××の先祖返りだった藤丸立香の話   作:時緒

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ゴンドラの連載の影響か分かりませんがちょっとインド成分多めです。
あと話が全然進んでませんすみません。青いにもほどがあるとはいえニワカながらインド兄弟好きすぎて暴走しました。

ちなみに書き手はインド神話の神々は多少知ってましたがカルナとアルジュナの名前はFGOが初見(どうでもいい情報)。ていうかクリシュナってマハーバーラタの主人公じゃなかったんですね。びっくり。

※このシリーズを書いている奴はぐだーずにとても夢を見ています。



幕間――少し真面目に考察してみた

エジソン率いる西陣営と正式に手を組めた(あんまり嬉しくないマスターの副大統領就任も含める)ので、カルデア陣営はまず負傷者を砦の中に運び込むことにした。

 

 誰も彼もが人間であればショック死または失血死まったなしの状態だったが、そこは流石サーヴァント。全員なんとか霊基破壊を踏みとどまり回復を始めていた。見張りに残しておいたエリザベートは立香達が思っていたよりもずっと献身的に働いてくれたようで、戻ってきた此方の顔を見るなり「疲れた! ほんっと疲れた! 労わりなさい子犬!」と背中におぶさってくる始末だった。無論、優しいマスターははいはいと彼女をおんぶしてやったのは言うまでもない。

 

「ジェロニモの了解を貰わないで手を組んじゃったのはちょっと心残りだけど、こればっかりは納得してもらうしかないかな」

 

 アパッチ族の戦士、ジェロニモ。日本の世界史便覧に必ず顔写真付きで掲載されている英雄だ。白人開拓者のビリー・ザ・キッドと屈託なく話をしていた辺りかなり柔軟性のある人物であるのは間違いないが、それでもザ(ジ)・アメリカを体現するエジソン相手に全く複雑な気持ちにならないということはないだろう。

 

 ……いや、寧ろ気にするのはエジソンの方かも知れない。本人はどうも「法律で決まってないことならやってOK」とナチュラル(ハイ)に考えているところがあるが、それを前提にしてもネイティヴ・アメリカンへの先祖の所業にはアウト判定待ったなしだろう。

 

 まあ二人とも良い大人だし、様子を見つつ必要ならフォローを入れる感じで良いだろう。

 

「ところでエリちゃん、薬余った?」

「ああアレ? 残ってはいるけど本当にちょっぴりよ。途中でネロの具合が悪くなったから沢山使っちゃったし」

「それは全然オーケー。ていうか使わないと薬の意味ないしね」

 

 はい、とおぶさったままの体勢で目の前に突き出されたのは紅い薬剤入りの瓶だ。中身はたったの三粒にまで減っていたが、気にするほどのことではない。寧ろ重傷通り越して重体三人だったにも拘わらず余りが出たのは僥倖だったと言えるだろう。

 

「これは?」

 

 エレナがひょい、と手元を覗き込んできた。彼女の宝具は何でも飛行能力があるそうで、重体患者を運ぶのに一番適しているという理由から同行してくれたのだ。

 

「ちょっとした秘密兵器。今回が初使用だったんだけど予想以上に効いたみたい」

 

 これは本格登用確定ですねえ、などと嘯いて人類最後のマスターはけらけら笑う。

 

「今のところ一回一錠だけど、一度に複数服用した場合の効果はわからないんだよね。たくさん飲めば飲むほど効果が出る……かどうかも分からないから、一度ぐらい試す必要があるんだけど」

 

 ただ、それをするにはそれこそ一刻一秒を争う事態でなければならない。立香としては薬の使用よりも、そんな事態にならないでほしいという願いの方が余程強い。

 元が死者であるサーヴァントとはいえ、彼らには感情があり、痛覚がある。魔術師の多くは彼らを使い魔としてみなすというが、凡人出身の立香にそんな度胸は無かったし、そもそも言われるまで考えも及ばない感性だった。

