ向かって瞬時加速を掛け、此方を取り囲もうとしていた連中を含めた七体の化け物から一気に距離を取る。
そして、上昇を止めた凪は満月を背にする様に身を翻し、見上げてくる虫型の機械の化け物たちを見据えながら、この状況を打破する為の『札』を切った。
「―――限定解除。アウトフレームDから『ゲイルストライク』にチェンジ、マルチパック&デスティニーシルエット、セット!」
『『了解!』』
AI達の声が響くと同時に、アウトフレームDは光の粒子となって一瞬で消え去り、金混じりの黒髪を持った青年の―――高天原凪の姿が外気に晒される。
だがそれも一瞬で、まるで時を巻き戻すかのように光の粒子が再び彼の体を包み、鋼鉄の鎧へと変換されていく。
だが、それは先程のアウトフレームDの白い装甲とは違い、青味がかった白と水色のツートンカラーのスマートな装甲へ。
特徴的だった巨大な黄色の2本角は、コンパクトなサイズの白い4本角に。
両肩の装甲は大型のスラスターを備えた巨大な物へと変換され。
腰の両脇には大振りな水色の刀身を持った長剣が装備され、その背には身の丈とほぼ同じくらい長い長剣と砲門が其々二本ずつと、更に大型ウイングを持ったユニットが装着されていた。
アウトフレームDより更に攻撃的なシルエットを持ったソレ……AIのゲイルがメインサポートを担当するIS『ゲイルストライク』。
それを纏った凪は、運命の名を冠する背の複合ユニットから長剣を一本引き抜くと同時にウイングを広げ、光翼を展開させながら眼下から迫りくる敵へ意識を集中させる。
『とりあえずスラスター制御はこっちでやるから、マスターはこの状況を切り抜ける事だけ考えて!』
おう、と短く答えた時、七体いる怪物達のうち二体が燐光を一際大きく撒き散らしながら、ぐっと加速した。
その伸びは目に見えるほどで、真っ向から仕留めるつもりなのだろう。両手の鎌腕を構えるだけでなく、口部らしき部位を開き其処から。
細かい事はどうでもいいとばかりに、幾筋ものビームと共に一直線に此方へ向かってくる突撃。
サブサポートに回ったアウトがカウントを始める。
『接敵まで、5、4……』
最低限の動きでビームを避けながら、身の丈ほどある長剣『エクスカリバー』を下段に構え、レーザー刃を展開する。
そして、カウントと共に怪物二匹が眼前へと迫る中、機体各所のスラスターの火を入れ。
「―――今ッ!」
光翼の副次的効果による残像と光圧から来る超加速と轟音、衝撃波を伴い二匹の間を駆け抜ける。
確かな手応えと共に、構えていたエクスカリバーは斜め上へと振り抜かれ、背後へと通り過ぎていった二匹はバリアーごと両断。ワンテンポ遅れて爆散したのをハイパーセンサーで確認する。
―――よし、一定以上の威力がありゃ何とかなるみたいだな……これなら、ウイングソー辺りは使わずに済みそうだ。
……正直な処。凪としては最初、この力業にも近い方法でバリアー毎叩き切るよりも確実に事態の終結を可能とする方法を、バリアー対策として有効な
だが調査に出る前の母の反応や、これまで自身が関わった事件や厄介事などを対処するうちに培われた経験と直感から、『今』、奥の手を使うのは避けた方が良いという判断を下しのだ。
相手は得体の知れない存在。下手に奥の手を晒すどころか手札を見せすぎて対処されるような事が起きたら目も当てられない。
幸いな事に、此方の兵装は一切効かない訳ではないと判明しただけでも十分だ。
あとは、一気に畳みかけて数を減らし、正体を探る為にサンプルとして一体確保でも出来ればいいだろう。
そう考えながら、光翼の出力を上げ更なる加速を行う。
同胞をいきなり二体喪った怪物達は、しかし特に動揺などを見せる事なく散開、凪から一定距離を取りつつ周囲を旋回しながら砲撃を開始し始めた。
思わず足を止めそうになるのを堪え、両肩のスラスターを用いて機体を左右に大きく、そして早く動かしてながら生み出した残像をデコイとしつつビームの嵐を掻い潜る。
瞬時加速による超加速を超えるスピードと、搭乗者保護機能ですら軽減しきれないGに押し潰されそうな中、凪は苦悶の表情を仮面の下に浮かべながらも、怪物達との距離を詰めていく。
「ぬ、グゥ……ッ! ―――ぶん……ぶんッ、蠅か蜂みてぇにっ……これでもォッ、喰らっとけッ‼」
そう吐き捨てながら二門ある背中の砲を前に倒し、月光に照らされ鈍く光る塊三つが一直線に並んだ刹那。
極太のビームの火線が二本、向い来るビームを飲み込みながら機械の怪物三体に目掛けて走った。
二本の火線は此方の砲撃に気付きすぐさま射線外に散開していた怪物を衝撃波で煽りつつ、狙い通り直線に並んでいた三体を纏めて巻き込んでいく。
