××の先祖返りだった藤丸立香の話   作:時緒

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オケアノス修復後。
オケアノスに登場したサーヴァントまで全員いる設定。

ぐだ子の家族構成を捏造しています(今更)
ぐだ子の兄にぐだ男がいる設定です。

2020/2/19 8:33
コメントにてご指摘いただいた内容を踏まえ、再度一部を修正しました。


Chapter 1-4 エラーコードXXX:人理が焼却されています
好きな寿司ネタはマグロ(中トロ)です


 第三特異点--通称オケアノス修復から数日後、カルデアの医務室にて。

 

「『無暗に海に飛び込みません。無暗に歌いません。無暗に血を分けません。無闇に正体を明かしません』」

「『私は、私が希少な存在であることを認識し、素性を秘匿することに注力します』」

「……心配になる棒読みっぷりだ」

 

 小学生の頃、やたらと国語の授業で出題された本読みの宿題を思い出す。それなりに元気に『ドクター・ロマンとのお約束』を読み上げた立香は、「失敬な」と頬を膨らませる。

 

「まあ気持ちはこもってなかったと思うけど」

「自覚があったなら直そう!? ていうか気持ちは込めて! 重要なことだよこれ!」

 

 バシバシ机をたたくドクターは悲愴な顔だ。マギ☆マリにアクセス障害が出ていた時に見たのと同じ顔をしている。立香はドクターの推しになった覚えはなかったが、まあ最後のマスターであるというのと、あとは年の離れ方もあって妹みたいに思われているのだろうと思うことにする。

 

 人類最後のマスター、藤丸立香は人外だった。

 正しくは人魚と人間との間に生まれた混血の子孫、そしてその先祖返りである。体を構成する血肉はほぼ人間の遺伝子で構成されている筈だが、何の因果か海の神秘を多く孕んで生まれてきた。幸いにして家が家なので家族に迫害されることもなく、また家族がうまく誤魔化してくれていたお陰で今まで正体がバレて三枚におろさ……もとい解剖されるような事態にはならずに済んでいた。

 

 とはいえ、流石に何処の国とも知れぬ雪山の山頂を拠点に、時代も国境も超えて生死すら共にする者達が常に傍にいれば、まして事情を知る家族の一人もいない状況ともなれば、いずれ正体が露見する未来は見えていた。それがたまたまオケアノスだっただけであり、立香としては「しゃーないか」の一言である。

 

 無論それは、ドクター・ロマンにレオナルド・ダ・ヴィンチ、そして冬木で初めての召喚に応えてくれたエミヤ、そして縁を辿って帰還後最初に応えてくれたキャスターのクー・フーリンといった、「魔術師に碌な人間はいない」と口を酸っぱくする者達からすれば、マスターの思考回路は「なんて呑気な」と頭を抱えるレベルのものである。

 

 しかし、それも無理のないこと。何せ立香はこの上もなく魔術的な生き物でありながら、魔術なるものとは全く無縁の環境で生まれ育った。この世には妖怪がいて、妖精がいて、そして幽霊もいるかも知れない。だから魔法ももしかしたらこの世にあるのかも知れないな、くらいの認識しかなかったのだ。まさか魔術師というものが太古から存在し、国家機関とも複雑に絡み合っているなどとは夢にも思わなかった。

 

「不安だ……これからが不安だ……オケアノスではドレイク船長がうら若い女の子を人身売買するタイプじゃなかったからよかったけど……」

「悲観的過ぎるよドクター。今までもどうにかなってたじゃん。ドクターだって今まで一度も変だと思ったことなかったでしょ?」

「ううっ、そりゃ、そりゃ確かにそうだけど……!」

 

 そもそも、立香は一度だって自分から正体を露見させようと思ったことは無い。流石にそんなお花畑の住人のままで十七年も生きちゃいないし、両生類を自称したりもしない。

 

