僕の名前は
……落ち着け。平静を保て。頑張れ僕……。
さて……なぜ僕がこんな仰々しい名前を名乗ったのかというと、それは僕が現在その名前の持ち主である「竜祥院 九影」なる人物に憑依をしているからです。何言ってるんだこいつ、と思われるでしょう。僕もそう思います。夢であれと先日壁に頭を打ちつけ過ぎて額を割りました。無駄に高級感がある自室の真っ白な壁の一部に赤い花のワンポイントが出来ました。ふふ、おはなきれい……。
この体の主の家族に白い救急車と黄色い救急車のふたつを呼ばれそうになりましたが、黄色いピーポーと白いお部屋は「勉強のしすぎで疲れていて」という言い訳でなんとか回避しました。いっそ入ってしまえば楽だったろうか。ツライ。
憑依する、ということはもとの僕の体はどうなっているのでしょうね……死んでるのかなやっぱり。ツライ。まあ残念ながらそれについては不明なのですが、何故僕がこの体の持ち主について知っているのか、という理由ならばご説明出来ます。本人の記憶が見えるとかじゃないんですねこれが。
家族が名前を呼んだとか、学生証を見たとか、そういうのでも無いんです。僕はもとから彼を知っていました。しかしながらそれは友人や知人といった間柄ではなく、画面越しに知っていた、という奇妙なもの。……でも彼が芸能人とか、そういうわけでもありませんで。それならいくらかよかったんでしょうが。
耳に蘇るのは、懐かしき我が妹の声。
「これは良いキチゲーww」
ちょっとゲームや漫画が大好きすぎるかな? という彼女が、そう言って無理やり僕にプレイ画面を見させたそれは、いわゆる「乙女ゲー」というものでした。兄たちがやっている「ギャルゲー」とは違って、これは女の子の主人公が意中の相手と結ばれるために行動するというジャンルのゲームのようです。どちらも僕にはよく分かりません。
しかしながら妹は昔から僕の困る顔を見るのが大好きなようで、嬉々としてゲームの説明をしてくれました。それがこの体に憑依する直前の記憶……僕は女友達から借りていた少女漫画を読む時間を潰され、ひどく落ち込んでいたのでよく覚えています。ああ、せめてこの体になる前に読みたかった……。
妹が説明してくれたゲームの名前は【恋して
「九影さん、そろそろ学校ですよ」
「あ、はい。今参ります」
回想にふける僕に声をかけてきたのは、五歳年上の義姉。彼女は竜祥院家長男のお嫁さん、つまり九影のお兄さんのお嫁さんだったのですが、お兄さんが事故で死んでしまったので現在未亡人です。身寄りのない彼女を気遣って、父と母が兄亡き今も竜祥院家に住まわせています。黒いロングヘアーにたれ目の下の泣きぼくろがよく似合う美人さんで、彼女も「主人公」の一人でした。
そう、主人公。
思わず立ち眩みをおもしそうになりながらも、彼女の前でそんな姿を見せてしまえば「きっかけ」になってしまうのでなんとか堪える。
が。不意打ち気味に部屋をのぞかれたため、油断していた僕は扉から顔を出した彼女と目が合ってしまった。不覚不覚不覚!!!!
(しまった!)
