IS/XU 《インフィニット・ストラトス/クロスユニバース》 A∞B   作:龍使い

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序章3話『無風の疾風-A windless gale from outside the frame-』

「妙な反応があった空域に凪を行かせたら、いきなり反応消えて通信が一切出来なくなるわ、過去最大級の特異点反応に次元の穴の発生……。そして直後に凪から映像と観測データ付きのメッセージが届いて、新たな次元転移反応と共にあの子達のシグナル消失……やっぱマッズイ事態になったわねぇ……?」

 

日本国内においてISの研究及び新技術開発を専門とする、日ノ出研究所。

その屋上にて、夜風に当たりながら自身の周囲に大量のホロウィンドウを展開し悪態をついている姿が一つ。

 

規格外、例外。様々な愛称で呼ばれているIS技術者にして現デュノア社社長、『高天原那美』。

金色交じりの黒い長髪を夜風にたなびかせ、自身の息子から送られてきたデータと、彼が敵対した相手との戦闘映像を目に通す。

 

ホロウィンドウ上で燐光を散らしながら空を征く、紅の鋼鉄蟷螂(ブリキのカマキリ)達。

機動力だけなら既存の量産ISの上位に食い込め、一撃の威力も中堅クラス以上。防御も並みの強度以上のバリア……それこそISのシールドエネルギー相当か、若干上回る代物だと技術者としての観察眼で理解出来る。

形状からして無人機なのはまず間違いないだろう。

後は精々、行動不能にしても残骸は一切残さず全て爆発の際に光の粒子となって消え、損壊させても内側には機械的なものが見受けられず燐光と同じ色を漏らしているだけ。

 

「消失の仕方からして証拠隠滅優先、ボディーも大半はエネルギーで形成された特殊な……あら?」

 

ふとその燐光から検出されるデータが気になり、即座に解析を済ませると彼女は眉間に皺を作った。

 

―――なんだこれは。

 

破損個所から漏れ出る燐光と同じ色合いの光、そこから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という結果が出た。

それこそ、過去に特異点 (次元の穴)が発生する前に観測された『他世界からの情報の過剰流入現象』と同様、次元の穴を開通させるための呼び水(引き金)のようで……。

 

 

基本、どんなものにも許容量というものがある。

例えば世界を一つの風船とするなら、その中には世界を構成する為のあらゆる情報が許容量内の水として存在しているとしよう。

その中へ、風船の口へ情報()を供給するための特異点(蛇口)を繋げ、世界(風船)の許容量を超える量の情報()を一気に流入すればどうなるだろうか?

簡単だ。風船は破裂し、中の情報()が溢れてしまう大穴の出来上がりである。

 

あの蟷螂擬きがまき散らしている膨大な情報が込められた燐光は、まさに風船(世界)へ穴を開ける為の水だ。

 

さて、では彼らは何の為に穴を開く?

現れたと思えばいきなり襲い掛かり、手慣れた様に連携して相手を刈ろうと行動出来る知能。

半端な方法で処理すれば穴を開ける為の高密度情報体である燐光をまき散らし、残骸すらも燐光へと変換して証拠も残さず消えていく。

 

一瞬、『自分達』の戦うべき相手が予定事項(起こりうる未来)よりも早くに行動を起こしたのかという考えが脳裏を過ぎたが、自分に託された情報の中にあんなものは一切居なかった筈だ。

 

―――で、あるならば。正直現れて欲しくない、起きて欲しくない最悪のパターンの可能性がやっぱり濃厚、かぁ。

 

かなり攻撃的であり且つ一定以上の知能レベルを有し、世界を渡る術を持つ明確な敵意を持った存在。

これは、確実に本気で対処に挑んだ方がいいだろう。

 

「―――絶対的な害意を持って現れた存在、侵略者……まったく、人生面倒な事ばかりよく起こるわね」

 

まあだからこそ、人生は面白くもあるのだけれど。

そんなことを内心思いながらも作業を続けていると、背後でドアが開く音と共に足早に寄ってくる足音が聞こえてきた。

 

「あら、予想より四秒遅かったわね、亜美。もしかして梃子摺った?」

 

振り向きもせずに那美は近づいてくる足音の主、妹である高天原亜美(24歳独身)に揶揄い交じりで言葉を投げかけた。

一方そんな言葉を掛けられた亜美()はというと、呆れるように「私は姉さん程スペックあるわけじゃないので」と返しながら本題に入った。

 

