かなり忙しく、また集中できなかったがために、あまりうまくまとめきれませんでした。
なのでもしかしたら、かなり端折ってしまって不自然に見える箇所があるかとは思いますが、ご指摘のほど、よろしくお願い致します。遅いクリスマスプレゼントではございますが、お楽しみいただければ幸いであります。
最後に。
今年はコロナなどで色々なことが起きて大変なことになりましたが、来年も元気に投稿を続けて参りたいと思います。
今年もお疲れ様でした。また良いお年を。
《2021.1.1 23:43 加筆修正済み》
–––––– 夜・廃墟島の灯台
昼間と夕方のことを思い出しながら、エンタープライズは手の中にあるものを弄りつつ、灯台の窓辺に片膝を立てて腰掛け、外の景色を見つめていた。薄汚れ、ひび割れた窓ガラスにはひたすら雨が叩きつけられ、吹き荒れる風でがたがたと音を立てていた。星々の輝く夜空は、当然ながら嵐のせいで全く見えない。暗く、激しく冷たい雨と風だけの宵闇が、今は外の世界を支配している。東煌の少女達を助けた夜も、このような嵐の夜ではあったが、今はあの時とは比べ物にならないくらい、状況は危険だった。
そのようなこともあって、今のエンタープライズの胸中は他の誰よりも穏やかではなかった。謎の少女の出自やその戦闘能力はさることながら、あの怪物達や巨大生物のことも、何よりボルチモア達の行方も、未だ分からないままだ。分からないということは、今後自分達はどこを目指せば良いのか、相手はどのような存在でどんな対策を講じれば良いのか、そして何より今何が起きているのかを突き止める術を考える余地すらないのである。その事実に、エンタープライズは次第に歯痒さと焦燥感を抱き始めていた。
『全ての謎を突き止めぬ限り、基地に引き返すどころか生き残ることすら叶わないだろう……』
そのような旨の発言に基づいて、メンバー全員と共に前進することを決めた手前、なんとしてもこの状況を打破せねばならなかったが、かと言ってこれといった手掛かりの一つも手元にはなかった。あの後、少女の持ち物を調べては見たものの、あの戦闘機と謎のキューブ群、そして見つかった"エンタープライズの手の中のもの"を除いても、彼女の身分や人となりなどを示す書類の切れ端どころかハンカチの一枚すら見つけられなかった。
果たして本当に見逃している手掛かりは無いのか、そもそもこのまま前に進んでも良いのか? 物憂げに傍のオイルランプの火と、それに群がる数匹の蛾を見つめながら、ふとそんな不安が頭を過ぎったその時、空気中にふわりと、心地よい独特の香りが漂う。嗅ぎ慣れたその香りにエンタープライズは思った。これはもしや…?
「エンタープライズ様」
呼ばれて顔を上げると、目の前にベルファストが立っていた。銀のトレイを持ち、そのトレイの上には持参してきた魔法瓶からマグカップへと注がれたコーヒーが、湯気と共に芳しい香りを漂わせている。
「ベルファストか。すまない、恩に着るよ」
「私はメイドです、この程度造作もないことでございます」
そう言って、ベルファストはエンタープライズにマグカップを渡す。飲んでみると、柔らかな苦味とほのかな酸味が口の中で広がる。あまり飲んだことのないコーヒーだなと、エンタープライズは思った。
「優しい味わいだな…。淹れ方を変えたのか? それとも、違う品種か?」
「お気づきになられましたか? でも、変えたのは挽き方と淹れ方だけでございます」
「……意外だな?」
「ふふ。どのようなコーヒー豆や紅茶の茶葉でも、少し工夫をすれば、如何なる高級品よりも味わい深く、心地よいものになります。つまりは、何事もその物の使い方と、後はほんの少しの真心が肝要、と言ったところでしょうか?」
「それこそが、メイドに必要なファクターの一つ、ということか?」
「というよりは、ヒトにとって必要なことでしょうか? どれだけ価値あるものでも、使い方を誤れば後に残るのは虚飾と傲りの事実だけ。真っ当な使い方が出来なければ、何物も無用の長物となってしまいます」
「とどのつまりものは使いよう…、ということか」
「左様でございます。何事も、臨機応変さと創意工夫が重要です。それこそが、冒険する心、優雅な精神を育み、そして場合によってはヒトであることの証明たり得ると私は思います」
「この世は本当に必要なものしかないなんて、本当にそう思うか?」
「さあ、如何でしょう? ただ私は、私自身のカンレキも含め、今まで生きてきた中での出会いと別れ、触れた知識や感情、その他全てにおいて、何一つ無駄だったものなどありません。私にとってそれらは、かけがえのない宝でございます」
