サイコ・ダイバーズ 〜彼らは人類救済のため前世の歴史を改変する〜   作:多比良栄一

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第10話 とびっきりすてきな人(the cat's whiskers)

「なぜ、わかった?」

 手に持ったステッキでもういちど身構えながら、ハンプティ・ダンプティが言った。先ほど倒したはずの姿とは似ても似つかないほど醜悪で、強靱な姿に変貌していた。

「ぼくの知識とマッチ(match)しないんだよ」

「マッチしない?」

「あんたはこの話に出てこない。兄弟一緒にでてくるのは、『トゥイードルダムとトゥイードルディー』だ。あんたは『鏡の国のアリス』の住人のはずだ」

「特別に出張サービスさ。こちらは君と『対戦(match)』したくてね。あの魂の代わりに、おまえにここにとどまってもらうさ」

 セイは肩をすくめた。

「そんなことしたら、現世のぼくが『昏睡病』になっちゃうな」

「それが我々の使命だよ」

「さっき、ぼくにやられたくせに」

「『そんな昔のことは覚えてないな』」

「じゃあ、思い出してもらおうかな」

心残りの力(リグレット)。こい!」

 セイのこぶしに光が宿りはじめる。

「トラウマ、おまえを浄化(クレンジング)する」

 セイはハンプティ・ダンプティにむかって、無数の正拳突きをくりだした。目に見えないほどのスピードでこぶしがねじ込まれる。

 だが、ぶよぶよとやわらかいハンプティ・ダンプティのからだが「ボヨン、ボヨン」とたわんで、その鉄拳をはねのける。

「は、ずいぶん弾むからだだな。『ビヨン・ビヨン(Boing Boing)』に名前を変えたほうがいいな」

 すると、ハンプティ・ダンプティが親指を下にして不服そうに言った。

「『ビヨン・ビヨン(Boing Boing)』などまったく美しくない名前だ。ブーイング(Booing)だよ」

 セイは再度、パンチを打ち込んだが、ハンプティ・ダンプティはまたもや余裕でそれを受け止めた。まったく効いた様子がないのに、セイが悔しそうな顔をした。

「タフだな」

「もちろんだ。『タフでなければ生きてはいけない』からな」

「それ、マッチしないな。そのセリフは、この時代よりもっとあとに生み出されるし、そもそも、ここイギリスではなく、アメリカが発祥なんだよ……」

「ことばが大事なんじゃなかったのかい」

「い、いや……」

 ハンプティ・ダンプティがうろたえたような声をあげた。セイは手を挙げて空中から『マッチ(match)』をとり出すと、からだにすり付けてパチンと火をつけた。セイが火のついたマッチを握りしめて、火の力をこぶしに宿らせる。

 セイがハンプティ・ダンプティのからだに手のひらを押しつけた。ゆっくりと表面の白身が溶けはじめる。

「なにをするつもりだ……」

 ハンプティ・ダンプティが苦悶の叫び声をあげるが、セイは涼しい顔で言った。

「『そんな先のことはわからない』」

 セイが一気にハンプティ・ダンプティのからだの奥まで、手のひらを押し込んだ。ハンプティダンプティはぎゃっと声をあげたかと思うと、そのまま絶命した。そのからだには、セイの手のひらの形に穴が空いて、そこからどろりとした黄身が流れ出していた。

セイは手についた『黄身』を振り払いながら言った。

 

「なんだよ。『ハード・ボイルド《固ゆで卵》』じゃないじゃん」

 

 

 アリスはルイスに抱き上げられたまま、森をじっと見ていた。やがて、とても寂しそうな顔でつぶやいた。

「ドジソンさん。お友達、いなくなったから、もうお話が書けないのね」

 ドジソンは汚れた顔でにっこり笑った。

「アリス、心配しなくてもいいよ。キミの友達がいなくてもお話は書けるから」

「本当?。今度はどんな話?」

「今度はアリスが『鏡の国』にいく話しなんだ」

 アリスの顔が期待いっぱいに華やいだ。

「ドジソンさん、今度それ聞かせて」

「あぁ、もちろん。もちろんだよ」

 

 アリスがふとなにかに気づいて、あたりを見渡した。

「ねぇ、エドガーさんは?」

「エドガーって?」

「エドガー・ウェストヒルおじさんよ」

「アリス。そんな人はいないよ。ロビンソン・ダックワースのことじゃないのかい」

「ううん、ダックおじさんじゃない。エドガーさんよ」

「でも、アリス。そんな人は存在しないんだ」

 

「エドガー・ウェストヒルは使われなかったボクのもう一つのペンネームだもの」

 

「アリス!」

 アリスが森の方から呼ぶ声にふりむくと、チョッキ姿にもどったセイが木の枝の上に座って笑っていた。

「セイ!」

 アリスが声をかけたが、セイのからだはすうーっと消えはじめ、最後ににやにや笑いだけが残った。

 

 が、やがて全部消えてしまった。

 

「ほうら、セイ、あなた、やっぱり猫だったのね……」

 

「だって、とびっきりすてきな人(the cat's whiskers)だったもの」

 

 

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■参考文献

不思議の国のアリス 著 ルイス・キャロル

数の国のルイス・キャロル  著 ロビン・ウィルソン

 

■参照ホームページ

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ルイス・キャロル

アリス・リデル

ヴィクトリア (イギリス女王)

ジョン・ブラウン (使用人)

P・T・バーナム

 

 

イングランドの笑う猫 

http://agrinningcheshirecat.blogspot.com/2008/01/grin-like-cheshire-cat-grin-like.html

 

キャロルさんの皮肉炸裂☆「不思議の国のアリス」が狂いまくってるワケ

https://matome.naver.jp/odai/2143018694192400801?&page=1

 

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