××の先祖返りだった藤丸立香の話   作:時緒

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実はこの人最初の方で来てたんですよ、という話。途中参入のタイミングが分からなかったので最初の想定と変わりました。

アメリカ突入前です。これがちゃんと伏線になるかどうかは微妙なところ。
あと人魚設定要素は薄めです。

原作原典よりもマイルドなAUOがお好みでない方には申し訳ありません。
原作に忠実な冷酷冷徹な英雄王は難しい。せいぜいバトルインニューヨークではっちゃけてる彼の模倣が関の山でした。

なおアンデル先生と違ってこの話の書き手は常にご都合主義なので、出来れば広い心でお許しください。
あと他Fateを履修途中の人間なので調べながら書いてます。食い違いがあってもご容赦いただければ幸いです。

2020/1/20 1:40 続きの話と整合性が取れなくなる箇所をコメントにてご指摘いただいたため、内容を一部修正しました。


アナザー・スターティングメンバー

 藤丸立香が人類最後のマスターとして所属するこのフィニス・カルデアでは様々な英霊達が共に過ごしているが、その生活リズムや習慣はまさに千差万別である。

 生前と同じように食事や睡眠に拘る者、必要としない者、気まぐれにそれらを楽しむ者、仕事が無ければ怠惰に過ごす者や、その反対に自ら仕事を探して取り組む者。

 姿勢がそれぞれ違っていて、しかもその文化風習もそれぞれに違う。だから自然と同じ文化圏の者達同士でグループを組んでいる……かと思いきや、自身の逸話や人生観から似たもの同士を嗅ぎ取っていつの間にか仲良くなっていたりもするから、なかなか不思議な空間でもある。

 

 そんな彼らのマスターである藤丸立香は、基本的に彼らのやることに口を出さない。無論、レイシフトやそこでの戦闘よりも自らの享楽を優先されるのは流石に困るが、それ以外で彼らがどのように過ごしていようとあまり気にしない。鍛錬に熱が入りすぎて備品や部屋を壊したり、サーヴァント同士の喧嘩で周囲に被害を及ぼしたときに、ようやく苦言を呈す程度だ。

 あとはそう、可愛い後輩におかしな求愛やセクハラをかます者には容赦しない。令呪の使用も辞さず制裁を下しに行く。

 

 古今東西、あらゆるときと場所でそれぞれに名を上げ、歴史や物語に記されてきた英霊達には、余程卑屈な者を除けばそれなりに矜持やポリシーがある。そんな彼らがマスターとはいえ年端もいかない少女の言葉に耳を傾けるのは、彼女がサーヴァントのひとりひとりをきちんと尊重するからだ。

 

『隷属者』とも言われるサーヴァントを使い魔のように扱うなど言語道断であったし、それでいて戦士として振る舞う者達の自死を伴う宝具の使用は躊躇わない。自身の人生を意気揚々と語る者がいれば熱心に耳を傾け、それがどれほど自身の倫理にそぐわなくても否定したりはしない。

 

 それでいて、反対に自らのことを語りたがらない者と、単に語らない者を決して間違えない。そして何より、

 

「なに人の部屋勝手に入ってんですかギル様、不法侵入ですよ」

 

 言葉遣いや言葉選びに多少の気は遣っても、サーヴァントの生前の身分や能力によって態度を変えることが無い。礼儀知らずでいるわけではなく、誰に対しても礼節を忘れない。親しくなればこの通り砕けた態度も取るが、それを許さない者がいればそのように振る舞う。

 

 それが、卑賤の出とされる英霊達にはこそばゆく、高貴な者達にとっては新鮮に映る。一対一に終始する通常の聖杯戦争と違う、一対多の人理修復の旅において、彼女のその姿勢は結果として最良の結果を生み出した。そうでなければ、特異点で味方をしてくれた英霊達ならいざ知らず、敵対していた者達まで召喚に応じることは決して無かっただろう。

 

「フン、何度言えばわかる。貴様のプライバシーなどこの我が気にするほどのことではない」

 

