ラフム達は逃げ惑うが、彼らの命を刈り取る死神は一切の慈悲もなく――あるいは一撃で殺していることが慈悲であるかもしれないが――容赦なく始末していく。
その死神であるが、気分的にはノリノリとかいうわけではなかった。
麻菜は害虫駆除をしているような気分であった。
彼女は絶望のオーラⅤを纏って高速で飛び回るだけであり、殺虫剤を上空から散布して大地にいる害虫を処理することと似たようなものである。
ラフム達は抵抗することすらできず、バタバタと死んでいく。
駆除の料金をギルガメッシュに請求してやろうかと麻菜が考え始めたところで、彼女はキングゥがペルシャ湾にほど近い平野で倒れているのを発見した。
彼の周囲にもラフム達はいたのだが、情報共有によって麻菜の接近を知るや否や蜘蛛の子を散らすように逃げてしまっている。
捨てておくか、それとも拾っておくかと彼女は逡巡するが、情報を聞き出せるかもしれないと判断して拾うことを選んだ。
絶望のオーラをオフにして彼女は近づいくと、キングゥの状態がよく分かった。
彼は心臓のあたりを抉られたらしく、見るからに重傷であったので彼女は
すると彼は自嘲気味に問いかけた。
「僕を笑いに来たのか?」
「笑いに来るも何も、ただ通りかかっただけよ。とりあえず知っていることを教えてくれると助かるけども」
麻菜の問いかけにキングゥは周囲を見回す。
彼にとどめを刺すべく取り囲んでいた筈のラフム達はどこにもいない。
「ああ、バビロニアゴキブリならさっきから私が駆除して回っているのよ」
「バビロニア……ゴキブリ?」
さしものキングゥもその単語に目を丸くする。
麻菜は自信満々に頷く。
「ラフムとかいう小洒落た名前をつけるよりも、そっちのほうがいい。あんなのはゴキブリで十分よ」
そこで麻菜は言葉を切って、彼の瞳を真っ直ぐに見つめて問いかける。
「カルデアがあなたを攻撃したとは聞いていない。第三勢力という線も無くは無いが、可能性は低い……となるとキングゥ、あなたは切り捨てられたんでしょ?」
ズバリと指摘する麻菜にキングゥは押し黙るが、彼女にとってその反応で十分だった。
「で、あなたはこれからどうするの?」
麻菜の問いにキングゥは答えることができない。
否定も肯定もせず、沈黙を貫く彼に麻菜は肩を竦めてみせる。
「あなたには荒療治が必要ね。まったく……ギルガメッシュに代金を請求してやる」
何だか不穏なものを感じたキングゥは即座に逃げようとしたが、しかし麻菜はそれよりも早く彼の腕を引っ掴んだ。
振りほどこうとしても全くできない。
「何という馬鹿力だ……!」
「馬鹿力でも怪力でも何でもいいから、ちょっとあなた、こっちへ来なさい」
麻菜は
門の先はウルクのジグラット、謁見の間である。
「ギルガメッシュ! あとは任せた!」
麻菜は
彼が溜息を吐きながらも頷いたのを確認した後、彼女は嫌がるキングゥを門へと押し込んで、門を閉じた。
「これもまた善行ね」
麻菜は満足げに頷いて、移動を再開する。
といっても目的地は目と鼻の先であり、彼女は問題なくペルシャ湾へと到達した。
そこで彼女を出迎えたのは――空と海を埋め尽くすラフムの大群であった。
けたけたという笑い声が木霊して非常にうるさいのだが、恐怖よりも何よりも麻菜がまず一番に思ったこと、それは――
「グロい。やっぱりゴキブリだわ。これは間違いない。R18G指定の必要性を強く感じる……」
麻菜は断言した。
しかし、カルデアの管制室やカルデア内の各所、ウルクにいるギルガメッシュや虞美人、マシュといった具合に、あちこちにリアルタイムで中継されていたのでもう遅かった。
