「その声は、我が友、虞美人ではないか?」   作:銃病鉄

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道徳の教科書に載ってた銀の燭台って、レ・ミゼラブルの一場面なんですね。調べて初めて知りました。

ひょんな思いつきで書き始めたら、シリーズ中でも異色の話になったなぁ……。


「お客人、このロウソク立てを持っていかれよ」

「おじいちゃん?」

 

 舌足らずの声が聞こえて、私はぼんやりと眼を開けた。

 

 安楽椅子に座って読書をしていたのだが、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 

「はい、ブランケット」

 

 幼い孫娘が、私の膝にブランケットをかけてくれた。寝ている間にずり落ちていたようだ。

 

「おじいちゃん。もう暗いよ。明かりをつけないと」

 

 そう言って、彼女は部屋の中央にあるロウソク立てを指差した。

 

「ああ、そうだね。ロウソクをともそうか」

 

 私が言うと、その言葉を待っていたように、小さな手がマッチを差し出した。

 

「クリスマスキャンドル!」

「ああ、そうだね」

 

 そう、もうすぐクリスマスだ。

 窓に目をやると、雪が静かに降り積もっているのが見える。この様子なら、今年はホワイトクリスマスとなりそうだ。 

 

「早く、早く」

 

 弾んだ声にせかされて、ロウソク立てに歩み寄った。

 それから、痛む腰を伸ばして、クリスマスキャンドルに火をつける。

 私が若いころから年月を共にした、大切なロウソク立てだ。だが、かなり背が高いので、火をつけにくいのだけが欠点だった。

 

 ボウッと音を立てて、大きな火が二つ揺れると、孫娘の眼がまん丸に見開かれた。

 彼女もまた、このロウソク立てが大のお気に入りなのだ。

 

「わー!」

 

 孫娘が嬉しそうにロウソク立ての黒い表面を撫でている横で、チラリと壁の時計に目をやり、時間を確認する。

 どうやら、私はだいぶ寝入ってしまったらしい。

 

 若いころは昼寝をしている年寄りを見ると、「よくこんな時間から眠れるものだ」と笑っていたものだが。

 寄る年波というものには勝てないらしい。

 

 孫娘を膝にのせて、私はクリスマスキャンドルを見つめた。

 

 こうしてロウソクの燃える音を聞いていると、つい、あの日のことを思い出してしまう。

 

 私が悪の道から救われた、あのクリスマスの夜を。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 雪交じりの風が吹きつける中、まだ青年だった私は、空腹と寒さに耐えながら街を歩いていた。

 

 その時、私は牢屋から出てきたばかりだったのだ。

 

 少年だったころに窃盗で捕まった後、反省することもなく獄中で不埒な行動を繰り返した私は、刑期を何度も伸ばすことになった。

 狭い檻の中で世界を恨む。それが私の青春だった。

 

 クリスマスでにぎわう街を、憎々しい思いで見ていたことを、今でもはっきり覚えている。

 迎えてくれる家族や友人も、宿を借りるだけの金も、持っていなかったからだ。

 

 私はうつむいたまま歩き、眼だけを動かして、盗みに入りやすそうな家はないかと街を物色していた。

 恥ずかしいことに、ためらいもなく罪を繰り返すつもりだったのだ。

 

 しかし、予想よりも早く、体力の限界を迎えた。

 

 少しでも凍える風から身を守ろうと、私は路地裏の物陰に座り込んだ。

 そのまま、立ち上がる気力もなく、ただ凍え死ぬのを待って、ぼんやり宙を見つめていたと思う。

 

 しかし、不意に話しかけられた。

 

「どうされましたかな? こんなところにいては、風邪を引きますぞ」

 

 声の主は、異様な姿をした男だった。

 ドクロの仮面で顔を隠し、右腕を布で覆っていたのだ。

 

 正直に言うと、最初は強盗だと思った。

 

 しかし、逃げ出そうとした私に、ドクロの男は予想外の言葉をかけたのだ。

 

「もし行く当てがないのなら、私のところへいらっしゃいませんかな。一晩ぐらい、お泊めすることはできます」

 