思うも、時すでに遅く。急激に僕の周りを取り巻く空気が輝き始め、何処からか薔薇の芳香が漂い始める。うっぷ……濃ゆい……。
そして僕が吐き気を抑えている間に僕を見る義姉の頬が紅潮し、瞳が潤んできた。やめて、勘弁してお願いヤメテ。
…………きっと僕は今、薔薇のイラストを背負って空気中に漂う謎の煌めき成分で飾り付けられていることだろう。それはもとの平凡な顔立ちと違って、ギリシャ彫刻のように整った九影くんの美貌を輝かせているはず。……彼、純粋な日本人のはずなのになんでギリシャ彫刻を例えに出さないといけないくらい彫りが深いんだろうな……まあ顔立ちはいいんだけど効果がな……。
初めに鏡でこの効果を鏡で確認した時は死にたくなった。羞恥心で殺されると思ったのは初めてだ。
僕が周りの空気に反した死んだ目をしていると、ピコンと電子音がして黒地に白文字のゲームウウィンドが浮かび上がる。…………義姉の前に。
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選択肢
①「もう、早くしないと九影くんのご飯も食べちゃうぞ!」
②寝起きの九影を見てしまった事に恥じらい、照れたように顔を赤くして目を伏せながら「ま、待ってるから早くしてね」と立ち去る。←
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義姉は悩んだ末に②を選択し、それ通りの行動をとると足早に部屋を去って行った。
ああ、彼女は「世話焼きお姉さん」ルートではなく「一つ屋根の下で戸惑う恥じらいの未亡人」ルートを選んだようですね、ははっ。妹がこちらのルートに進む選択肢を選び続けエンディングを迎えると、背徳感せめぎ合う実家内での濡れ場だと言っていた。死にたい。
僕は折角の九影くんの美形を損なう死んだ目の濃度を煮詰めると、征服に着替えて部屋を出ました。
向かう先は
ピコンッ ☆パターン2「幼馴染」
うるさいテロップ出るのやめろ。
家を出ると玄関前で待ち受けていたツインテールピンク髪の幼馴染が「おっそ~い」と可愛らしい声で僕を攻めてくる。けれど本気で怒っているわけではないようで、チラチラと上目づかいにこちらを伺ってきている。妹いわくこのアクションを使いこなすプレイヤーは「チラ見ビッチ」と呼ばれるそうだ。ナニソレ??
好感度メーターの伸びしろは低いが、効果的な場面で使用することで安定した好感度が蓄積されるとかなんちゃらかんちゃら。
誰の好感度かって? 僕だよ(濁った目)
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①お昼に誘う←
②放課後デートに誘う
③部活を見に来てもらう
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どうやら今日の学校イベントの朝一接触の勝者は彼女のようで、その日一日の予定を決める選択肢が現れた。彼女は迷わず①を選択し、顔を赤らめながら後ろ手に何かを隠しながら言う。……隠しているのは多分手作りお弁当だろうな。
ああ、今度は桃の香りがしてきた……。うえっ。これも濃い。キラキラ空気と桃を背負った不審な幼馴染に、彼女は何の違和感も覚えないのか。いや、それも仕様というか匂いまで「画面向こう」の人には分からないだろうしな……うん……ふふっ……逃がして。
「ねえ、今日は一緒にランチ食べない? ほ、ほら。あんたが前に食べたがってた卵焼き作ったのよ!」
「ごめん、僕自分でお弁当用意したから! あ、でも一生懸命作ったんでしょう? きっと友達にあげたら喜ぶと思うよ!」
「え、」
「あ、そうだ僕先に行くね! 今日から自転車通学なんだ!」
「な、ならあたしも乗せていきなさいよ!」
「ごめんね! 二人乗りは犯罪だから!! じゃ!」
笑顔で片手をあげると、僕は彼女がいらないガッツを起こす前に自転車に飛び乗って通学路を爆走した。後ろから呼ぶ声? 聞こえない聞こえない、あーあー! 聞こえないなー!! ごめんなさい、僕って耳が悪くて! たしかこういうのって難聴系っていうんだっけ? ライトノベルが好きな兄に聞いたことがあるし、きっと不自然でないはず! 少女漫画が主食の僕にはよくわからないけど!!