「ていうか立香ちゃんの身体の構造が不思議すぎる……下半分の骨格が魚なのに上は人間で……なんかよくわからない臓器が増えてるし鰓もないのに肺に水が入った形跡ないし、あとなんで魔術回路増えてるの? 今まで辛うじて礼装の補助が受けられる程度だったのに数が夥しいことになってるんだけど!?」

「あ、じゃあ私魔術使ってたんだね。全然自覚なかったや」

 

 メロウ伝説の再現、『嵐を呼ぶ歌』はつまり魔術だったということか。確かに自分でも何処からどうやって発生しているのか分からない聲と旋律だとは思っていた。教えてくれた曾祖母(バツイチ。離婚後に海へ行ってしまったが年一で家に顔を出していた。お年玉の額が高い)もいまいち分かっていないようで、ただ「そういうもの」としか認識していなかった。

 

「魔術っていうかもはや魔法に近いよ……なんで固有結界も作らないでそんな真似ができるんだ……」

「人魚(先祖返り)だからじゃない?」

「そりゃそうだよ! だからそれがなんでだって話なの!」

「そんなこと言われても」

 

 これまで何ら意識したことのない、ただあるのが当たり前だった能力なのだ。魔術回路という基礎用語さえ知らなかった立香に聞かれたところで詳細がわかるわけもない。誰だって、他の誰かに教えて貰わなければ、自分の内臓や血管がどのように配置されているかなど知り得ないだろう。

 

「その辺にしておきたまえ、ロマニ。これ以上のことはこの天才をもってしても立香ちゃんを解剖しなきゃわからないことばかりだ。真祖だって昔から存在は知られているがわかっていることは多くないだろう?

 ひとまず彼女のことは『そういう存在』と認識して納得するしかないさ。私ならまだしも、ただでさえ仕事で睡眠と食事をおろそかにする君がこれ以上抱え込むべき案件じゃない」

「レオナルド、だけどこれじゃバイタルデータが……」

 

 彼/彼女以外の人間が口にしたら一気に顰蹙を買いそうなセリフであるが、事実『万能の天才』の言葉には嘘偽りも脚色も無い。それでもロマニが反論しようとするのは、研究のためなどではなく立香の健康面を慮っているためだろう。ダ・ヴィンチもそれがわかっているからこそ、「まあまあ」と食い下がる彼を宥めるべく言葉を続ける。

 

「少なくとも人型を取っている間は常人の身体なんだろう? ならばそのデータを信用しようじゃないか。姿を変えることでその前に負った傷が消えたわけではないし、何か異常が発生すれば人間の体の方に出ないわけがないさ。

 立香ちゃん、今まで通院や治療に不都合が生じたことは?」

「無いよ。インフルエンザや麻疹のワクチンも打ったことあるし、レントゲンも血液検査も問題なし」

 

 切り替えの早いダ・ヴィンチはそう言って悠然と微笑む。しかし気になるものは気になると言わんばかりに、彼/彼女の視線は先ほどから立香の揺れる尾びれに釘付けだ。

 ブリーフィングを行う医務室で何故この姿が取れるかといえば、スタッフの一人が(何故か)所有していた子供用のプールを使っているからだ。無論真水では意味がないため、オケアノスで調達した海水をそのまま使用している。塩分濃度3.5%程度であれば必ずしも本物の海水でなくても問題ないのだが、厨房の塩が足りなくなるため人工海水は却下された。

 

「触っても?」

「どうぞー」

 

 強く握られなければどうということもない。立香はすい、と尾をダ・ヴィンチの傍に差し出した。義手ではない彼/彼女の右手がまず尾びれの輪郭をなぞり、鱗の一枚一枚を検分するように触れていく。

 

「一般的な魚類にとって人間の体温は高熱だ。水の中で触れないとすぐに熱傷を負う。つまり火傷だね。だけど君はこの通り、熱がってもいないしダメージを受けた様子も無い」

「うん。寧ろダ・ヴィンチちゃん体温低いね。私の方があったかいんじゃない?」

「あっはっはっは! そうかい? だとしたらそれも面白いな!」

 