 

「ホントにヤバイ時はやるけど。できればそこまでの怪我は負って欲しくないなーって思います」

 

 一度座に帰ってしまったサーヴァントをもう一度呼び出しても、彼らがその前の記憶を保持していてくれることは極めて稀だという。なればこそ、一期一会、今出逢った彼らとの絆を大切にしたいと思う。

 だというのに、どうにもサーヴァントの面々は「自分が死んでも代わりがいる」「一度死んだなら二度目も同じ」という類の思考を前提に動いている者が多くて、マスターとしてはそこが頭を痛める点である。下手をすれば、此方が必要と言えば半身を吹っ飛ばす大怪我を率先して負いかねない者もいるのだから。

 

「変わってるわね、貴方」

「それめっちゃよく言われる」

 

 というか、カルデアに来てからはずっとそんなことばかりだ。あくまで自分をスタンダードな一般ピープル(但し両生類)としか認識していない立香としては今でも少々首を傾げるところである。

 

「でも、そういうの嫌いじゃないわ。貴方のところのサーヴァント達も、貴方のそういうところが好きなのね」

「あっははは! お上手だなーエレナさん。もしかして口説いてる?」

「あらあら? そんな風に聞こえちゃったかしら」

 

 にっこりと微笑むエレナの表情は悪戯っぽくも優しく慈愛に満ちている。先ほど砦を訪ねたときは随分刺々しい言葉を貰ったが、あれも一つのテストのようなものだったのだろう。

 

「さ、早く戻りましょ。うちの王様の考える労働基準はとんでもないけど、負傷者を寝かせるベッドはちゃんと用意しているわ」

「用意してなかったらナイチンゲールに今度こそぶっ飛ばされるだろうけどねー」

「はい? 私が何か?」

「何でもないでーす。それよか手伝います、婦長」

 

 すっかり小陸軍省の助手が板についてしまった人類最後のマスターを見て、エレナ・ブラヴァツキーはまた小さく笑っていた。気恥ずかしいは気恥ずかしいが、気持ちが和むのは良いことだと、そう自分に言い聞かせることにする。

 

 

 

 恙なく怪我人を運び終えた(まさかエレナの宝具が所謂UFO……の、ような謎物体だとは思わなかったが)後、廊下の向こうから歩いてきた人影が丁度探し人だったのをみとめた立香はひょいと片手を上げて相手を呼び止める。

 

「お疲れ様。今忙しい? もしよかったら差支えのない範囲で教えてほしいんだけど」

「? オレにか?」

「うん。ていうかカルナにしか聞ける人がいないんだよね」

 

 ラーマ君は出典も時代も違うし。

 そう続けられた言葉で、施しの英雄は少しだけ居住まいを正した。立香が何を聞きたいのか察したらしい。

 

「アルジュナのことか」

「うん。貴方が不快にならない範囲で彼について教えてもらえないかなと」

 

 日本語と、それから英会話をやっと身に着けた立香にサンスクリット語のマハーバーラタ原典など読めるわけはないし、その時間も無い。マスターとなって以来暇を見つけては世界各国の神話や古典に目を通してはきたが、マハーバーラタはその長さもあってなかなか全てに手をつけるとはいかなかった。

 この特異点修復が終わったらすぐにでも読みなおそうと心に決めたものの、レイシフト先ではどうしようもない。

 

「わざわざオレから聞く意味はないだろう。そしてオレが語る意味も無い」

「……喋りたくないなら率直にそう言ってくれていいんだよ?」

 

 遠回しに断られたのだろうか。つっけんどんな声音も相まって機嫌を損ねたのかと危惧した立香だったが、カルナの表情にも眼差しにも不快を示すものは無い。代わりに、立香の返答を聞いた彼は少しだけ眉尻を下げた。

 

「そういう意味では……いや、すまない、言葉を間違えたようだ」

「うん?」

 