「こっちに回して貰ったデータから凪クンの転移先は大体三つまで絞り込めました。まあ一番可能性があるのは、先日姉さん達が訪れた世界でしょうけど」

「んー……となるとあの世界にも表れる可能性大かなぁ、あの蟷螂ども」

 

那美の言葉を聞き流しながらホロウィンドウに表示されているデータや解析結果をさっと見渡しながら、「あぁ、なるほど」と頷き、亜美は続けた。

 

「放出された燐光とそれに含まれる、まるで虚構のような高密度な情報体……仮呼称として現段階ではイマジナリー・フォトン、とでもしましょうか。このフォトンが蟷螂擬き達にとって次元の穴を開く為の手段であるなら、同時に目印にもなるでしょうね。自分達の体から漏れ出たものなのだから、それこそ形通り虫のようにフェロモンみたいな感じで使えると仮定してもいいでしょう」

「見た目通り虫のような生態とは限らないと思うけど、可能性として考えておくとしますかね。さて、となるとだ……」

 

ホロウィンドウを一斉に消し、亜美へと向き直った那美は不敵な表情を浮かべる。

それを見た亜美は、「あぁこれは久々にキレてるな」と感じた。

この人は昔から、とにかく自分の縄張りを荒らされる事を特に嫌う。身内だけでなく自身が関わった人物や物、全てに対してどれか一つでも危害を加えられたら、倍返し以上の制裁を行う、そういう人だ。

かつては友人の娘と自身の息子に危害が加えられた際、再起不能になるレベルまで制裁を加え、尚且つ企業を乗っ取った女傑だ。

さて、では自分達が住む世界及び息子の安否、そして関わりのある世界にまで危機が及ぶかもしれない事態となった今回はどうなる?

 

――――少なくともご愁傷様としか言えないだろう。まあ、個人的にも愛しの甥っ子に害が及んだ時点で同情してやる余地は一切ないが。

 

「二日以内に私の機体と、全オプションパーツ調整済ませ次第出発するから。留守の間の事は全部任せるわね、亜美」

「やれやれ、また留守番ですか……まあいいですけれど。それで、付き添いはどうします?」

「流石に、今回の事は規模がまだわからないからねぇ……シャルちゃんやラウラちゃん達をいきなり巻き込むわけにもいかないわ。ま、必要となったらすぐ連絡送るからその時にという事で」

「了解。……あ、流石にデュノア社関係までは面倒見ませんからね?」

「ちぇー、亜美のけちんぼー」

 

そう拗ねた様に呟きながら屋上を後にしていく那美の背へ、亜美はもう一度声をかける。

それは当人達にとって確認する必要もない、わかり切った事でもあるが、それでも訊かない訳にはいかなかった。

 

「―――姉さん。凪クン、生きてますよね」

「―――とーぜんっ、私の息子だもの! そう簡単にくたばる訳無いじゃない?」

 

わかり切った事訊くなとでも言いたげな口調で、けれど自信に満ちた笑みを浮かべながら那美は振り返って、そう告げた。

 

 

 

◆■◆■

 

 

 

「……まったく、どうなっていんだよ此処はいったい……」

 

左右上下の感覚すらない、あらゆる色が混ざり煮詰められた様な色合いの空間の中、アウトフレームDを纏ったまま器用に胡坐をかいて漂いながら、凪は困ったように声を漏らした。

 

―――突如現れ襲い掛かってきた機械の蟷螂どもの相手をしていたら次元の穴、特異点に最後の一匹と共に飲み込まれ、その最後のカマキリ野郎も見失って脱出方法もわからない……いや、どうしたもんかねこれ。

 

穴に飲み込まれてどのくらいの時間が経ったのだろうか。

数分? 数時間? 少なくとも意識を失ったような感覚は無いし空腹感も無いから十数時間も経過はしてない筈……なのだが、だが時間が進んだという感覚すらあるのかすら曖昧だ。

特異点に飲み込まれた時点でとっくにエネルギーが切れ、本来なら装着解除されている筈の愛機もどういうわけか着込んだまま。エネルギーに至ってはもうどういうことなのか、満タンとまではいかないもののある程度の量まで回復しているではないか。

 

―――まるで時を巻き戻されでもしたかのように? いや、いやいやまさか。

 