 不遜極まりない仕草で顎をしゃくる、ひとりの男。立香が普段寝ているベッドのど真ん中に堂々と腰を据えており、来客用のパイプイスは部屋の隅で畳まれたままだ。間違いなく主である立香がアレを使うことになるだろう。

 

 男を一言で言い表すとすれば、恐らくは『傲岸不遜』『絢爛豪華』辺りの四字熟語が当てはまるだろう。古代ギリシャの彫刻も裸足で逃げ出すような肉体美を朱の文様で飾り、下半身は重厚な黄金の鎧を纏っている。髪はやはり黄金を溶かして細く束ねたような金髪で、紅い瞳は鮮血を結晶化したかのようだ。

 

 紀元前二六〇〇年頃に実在したとされる古代ウルクの王、ギルガメッシュ。

 破格の力を持つ――恐らくは全ての英霊の仲でも五指には入るアーチャーのサーヴァント。

 

 その彼がうっすらと浮かべる笑みは美しく、それでいて何処までも傲慢。冷たさを感じるそれを真正面から受けた立香は、しかし怯えるでも怒るでもなく肩をすくめるに留まった。

 

「言うと思いました。……このコーヒーはあげませんよ?」

「要らんわ戯け。そも、貴様いつまでそこで案山子になっている気だ?」

「はいはい、今行きますって」

 

 仕方ないなあ、と言わんばかりの顔を隠すこと無く、立香はまず丸テーブルにカップを置き、パイプイスを開いて座った。最古の王、最強クラスのサーヴァント、たとえ令呪をもってしてでも完全に従えることは出来ないであろう英霊を相手に、焦ることさえせず。

 

「相変わらず無駄に豪胆な奴よな。肝の太さだけなら既に有象無象の魔術師を越えておるだろうよ」

「? そうですか?」

 

 きょとり、とあどけない仕草で首を傾げる少女。背後の水槽がこぽこぽと小さく音を立て、中の海水を規則的にかき回している。

 惚けてはいない。それでいて愚鈍なわけでもない。立香はただ理解しているだけだ。――焦ること、取り繕うこと、謙ること、必要以上に賞賛すること――高貴な者への処世術の全てが、この男の前では全くの無意味だということに。

 

『ふははははははは!! この我を呼び出すとは運を使い切ったな、雑種!!』

 

 あれはまだ冬木特異点を攻略し、キャスターそしてランサーのクー・フーリンを召喚した次の日のこと。

 虹色に輝く光の中から彼が現れたとき、カルデアは文字通り大パニックになった。どうやら別世界で彼と因縁があったらしいエミヤやメデューサは食堂からすっ飛んできたし、後からやってきたアルトリア・オルタは彼と身が切れそうなほどの皮肉合戦を繰り広げた。

 

『はじめまして、藤丸立香です』

 

 ただならないオーラ、魔力、思わず頭を地面に擦りつけたくなるようなカリスマ性。震えながら戦闘態勢に入るマシュを背中に隠し、立香は努めて普段通りに挨拶をした。ただ、あの時も恐怖は殆ど無かったように思う。

 いつだって召喚に応じるのは歴史に名を残す英雄で、呼び出すのは歴史の流れに埋もれるはずだった小娘。貧弱な魔力と分かっていながら呼応してくれた相手に物怖じせずにいることは、立香が最初に見せられる誠意に他ならなかった。

 

『フン』

 

 頭も垂れず棒立ちになった、それでも目映いばかりの黄金からも、鳩の血めいた双眸からも目をそらさなかった小娘に、男が何を見たのかは分からない。或いは何も見なかったのか……少なくとも、立香は彼にとって「自分の側をうろついても取り敢えずは許せる」存在ではあったらしい。

 

 それは、例えば蟻の一匹がたまたま部屋に入ってきても気にならないだとか、そのレベルであったのかも知れないが……少なくともエミヤやマシュが、そして立香以外のカルデアの面々が危惧した『人類最後のマスターがギルガメッシュに殺害される』という事態にはならなかった。

 最古の王、英雄達の王は立香の前髪を掴み上げ、そしてたった一言こう言った。

 