 しどろもどろになるインドの大英雄。面白い……否、可哀想なのでもう少し待つことにする。

 

「オレはカウラヴァ……アルジュナを始めとするパーンダヴァと敵対する勢力にいた。オレはアルジュナを生涯の宿敵と定め、奴もまたそうした。故にオレ達は幾度となく武器を向け合った関係ではあるが、個人的な付き合いは殆ど無かったし、オレは奴の為人にそこまで興味も無かった」

「つまり、『敵対者としてのアルジュナはまだしも、アルジュナ個人のことは全く分からない。敵対者としての見方では偏見が入っているだろうから、そんなものを聞く意味はないし、語る意味も無い』ってこと?」

 

 こく、と頷くカルナに、立香もなるほど、と一つ頷いた。彼の言い分はよくわかったが、それはそれとして。

 

「悪気がなさそうな割に言葉のチョイスがアレだなーと思ってたけど……お節介なの承知で言うけど、人と話すときはもうちょっと沢山喋った方がいいよ? 普通の人が一から十まで喋るところを七とか八だけ抜粋して喋ってる感じがする。昔から会話でトラブル多かったんじゃない?」

 

 マハーバーラタにおいて、カルナがパーンダヴァと敵対する運命を決定づけたのは『ドラウパティー侮辱』だと言われている。パーンダヴァの長兄ユディシュティラがドゥリーヨダナとの賭けに負けて妻ドラウパティーを差し出さなければならなかったとき、カルナが彼女を「奴隷女」と罵り服をはぎ取るよう命じた、という逸話だ。

 

 血筋だけならクシャトリヤであっても、御者の家で育ったが故にマハーバーラタのカルナは粗野な人間として描かれていることが多い。しかしながら、立香としてはこの人物がそんな真似を女性相手、たとえ宿敵の妻であっても言うだろうか、という疑問が湧いていたのだが……此処までの短いやり取り、そしてこれまでの彼とサーヴァント達とのやり取りを経てよくわかった。

 

 この男、言葉選びが下手すぎる。それも致命的にだ。

 

 マハーバーラタがあくまでパーンダヴァを正義として描いているせいもあるだろうが、恐らく奴隷同然の立場に陥ったドラウパティーを励ますかフォローしようとした結果、ただ単に「奴隷女」と罵っているようにしか聞こえない一言を放ってしまったのだろう。真意など伝わるはずもないし、パーンダヴァも妻を罵られたと怒るはずだ。そもそも妻をベットするなとか、その妻もカルナのことを「御者の子」と罵倒していたとか、背景に関して色々言いたいことはあるが。

 

「そうか。やはりオレは一言足りないのか……そうか……そうか」

「? やはりって?」

「ああ……」

 

 他の誰かに似たようなことを言われたのだろうか。しかしエジソンもエレナもあまりそういうことを口に出すタイプではなさそうだが(特にエジソン)。

 

「これは以前契約したマスターの言葉だが、オレは一言多いのではなく一言足りないという」

「うーん私よりだいぶ的確。凄いねその人。アンデルセンみたいな人間観察のプロなのかな?」

「働きで評価するのならばお前の方が何十倍も働いている。あのマスターは怠惰・肥満・臆病の三重苦を患い、日がな一日ゲームをしながらプレミアムなロールケーキを貪っていた」

「……どうしよう。話を聞く限りおなかのたっぷりしたニートしか思い浮かばない」

「その想像は正しい。本人は『プロのヒキニート』なるものを自称していたからな」

「自称しとるんかーい。なるほど色んなことが全然わからん」

 

 そもそもニートが聖杯戦争? なんで? 家の事情? 魔術師の家ってニート許されるの? え、一般人?