 ダ・ヴィンチは笑いながら立香の手を握った。勿論だが火傷もしないし熱いとも思わない。普通の人間と変わらない、生きた温度が皮膚越しに伝わるばかりだ。今更気づいたが、彼/彼女は今手袋を取っているらしい。

 

「うーん、面白い! 取り敢えず血液検査だけでもして構わないかな? 針を刺しても大丈夫かい?」

 

 一旦置いておけ、と人には言っておきながら自分は自分で研究したいらしい。

 

「平気だよ。こっちの姿で血を採られるのは流石に初めてだけど」

「それはそうだろうね。これも貴重な経験だ、よく味わってくれたまえ」

「痛いのは嫌いー」

 

 肌に塗られたアルコールに過剰反応することもなく、注射器に吸い上げられていく血を「見た目は同じだよね」などとしげしげ眺める立香は最後まで呑気だった。

 

「さ、これでブリーフィングは終わりだ。よいしょっと」

「わっ、ありがとう」

 

 幼稚園児を相手にするように抱きかかえられ、バスタオルを敷いた床に下ろされる。流石はサーヴァント、キャスターで筋力Eとはいえ立香一人抱えるくらいは朝飯前ということか。

 

「早く乾けば早く戻るんだったね。ドライヤー使うかい?」

「うん。家でもよくやってた」

「よしよし、じゃあ少しじっとしていなさい」

 

 塩分を洗い流さないで乾かすと髪や肌がパリパリになってしまうのだが、魚の下半身ではカルデアの廊下を歩くことは出来ないので仕方ない。

 

「次があるなら立香ちゃんの部屋でやった方がいいかもね。医務室にシャワーを設置する余裕はないし。いっそ部屋に水槽を設置しようか」

「えっ、それは嬉しい。基本水の中の方が落ち着くんだよね」

「よしよし、必要設備として検討しておこう」

 

 ブオー、と猫なら跳び上がって嫌がる温風を吹きかけた尾びれの先が、少しずつ人間の足に戻ってくる。形だけは人間のものを保っていた上半身から、きわどいところを隠すようにまとわりついていた薄布のようなもの(チェックしたダ・ヴィンチ曰く『礼装に近い天然の何か』らしい)が繊維となってほどけていく。立香にとっては(自身の身体の事なので)見慣れたものだったが、後ろで響いた悲鳴には流石に驚いた。

 

「あ、ごめんドクター。存在忘れてた」

「酷っ! ひっっど! あっ、ちょ、待って待って立香ちゃんステイ! 振り向かないでこっち見ないで見える! 見える見えるおっぱい見えちゃうからあああああああ!!」

 

 脱兎、或いはキュウリを目の前に突き出された猫か。走り去るまでに三回ほど机やら棚やらに激突して医務室を荒らしていった背中を見送り、取り残された二名はしみじみ嘆息する。

 

「ドクターあの速さなら短距離で五輪狙えるんじゃない?」

「反応が童貞そのものだねえ」

 

 ネットアイドルが悪いとはいわないが、マギ☆マリにかまけすぎてリアルのふれあいが足りてなさすぎやしないだろうか。

 いや、ラッキースケベ満載のラブコメよろしくまじまじ凝視されても困るのだが。

 

「世界が戻ったらドクターも彼女出来るかなあ」

「どうだろうね、案外人理修復(こっち)の方が簡単かも知れないよ?」

 

 意味ありげなダ・ヴィンチの笑みはまさに『モナリザの微笑み』だ。ただ笑っているだけなのに如何にも意味深で、見た者はそこに何かの意図や隠された思惑を読み取りたくなる。

 

「ねえねえ、モナ・リザって本当は誰がモデルなの?」

「おや、急にどうしたんだい」

 

 一説によればレオナルド・ダ・ヴィンチ本人を女性化したものだとも言われている神秘のモナ・リザ。その顔を持つ万能の天才は、「どうだろうね?」とまた意味深に笑った。

 

 

 