『――契約を許す、せいぜい足掻いて我を興じさせよ、「雑魚」』

 

 身の程知らずめがと首を刎ねるでもなく、頭を垂れない小娘の頭を地面に擦りつけるでも無く。

 サーヴァントとしてはあらゆる意味で規格外に過ぎるギルガメッシュを知る者からすれば、それは『破格』の一言に過ぎる言葉だった。

 ……無論、当時の立香はそんなことは知る由もなかったのだが。

 

 

 

「何を考えている?」

「いった!」

 

 額に鈍い痛みが走った。目の前に突き出された指の存在をみとめ、ギルガメッシュに一撃――デコピンをされたことに気付く。

 

「何すんですか、もう」

「戯け。この我の前で現を抜かすとは良い度胸だ」

「そんなこと言われても、大体ギル様が用件言わないから……」

「ほう?」

 

 低い声がもう半トーン低くなった。気がした。

 

「貴様の不徳を我のせいにすると? 随分と大きく出たな、『雑魚』」

「事実じゃないですか! やめてください暴力はんたーい!」

 

 額を押さえてパイプイスをズリ下げようとするが少し遅かった。サーヴァント達の足手纏いにならないよう鍛えつつあるものの、所詮女子高生の瞬発力で英霊に叶うわけもない。すぐさま捕まってしまい、両側のこめかみを拳骨でグリグリされた。

 

「いたいいたいいたいいたい! いたいって! ギブギブギブぅ!」

「ふっはははははは!」

 

 当たり前といえば当たり前だが、アーチャーは大概筋力がヤバい。サーヴァントのそれがたとえ最低ランクのEであっても常人と比べれば十分強力であることを踏まえると、筋力Bなら片手で人の頭を握りつぶせるレベルだ。立香の脳味噌が未だぶちまけられていないのは紛れもなく手加減されているからだが、痛いものは痛い。そりゃもう痛い。

 

「めちゃくちゃ痛い……何この虐待……」

「虐待だと? ただの躾よ!」

 

 解放されてもすぐに痛みが引かない辺り流石は伝承通りの豪腕だが、こういう膂力はエネミー相手に発揮して欲しい。

 

「……で、一体ほんとに何の用なんですか? 私正直疲れてるんですけど」

 

 ぼそりと最後に付け加えた一言は紛れもない本音だ。最近はカルデアに常駐するサーヴァントも増えてきたせいで、種火も再臨素材も常にカツカツの状態で、特異点が見つからないなら、レイシフトの必要がないならひたすら周回、がお約束になりつつある。

 今日もまさにその帰りで、本当なら今ギルガメッシュが尻に敷いているベッドでぐっすり眠る予定だったのだ。向こうの相性次第ではこのギルガメッシュも容赦なく連れてポンポン乖離剣を抜いて貰っていたところなのだが、今日の敵は生憎槍多めだった。アルテラとジークフリート、そしてアルトリア・オルタの宝具が抜群に煌めいていた。実に残念である。

 

「軟弱な雑魚よな」

「そりゃ貴方に比べれば誰でもそうでしょうよ」

 

 こちとら人類最後のマスターとはいえ所詮人間、おまけに魔術素人である。人魚の先祖返りとしての力が出せるのは所詮海水の中だけだ。重力さえ無視できる魔力に加え、何度も言うが筋力Bの持ち主と一緒にしないで欲しい。本当に。立香は呻きながらぐってりとテーブルに突っ伏した。

 

「立香よ」

「…………はい?」

 

 突然名前を呼ばないで欲しい。うっかり反応が遅れてしまった。

 

「貴様はこれまで四つの特異点を修復した。冬木を入れれば五つだが、アレはまあ良い。物の数にも入らんからな」

「……」

 

 サーヴァントのなんたるかも知らず、カルデアの目的も知らず、ただただ流されるがままに燃える街にレイシフトさせられた苦い記憶の残る特異点を『物の数にも入らない』と言われるのは流石に思うところがある立香である。言わないけれど。

 