 大概の不思議ちゃん発言やトンチキ事件は笑顔で流せる立香だったが、流石に状況が想像できず首を傾げることしかできない。色々詳しく聞きたいところだったが、それより先に確認しておきたいことが出来てしまった。

 

「ていうか今サラッと凄いこと言ったね? 別のマスターに呼ばれた記憶が残ってるの?」

 

 英霊の座に時間の概念はなく、召喚に応じた際の記憶は記録として保管されるのみにとどまる……とは、カルデアで何かにつけて聞いていたことだ。公平さを期すため、他の英霊と出逢ったことがあったとしても次の聖杯戦争にその記憶はまず保持されない。カルデアにいる英霊はしばしば特異点で結んだ縁を覚えていてくれているが、これはかなり異例なのだとも。

 

「オレは聖杯にかける願いこそ持っていないが、望みがないわけではない」

「……えーと…………聖杯戦争で呼ばれた記憶そのものが望みだから座に帰った後でも保持してられるってこと? そこまで言わないと伝わんないよ?」

「む、そうか。気を付けよう」

 

 とりあえず、カルナと言う英霊がかなり規格外だというのは理解できた。ギルガメッシュもたまに世界を超越したような不思議な言動をすることがあるが、もしかしたら同じような類の話かも知れない。

 

「って、その話もすごい気になるけどそれはまたの機会にするとして、あのさ、私別に『第三者から見た正しいアルジュナ像』が知りたいわけじゃないんだよね」

「ほう」

「マハーバーラタとかバガヴァット・ギーターの概要はさらったけど、今ケルトにいるアルジュナと原典に書かれたアルジュナ像が全然結びつかないんだ」

 

 現代日本とは倫理的な意味で相いれないところこそあるが、物語のアルジュナは基本的に真面目で誠実、律儀で少し堅物すぎる青年に見えた。元は従兄弟の関係に当たるドゥリーヨダナや恩師ドローナと敵対することを思い悩み、宿敵カルナを殺すときでさえ弓引くことを躊躇っていた。

 少なくとも、ケルトの「ひゃっはー! ケルト以外皆殺しじゃあ!(ゲス顔)」方策に諸手を上げて殺戮を賞賛するような性格ではないだろう。では、何故彼はケルト側に属しているのか。……理由がないわけではないだろう。だがそれはきっと、自分の抱えた情や恩を理由に戦争を厭う青年アルジュナを描いた物語からは察することができない。

 

「だから貴方から話を聞きたい。生涯アルジュナの敵として生きてきた貴方から見た『敵としてのアルジュナ』像が知りたいんだ。……まあ、確かに貴方が言う通り、意味があるかは分からないけどね」

 

 

 

 冬木のアルトリア・オルタは人理を守るためにそこにいた。

 オルレアンの元凶はジル・ド・レェの狂気だった。

 セプテムではレフがサーヴァント達を呼んでいた。

 オケアノスではソロモンに敗北したメディア・リリィによってイアソンが利用されていた。

 ロンドンではマキリ・ゾォルケンなる魔術師が魔霧を生み出していた。

 

 では、このアメリカは?

 女王メイヴの望みが始まりだとして、自分の意思で彼女に協力する者達の理由や思惑はなんだろう。

 

 目の前に立ち塞がった相手は、立ち塞がる限り倒さなければならない。そうでなければ自分達が進めない。無理を通せば道理が引っ込む、ではないが、互いの主張が両方まかり通らないなら片方をへし折るしか道はない。譲歩できるような状況なら最初からそうしているのだから。

 

 とはいえ、だからといって考えることをやめたいとは思わない。寧ろ考え続けていなければならない。何故敵対しなければならないのか。人理を壊してまでもかなえたい望みがあるのか。それは一体何なのか。理由がないなら無いで、和解する術は無いのか。和解さえ出来ないのならば、互いに心から納得して戦うようには出来ないか。

 

 正義感ではない。義侠心ではない。良心ではない。善意ではない。

 

 怖い思いも痛い思いもしたくないし、させたくない。自分が痛みを与えることに慣れて、相手の痛みを慮れない存在になりたくない。単純に避けたいという思惑だっていつもある。