それでももしかしてと思い、拡張領域内にある装備を確認すると破損したデスティニーシルエットを除いた装備大半が、特異点から逃げきる為の加速で緊急用エネルギー源として使用し、使い切ったはずのエネルギー全てを回復した状態で確認出来た。

そして実弾は使った分減ったまま、機体の損傷や開いた傷等がそのままなのも合わせて考えると、時計の針が巻き戻されたわけでもないらしい。

 

「破損した装備や、機体の細かな傷はそのまま……決して時が巻き戻った訳じゃないのはわかるんだが。……じゃあこのエネルギーはどこから来た?」

『『―――――』』

 

そう凪が疑問を口にしてみるも、これまで自分を支えてきてくれたAI二人からの返答はない。

アバターも表示されず、メッセージによる反応すら起きない。……故障、エラーといった文字が過るが、二人がお袋謹製であることからしてまずありえないし、走らせた診断プログラムを見る限り、致命的な状態ではないと示されている。

……同時に、出処不明の膨大なデータを無理やり流し込まれて半フリーズ状態とも表示されているが、その報告で察した。

 

察してしまった。

 

「―――まさか、此処にも?」

 

……正直、この状態には心当たりがある。それはもっぱら平時の時が多いが……困っている時やそうでない時にでもどこからともなく唐突に表れ、意味深な言葉を告げたと思ったら目を離した隙にその場から消えてしまう。

自分の下に居るA()I()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、電子の海から現れる白き代理人。

 

燃え盛るデュノア社の倉庫内で、凪にISに乗るよう促してきた、声の主(AI)

 

やがて膨大なデータの処理が終わったというメッセージがバイザーに表示されると共に、バイザーの右半分が砂嵐のような状態になり、そこへ『アウト』と瓜二つの、ボロボロのドレスを纏った無表情の白い少女の姿がそこへ投影された。

 

エージェント(代理人)……君か」

《――――肯定、オリジナルの愛しき人》

「この状況でも相変わらずそれなのな……」

 

エージェントと呼ばれた少女は、ニコリともせずに頷き返す。

愛機アウトフレームDの専用AI『アウト』に瓜二つな彼女は、『オリジナル』という誰かの代理人であると以前凪は聞いた事があるのだが、詳しいことは凪も全く把握出来ておらず、接触も基本1対1の状態の時のみで目的も正体も、何故『アウト』とそっくりなのかも謎のまま。

ただ解っているのは、反応は割とAIらしいものであるのと、『オリジナル』という人物にとって自分が『愛しき人』ということ、そしてその『オリジナル』は別に『アウト』でもないという事ぐらいなものだ。

 

まあ話し相手としては悪くない相手なので、今まで余計な詮索をしなかったが……この状況下で接触してくる辺り、流石に何かあるのではと思えてしまう。

 

「んで、一体今日は何用だ? 見ての通り今はこんな場所で迷子になってて困ってるんだが」

 

まさかついにストーキングか? などと訊いてみるが、ゆっくりと首を横に振り、《重要案件、愛しき人》と返してきた。

 

「あん? 重要案件?」

《肯定。そしてそれは、今貴方が巻き込まれている一件。具体的には貴方の存在する世界を含んだI()S()()()()()()()()()()()が、オリジナル曰く危機的な状況となり得る……》

「……やーっぱ面倒事か、あの蟷螂共。しかも並行世界レベルと来ちゃったかぁ……」

 

なんとなく予想してはいたが、荒唐無稽過ぎて保留にしていた答えが、顔を覗かせてくる。

どこからともなく現れ、目的も正体も解らないまま此方を狩りに来ている、あのブリキの怪物達の目的。

 

それは、

 

―――侵略行為、ってか。まあ何の為の侵略なのかは知らんが、碌でもない事態には違いないな。

 

それが複数の世界にまで手を伸ばしているという、あまりにも自分や母親の手には余り過ぎる、というか対処が無理過ぎる案件に、どうしたものかと頭を抱えそうになった。

 

そして考えたくも無いが、複数の世界が標的であるというのなら、当然ある可能性が出てくる……。

 

《そして貴方が相手をしたのは氷山の一角ですらない。砂漠の砂の一粒、という表現ですら生ぬるい》

「うーん、予想通りの解答ありがとう。今すぐ帰りたくなってきたよホント」

 

だがその考えたくも無かった事を、エージェントが突き付けてきた。

 

まず人員を必要としない無人機である点と、並みのISと同等の戦闘力を保有している事。

数体程度なら自分でも纏めて相手は出来る程度ではあるが、ではそれがとんでもない数で押し寄せてきたら?