女性達は一部の例外を除き悲鳴を上げ、男性達もあまりのグロさに顔が引き攣ってしまう。
キングゥと話をしていたギルガメッシュもちょびっと及び腰になり、キングゥはラフムに対する殺意を増々にする。
マシュが悲鳴を上げて映像から逃げ出し、虞美人はとんでもないものを見せてきた麻菜を罵倒し、イシュタルとエレシュキガルは泣き叫んで、ケツァル・コアトルは眉を顰めた。
一方のカルデアではオルガマリーが半狂乱になり、ロマニは腰を抜かし、他のスタッフも似たような反応をしてしまう。
管制室が大パニックになる中でダ・ヴィンチが慌てて映像にモザイク処理を施した。
管制室にある巨大モニターの大部分がモザイクで覆われるという中々の状況になったが、とりあえずグロいものは見えなくなった。
『麻菜、それ早く処理しちゃってね。流石はバビロニアゴキブリ、神代のゴキブリは格が違うね』
ダ・ヴィンチの声に麻菜は告げる。
「こんなにいて取り放題なら……唐揚げにしたら一儲けできたりとか……ウルクで屋台を……そうだ、キングゥに食わせよう」
『ギルガメッシュが泣くからやめてあげようね。あとキングゥもさすがにそれは可哀相だからやめようね』
ダ・ヴィンチの答えに麻菜は仕方がない、と溜息を吐く。
グロいが敵ではないと彼女は確信しているので余裕である。
「お前がどんなに強くてもこの数には勝てない!」
「殺す殺す!」
「敵ではない!」
ラフム達の余裕な態度に麻菜はカルデアへ問いかける。
「ダ・ヴィンチ、数は?」
『総数は不明だけど、億を越えているのは確実だね。あと飛行タイプは通常タイプよりも魔力反応が大きいから、たぶん強力だよ』
「といっても赤くないから3倍の強さは無さそうね」
そう答えながら、麻菜は絶望のオーラVを発動させる。
一瞬で目の前にいたラフム達は死んだが、後から続々と押し寄せてくる。
数で押せばいけると踏んだらしく、今回は逃げるような素振りはない。
上陸してくるラフムの大群を水際で即死させ続ける麻菜という奇妙な構図となったが、これでは埒が明かない。
故に麻菜はいよいよ自らの切り札、その一つを切ることにする。
「カルデア及び関係各所へ。いよいよ、私の力を示すときがきた。色んな意味で覚悟して頂戴」
麻菜の前置きに、碌でもないことになるやつだと誰もが確信した。
そして一瞬にして、彼女の装いが変化する。
上から下まで全てガチ装備で固めた、麻菜の全力である。
とはいえ、この装いはカルデアでのシミュレーターにてよく披露している為、カルデア側にとっては見慣れたものだ。
だが、ここからはカルデアにとっても未知のものである。
麻菜はその背中に光輝燦然とした純白の翼を顕現させる。
その数は4対8枚。
それはまさしく熾天使としての証であった。
一方、ラフムショックから立ち直ったカルデアの管制室は驚愕に包まれていた。
事前に麻菜からそれらしいことを伝えられていたが、実際にこうして目にすると驚かざるを得なかった。
「綺麗……」
オルガマリーの小さな呟きは静まり返った管制室によく響いた。
それほどまでに今の麻菜は美しく、普段のおちゃらけた雰囲気が微塵もない。
しかし、同時に恐ろしさも感じた。
これまで麻菜が真面目にやったときがあっただろうか、と問われるとあんまりない、と答えるしかないカルデアの面々である。
そんな彼女が真面目に、そして翼を出したということやこれまでの彼女の言葉から、どうやらあの宗教の天使として振る舞うつもりらしいと予想はできていた。
何をやるつもりだと興味津々でありながら、戦々恐々としてしまう。
そのときであった。
麻菜の声が届いた。