 

 つまり、自己満足だ。分かっている。百も承知だ。

 

 だから、藤丸立香はいつも考えている。

 倒さなくてはならない英霊(人間)を、ただの敵で終わらせないために。自分が相手に犠牲を強いたのだ、ということを忘れないために。

 

「まずこちらの状況から確認しよう。本調子なのが今この会議に出ている全員、ジェロニモ、ビリー・ザ・キッドは二時間前に目を覚ましたがまだ重傷、ネロは上体を起こすまでには回復した。前者二名は難しいところだが、ネロは治療次第で戦線復帰が可能だろう」

 

 最新鋭のモニターボードを背に一同の音頭をとるのは、立香が呼び出した諸葛孔明だ。こと作戦の立案において彼以上の適任はなかなかいない。(恐らく威厳を保つために)青年の姿を取った彼が、溜息と共に言葉を続ける。

 

「サーヴァントの人数で我々がケルト陣営より劣っているということはあるまい。ケルトの勇士は少なくないが、少なくとも我々カルデアはうち三名を撃破している。とはいえ、向こうに聖杯がある以上この優位性は有限、なんならもう崩れている可能性は少なくない。あまりのんびりできる時間は無いということだ」

 

 次いでロマニが口を挟んだ。

 

『別行動中、僕達はケルトのスカサハ、そして中国の李書文に接触している。残念ながら二人とも此方の味方だとは言ってくれなかったが、少なくともケルト側に行ってしまうことはないだろう』

「むう……書文君か。彼はそうだろうな。我々と接触した時もカルナ君に『かのインドの大英雄が同じ得物を携えている状況では血が騒いでならん』と笑っていた」

「何処行っても似たようなことしてんだね、あの人」

 

 ブレないなあ、と立香は思わず苦笑する。幾ら百年ほど世代がずれるとはいえ、二十一世紀の申し子である立香から見るととんだバトルジャンキーだ。生まれる時代を千年ほど間違ったようにさえ思う。

 

「あくまでこちらで確認できた範囲だが、現在のケルト陣営の主戦力は四人だ」

 

 無限に湧いて出るケルト兵や他のモンスターもそれはそれで強力だが、大型種でなければそこまでも脅威でもないので割愛する。

 

「まずは事の発端であろう女王メイヴ、そしてその願いに応えて聖杯より生まれたとされる狂王クー・フーリン、デンマークの王ベオウルフ、そして授かりの英雄アルジュナ」

 

 孔明はモニターで強調されているメイヴ、そしてクー・フーリンの名前を人差し指の背で叩く。

 

「元凶と言って過言では無いこの二名に関して、言うまでもないことだが交渉の余地は皆無だ。そんなものがあればそもそもこの国はこのような事態に陥っていないわけだからな。伝承を紐解いてみても、女王メイヴは自身の欲求に忠実、欲しいものを決して諦めない女として描かれている。そんな彼女に呼応して生まれたクー・フーリンも此方の話を聞く耳は持たないだろう。

 もっとも、問題はこの二人そのものより、この二人が聖杯を所有していることだろうが……所有者がこうである以上、戦って勝利する、そして聖杯を奪還する以外に対処のし様は無い」

 

 次いで、孔明がベオウルフを指した。

 

「バーサーカーというクラスに惑わされがちだが、交渉という意味で最も可能性があるのがベオウルフだ。マスターたちからの情報を鑑みるに、彼の狂化スキルは最低ランク。ラーマの事情を鑑みて矛を収める柔軟さと情けがあり、且つ、そもそもケルトの軍勢に思い入れが無い」

「伝承的にも繋がりは無いものね」

 

 エレナが一つ頷く。

 

「また、ベオウルフの戦法は典型的な近接系、宝具も同じく、しかもクー・フーリンのような呪いは付与されない。敵に回るとしても封じ込める策は幾つか出せる。……問題は」

「アルジュナさん、ですね」

 