百や千どころではなく、万を超えれば? 億すらいくのであればどうなる?

……あとはわかりきっていることだ。言葉にする程でもない。

 

―――だが懸念事項もある。

 

それは、ここまで伝えたエージェントの言葉全部が本当なのか、だ。

エージェントが普通のAIと同様のルーチンで出来ているならば、嘘はつけない筈だが……正体不明、次元の狭間にまで干渉して来れる辺り普通ではないのだろう。

じゃあ信頼出来るかどうかと問われれば、少なくとも出来る方だと断言出来る。

彼女らAIは、用途や使命(目的)は違えど、それらを成す為に生みだされた存在だ。

 

そんなAIである彼女が、己が使命を成す為に此処(次元の狭間)まで来ているとするならば、信じてやるのが生み出した人間側の役割だ。

……まあもっとも、彼女が人間製のAIとも限らない可能性もあるが、そこは一旦置いて置く事とする。

 

「―――それで? 俺にそれを伝えに来たという事は、何かしろってことなのか?」

 

とりあえず今言いたい事全部飲み込んで、腹を括った凪はエージェントに対し目的を伺う。

しかし問われた彼女は、何も答えずに足元へ視線を落とし、下へ指を指す。

 

《私達は関われない、けれど運ぶ為の風なら送れる。紡ぐ為の風、届かせる為の風》

「……いやちょい待ち、言葉の意味が分からないんだけど」

《愛しき人、疾風(ゲイル)たる(アウト)から吹き抜ける風。代理人たる私や『オリジナル』からは何も話せない、干渉出来ない、権利も無い。御伽噺には必要無いのかもしれない。―――けれど背中を押す為の風は吹いてもいい筈》

「待て、待て待て待て、だからどういう――――っ!?」

 

勝手に訳の分からない話を始めだしたエージェントに待ったを掛けようとするが、不意に彼女が指示した方向へと、引っ張られるような感覚が全身に襲い掛かった。

思わず視線を足元の空間へと向けると、見知った建物を上から見たような光景が収まっている穴が広がっているではないか。

 

それは自分の居た世界のとは違う箇所が結構多いが、少なくとも全く同じモノをつい先日見て、しかも過ごした場所でもあった。

 

本土へ繋がる橋を除けば周囲を青に囲まれた、学園を始めとした施設が敷き詰められた島。

現状、自分が唯一知る並行世界(パラレルワールド)の、IS学園。

それを上空から見たような光景が、穴の先に広がっているのを見て、だが凪は一つの疑問が浮かんだ。

 

―――真夜中じゃなくて、昼間、だと? 確か前訪れた時は時間の流れはほぼ同じだった筈だが……?

 

しかしそんな小さな疑問を感じている間にも、どんどん穴へと向かって落ちていき―――やがて小さな鋼の影を視界に捉えた。

色は違うが、その形を見間違えることは無い。

機械仕掛けの紅い蟷螂が一匹のみ、IS学園上空で佇んでいた。

 

《僅かばかりに機体のエネルギーだけは回復出来た、なら後はもう私に出来る役割は無い》

「……回復してたのはそういう事か」

《愛しき人、後は貴方が為せる事を為して欲しい。それが私の望み、私たちの望み、『オリジナル』の望み》

「為せる事……」

 

気が付けばバイザーの右半分では砂嵐が収まりつつあり、それと合わせる様にエージェントの姿にもノイズが走り始めていた。

言葉通り、もう役割を終えたが故に去ろうとしているエージェントを見据える。

正直色々と訊きたい事がまだ山の様にあるが、それを聴くだけの余裕も残されたいないのだろう。

穴へと引っ張られる力がまた一段と強まったのを感じながら、仕方ないと自分を納得させる。

 

「……ったく、仕方ねぇ。言われた通り向こうで為すべきことを為す、それでいいんだろ? なら為すかわりに、絶対後で詳しい話教えろよ?」

 

『アウト』達が未だ反応しない為、自ら換装プログラムを起動させてアウトフレームDの装備をGフライトから高機動用であるエールストライカーに変更し、換装し直す。

続いて左腕には、近接用の装備ソードストライカーの一部であるアンカーユニット『パンツァーアイゼン』を取り付け、エールストライカーのエンジンに火を入れる。

 