 

 

「どうぞ、中へ。まずは身体を温められよ」

 

 仮面の男に連れてこられたのは、路地裏にたたずむ小さな建物だった。

 壁はボロボロで、窓ガラスにはヒビが入っている。とても人に施しをする余裕があるようには見えない。

 

 本当にただの善意で、私を連れてきたのだろうか。

 私は疑いを捨てきれなかった。

 

「おかえりなさい、呪腕さま。そちらの人は?」

 

 建物に入ると、一人の少女がいた。

 驚いたことに、彼女もドクロの仮面を被っていた。私が牢屋に入っている間に、こんなファッションが流行していたのだろうか。

   

「静謐よ、彼は私の客人だ」

「そうですか。それでは、お食事の用意を」

「だめだ。万が一のことがあってはいけないので、お主はできるだけ近づかないように」

 

 ションボリした様子の少女をその場に残し、男は私を部屋に案内した。

 

 必要最低限の家具しかない、質素な部屋だった。

 あまり裕福な暮らしはしていないのだろう。

 

 しかし、部屋の中央にあるものを見た時、私は思わず見とれてしまった。

 

 

 それは、それまで見たことがないぐらい、立派なロウソク立てだった。

 

 

 全体が黒一色で、余計な装飾はない。

 そして、見上げなければいけないほどに大きい。こんなに巨大なロウソク立ては、めったにないだろう。

 

 そんなロウソク立てが、二つの炎を揺らめかせる様子は、威厳すら感じさせた。

 

「どうですかな。立派なものでしょう」

 

 男に言われても、私はロウソク立てから目を離せずに、黙ってうなずいた。

 

「さあ、食事を持ってきましょう。実は、銀製の食器があるのです。そのロウソク立てほどではありませんが、素晴らしいものですぞ」

 

 それから、質素だが暖かい食事を食べた私は、当初の警戒心もすっかり忘れてベッドで眠ってしまった。

 

 

 

 目を覚ましたのは、まだ深夜の時間帯だった。

 

 物音ひとつせず、建物は静まり返っている。起きているのは私一人だろう。

 そんなことを考えていると、自分の将来に対する不安がふつふつと首をもたげた。

 

 今日はこうして助けてもらうことができた。

 だが、わずかな金もない前科者の自分が、これからどうして生きていけばいいのだろうか。

 

 その時、食事が盛られていた銀の食器のことが、頭をよぎった。

 あれを売ることができれば、それなりの金が手に入るはずだ。

 

 私は、ベッドの上で葛藤した。

 素性の知れない男をもてなしてくれた恩人。彼の善意を、私は最悪の形で裏切ろうとしている。

 

 しばらく迷ったものの、結局、私は足音を忍ばせて部屋を出た。

 

 狭い建物だったので、目当ての食器はすぐに見つかった。

 すぐに逃げ出そうとした私は、しかし、足を止めた。

 

 あのロウソク立てのことを考えたからだ。

 あんなに立派なロウソク立ては、世界に二つとないに違いない。もし自分のものにすることができれば、どれだけ素晴らしいだろう、と。

 

 しかし、盗んで逃げるには、あのロウソク立ては大きすぎた。

 

 結局、私は銀の食器だけを胸に抱えて、その建物から逃げ出したのだった。

 

 

 

「おい、呪腕よ! 起きてこい」

 

 女が乱暴にドアを叩くと、ドクロの男が建物から出てきた。

 

「百貌か。どうしたのだ、こんな夜中に」

 

 男はいぶかしそうに尋ねたが、途中で言葉を切った。

 女の後ろにいる私に気づいたからだろう。

 

「夜中にコソコソしているこいつを見つけてな。調べてみたら、貴様の食器を持っていたのだ」

 

 女が言うのを聞いて、私はうつむいた。

 とても、恩人の顔を見ることができなかった。

 

「貴様からもらったなどと言い訳しているが、どうせ盗んだのだろう。こうして連れてきたのだ」

 