ビームの奔流の中、膨れ上がるような爆光が二度起き、ビーム光が通り過ぎた後にはボロボロとなりもはや虫の息らしき怪物が一体残っていた。
しぶとい。
そう思うが、露わになったボロボロな身体の各所に空いている穴から出ているモノを見て、一瞬困惑する。
外見通りなら中身も当然機械だろうと思ってしまうのは当然だが、どういう訳かその怪物の破損個所から飛び出しているのはケーブルや金属の骨格などではなく、光のようなものが溢れているだけだった。
それは、連中が推力に使っていた青い燐光によく似ているようにも思えた。
しかしその姿を見ていられたのも束の間、ひときわ大きく燐光を撒き散らしつつ爆発を伴って虫の息だった怪物は一切の欠片も残さずに消えていった。
サンプルにでも、と考えていたがどうやら証拠隠滅もしっかりしているらしい。
増々きな臭さを感じながらも、先程の砲撃の衝撃波によって吹き飛ばされた二体を探そうと一度足を止め、
背後からの衝撃と共に、両翼が爆ぜた。
『―――な、いつの間に背後を!?』
『ッ、シルエット及びマルチパック破棄―――な、機体側のプラグまで損傷いってる?! これじゃパージ出来ない!』
AI達の警戒はおろかハイパーセンサーすらすり抜け、与えられた不意打ちによって背部ユニットから別の装備への交換も不可能になるという致命的な損傷を受ける。
悪態をつきたくなるのを堪え、最初と同じく存在すら感知させず近寄り不意打ちが来た方へと向け振り返り、頭部装甲のこめかみ部分に内蔵されたバルカンを襲い掛かってきた怪物に放つ。
申し訳程度の牽制を行いながら急ぎその場から離脱するも、怪物はというとバルカンにより上半身辺りに幾つも傷を作りながら、なお喰らい付こうとビームを乱れ撃ち追い縋ってくる。
「―――痛っ、傷が……開いたか……っ」
高負荷のGが掛かる高速戦闘機動を行ったツケにより、全身を襲う痛みだけでなく七月頃に負った上半身の傷が開いた事による激痛に呻き、思わず立ち止まってしまう。
そんな凪の状態も知らず眼前まで迫った怪物は、好機とばかりに両腕の鎌腕を振り下ろす。
だが凪も只ではやられまいと左肩のスラスターを噴かし、スタビライザーの一部を持っていかれながらもギリギリで躱すと、右肘に収納されているアーマーシュナイダーを取り出し鼻っ面にまで迫っていた怪物の頭部目掛けて突き刺そうと振り下ろす。
接触の直前でバリアーに阻まれるが、ナイフの高周波をその防壁と同じ振動率に弄ると、豆腐を切るかのように難なく突破し怪物の頭部へ深く突き刺さった。
怪物はその四つの目を明滅させ僅かにその身を震わせ、鎌腕を含んだ六本の肢をだらりと垂らし動かなくなるが、直後に凪はナイフを回収せずに怪物を海面ヘ向け蹴り落すと上昇しながら即シールドを呼び出し、来るであろう爆発に備える。
一拍遅れて、衝撃と爆炎が眼下から襲い掛かり、シールドの表面を焼いていく。
熱気も搭乗者保護機能により遮断されるが、衝撃まではどうにも出来ず装甲下のボロボロになりつつある肉体に響いてしまう。
爆発が収まると同時にシールドを下ろし、激痛に苦悶の表情を浮かべながらも姿を隠した残る一体をどうするか思案する。
『ゲイルストライクそのものは、左肩のスラスターのスタビをちょっと斬られたのとバックパックが使えなくなっただけで、戦闘自体はまだいけるよ。でも、正直今のマスターの状態考えたらお勧めできないかも……』
『―――アウトフレームDに乗り換えれば、マスターの不調を鑑みても戦闘に勝つことは可能と判断しますが、ゲイルが言っている様に今ここで無理をなさるのは推奨出来ません。それに通信は未だ不通状態、残る目標の反応を拾えない今一度撤退して出直すべきかと』
「……解っちゃいるが、だがどうにも嫌な予感がするんだよなぁ……づっ。取りあえずアウト、何があってもいいようにアウトフレームDに切り替えてくれ……装備は、Gフライトで良いから」
アウトやゲイルからの忠言を聞きつつも、経験からくる『嫌な予感』が拭えず念の為何が起きても対処出来る様にとオーダーを告げる。
そんな様子の主に、アウトは呆れたような声音を上げつつも凪の意に沿うよう、言われるがまま機体と装備を切り替えた。
センサー類がゲイルストライクより高性能なアウトフレームDに切り替えた事で、より詳細な周辺データを取得。バイザーに流れてくる情報をAI組に任せながらライフルと飛行形態時にウイングとなる大楯を構えながら、凪は怪物たちの正体について考える。
転移反応が感知された地点の周辺空域で確認した怪物たちを、この世界に転移してきた存在と仮定するなら……。
連中は何を目的として、何処から転移してきた?