「宝、か……」
エンタープライズの一言に一瞬微笑んだベルファストだが、すぐにその表情が曇り、オイルランプで照らされた横顔にまで影が差してしまう。
「……ですが、今の私達の世界は、無駄が無いとはとても言い難い状況です。目の前に敵がいながら、意見の食い違いから2つの陣営に別れ、争い合う……。敵を倒した訳でも、全ての謎を解き明かした訳でもなく、ただ主張を違えただけでこの有り様……。何が正しく、何が偽りかも、それどころか誰が敵なのかさえも、結局のところ分からぬまま、私達は今も戦い続けている……」
ベルファストの話を遮ることなく、エンタープライズは黙ってマグカップを傾ける。中の温くなったコーヒーがそろそろ底に着こうとしていたが、構わずベルファストに耳を傾ける。
「思えば、私達はセイレーンを一度退けることが出来たとはいえ、あくまでもそれは撃退しただけのこと。残念ながらまだ根本的な問題は、未だ何も解決はしてはおりません。セイレーン達が何処から現れ、何の目的があって世界を攻撃し、何故今になってまるで様子を見るように滅多なことでは現れなくなったのか……。結局そのようなことを考える余地のないまま、私達は互いに争い合うようになってしまいました。そう考えると、何が何でもセイレーンの技術を手に入れ、何の為に彼の方々が私達の目の前に現れたのか、その真相に誰よりも手の届くところにいる鉄血と重桜の皆様の方が、本当は正しい道なのではと……。最近は、そう思うことが度々ございます。間違っているのは、もしかしたら、"私達"の方ではないのか、と……」
そう言ってエンタープライズの顔を見るベルファストだったが、真剣な表情で聞き入っている様子に思わず苦笑した。
「……申し訳ありません。本来、このようなことを私が申し上げるのはあまりにもらしくなく、その上行き過ぎたことであるとは存じております。ただ…、ただ私としては、これ以上恐れているだけでは何も始まらない…。そう考えているのです」
「そうか……、貴女も案外そう考えていたのか……。いや、意見を言うのは構わないよ。どうか気にしないでくれ。実のところ、私も本当はそうなんじゃないかとつくづく思うことがあるんだ。よくよく考えると、今の私達を取り巻く状況にはあまりにも謎が多く隠されている。その上今回の件だ、これ以上はただ闇雲に戦っているだけでは済まなくなってきているのかもしれない。メンタルキューブとて本来はセイレーンから齎されたものなんだ。とすれば、私達KAN-SENだって、本当はセイレーンから生まれた存在だとというのに、何故こうまでして争う必要があるのか、とね」
「もっとも、その考え方も間違っているのかもしれないけどね」と、エンタープライズがそこまで言ったところで、ベルファストはエンタープライズが手の中に何か持っていることに気がついた。白く扁平で、中央に電源マークのような模様の書かれたボタンと、裏側に針のない画鋲のような端子のついた、勾玉のようなシルエットの物体だ。あの少女の持っていた、唯一の手掛かりだった。もっとも、手掛かりと呼べるかどうか分からない代物ではあったが。
「エンタープライズ様? それは……」
「ああ、これか? これはあの少女が右のこめかみに付けていたものだ。一通り見てみたが、どうやら何らかの機械らしい。彼女が我を失った時に、最初は青色だったんだが、この機械も突然赤く光り始めたのが気になってな。最初は彼女の一部かと思っていたんだが、これが剥がれた時は、かなり驚いたよ」
勾玉状の物体を真上に向かって放り投げ、片手でキャッチしながらエンタープライズは言った。試しに自分のこめかみにも付けてみたが、あの眠る少女のように既に機能を停止していたこと、もしかしたらあの少女にしか使えないか、もしくは何か特別なプロセスが必要なのかもしれないことを、ベルファストに語った。
「何と恐ろしいことを……。もしかしたらあの少女のように暴走していたのかもしれないのですよ?」
「その可能性も考えたが、最初これの電源ボタンらしい部分を押しても無反応だったから、仕方なく、な。多分、彼女の意識とも同期しているのかもしれない」
「ですが……」
「さっき、恐れているだけじゃ何も始まらないと言っていたのは、何処のメイドさんだったかな?」