 シャワーを浴びて食堂に向かうと、部屋の隅に巨大な襤褸切れが死んでいた。

 

「なにごと?」

 

 襤褸切れ、もといすさまじい有様になった新顔サーヴァント(召喚したのはほんの昨日)に近づこうとする立香を、横から誰かが止める。見ればそれは晴れやかな笑顔を浮かべたマシュで、しかし何故かカルデアにいるというのにサーヴァントの姿を取っている。つまりは戦闘態勢であった。

 

「ご心配なく、先輩。不肖マシュ・キリエライト、カルデアに発生した新種の害虫を駆除しただけですので!」

「害虫っていやあれ黒髭――」

「害虫です!」

「黒ひ」

「害 虫 で す !!」

 

 輝くような笑顔で断言するマシュ。気のせいでなければ頬と盾に赤黒いものが付着しているように見える。正直言って怖い。

 

 あれ? マシュそういうキャラだったっけ?

 

 しかし辺りを見回してみても、マシュの後ろにいるアン・ボニーとメアリー・リードは似たような笑顔に血糊を付けて黙ったままだし、イアソンとヘクトールは背中ごと明後日の方向を向いて素知らぬ顔をしている。厨房の方ではエミヤとマルタが何やら会話する声が聞こえたが、此方に気づいてくれる素振りはなかった(或いは、気づいた上で知らぬ顔をしているのかも分からない)。

 

「何があったの?」

 

 傍のテーブルで昼間から酒を煽っていたドレイクに、一番まともに話ができると踏んで尋ねる。

 

「臨終の言葉は『JK人魚とか設定過剰けしからんでござる!(机ダァン!) これは一目見てモノ申さねば!(鼻息)』だったよ」

「ああうん、なんとなくわかった」

 

 そしてドレイクの物真似は微妙に、微っっ妙ーに、似ていた。

 

「しかし人魚、人魚ねえ……生前の航海生活でもついぞお目にかかったことは無かったもんだけど」

「まあ基本水中にいるからね。たまーにドジなのが網に引っかかるだけだよ」

 

 そのドジな個体の一つが遠いご先祖なのだが、それはそれ。

 しげしげと見つめるドレイクは特異点でのことは朧にしか覚えていないようで、それでも何処かで「会ったことがある」とだけは確信してくれている彼女の情の深さがとても嬉しい。

 

「幾らでも潜ってられるってのはいいね。海底のお宝もサルベージし放題じゃないか」

「あははっ、あてがあるなら付き合うよ。オケアノスのお宝探し楽しかったし」

「あっ、何それずるい」

「マスター! マスター! 航海ならぜひわたくしたちも!」

 

 はいはーい、とメアリーとアンが挙手する。来たばかりなのに早くも懐かれている……というわけではなく、海賊としてお宝に反応しているだけであるので悪しからず。理由のない矢印はマスターも書き手もお断りである。

 

「ダメですよ、先輩。サーヴァントのついていけない深海探検は禁止です」

「あ、やっぱり?」

「当然です。海には凶暴な海魔もいるんですから。万が一があったらどうするんですか」

「ええー?」

「頭かたーい!」

 

 冷静に考えなくてもマシュの方が正しいのだが、海賊女子三人は揃って唇を尖らせる。

 

「オリオンに同伴して貰うのは? 確か水中を歩けるんじゃなかったっけ?」

「お前この身体で深海に潜れってか」

「おおうナイスタイミング」

 

 マスコット、もといオリオンを肩に乗せたアルテミスが入ってくる。ハァイ、なんて手を振ってくれるアルテミスは確かに女神様だ。実に美しい。目の保養である。

 

「え、無理なの? めっちゃ潜れるんじゃなかったっけ?」

「無茶言うな。この身体でノー呼吸潜水は不可。仮にできてもこのサイズじゃ波に流されて失踪する自信しかない」

「そっかー残念」

 