 呟いたマシュは沈痛な面持ちだ。ジェロニモ達を半死半生に追いやった大英雄相手ともなれば憂鬱な気持ちにもなろうというものだ。

 

「ケルト陣営で最も謎が多いのも、また最も対処が難しいのも彼だ。クー・フーリンやメイヴの危険度を正しく認識してもなお、な。戦わずに済むならそれが一番良いのだが……」

「無理だと思いまーす」

「先輩……?」

 

 ひら、と手を上げた立香にマシュが驚いた顔を向けた。ロビンフッドにはふざけたことも言っていたが、藤丸立香は基本的にサーヴァントにもスタッフにも誠実だ。また、先だってベオウルフに矛を収めさせたように、いざというときはそれなりに弁が立つ。腹を据えたらとんだ無茶もする反面、避けられる戦いを避ける努力を厭わない程度にはチキンだ。

 

 そんな自身のマスターがあっさり「無理」と言い放ったことに驚くしかないマシュの視線に気づき、立香は「あくまで推測だけど」と付け加えた上で喋り始めた。

 

「さっき目覚めたジェロニモから少し聞いたんだけど、アルジュナは『まとも』だったんだって。別に操られてるわけじゃないし、かといってケルトの有象無象みたいに『殺すの楽しい! ひゃっはー!』ってタイプでもなかった。じゃあ自分を召喚した相手への義理でやってるのかなって思ったんだけど、女王メイヴは彼があっちにいる理由に関して『言えるわけがない』って言ったんだって」

「ええと……」

「例えばだよ? ケルトの陣営にまだ一般のアメリカ人が残ってたとする。アルジュナはこの人達を人質に取られて仕方なくケルト側に属しているとする。

 こういう場合、メイヴはわざわざ『言えるわけがない』なんて意味深に言うかな?」

 

 答えは否だ。しかもメイヴは「言うわけがない」ではなく「言えるわけがない」と言った。メイヴ達に何らかの咎があるような理由であれば前者を口にするはずである。

 

「なるほどな。つまりそのインド英雄がケルトについている理由は、一般的、少なくとも本人からすれば『恥ずべき理由』または『口にするには問題がある理由』というわけだ」

「いえすいえーす。さっすがアンデル先生話が早い。解説変わってくれる?」

「ほざけ! この会議中も止まらん俺のペンが見えんのか! あとアンデル先生はやめろ!」

「いやでーす」

「せ、先輩。会議中ですのでそのあたりで……」

「おっとごめん。ええと話を戻すね。

 今アンデルセンが言った通り、少なくとも私達が聞いて納得できるような理由でアルジュナが動いてないとすれば、彼が西側にもレジスタンスにも合流しなかったってことには説明がつくわけ。じゃあその理由は何か? ってことなんだけど……ラーマ君」

「なんだ?」

「深く考えずに答えてほしいんだけど。ラーマ君的にアメリカってどう? 恨む対象になる?」

「恨む?」

 

 幼さを残した顔を驚きに染めたラーマは、ややあって首を横に振った。予想外の答えではないので「だよね」と立香も頷く。

 

「十九世紀の帝国主義の影響で、アジアは日本とタイを除いて殆どが欧米列強の植民地になっていた時代がある。インドはイギリスだね。で、今のアメリカ合衆国のルーツはイギリスから移民してきた新教信者……さて直接アルジュナを直接見たロビンに聞こうかな、アルジュナは欧米人を嫌ってるように見えた?」

「…………いや?」

 

 ロビンフッドは少しだけ間を空けてやはり首を横に振る。なんとなく立香の言いたいことがわかっている様子だ。立香もやはり「だよね」と頷く。

 