悪戯そうな笑みを浮かべるエンタープライズに、ベルファストは顔を真っ赤にして俯く。数刻前の自身の意見と違えるような発言をした自分に対してではない。いや、無論そちらも理由ではあったが、何よりもエンタープライズが一瞬見せたその屈託のない笑みが、とても美しかったことの方が大きい。何時も鬱病患者のような生活と戦い方をしている割にはあのような笑みも作れるようになったとは、これは思った以上に今までの自分の努力が報われているのかもしれない。内心喜びつつ、それが顔に出ないよう平静を装うつもりでベルファストは咳払いした。
「ああ、そういえば聞きたかったんだが、皆とあの少女は今はどうしてる?」
「ハムマン様のこともあって、駆逐艦の皆様には先に休んでいただいております。今はホーネット様があの白いお方の様子を伺っておいでです。今はまだ、意識を失ったままのようですが…。ノーザンプトン様は、先程資源集めから戻って参りました。ですが見つかったのは、旧式の対空砲パーツに魚雷一発をはじめとした僅かな弾薬ばかりで、他に目星のつくものは見あたらなかったとのことです。それに、燃料と食料もあまり期待できるものではないとか……」
「ふむ……。どのみち此処には長く留まってはいられないだろうな。まあでも、贅沢なんて言っていられる状況じゃないんだ、この際見つかっただけでも感謝しようか」
「ええ」
そこまで言った後で、エンタープライズはベルファストがまだ何か言いたげな様子であることに気がついた。
「ベルファスト? どうしたんだ?」
「…え? あ、申し訳ありません。如何いたしましたでしょうか?」
「いや、どうにも貴女が何か言いたげな様子だったから、気になってね」
一呼吸置いて、言う。
「当ててみよう。あの少女と……、ホーネットのことだろう?」
はっとしたように顔を上げるベルファストに、エンタープライズは微笑んだ。
「貴女が私のことを少しだけ理解してくれたように、私だって貴女のことを少しだけ理解できてきたからね。何となく、そうじゃないかと思ってたよ」
「やはり、ホーネット様のご様子にお気づきだったのですね?」
「彼女は私の妹なんだ、気付いてあげなくて何が姉だ」
だが、とエンタープライズはそこで一旦言葉を切る。
「……そんな妹の悩みが何なのかまでは分からない辺り、結局同じことなのかもしれないがね。前に聞いてみたけれど、何も無いの一点張りで無理に笑いかけてくる。本当なら無理やりにでも聞く必要があるのかもしれないが、どうにもなかなかその勇気が持てない。だから、そのことで今の今まで私もどうすべきか悩んでいたんだ」
元来、ホーネットというKAN-SENは明るく社交的な性格で、周囲の雰囲気がどれだけ暗くとも、無理にでも場を盛り上げて皆を励まし、「よく食ってよく寝てよく遊ぶ」が座右の銘という、元気の擬人化のような
だがこの頃、時折彼女はしばしば背後や周囲を見渡すような、何者かの視線を気にするような素振りを見せていることを、エンタープライズとベルファストは知っていた。相棒であるノーザンプトンも同様だった。最初はホーネット自身でもその違和感には気付いてはいなかったか、或いは気にするほどでもなかったようだ。だが、腐っても彼女は姉であるエンタープライズらと同じヨークタウン級空母のKAN-SENである、次第に違和感はより確実なものとなったらしい。今はもう、何かに怯えるような素振りを見せ始めており、その憔悴振りは誰がみても明らかだった。
「彼女の様子がおかしくなったのは、シェフィールド達と明石を救出したあの作戦の後からだ。最初はさしてそうでもなかったのに、ここ最近は後ろから声をかけただけで驚いてしまう。何があったのか訊こうとしても上手い具合にはぐらかされる。もしかしたら例の巨大生物を見たショックかもしれないという話も考えたが、アレを見たのはあくまで敵の増援を防ぐ為の後方支援の部隊と、そのレッドアクシズの増援艦隊だけだから、彼女がそれで思い悩む筈がない。妹の悩みを聞いてあげられない私は……、姉失格なのかもしれないな」
「そんな……。滅相もございません。貴女様は、重桜の襲撃してきたあの日、手負いであるにも関わらずホーネット様率いる艦隊の皆様を救出しようと出撃なされたではありませんか。そこまでのことは、たとえこの私であってもそうなかなか出来ることではありません」
「だが貴女やクリーブランド達がいなければ、結局下手をすれば皆の足手まといとなって、今頃ホーネット達諸共海の藻屑と化していた。今思えば、かなり軽率な真似だったよ」