 しばらく、ドクロの男は沈黙していた。

 善意を裏切った私への怒りに、言葉を失ってしまったのだろうか。あるいは、軽蔑してものを言う気にもならないのか。

 そう考えていた私は、次の瞬間、耳を疑った。

 

「百貌よ。その食器は、たしかに私が客人に差し上げたものだ。お主の早とちりだぞ」

 

 男が何を言っているのか、しばらく理解できなかった。

 

 しかし、そんな私をよそに、彼はホッとしたように言葉を続けたのだ。

 

「ですが助かりました。食器は持って行かれましたが、一緒に差し上げたロウソク立てを忘れていたでしょう。あれも持って行かれるとよい」

 

 私の頬を、熱いものが伝った。

 いつの間にか、私は涙を流していた。

 

「よろしいですかな、お客人」

 

 震える私の肩に、そっと男の左手が置かれた。 

 

「忘れないでいただきたい。この食器とロウソク立てによって、あなたは正義の人になる。そう約束しましたな」

 

 もちろん、そんな約束をした覚えはなかった。

 

 しかし、私はその時に誓ったのだ。

 もう悪に手を染めることはしない。この高潔な男に恥じない生き方をするのだ、と。

 

「さあ。お客人、このロウソク立てを持っていかれよ」

 

 ドクロの男の言葉を待っていたかのように、建物のドアが開き――

 

 

 

 ロウソク立てが、重い足音と共に歩いてきた。

  

 

 

Iskandar(イスカンダルゥ)……!」

 

 何度見ても、立派なロウソク立てだった。

 

 黒い巨体は優に三メートルを超しているだろう。

 そのてっぺんで、大きな緑色の炎が二つ、噴き出している。

 

「どうか、このダレイ……ロウソク立てを大事にしていただきたい。この時期なら、クリスマスキャンドルをともすのも良いでしょうな」

Candle(キャンドル)……!」

「ただ、イスカンダルという名前を聞くと、制御不能になる可能性もありますぞ。そこだけはご注意を」

 

 こうして、私は銀の食器とロウソク立てを譲ってもらったのだった。

 

 そして、それから……。

 

 

 

――――――

――――

―― 

 

 

 

 どうやら、またうたた寝をしていたようだ。

 

 私の膝で、孫娘もスウスウと寝息を立てている。

 その寝顔を見つめていると、不意に、目の前にブランケットが差し出された。

 

Cold(コォルド)……!」

「ああ、ありがとう」

 

 ロウソク立てが、孫娘と私にブランケットをかけてくれた。

 

 あの日から、もう何十年もたった。

 銀の食器はすぐに売り払った。その代金を元手にして、私はささやかな商売に成功し、こうして家族を持つこともできたのだった。

 

Family(ファミリィ)……!」

 

 しかし、このロウソク立ては、長い人生の中で、一時も手放すことはなかった。

 私がくじけかけた時ははげましてもらったし、悲しい時にはなぐさめてもらった。時には、ゾウにも乗せてもらった。

 

 ドクロの恩人は、私の心を救ってくれただけでなく、こんな素晴らしい相棒を贈ってくれたのだ。

 こんなに素晴らしい贈り物をもらえた自分は、きっと特別な存在なのだろう。そう思えた。

 

 そして、私はいつか、孫娘にこのロウソク立てを譲ることになるだろう。

 

 彼女もまた、私にとって特別な存在だからだ。

 

 

 

Special(スペシャル)……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、波斯(ペルシャ)の王よ。こんなところに突っ立って何をしておる? 余と共にトレーニングルームに行かんか?」

「…………」

「ふむ? なんだ、その手に握りしめた古ぼけたブランケットは」

 

 

 

Memory(メモリィ)……!」




有名な銀の燭台で、なんかパロディ書きたい
→ダレイオス、ちょくちょくクリスマスキャンドル扱いされるな
→燭台がダレイオスだったらおもしろいのでは?

というわけで書きました。

最初はFGOキャラはダレイオスだけでいくつもりでしたが、いよいよ原作が行方不明になるのでハサンたちに登場してもらいました。
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