 それはとても残念だ。しかし曲がりなりにも人類最後のマスターとして、あまり馬鹿な真似は出来ないというのもその通りだ。エラ呼吸、と当たり前のように魚類扱いされたことは気にならなかったが、アルテミスは「ちょっとダーリン」とデコピン(ぬいぐるみの頭が胴体にめり込む程度の力)を食らわせていた。

 

「ギリシャで海って言ったらあとはポセイドン、トリトン、ネーレウスにその娘のネーレーイス? みんな神霊かあ、オリオンみたいに来てくれる可能性の方が低いよね」

「なんでお前そんな潜りたいの?」

「泳ぐの好きなんだもん。正体を気にしないで泳いでられる環境は貴重なのです」

 

 海水浴場は人が多すぎてアウト、そうでない場所は漁船があったり海上保安庁の船が巡回していたりと油断が出来ない。プールでなら変身の心配はないが、色々な理由があって立香はプールが好きではなかった。

 

「マスター」

「あ、エミヤ」

 

 丁度話の流れが途切れたところで、普段の礼装の上からシンプルなエプロンを着た褐色肌の青年が顔を出した。

 

 アーチャー・エミヤシロウ。正式な英霊というわけではなく、世界が選んだ『抑止力』、その代行者なのだという。元は日本で暮らしていた魔術師だったそうだが、本人があまり自分のことを話したがらないので詳しくは聞いていない。生前は紛争地を飛び回っていたということと、冬木の聖杯戦争でとある少女のサーヴァントだったということだけは教えてもらった。

 

 最初はあまり此方に深入りしたがらない空気を醸していた彼が、しかし何を隠そう一番最初に召喚されてくれたサーヴァントである。右も左も分からず途方に暮れていたところに手を差し伸べてくれた彼を、立香もマシュも特に信頼している。彼自身の面倒見の良さと、立香の人懐っこさの相性が良かったことも良い方向に働いた。

 

 何より彼は、料理が趣味で金銭感覚が庶民的、そしてほぼ同時代の日本人という背景もあって立香と殊に話が合う。立香の一番槍ならぬ一番弓(剣の使用頻度が高いが)、カルデアキッチンの守護者。エミヤは立香にとって、他の英霊達よりももう一歩親しみやすい存在だ。

 

「なに? 何か深刻な顔してない? 厨房にGのつく害虫でも出た?」

「縁起でもないことを言わないでくれ」

 

 恐ろしい顔で即否定された。厨房の管理者にあの害虫の名は地雷ワードそのものである。立香は少し反省した。

 

「その、マスター、今日の夕食なんだが」

「うん? 食材焦がした? それとも足りない?」

「どちらでもない。……いやあの、今日のメニューが少し、な」

「? アレルギー無いって前にいわなかったっけ?」

「そうでもなくてな……あの……」

 

 見れば、一歩後ろのマルタも何か拙そうな顔をしている。揃って虫でも口に入れてしまったとでもいうのだろうか。エミヤの口調の歯切れが悪いのも気になる。

 

「ご主人、ご主人、そう責めてやるものではない。誰にでもキャラのブレる時があるように誰にでも間違いはある。アタシのキャラはブレブレだがキャラのブレはアタシだけの専売特許ではないのだワン」

 

 何処からともなく現れたタマモキャットがぽふん、と肉球で立香の顔を挟む。

 

「うん? よくわかんないぞ? つまりエミヤが何かやったの?」

 

 エミヤがこんなに勿体ぶるのも珍しい。首を傾げるばかりのマスター相手に黙ってばかりもいられなくなったのだろう、言葉に詰まりつつもようようエミヤが口を開く。

 

「今日の……メニューがその……少しな……」

「うん、さっきも聞いた。あ、もしかして宗教的タブーなやつ作っちゃった的な?」

「いや、そうではない、そうではないが……」

「タブー、という意味では少しあってる……かしら?」

「よくわかんないってば」

 

 物凄く気まずそうにしている二人を問い詰めるのは良心が咎めるが、おなかも空いてきたしそろそろ本題に入りたい。そろそろ捻りすぎて痛くなっていた首を、タマモキャットの肉球がぽふんと戻した。