「確かに、迂闊な真似ではあったかもしれません。ですがそのおかげで、ホーネット様達をお救いになられた。それだけは紛れもない事実であります。貴女様のホーネット様への愛は、間違いなく本物なのですよ? 確かに仲の良い兄弟姉妹でも、気持ちの整理がつかないものというものは沢山ございます。私とて、それは例外ではありません。だからといって、それで姉失格という話に繋がるわけではありません。往々にして良くある話です。兄弟姉妹でも、秘密にしたいこと、迂闊に話せないこと……。沢山ございます。私とて其れは同じことでございます。だからこそ、本当に大事だと思って悩むのなら、いっそせめて話してくれるようになるまで放っておくのも、優しさの一つではないかと存じますが…」
ベルファストのその言葉を聞いて、エンタープライズは思わず苦笑した。オイルランプに照らされたその横顔は美しかったが、その一方で普段はその穢れのない澄み切った菫色の瞳は、この嵐の夜のような澱みを孕んだかのように暗かった。
「……相変わらず世辞がうまいんだな。けど、ホーネットのことを心配してくれたことについては、素直に感謝したい。ありがとう。妹のことについては、今一度様子を見て、何かあったらサポートするようしてみるよ」
「お戯れを」
前言撤回だ、この女性は未だ気負いすぎるきらいがある。この分だとまだまだ道のりは遠いようだと、ベルファストは内心落胆しつつ、二つ目の疑問についてエンタープライズに尋ねた。
「……ホーネット様のことにつきましては、ひとまず承知致しました。では、改めてもう一つの疑問について質問してもよろしいでしょうか?」
その問いかけに、エンタープライズは頷く。
「構わない。それに、こっちも大体の見当はつく」
言って、空のマグカップを差し出す。エンタープライズが差し出したそれを手に取って、魔法瓶からまだ熱いコーヒーを注ぎながら、ベルファストは言った。
「……あのお方は、私達KAN-SENとも、あるいはセイレーンとも間違いなく違う存在だと思います。まず艤装やその見た目、其れにあの方に用いられていると思われる技術からして、私達にも、そしてセイレーンにもないものばかりです。そのうえ、記憶まで持たないどころか明らかに暴走を起こした……。紛れもなく、危険だということは間違いありません。だからこそ、あえてそれを承知で彼女を私達で抱え込むことにした…」
マグカップにコーヒーを注ぎ終わるタイミングで、今度はエンタープライズが口を開く。
「問題はそこからどうするのか、考えがあるのかどうか聞きたいんだろう?」
「ええ」
一瞬困ったように微笑んで、コーヒーを一口飲んでからエンタープライズは口を開いた。
「実を言うと、これから先をどうしたらいいか私にも分からないんだ。正直に言って、手詰まりだよ。これまで色々なものを見てきたつもりだったが、今回のようなことは初めてだ。然も彼女は、得体の知れない力を持っていて、下手をすれば想像以上に危険な存在かもしれない。けれど、それだけで彼女のことを敵だと判断するにはあまりに早計だ。そして何よりもあの力だ。あのまま放っておく方がかえって危険だ。だから…」
「困っている、悩んでいるなら助けるべきだ…。そうお考えになられたのですね」
「……後悔が無いと言えば嘘になる。だが、あの時間近で見た彼女の瞳、あれが、あれだけは無性に気になった。カメラのレンズみたいな、感情らしい感情を感じない、まるでマシーンみたいだったが…。何故か、"驚いている、怖がっている"と感じてな……」
「エンタープライズ様にしたことは、故意ではなかったということですか?」
「恐らくは、な…」
頷き、再びコーヒーを飲み干したエンタープライズに、ベルファストは再びマグカップへと魔法瓶の中身を注ぎ始めた。
静寂と雨の音が不気味に支配している。この不気味だが穏やかな静寂は、永遠に続くと思われた。
そんな中で事態が動いたのは、其れから数分もしない間だった。
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–––––– キガ…ツク…トガ…ツク…ト……
キガ…ツク…トガ…ツク…ト……
ワタシハ…シハ……
バイドバイド……バイド……
バイドニ…バイドニ……
ナッテイタ ナッテイタ…ナッテイタ…ナッテイタ… …
ミンナ…ミンナ… ワタシニ…ワタシニ…ワタシニ……
ジュウヲムケル……ジュウヲムケル……ジュウヲムケル……ジュウヲムケル……
イヤダアツイアツイナゼソンナカヲヲスルノヤメテイヤダヤメテヨキヅツケナイデヨイタイヨヤメテヤメテ!