『異教の神とその子達よ、汝らを断罪しよう。我らが主の御名の下に!』
その言葉と同時に麻菜がレーヴァテインを高く掲げる。
すると、空が一瞬で夜のように黒く染まった。
何が起きたんだと問う間もなく、黒い空にあるものが光で描かれていく。
そして、僅か数秒程で空をキャンバス代わりに使って描かれたモノは完成した。
「嘘だろ……あれはセフィロトの樹だ!」
興奮したダ・ヴィンチの叫び。
彼女の言葉通りに、それは確かにセフィロトの樹であった。
そして、このとき観測機器が異常を示す。
ロマニが叫んだ。
「魔力反応多数! あのセフィロトからだ! 霊基反応は不明! サーヴァントとかじゃない!」
その叫びに対する答え合わせをするかのように、セフィロトの樹よりそれらは現れた。
『主は勝利し、主は支配し、主は君臨される。我らはその尖兵たらん。今ここに我らは異教の神とその子達を討滅する』
麻菜の声が響き渡るが、それと同時にあるものも聞こえてきた。
それは聖歌であった。
まさしく天上の旋律、管制室にいる多くの者達が無意識的に十字を切ってしまうのも無理はない。
『全宇宙でもっとも美しく、もっとも強く、そしてもっとも無慈悲な光の軍団。それこそが我らである』
膨大な数の天使達は海上へ向かう。
そして、次々と海上にいるラフムや空中にいるラフムへ攻撃を加え始めた。
「天使達、ラフムへ攻撃を開始しました……」
とあるスタッフからの呟くような報告がなされたところで、ダ・ヴィンチが口を開く。
「……いや、参ったね。まさかこんなことを仕出かすなんて。魔術王もびっくりしているんじゃないの」
ダ・ヴィンチはそう言って笑う。
ロマニは彼女の言葉に苦笑しながら告げる。
「たぶんね。本当に麻菜君は想定外というか……魔術王にとって、最大の誤算だったんじゃないのかな」
「もしかして麻菜ってガイアとアラヤが結託して人理焼却へのカウンターとして、異世界から呼ばれたんじゃないのかなぁ。こっちの世界で対処できないなら、よその世界から呼べばいいっていう感じで」
ダ・ヴィンチの言葉にロマニは勿論、オルガマリーをはじめとした管制室にいる面々はストンと腑に落ちてしまった。
そんなことができるのかどうかは分からないが、それが一番しっくりくる。
そして彼女の発言からロマニはあることへと思い至る。
「……彼女が色んなサーヴァントを召喚して仲良くなったり、彼女の親類にとんでもない人物がいたりするのってもしかすると、麻菜君が世界の破壊に動かない為への抑止力かもしれない」
「あー、たぶんそうじゃないの? というか、そうとしか考えられない」
ダ・ヴィンチが肯定する。
一方、オルガマリーはあることに気がついた。
もしかして自分が麻菜へ抱いている思いもまた、抑止力によるものなんじゃないか、と。
しかし、彼女の胸中を見透かしたのか、ダ・ヴィンチが告げる。
「所長の思いは抑止力の影響ではないと思うよ。理由は簡単で、所長が麻菜を物理的にも精神的にも止められるとは思えないから」
「ダ・ヴィンチ、私はどういう顔をすればいいのかしら。とても失礼なことを言われたような気がしてならないんだけど」
オルガマリーの言葉にダ・ヴィンチはけらけら笑いながら、更に言葉を紡ぐ。
「いやー、所長って麻菜のやることを許しちゃうような感じがするからさ」
そう言われるとオルガマリーも否定ができない。
麻菜のやらかしたことを自分が受け入れる方向に動いてしまうだろう、と予想できてしまった為だ。
「どうやら麻菜が仕掛けるようだぜ?」
ダ・ヴィンチの言葉にオルガマリーが視線をモニターへ戻せば、そこでは空を飛んでティアマトへ向けて一直線に進む麻菜の姿があった。