「―――やれやれ、無風状態を示す名前してんのに、風になれとは無茶を言う」

 

目前に迫った穴へ向け、頭が前に来るように姿勢を反転させると同時に一気に瞬間加速(イグニッション・ブースト)を起動し、次元の狭間から穴の向こう側へ。

悪意の鎌を見知った地へと向けている、鋼鉄の化け物が待ち受ける外へと飛び出した。

 

《―――愛しき人、貴方に祈りを。健闘を》

 

その背に、役割を終え消えゆくエージェントの声援を乗せながら。

 

 

◆■◆■

 

そんな逢瀬を、『燃える三眼』が見ていた。

しかしそれ程興味を持っている様子でもなく、けれど視界に入ったから見ていた程度の意識しか向けていない。

 

「まったく、偶然(じこ)で舞台への飛び入り参加はあまり感心しないんだけれどね。まあ『彼』の物語のスパイスにでもなってくれるというのなら、別に構いはしないけれど―――いや、違う。そうじゃないのか」

 

三眼はそう呟き、自身の認識の甘さを改める。そして、何を思ったのか彼らが通った後の穴に向け手をかざし……

 

―――ガチャリ

 

「この御伽噺(えんもく)偶然(じこ)じゃ成り立たないもの。彼が舞台に上がるからこそ、『ボク』や《奴》にも想像できない必然がそこにあるはず。だって、そう考える方が面白そうじゃないか」

 

そう考えただけで、胸が躍りそうになる。そう、むしろこの御伽噺(えんもく)は簡単には想像できないほどの『必然』が集う可能性があって然るべきなのだ。

 

―――だからこそ御伽噺が成り立つのなら、君自身が思う『()()()』という起爆剤が何を生むのか……楽しみに見させてもらうよ、高天ヶ原凪くん?

 

 

◆■◆■

 

 

あらゆる色が混ざった次元の狭間から、雲一つ見当たらない真夏の大空へ飛び出た途端。

装甲越しとはいえど降り注ぐ真夏の日差しと全身を包み込む蒸し暑い空気に、少しだけクラっと来るが、耐える。

 

―――あぁくそ、数十分前までは夜中の海上だった分、急な温度変化で体の調子が……。

 

おまけに、先ほどまで何とか我慢していたとはいえ一度開いてしまった傷がズキズキと痛むのもあり、無茶な戦闘機動は出来るか不安だ。

 

眼前に迫った紅い鋼鉄の蟷螂が、こちらに気付き鎌を振り上げる動作を行うと同時に、その周囲にいきなり八体もの緑色の蟷螂どもが燐光とともに姿を現し、迎撃の姿勢を見せた。

 

やはり姿を隠してる奴が居たかと考えながら、一気に増えた敵に対しどう動くか頭を働かせる。

数はもちろん、ベストコンディションではない自分と向こうとでは、向こうのが有利だ。

しかし、やるしかあるまい。

―――それに、少なくとも一人で全部やる必要はないのだ。()()()()()()()()()()()

 

「―――さぁて、いい加減起きろ、『アウト』! 『ゲイル』!」

 

右手でストライカーからビームサーベルを抜き、真っ先に襲い掛かってきた緑のブリキ蟷螂に斬りかかりながら、左手のアンカー(パンツァーアイゼン)を側面から攻めて来たもう一体の緑の顔面へ向け撃ち放つ。

そして叫ぶように半フリーズ状態だった二人へ呼びかけると、バイザーの両端に白い少女と青い少女のアバターが表示され、それぞれ現況を確認するような動作を見せながら返答してきた。

 

『―――申し訳ありませんマスター、たった今再起動しました。状況の把握は……失礼、再度戦闘ですね。フリーズしていた分を取り戻す為にも、全力で支援致します』

『―――ふぇっ、なんか急に膨大なデータ叩きつけられて意識飛んでたと思ったらいきなりお昼!? あ、今度は真っ赤なカマキリだ!? 三倍強いのかな!?』

「おう、害虫駆除の続きだアウト。ゲイル、お前は支援いいから『修夜』んとこの『シルフィー』嬢に一報入れとけ! 厄介事発生につき突撃お宅のお昼ご飯ってなァ!」

 

顔面へアンカーを食らい仰け反った緑の蟷螂にアンカーワイヤーで捕まえると、次に迫ってきた個体へと遠心力に任せるまま叩きつけ撃破。

 