 

「気にするな、ご主人。獣の世界では弱肉強食。ご主人はカルデアの食物連鎖その頂点。故に何ら問題はないのだ。単にこのアーチャーとステ……聖女が気にしいなだけなのだワン」

「タマモキャット?」

「キャットは何も言ってないぞ!」

 

 ブレブレがデフォルト、ブレていてこそのタマモキャットのキャラクターに一瞬筋が通ったように見えた。

 ……のはさておき、エミヤそしてマルタが妙に気まずそうな理由が彼女の言葉でようやく察せられてくる。厨房から仄かに漂ってくる味噌の香りもその予想を後押しした。

 

「サバの味噌煮?」

 

 エミヤとマルタの表情が同時に引き攣った。なるほどなるほど。

 

「一応言っておくけど、共食いとかそういう意識はないよ?」

 

 環境が安定するまではもっぱら缶詰を始めとしてレーション、そのあとはまずオルレアン(内陸)へレイシフトしたため、食卓に並ぶのはもっぱら肉とパンだった。温室から定期的にそれなりの量の野菜が採れるようになったのがようやく最近。先だってのオケアノスへのレイシフトでようやく新鮮な魚の調達が叶った。

 要するに、今日までカルデアの食卓に魚が並ぶことは無く──エミヤたちが気にしているのはそういうところだ。

 

「そ、そうか。それならよかった……」

 

 あからさまにほっとした様子を見せるエミヤだが、立香としてはやや不本意だ。

 魚類という言葉は『哺乳類』『鳥類』『爬虫類』と同じ次元のカテゴリである。某トラフグの帽子をかぶった博士が熱心に研究している通り、一口に「魚」と言っても様々である。

 何より人『魚』とはいえ知能は人間であるし、立香が意思疎通できるのは脳がそれなりに大きい動物だけだ。他の魚に関して「可愛い」とか「グロい」と思うことはあっても、同族意識は持っていない。

 

 そもそも「人魚が魚を食べること」を共食いと称するなら、「鷹が雀を食べること」は勿論「人間が豚を食べること」も共食いと呼ばなければならない。

 

「大体日本に住んでて魚が食べられないとか食生活終わってるじゃん。私お寿司大好きだし」

 

 ちなみに立香の魚への認識は「下半身の構造が似ている別の生物」である。小学校ではグッピーの世話を進んでやっていたが、あれは親近感からではなく生き物係としての義務感と動物愛護の精神からである。もっと言うなら水槽を眺めるよりも飼育小屋のうさぎを抱っこする方がずっと好きだった。

 

「……そうか、なら安心? だな?」

「というか先輩はごく普通に魚類扱いされていることを怒るべきなのでは?」

「べつに? うちの家族もしょっちゅう寿司屋で冗談言ってたし」

 

 何せ立香は藤丸家の全員から、物心ついたころより「お前の正体がバレたら板前さんに捌かれて握り寿司にされるぞ!」と脅されてきた身である。どんなふうに捌かれるのかリアリティーを持たせるためか、幼子には似つかわしくない回らない寿司の店に連れていかれたこともある。あまりにも脅迫されたせいである程度の年齢になると「下半身は捌けるとして構造の違う上半分はどうなるんだろうなあ」なんて考えるようになってしまったが。

 

 釣り好きの兄など、クーラーボックスに入れた魚を見せびらかして「お前の彼氏じゃないか見てくれ」などとよく抜かしたものだ。

 ちなみに間髪を容れずに額にチョップを入れたのは屈辱感からではなく、目の前に出された魚が生臭かったからである。あと残念ながら立香は彼氏いない歴=年齢なので余計な心配でもあった。

 

「先輩のご家族(色んな意味で)大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない? 一応十七年不便なく生きてこられたし」

 

 人理焼却されて実家に帰ることも出来なくなってしまった今となっては、あのくだらないやり取りも懐かしいものだ。早く何とかして一度家に帰りたい。マシュのことはいつ彼らに紹介できるだろう。

