日高小春にとって矢口春雄は片思いの相手でありライバルである。
アラサー間近になって年齢=彼氏なしとなった今でも、それは変わらない。
そう...変わらなかったーー
「矢口くん元気にしてるかな...」
私はハイボールを呷ると液晶ディスプレイに映るストリートファイターの豪鬼を操る。
社会人になると周りはゲームから離れて対戦してくれる人は自然と減ってしまった。
私自身も中学教員となり、ゲームセンターに行くのはゲームをすることが目的ではなく、生徒を注意する巡回のためになった。
ゲームセンターから足が遠のいた最近の私は、家でお酒を飲みながらゲームをするのが日課となっている。
「あっ...明日は朝の当番があるから、そろそろ寝ないと」
もう、12時を回った。
学生の頃は朝までやっていたゲームも仕事を始めるとそれは出来ない。
私はハードの電源を落として布団をかぶった。
ゲームをまるで惰性のように続けている。
昔のように楽しく出来ていない。
それはやっぱり、一緒にやる人がいないからもあるだろうか。
「やっぱり今でも引きずっているのかな...矢口くんのこと。もし...あの頃、私が大野さんより早く私が出会っていたらーー」
『ーー力が欲しいか?』
「え...誰!?」
『もう一度言う。ウヌは力が欲しいか?運命を変える』
消えていたはずのモニターが急に点いて、一人のよく見知っている男が現れる。
殺意の波動を放つ男...豪鬼。
「運命を変える力?」
『そうだ』
「私は...一度も勝負に勝てなかった大野さんに勝ちたい!」
私がそう言った瞬間、豪鬼は私に向かって手を向ける。
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時代はストリートファイター2のアーケードリリースが始まった1991年。
元中学校教員の私にとって小学生の勉強などクソゲーよりも退屈だ。
学校のテストはいつも満点、友達付き合いも良く、強くてニューゲームの状態。
だけど、私がやりたいことはこんなことじゃない。
私は今日も馴染みのゲームセンターにやって来た。
「おい、あの女の子。ついに29連勝だってよ!」
ストリートファイター2のアーケード機には観戦者の群衆が出来ていた。
私もその群衆に混じって後ろから様子を伺う。
そして、アーケード気に座っている人を見て思わずニヤリとした。
「どうやら、今日みたいだね。矢口くんと大野さんの因縁が生まれた日」
アーケード機には矢口くんと大野さんが対面に座っていた。
すでに対決は終わりに向かっている。
そして、大野さんが扱うザンギエフが矢口くんの使うガイルを完封した。
「ま、負けた...」
矢口くんは肩を落として、席を立った。
「おい、ついに30連勝。すげぇな、あの子」
「次は誰がいく?」
私は50円を手にしながら、大野さんの対面に座る。
私の手が少し震えた。
これは武者震いだ。
時を越えて得たこの力で私は宿敵を倒す。
「おい、あの女の子は!?」
「ここあたりのゲーセンで常にハイスコアランカーの女の子だ...!!これは、いい勝負になる!!」
50円を投入して私はサガットを選択する。
大野さんはザンギエフだ。
そして、バトルが始まる。
「...やっぱり強い。でも、まだまだ」
「...」
私には数十年に渡るストリートファイターの経験と知識、テクニックがある。
特に大野さん対策は何度もイメトレをして立てていた。
少なくともまだ1年もゲーム歴の無い大野さんに負ける私ではない。
ザンギエフの投げ技を見切り、反撃のスキを与えずにコンボを決めてノックアウトする。
大野さんは少し唸りながら、次のラウンドは慎重に動くも巧みな私のフェイントに引っかかり、再びノックアウト。
私は大野さんをノーダメージで完封した。
「...連勝を止めた。しかも、相手に何もさせなかったぞ...」
「あの子やばいな...」
観戦者がザワザワとするなか、私は初めて大野さんに勝った高揚感に浸った。
そして、ふと対戦が終わった大野さんの反応が気になって、私は椅子から立ち上がる。
「...」
「いい試合だったわ」
相変わらず大野さんは表情が読めない。
私は大野さんに近づいて右手を差し出した。
大野さんは私の手を見た後に握り返す。
その手からは悔しさが現れているように少し力強かった。
「あれ?日高って大野と知り合いなの?」
観戦していた矢口くんが私に問いかける。
「ううん。今日始めてだよ」
「そうなんだ」
「矢口くんの方こそ、大野さんと知り合い?」
「あぁ。同じクラスのやつだよ」
「へぇ〜」
「な、なんだよ。その目は」
「別になんでもないよ。さぁ、矢口くん。今日もハイスコア目指そう!」
「お、おい。引っ張るなよ!日高」
大野さんはじっと離れる私達を見ていた。