ヤメテイタイイタイタイタイヲネガイヤメテヤメテヨモウイヤ…ダヨ……。
「姉ちゃん‼︎」
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脂汗をかきながらホーネットは飛び起きた。自分が得体の知れない機械と肉の塊の化け物と化した夢を見たなら尚更だった。起きて早々、思わず辺りを見回した彼女は、何の変哲もない廃墟と化した灯台の地下室を見て安堵すると、今までで一番最悪の目覚めね、と溜息をついた。
「お、目が覚めたか」
声が聞こえた方に目を向けると、卓上ガスコンロにフライパンをのせながら、薄切りにしたスパムを炒めているノーザンプトンと目が合う。雨に濡れた身体を毛布に包んだその姿は、重桜の伝統料理"おにぎり"か、伝統行事の雛人形のように見えなくもない。大きなくしゃみをした後、ノーザンプトンが尋ねる。
「済まない、あの戦闘機を近くの船小屋に入れたりしてたら身体が冷えてしまってね…。見つかったのもスパムの山とブランシュ爆薬とかが少しぐらいしかなかったよ。食べるかい?」
フライパンの中のスパムを見せるノーザンプトンに、ホーネットは食欲が無いと断ると、そのままボロボロのソファーに寝転んだ。あの悪夢が気になって仮眠どころか、少しも眠れそうになかった。
"肉と機械の怪物と化し、姉と「謎の異形」達に殺される"夢。
その悪夢は、この数日前のメイド隊救出作戦の後から始まった。やがて其れは、起きている時にも幻覚という形で現れ始めていた。其れでもなお、彼女が姉も含めた周囲に黙っているのはただ、「心配させたくない」という唯一の感情からだった。
「大丈夫かい? 随分とうなされていたみたいだが…」
驚いたホーネットは飛び起きて、思わずノーザンプトンの顔を見て言った。
「いやいやいや! 大丈夫大丈夫‼︎ ただ単に、姉ちゃんに演習でボコボコにされる夢を見ただけだよ‼︎ 心配なんてノープロブレムだよ!」
「そうか? ならいいんだが……」
まさか聴かれていたと思わなかったホーネットは、でっち上げの夢の内容を話し、話題を逸らそうと爆薬の話題を持ちかけた。
「……にしても、ブランシュ爆薬かあ。導火線とか起爆装置はあるの?」
「いや。けど作ることは出来る。道中で壊れたラジオなんかを見つけたんだけど、まだ生きてる回路や電池などが幾つかあったから、其れから装置を作れる筈だよ。明石やリノから色々教えてもらった経験が、こんなところで役に立つとは思わなかったけど」
「確かにそういうの、ヴェスタルは教えてくれそうにないもんね」
「元々、緊急用無線を作るつもりだったんだけど弾薬の数も少ないし、贅沢は言ってられないからね。ここに長居は出来ないし、まあ兎に角今は…」
ノーザンプトンがそこで言葉を切ったのは、何も意図的なものではなかった。
––––––地面が、揺れている。
––––––空が、太陽のように明るくなった。
何の予兆もなかった今この時、彼女達に緊張が走ったのはいうまでもなかった。
「おい、一体どうした! ホーネット、ノーザンプトン!何が起きてる⁉︎」
上階からベルファストと共に降りてきたエンタープライズに、2人は声をかける暇がなかった。崩れた灯台の、地下室の外へと通じている屋根に空いた穴。暗闇と雨風、其れにサーチライトに阻まれてよく見えないが、「Jörmu」の文字が書かれた鈍い鉄色の船体が、空中に浮かんでいるのはわかった。其れだけは理解出来た。
だが、次に聞こえてきた言葉に、彼女達は耳を疑った。
「やあ、連合基地のKAN-SEN諸君。近海を飛行中に君達の姿を捉えたので、救助にやって来た。私は現在この『ヨルムンガンド級輸送艦』艦長代理を務める、ロイヤル所属の戦艦キング・ジョージ5世だ」
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バイドとは…。
其れは、決して滅せない悪魔。
其れは、決して覚めることのない悪夢。
其れは、決して潰えることのない憎悪。
其れは、決して消えることのない悪意。
そして全てを贄にしようとする狂気の生命体。
そしてそれは、生物と機械の入り混じった怪物の姿をしていた……。
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