「つまり、イギリス憎しとかアングロ・サクソン憎しとかそういう民族的な怨恨が理由ってわけでもない。そもそもこの時代のアメリカはインドとほぼ関係ないしね」

「……なるほど。でも、だとしたら余計に分からないような。そういった怨恨または復讐……言葉は悪いですが八つ当たりが理由であれば、アルジュナさんという方が『言えない』と思う理由にもなりそうですが……」

「これはジェロニモの『まとも』発言も根拠になるんだ。復讐に走る相手ってのは生身でも英霊でもおかしな顔になるもんだからね。ジル・ド・レェ(キャスター)とかそうだったでしょ?」

 

 今はカルデアの主戦力、イベントともなれば寧ろ振り回されてばかりのジャンヌ・ダルク・オルタとて、自身の根幹をなす憎しみに思いをはせているときは少しばかり近寄りがたい。

 

「一説によれば紀元前三十世紀よりも前の世界だっていうマハーバーラタの英雄とケルトに接点なんかあるわけもないし、聖杯が望みだったとしたらそれも『言えない理由』って言うほどのものじゃないでしょ?」

『そうだね。そもそも正規の聖杯戦争は文字通り「聖杯の所有権を争う戦争」だ。参加する英霊全員が何かしらのかなえたい望みを持っているものだけど、その開示は義務じゃない。メイヴの言う理由が聖杯じゃないのは間違いないと思うよ。……アルジュナがメイヴ達に虚偽の申告をしてる可能性は若干残るけどね』

 

 ロマンはそう言って深々と嘆息した。確かに人数では勝り、此方にはアルジュナと拮抗するカルナ、ラーマがいるとはいえ、あちらに聖杯とクー・フーリン、無限に兵士を生み出すメイヴがいる以上全く楽観視は出来ない。指揮官として頭の痛い状況なのは間違いないだろう。

 が、今はロマンのメンタルよりも話の続きである。立香は膝に乗ってきたフォウを撫でながら再び口を開いた。

 

「人質ではなく、戦いの愉悦でもなく、怨恨でもなく、聖杯でもない『言えない理由』。これがあるからアルジュナはケルトに属している。実は此処に落とし穴があると思うんだ、私は」

「え?」

「ちょっと発想を逆転させてみよう。『言えない理由』があるから『ケルト側に行った』んじゃなくて、『言えない理由』があるから……」

「『こちら側に来なかった』?」

Exactly(その通りでございます)! さっすが孔明先生!」

 

 パチン、と立香が叩いた手の音が、広い部屋に大いに反響する。殆どが頭にクエスチョンマークを浮かべているが、察しの良いアンデルセンなどは「そういうことか」などと舌打ちせんばかりだ。

 

「いや、勿論推測だよ? 結局聞く機会があるときに聞くしか知る機会は無いと思う。

 でもさ、今先生が言った『アルジュナがこっち側に来なかった』理由……すっごいわかりやすいのが一つあるよね? ちょっとでもマハーバーラタを齧ってたらすぐピンとくるけど、アメリカ転覆だの人理焼却でバタバタしてるってのにそれ『英雄アルジュナ』としてどうなの? っていう理由が」

 

 その言葉を皮切りに、部屋中の人間・英霊・不思議生物の視線が徐々に一カ所に集中していく。

 かのブリテン王国の伝説を模したのか大きな円卓が陣取る室内で、ひとり立ったまま壁の花と化していた『アルジュナの宿敵』。彼は穴が空くほどの視線を受けても平然としたまま、一つ瞬きをしたのちに頷いた。

 

「なるほど、オレか」




先日のバレンタインピックアップで弊カルデアにもジナコさんが来たのでその記念でちょっと言及してみました。
ジナコさんとぐだ子の絡みはいつか書きたいネタの一つですのでこの辺が伏線になればいいな。予定は未定ですけどね。

ちなみに書き手的にカルナさんとジナコさんは駄目な姉貴と天然な弟みたいなイメージ。恋愛より先に家族愛みたいなのがカンストしてるというか。

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