「残る特異点は三つ。つまり貴様は与えられた課題をようやく半分終えた。なに、そう嫌な顔をするな。下僕のモチベーションを保つのも王の務め、少し早いが褒美をくれてやる」

「……金ぴかはいりませんよ?」

 

 ギルガメッシュの管理する財宝は最低ランクのものであっても世界中の収集家が喉から手が出るほど欲しがるものだが、立香にとってはそうではない。人理が焼却されたこの世界で値打ちの者を貰っても正当に評価する者はおらず、そもそも小娘に与えるにはどの財も勿体ない。

 もしそういうものを出されたら即断ろうと腹を決めた彼女は、しかし続いた言葉につい絶句した。

 

「我を『喚ばせて』やる。……ただし一度だけな」

「は?」

 

 おれをよばせてやる。

 立香は間抜けにもその短いフレーズを何度も反芻した。

 

「……特異点で?」

「無論。だが一度だ。一つの特異点に一度ずつ、という意味ではない。それ以外の下らぬ周回や祭りの戯れには、まあ興が乗ればこれまで通り付き合ってやるから安心せよ」

「そ、それは助かるっていうか来てくれなきゃ困るけど……え、ほんとに? ほんとに良いの?」

 

 形だけの敬語もすっかり忘れるほど立香は動揺していた。

 

 人類最古の英雄、ギルガメッシュは誰もが知る破格の英雄であるが、早くから召喚に応じていたにも関わらず特異点の修復そのものには全く非協力的な英霊だった。

 効率的にやれるなら誰がどうやっても問題の無い周回には欠伸をしながらも同行してくれるし、素材を集める必要があるからと彼の実力ならおつりばかりになるエネミーとの戦闘を頼んでも渋々ながら手を貸してくれる。不定期に一部のサーヴァントがはっちゃけるお祭り騒ぎには、寧ろ率先して資金を提供してくれたりもする。

 

 それなのに、彼は特異点修復にだけは介入しない。何度か頼んだが「それは貴様らの雑務だ」と突っぱねるばかりで、ロマニやダ・ヴィンチと通信している間さえ顔も出さない。大方彼が持つ千里眼で状況は知っているのだろうが、危機的状況になったら持ち前の単独顕現で助けに来てくれる――ということも、これまで一度も無かった。

 このことについて、マシュは未だに思うところがあるようだが、立香を含めた他のメンバーはもうすっかり諦めている。諦めというよりは「この人はそういう人なのだ」と割り切ったという方が正しいか。

 

 何より、たとえ積極的な参戦でなくても、かの英雄王が敵対せず此方の陣営にいてくれるという安心感は得がたい。インドの大叙事詩マハーバーラタに描かれた大戦争において、ただの御者としてでもクリシュナを自陣につけられたパーンダヴァ達も、もしかしたらそういう気持ちだったのかも知れない。

 

「ほんと? ホントに呼ぶよ、私。その辺遠慮しないよ?」

 

 少し前、立香とマシュはこの男に連れられ、過去に修復した三つの特異点を回ったことがある。

 冬木、オルレアン、そしてロンドン。そこで彼は、彼の目には既に捉えているらしい黒幕の正体を仄めかし、しかしそれを決してその場では告げなかった。他の誰かに気を遣っているようなことさえ口にしていた彼の背中を眺めて、立香はギルガメッシュについて一つだけ確信した。

 

 この男は『見定める側』なのだ。

 

 自身もしばしば口にするとおり、彼の姿勢はあくまで『裁定者』のそれだ。このカルデアにはまだジャンヌ・ダルクのみだが、この男には恐らくルーラークラスの資質もある。見定めるのは聖杯戦争の参加者に限らず、この世に存在する全ての人間だ。この男は人間そのものを無価値と断ずるが、それでいて人間が生み出すものには値千金の価値を見いだす。

 

 そしてその生み出す『もの』は、何も物品に留まらない。

 

 芸術、武芸、造型、文学、記録――ありとあらゆる人間が目指し、そしてほんの一握りが辿り着く極地。彼にとってはそれこそが人間の生む価値であり、自らが手にするに相応しいもの。それが至高の一品と呼ぶに相応しい領域に踏み込んだとき、彼は嬉々としてそれを奪い、命を摘んでいく。