何の理由をもって狩りをするかのように襲ってきた?
自爆してでも正体を知られたくないのは?
三つの疑問が浮かび、それに対する正解を考えるが、思い浮かぶのはどれも荒唐無稽すぎて「違うのでは……?」と否定しそうになる。
―――だが、『その理由』の可能性は決して低くはない。一応、頭の片隅に留めて置く程度にしておくべきか?
とりあえず、深々と考えるのは此処を切り抜けてからにするとしよう。と、思考の海から現実に戻った凪は、不意に空を見上げた。
別段、嫌な予感を感じたとかではなく、何か妙な感覚が頭上から降りてきて全身を包み始めたように感じたからだ。
一体なんだ。
そう考えた瞬間、
満月が浮かぶ夜空を背景に、白い亀裂が視界いっぱいに走った。
「!?」
突如空に亀裂が走るという、前代未聞な光景に驚愕し声が出せずにいたが、間髪入れずにアウト達から緊迫した声で報告が入る。
『今マスターが見上げている亀裂が走った空に、過去に観測した『特異点』を超える次元振動及び時空の捩じれを観測! 同時に、残る敵対目標の反応がその亀裂の辺りに! 姿は消しているようですが、此方との距離はおよそ700かと!』
『今のうちに飛行形態に移行して最大速度で距離を取って! 距離は十分あるように見えるけど、あの亀裂の規模じゃこっちも吸い込まれかねない大穴が開くよ!』
特異点。そのワードに思わず周囲を見渡し、現れるかもしれない存在を探そうとして、頭を左右に振る。
―――いや、今は『彼女』が現れるかどうかどころじゃない……。
胸の内に湧いた僅かな期待を振り払うように、Gフライトを装備したアウトフレームDを飛行形態へ移行させると、ハイパーセンサー越しに亀裂へ意識を向ける。
あれだけの大きさから予想される『特異点』の穴のサイズからして、振り切れるかどうかは微妙なところだ。下手に吸い込まれればどこに行きつくかわからない、不可思議な現象を起こす未知にして不可侵の領域、情報の奔流の出入り口。
過去に発生したとき、恩恵を受けた事もあったが今回に限ってそれはなさそうだと、漠然とそんな予感がした。
『次元の壁、開口まで10、9、8……』
―――ともかく今は、この場から少しでも遠くに離脱するのが先決だ……!