 

「まあそういうわけだから。魚料理とか全然気にしなくていいし、何ならオケアノスで魚捕るくらいなら私でも出来るっていうか──……あっ」

 

 そういえば。

 

「対ヘラクレスでそれどころじゃなかったから確証無いんだけどさ、あのとき海底に凄いの見た気がするんだよね」

「すごいの?」

「うん」

「財宝かいっ?」

「船長が期待してる感じのじゃないんだけど」

 

 一瞬で眼を爛々とさせたドレイクが、また一瞬で「なーんだ」と興味なさげな顔になる。

 

「あのね、牡蠣」

 

 間。

 

「カキ?」

 

 マシュが聞き返す。

 

「柿?」

 

 タマモキャットが瞬きする。

 

「柿じゃなくて牡蠣。オイスター。海のミルクってやつ」

 

 ヘラクレスのことがなかったら叫んでたかも、人類最後のマスターはそう言って能天気に笑った。

 

「わかってはいたがご主人は時々キャットよりだいぶ豪胆だな。尻尾が膨らむ思いがするぞ」

「別に見つけようと思ったわけじゃないよー。でもイアソンのアルゴー号を見つけた辺りで眼に入っちゃって。すごかったよー底にもうびっっしり。多分見間違いじゃないと思うんだよね」

 

 いやあの時はホントそれどころじゃなかったんだけど。

 

「ねえマシュ、マシュは牡蠣食べたことある? 缶詰とかじゃなくて採れたての生で食べられるようなの」

「えっ? い、いえ、残念ながら未経験です」

「だよね。此処山の中だし」

 

 ちなみに立香は牡蠣が大好物だ。特に新鮮なのを生で食べるのが好きである。人魚の直感か、悪くなっていたらすぐに分かるので食あたりになったこともない。

 

「だったらやっぱり一度ぐらい食べて欲しいけど、ただ場所が深いし牡蠣採るのって地味に力いるんだよね。細かいし。そもそも私一人で全員分持ってくるのは多分無理だし、ダ・ヴィンチちゃんに酸素ボンベでも開発して貰うまではお預けかな」

 

 都合よく海神の神霊でも召喚できればいいのだが、そんなご都合主義はレイシフト先で縁が結ばれでもしなければあり得まい。

 

「まあいいや。それよりエミヤごはんもういいの? マスターはお腹がすきました」

「ああ、すまない。準備はもう出来てるんだ。順番に取りに来てくれ」

「はーい」

 

 そんなこんなで多少ごたごたはしたものの、エミヤ特製のサバの味噌煮は実に美味しかった。実家の味付けとは少し違ったが、下拵えもきちんとされていてサバの生臭さは何処にもなく、骨まで柔らかいサバの身はきちんと味が染みついていてごはんが何杯でも食べられそうだった。

 

「本当に大丈夫なんだな?」

「見ての通りです。サバ美味しい! お代わりも欲しい!」

「わかった。少し待て」

 

 普段はパンが多い主食も、今日はサバに合わせて白米だ。ほかほかとした湯気と米の仄かに甘い香りがますます食欲をそそる。立香は健啖家のサーヴァントに負けない勢いで同類──ではないが、同郷の生き物をぺろりと平らげたのだった。

 

 

 

 

 ちなみに。

 

 実はギリシャから遠く離れたインドの神話において「水の中では決して死なない」逸話を持つ英雄が存在し、なおかつその彼とインドより更に遠く離れたアメリカ大陸で縁を結ぶことになるのだが――当然、この時点では誰一人想像だにしていない未来である。




『インドの神話において「水の中では決して死なない」逸話を持つ英雄』

2020/1/9 22:40
この話の最後で「どうだったっけ?」と丸投げしたことにお答えをくださった方、ありがとうございました。いずれ某インド英雄を牡蠣取りに連れて行くムードの欠片も無いデート話を書きたいと思います。

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