二体分の爆発が起こると共に、一旦真下へ向け瞬間加速を掛けて連中の下をとった。

そして凪は右手のサーベルを収めると、すぐさまライフルを呼び出し隙だらけとなっている蟷螂共の腹へめがけて射撃を行い、ゲイルへ今すぐ頼れるであろうこの世界の()()()()へ、連絡を取るようにと指示を飛ばす。

 

『え、此処シルフィーちゃんの居る世界!? ―――あ、ほんとだシグナル発見! オッケオッケ、今アリーナに他の子達と一緒に集まってる! ソッコーでヘルプしとくね!』

「―――んじゃまあ、返事が来るまで蟷螂退治のお時間だ!」

 

反撃とばかりに口元から砲撃を返してくる四体と、紅い個体を先頭に両腕の鎌を振り上げ突撃をかましてくる三体。

それぞれの()()()()()()()()に乗せた反撃と追撃を躱しながら装備をGフライトに変更し、飛行形態へと移行。

初速を瞬時加速で稼ぐと共に、真正面から来る群れの右翼を抜け、バイザーの向こうで敵と白い入道雲が左へと流れていく。

 

『追撃来ます!』

「そう来なくちゃなぁッ!」

 

視界の端で、敵の砲口が火を噴き、連続する砲音と幾筋もの光が背に迫る。

ほぼ直感と反射のみで機体を逆立ちの形へ九十度傾け、進行方向はそのまま瞬時加速も用いて強引に()へ回避を敢行。

頭上がIS学園を中心とした海面に、足元は突き抜けるような青空と水流のように流れていく雲。

そんな上下が反転した景色の中で走り抜ける光をギリギリでやり過ごした。しかしその先には待ち構えていたのか、新たな蟷螂が三体、燐光とともに姿を現し頼んでもいないお出迎えの砲撃を見舞ってくる。

 

『左ッ、次ちょい右来ます!』

「次から次へと……モテる男はつらいねぇ!」

『言ってる場合ですか!』

 

短く告げられたアウトの声に、反射的に対応。ビーム同士の細い隙間を縫う様に潜り抜け、間髪入れず三発のビームを撃ち込み、三体中二体を撃破。そこからはもう指示を待っていては間に合わない。

苦し紛れの軽口の応酬と共に次々と背中へ襲い掛かるビームの雨を反射と直感を頼りに回避しながら、前方に残った伏兵の一体をすれ違いざまに撃ち落とし一気に後続との距離を空ける。

 

強引な機動を強いた機体は軋みを上げ、両耳には警告音のオンパレード。肉体は本格的に傷が開き始め、上半身前面に走る斜めの傷から、生暖かさと汗とは違う水気が滲むのを感じ始めた。

もっと言うと、胃の中身がせり上がってきてたりする。

 

「―――っべぇ、吐きそう……」

『今吐いたら確実に気道塞いで窒息しますので、どうぞご遠慮ください!』

「今度ゲロ袋機能実装しよっかな……!」

『そんなことしたら今後ナビゲーション及びアシストサボりますので!』

 

あらやだ辛辣。

―――しっかし、そろそろ本格的に拙いな…修夜からの返答は、まだか?

 

不調が如実に表れだし、焦燥感が首をもたげ始める中。

漸くというようなタイミングで、プライベート・チャンネルに着信音が鳴り響いた。

やっとか思いながらチャンネルを開くと、期待通りの声が届いてきた。

 

『―――おい凪、なに団体引き連れて勝手に学園上空でドンパチしてやがるっ!?』

 

思いの外早かった再開への喜びと、勝手に人様の世界で何真昼間から戦闘してるんだという怒気と困惑を感じさせる声。

この並行世界における一夏以外にISを動かせる男子、『真行寺修夜』だ。

そんな様子の彼に対し、声に不調を出さないようにしながらビームを掻い潜り、凪は努めて元気に返事を返す。

 

『―――よぉ、数日ぶりだな修夜! いやぁ、ちょっと急なモテ期ってところだ!』

『こっちから観測したところ、カマキリみたいな機械しかいないように見えるが? しかも殺意マシマシで女でもない』

『うーん、ジョークをガチトーンで返される辛さってわかる? 修夜さんや』

『んな事言ってないで、どうすんだ? 一応ゲイルから大体の経緯は聞いてんだが』

『とりあえず、今アリーナに居るんだろ? そっちに誘導していいか? 流石にずっと学園上空でやりあうわけにもいかんし、何よりこいつらの動きを制限したい』

 