瞬時加速で初速を稼ぎ、一気に機体を最大速度まで加速を行う。
ハイパーセンサー越しに後方の、どこまで続いているかわからない空の亀裂に意識を向けていると、光の粒子が塊となって集まっているのが見えた。
粒子の塊は一瞬収縮するような動きを見せ、先程まで戦っていた怪物達に似た形状になったかと思うとその姿を、光の粒子から機械のそれへと変貌させる。
ああやって姿を粒子状に変え、姿を暗ましていたのだろう。
増々訳の分からなさ具合を見せつけてくる虫型の機械の様子を、念の為記録しておく。
……後の事を考え、出来ればこの場で撃墜しておきたかったが、状況が状況だ。諦めて逃げるしかあるまい。
『4、3、2……『特異点』発生! 次元の穴、開きます!』
やがてカウントは尽き、夜空に走る白い亀裂がはじけて歪な虚空が生まれた。
虚空は生まれるとありえない方向へと窪み、まるで渦を巻くようにゆっくりと回転を始め周辺のモノを吸い込んでいく。
……飲み込まれれば何が起きるか全く見当がつかない『穴』に、既にかなり離れた所まで来ていたのに凪は機体が尋常ではない引力によって、その虚空へと引き寄せられていくのを感じた。
「―――ッ、なんつー吸い込みだ! 最大加速時ならゲイルストライクの瞬時加速以上をを出せるこの形態ですら、吸い寄せられる……!」
最初に、一番亀裂に近い位置にいた怪物が自ら飛び込む形で『穴』に吸い込まれ消えていく。
次いで、周囲の雲だけでなく遥か下にある海水をも、徐々にではあるがゆっくりと飲み込み始め、空へと向かって幾つもの螺旋を描きながら海水が昇っていくという光景を、視界の端で捉えた。
アウトも言っていたが、過去の特異点によって発生した次元の穴とは本当に比べ物にならない程、桁外れの現象が起きている状況を見て、全身に怖気が走る。
何が何でも『穴』から逃げなければならない、そう思い限界までスラスターを噴かすが一向にその距離は離れていく事は無く、徐々に徐々にと何もかも吸い込んでいく『穴』へと近づいて行ってしまう。
『―――計測完了! 次元振動の反応を確認したところ、あと二十秒で平常レベルに落ち着くと予想。そこから特異点が終息開始、『穴』が塞がるまでさらに十秒、計三十秒間を耐えれば切り抜けられます!』
『問題は、燃料がそれまで持つかってところ! 調査による広範囲の航行を始めに、只でさえ燃費の悪いデスティニーシルエットによる高速戦闘の後、こうやって限界ギリギリまで噴かしているからかかなり心許ないかも!』
もはやあと200mという所まで吸い寄せられ、更に吸引力が上がっているというのに、あと三十秒も耐えなければならないという事と、それまで持つか微妙だという予測。
何か手は無いかと考えを巡らせるが、
―――今ある装備じゃどうにもならねぇ……!
拡張領域に格納してある武装を呼び出し機体後方で自爆させ、その爆発力で機体を強引に前へ押し出すという案などが浮かんだりもしたが、只でさえ限界まで噴かしているスラスターに破片が突き刺さりでもしたら目も当てられない。
なんでこういう時に限って何の恩恵も無いのか、と特異点への文句を内心呟くが、今はとにかく耐え切るしかない。
スラスターの出力を限界まで上げ少しでも距離を稼ごうと足掻くが、それでも体にはGによるとんでもない負荷と開いた傷跡から来る激痛が全身を苛み、機体を制御するための集中力を乱していく。
アウト達も機体制御に集中しているのか口頭でのカウントは無く、代わりに残り時間はバイザーの中央に表示されていた。
既に次元振動終了までのカウントは終わり、特異点たる次元の穴が閉じるまでのカウントはあと十五秒と迫っている。
だが、それでも『穴』との距離はどんどん短くなっていき、残り五秒を切った所で、ついにスラスターの出力が落ちた。
あと三秒……限界まで噴かしていたメインスラスターから黒煙が上がり始め、更に失速。『穴』まで残り50mとなり、震えが走る。
あと二秒……漸く通信可能になったとバイザーに表示され、咄嗟に予め打って置いたメッセージを母の那美宛に送信。残り20m、不安は残るが土壇場になってやっと手が打てた。
あと一秒……ついに推進剤はおろかエネルギーが底をつき、勢いよく後方の『穴』へと引き込まれる感覚に襲われる。残り5m、寮自室のベッド下に隠しておいた巨乳本が見つからないことを切に願う。
「―――せめて早めに見つけてくれよ、お袋!」
カウント、0。『穴』の内側へと完全に吸い込まれる中、元居た場所へと繋がる出入口が閉じていくのを見届けながら凪は、世界と世界の狭間ともいえる次元の穴の向こう側へと、落ちていった。
どうも、龍使いです。
赤い変態さん作「IS《風より先へ、枠より外へ》」の主人公、高天原凪のプロローグになります。
執筆者は赤いさんご本人になります。流石に、他作品全てをこちらで書くのは厳しいので(汗
それと、活報や前回の前書きでも言いましたが、本作品はうちも含めて各作者方の作品の先の話であるため、ネタバレが多く含まれる上に分かりづらい内容が多々あります。
今後先、注釈などがいる場合は後書きなどで解説したいと思いますので、少々面倒な作品ですがお付き合いいただければ幸いです。
今回の話に関しましては、赤いさんの同作リメイク前の「IS~転生者は頑張って生きるそうです~」にて語られた夏休み編やコラボ編を軸にしていることを聞いているので、もし興味があればそちらを一読するのもありかと思います。
ではでは、これにて