ピコンッ ☆パターン3「風紀委員の先輩」
だからテロップ流れるな出るなうるさいぶっ飛ばすぞ。
校門前で塀の上から飛び降りてきた風紀委員の先輩に呼び止められた。
先輩、塀の上から飛び降りるのにはもう学校の誰も突っ込まないので言いませんが、せめて短パンをはいてください。パンツが見えています。パンモロです。僕も男なんだけどモロに見えても気まずさしかない。ちょっと出てくる作品間違えてませんか。
「竜祥院! 自転車通学は禁止のはずだぞ!」
「先日許可をもらいましたから大丈夫です。僕の家、ギリギリ自転車通学範囲内だったので」
「う、うむそうか。しかし、あれだな。そうだ! 抜き打ち持ち物検査をする。風紀委員室まで来い!」
木刀片手にポニーテールの先輩が脅してくる。先端恐怖症になりそう。
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①部屋に連れ込んで押し倒す(成功率25%)
②押し倒して既成事実を作る(成功率10%)
③事故を装って押し倒す(成功率50%)(オプション胸をもませるが30%の確率で発動。事故キスが10%の確率で発動)←
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キラキラ空気と今度はチューリップがにょきにょきと地面から生えてきた。きっと僕の背の高さまで成長して画面内に収まるように頑張るのでしょう。画面内ってなんだよ。僕の常識がブレイクされて久しい。
それにしても先輩怖い先輩怖い先輩怖い。肉欲に忠実すぎて泣きたい。情緒もなにもあったもんじゃない。これ乙女ゲーム名乗っていいの? いや僕は他の乙女ゲーム知らないけど、乙女と名がつくからにはもっと慎ましやかであってほしい。なんで肉食系ばっかりなの。
「すみません、朝から先生に呼ばれているのでそちらに行かないと」
「フッ、そんなものあとでいいではないか。この学校では私こそが法律だ!」
(駄目だこの人早く誰かなんとかして)
と、ここで先輩の前に
はっと気づいた先輩が振り返ると、そこには同級生ながら生徒会長を務める金髪巻き毛の美少女が仁王立ちをしていた。ちなみにこれまで出会った子はみんな美人だ。見た目は。……見た目は。
ピコンッ☆パターン4同時発生「生徒会長」
□割り込みスキル発動
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①「おやめなさい、品位が知れてよお猿さん」
②「この学校の正義であり法律はこのワタクシ!」
③「九影様大丈夫ですか? さ、ワタクシの背中にお隠れになって!」←
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生徒会長は僕を背中にかくまうと、風紀院長先輩と口論を始めた。対戦パートが勃発したようだ。
彼女たちの頭上には格闘ゲームのような体力バーと気力バーが浮かび上がり、次々と選択肢が現れ罵詈雑言から揚げ足取り、知的口論と続いて激しい攻防が展開されている。見えてるけど脳が理解を拒んでちょっと良く分からない。
……僕? その隙に
さて、ここまでの流れでお分かり頂けただろうか。分かった貴方は凄い。さすが僕のイマジナリーフレンド。
でもきっと僕なら分かりません。実際妹に何度も解説されてからやっと理解できたからね。それまでにいくつの疑問符が飛び交った事か。
この「恋して
といってもユーザー八人に対して一人の割合で複数の攻略対象が存在しているから、きっと別の次元では別の九影くんもしくは他のタイプ違いのキャラたちがこの戦場を生きていることでしょう。頑張って。僕はそろそろ心が折れそうです。というか折れてます。でも屈するわけにはいかない。マジでクソです。
この乙女ゲームという皮をかぶった恋愛シミュレーション対戦型オンラインゲームは、複数のプレイヤーでたった一人の相手を落とすために競い合うという内容。
基本的な攻略相手への好感度アップ作業に加え、自分磨きや攻略相手の情報集め、ライバルの妨害など裏から手をまわし練られる多種多様な戦略でプレイヤーは攻略対象とのエンディングを目指します。「ラブスキル」と呼ばれる恋愛アピールのある仕草を身に着けたり、キャラメイキングや初期のポジション設定が細かく出来ることも特徴でしょうか。そのポジション設定も先着順らしく、一番人気が何故か義姉で最下位が幼馴染。時には課金して特殊な設定を盛り込んでくる人も居るようで。このクソゲーに課金とか正気か?
敗れたら乙女ゲームの醍醐味であるイベントイラスト(確かスチル……?)も攻略対象とのエンディングも見られずに「敗者」という事実だけが残る下剋上あたりまえのシビアなそれに、何故だかユーザーが食いついて軽いブームになっていました。世界正気か?
既存の作品に飽きたんじゃないか? と兄弟たちは言っていましたが、そのまま飽きて是非とも現実の恋愛に目を向けてほしかった。もしくは少女漫画でいいじゃないですか。最近はなかなかえぐい内容も増えていますが、それでも少女漫画は素晴らしいと思います。僕の心の
頼む! 頼む!! もうこれ以上!! 僕の女の子への幻想を打ち砕くのはやめてくれ!! まだ女の子とお付き合いしたことも無いのに女性不信になりそうだ!!
その後も校内で保険医、担任、後輩、どじっこ委員長に絡まれながら、今日も僕は現実への帰還を模索している。
助けて。