あと数が欲しい。

そう伝えると、一拍間を置いて返事が来た。

 

『……オーケー。ただセシリアやシャル、ラウラは居ないし、一夏や箒、くーと鈴を除いてお前を知らないのが二名ほどいるが、後で上手いこと口裏合わせろよ』

『あー、初見さん居んのか。ま、対応はそっちに任せるよ。じゃ、今からエスコートするんで準備よろしこ!』

『場所は前に使った場所だからな、忘れんなよ』

 

一体だけ鎌を振り上げ突出してきた緑の個体を撃ち落としたところで通信を切り上げ、眼下にあるIS学園の複数あるアリーナ……その中で以前使った、第三アリーナへ向けて残り五体ほどの蟷螂共をギリギリ追い付かれるかどうかぐらいの速度で誘導していく。

 

『―――マスター! 紅の個体が見当たりません!』

 

しかしアウトからの報告で、凪は紅の個体が居ないことに気付いた。

 

―――どこへ……っ?!

 

飛行形態を解除し、紅い個体を探そうと僅かに足を止めた瞬間。

背中にドロリとした圧を感じた。

 

『六時方向、鎌!』

「ケツ側かよ!」

 

アウトの警告を聴くと同時に、装備をGフライトからシールドストライカーへと変更、紅い個体の鎌を防ぐ。

そしてそのまま、シールド基部のアームを上手い事跳ね上げるように動かし、紅き蟷螂を弾き飛ばし僅かな隙を生み出すと。

 

「―――ケツばっか狙うんじゃねぇカマ掘り野郎! いや蟷螂野郎!」

『アンカー射出!』

 

振り向きざまに左足の膝蹴りを相手の首元へ見舞うと共に、左膝のアンカーを打ち込み追撃を与える。

そして右膝のアンカーも胴へと打ち込むと、牽引する形で一気にアリーナへ向け加速する。

同時に左腕へ可変式の赤い巨大な大剣『タクティカルアームズⅡL』を呼び出し装着。刀身を真っ二つに割ると共に挟み込む為のクロー状の形態へと移行させ、先回りしてきた緑の個体二体を纏めて挟み込み、牽引している紅の個体へぶつけておく。

 

「そぉら、これから地面とキスする準備しときなこの野郎!」

『アリーナまで残り、あと―――!』

 

眼前へと迫ったアリーナの開かれたドーム状の屋根、待ち構えている見知った姿五人の他に初めて見るISを纏った二つの影の姿を捉える。

 

―――あー、ちんまいな。

 

いやそうじゃないだろ、と思わず口にしそうになるのを抑えながら、アリーナへと辿り着く。

そして、地面へとあと10m程度となったところで急ブレーキをかけ、加速を乗せたままのワイヤーごと地面へ紅の個体を叩きつけた。

 

「そのまま地面とちゅっちゅでもしとけ!」

 

轟音と共に砂煙が捲き上がったのを後ろ目に確認しながら、アウトフレームDや白式とはまた違う白の機体を纏う男の隣へ、凪は無事着地を果たす。

 

「―――よぉ、時間通りか?」

「―――おぉ、予想通りの速さだな」

 

振り返り、獅子を思わせるようなパーツが散りばめられたIS『エアリオル・ゼファー』を纏う青年、真行寺修夜へ「だろ?」と言いながらタクティカルアームズⅡLを大剣状態に戻し、肩に乗っけて空から降ってくる残り四体の蟷螂共を見据えた。

そして砂煙が収まると共に、僅かな損傷しか負っていない紅い個体が立ち上がり咆哮を上げる。

 

するとその周囲の空間が一瞬歪んだかと思うと、新たに二体の緑の蟷螂共に加えて今度は蜂の様な見た目の奴が二体姿を現した。

これで計九体、こちらは八人……ちょうどいい数だ。

 

「飛び込み参加で増えたが、いけるか?」

「準備運動にはなるな」

 

軽口を言い合いながら、各々得物を構える傍らアウトらにその場の全員へ相手の特徴と戦術データ配布の指示を出して、呟く。

 

「手ぇ抜くなよ、修夜」

「そっちも怪我が開いてんなら休んでていいんだぜ、凪」

 

そして迫るビームを避けながら、二人は同時に口を開いた。

 

「「ハッ、馬鹿言うな。やってやるさ」」


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