それを無視して私は近くのアーケード機に向かって矢口くんの手を引っ張っていく。
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私がこの時代に戻ってきた時は小学生3年生の夏休みだった。
最初に私が目標としたのは矢口くんに会うこと。
前回は中学の時に矢口くんと出会ったが、それでは大野さんと同じ土俵に立てない。
私は矢口くんを探すために近所のアーケード機を置いている駄菓子屋に足を運んだ。
すると、私の思惑通りに駄菓子屋に入ると矢口くんを見つける。
私は矢口くんの座っているファイナルファイトのアーケード機に忍び寄った。
小さくて可愛いが、間違いなく幼い矢口くんがアーケード画面を注視している。
「ねぇ、何やってるの?」
「...え、お前誰?」
私は矢口くんの隣に座った。
矢口くんの背は私と同じ位だった。
矢口くんは急に声をかけた私を不審に思いながらも、ゲームに集中を戻す。
だが、最後までは進めることは出来ず途中でゲームオーバーになる。
「あーっ...また負けた」
「へぇ〜、面白そう!次、私にもやらせて!」
「...ほらよ、でもお金は自分で出せよ」
「うん!」
私はアーケード機に50円を投入してゲームを始める。
もちろん、このファイナルファイトシリーズは数え切れないほどやって来た。
私は慣れてなさそうな操作をしている演技をしながら、順調に進めていく。
「お前、すげぇな!俺が死んでるステージをクリアしてる!」
「まだまだ、行けそうだよ!」
矢口くんの反応にニヤニヤしながら、私はゲームを進める。
私がゲームをしているのを後ろで矢口くんが見てくれていることに、無性に懐かしさを感じた。
そしてーー
「すげぇ!俺、初めてこのゲームのエンディングを見た...」
「凄く楽しかった!!ねぇ、あなたの名前は?」
「俺は矢口。お前は?見たことないし、同じ学校じゃないよな?」
「私は日高。そうだね、私は○○小だよ」
私は矢口くんから興味関心を受けているのを感じている。
前回ではここまで矢口くんから気にされた覚えはなかったことに、内心は悲しさと嬉しさが混じって複雑だったりする。
「日高は良くここに来るのか?」
「う〜ん、実は駄菓子屋ってそこまで来てないんだよね。でも、こんなに面白いものがあるなら来てもいいかも!」
「本当か!?じゃあーー」
まるで初めて同志が出来たことに興奮しながら席を勢いよく立った。
そして、ペロペロキャンデーを買って私に渡してくる。
「これ私にくれるの?」
「おう!...次はこっちのこの魔界村をやって見ろよ」
「うん!」
この日、私は矢口くんとゲーム仲間になった。
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矢口くんと出会ってから二週間が経過した。
その間に色々なゲームをしたり、矢口くんの家に招待されて一緒にゲームをしたり、矢口くんのお母さんに大きなホットケーキを作ってもらったり楽しかった。
前回の私では夏休みなんて家族とのイベント以外は退屈で勉強すること以外になかったのに、今回はとても充実している気がする。
そんなこんなで、幼い矢口くんと話しているといくつかの事に私は気づいた。
矢口くんと一緒にゲームをやる人がいない事とそれに寂しさを感じていた事に。
だから、前回は大野さんという存在に強く関心を抱いていた。
今回は大野さんに出会う前に私と出会ったことで、矢口くんは私に関心を持ってくれているのだとも。
「なぁ、日高。お願いがあるんだけど...夏休みの宿題が終わってなくて手伝って欲しいんだ」
「どこから終わってないの?」
矢口くん部屋で、私の前に白紙の宿題と思わしきドリルや作文用紙が広げられた。
「...これ全部?」
「あぁ...頼む!日高!!」
矢口くんは勉強が苦手でそれにコンプレックスを感じている。
それに、矢口くんが将来何度も勉強に苦しんだことを知っている私にとって勉強嫌いは改善してあげたい。
「じゃあ、私が勉強を教えてあげる」
「え...それは、いいよ...」
「駄目だよ。これからずっと私に宿題をやってもらうつもり?」
「それは...」
私はうだうだしている矢口くんに圧をかけながら、折りたたみテーブルの側に座ってドリルを取り出す。
「じぁあ、始めよう」
「ちょっ!?...そう言ってる日高は勉強できるのかよ!」
「私...テストで100点以外とったことないよ」
「え?...」
こうして私は矢口くんの家庭教師としての立場も獲得した。
どう?大野さん。私の矢口くんの攻略はもう始まっているよ。
前回は負けたけど、今回はどんな手を使っても勝つ。
タイムスリップした日高小春による大野晶とのリベンジマッチが始まった。
ハイスコアガールを見て日高さんが勝利するSSがなかったので自分で書くことにしました。