 

 残酷なことだ。無情なことだ。

 しかし、それはある意味で途方も無い人間への愛だ。

 

 恐らく立香の出逢った中で、この男ほど人間の可能性を信じている者はいない。

 神代にあり、自らも神の血を引きながら神と訣別したこの男は、一欠片の容赦も無く、憐憫も情も抱くこと無く――貫くような鋭さで、人間という生き物を信じ続けている。

 

「くどい。王は一度告げた言を翻したりはせぬ」

「……わかった。ありがとう」

 

 見当違いも甚だしいかも知れない。実際は全く別の思惑があるのかも分からない。

 そもそも、神の血さえ引く古代の王の感情など、立香に理解し得るものではない。

 

 ただ、少なくとも立香はそう思っている。

 

 ギルガメッシュが召喚に応じながらも――曲がりなりにも隷属する者という立場に甘んじてまで――人理焼却という人類の危機に対し、自らの力を振るうことは絶対にしない理由は、『そこ』にあるのだと。

 特異点を修復し、灰となった人類史を復元すること――二〇一六年を生き、そして生き残った人間がそれを為し得る瞬間を愛でるために、英雄王ギルガメッシュはカルデアに留まり続けているのだと。

 

 そう信じることこそが、立香にとっても希望になる。

 まだ人類は終わっていないのだと、我武者羅に信じるための燃料になる。

 

「……責任重大だあ」

 

 残り三つの特異点で、たった一度。たった一度だけでも確実に英雄王の力を借りられる。

 判断を誤ったところで、「仕方ないからもう一度」なんてことは絶対に起こりえないそれ。たった一つだけ残された核爆弾のスイッチにも似ている。

 

「ふはははは! 良いぞ良いぞ! ようやく雑魚らしい顔になったな!」

「雑魚らしい顔って何ですか、もう……」

 

 託された方はいっそ良い迷惑だ。恐らくギルガメッシュは、例えばロマニやマシュなどのアドバイスに従っての召喚には応じない。あくまで立香が、立香だけの判断でギルガメッシュを『必要』と判断したときにしか応えない。何も言わずとも何となく分かる。そのくらいの付き合いはしてきたのだから。

 

「その調子で藻掻き足掻いて我を愉しませよ、雑魚! なにせ貴様は魔術師としては使い物にならんが、我を笑わせることにかけては一流なのだからな!」

「なにそれ全然うれしくない……」

「ん? 何か言ったか?」

「めっっちゃ嬉しいですあいだたたたたた! いたいってば!!」

 

 アイアンクロー二度目。そろそろ涙が出てきそうだ。

 

「励めよ、雑魚――立香よ」

 

 くしゃり。

 

「……一日に二回も名前呼ばれるとは思わなかった」

 

 オマケに気のせいでなければ頭も撫でられた。やや乱暴な手つきではあるが、優しい。この男が実は子供(の姿をしたサーヴァントを含む)に意外なほど優しいということは前から知っていたが、自分が一瞬でもその対象に入ったらしいことは驚愕に尽きた。

 顔が見たい――が、頭をぐっと押さえつけられていてあげることは叶わない。ああ、気になる。今の彼は一体どんな顔をしているのだろう。神様のように綺麗な人間の顔で、どんな表情を浮かべているのだろう。

 

「先輩、いらっしゃいますか? マシュ・キリエライトです」

「あ…………、マシュ? いいよー、入って入って」

 

 頭にのし掛かっていた重みが不意に消える、その一瞬後に響いたのはインターフォンの音だった。そして声。後輩らしい控えめなそれを拒否する理由は無く、立香はすぐ居住まいを正した。

 ようやく解放された首筋をそらして見上げても、そこにはいつも通り酷薄な微笑を浮かべた英雄王がいるだけ。

 

「失礼します。……ギルガメッシュ王? どうして先輩の部屋に?」

 

 大概のサーヴァントとは有効な関係を築いているマシュだが、ことギルガメッシュの相手はあまり得意ではない。皮肉っぽく口許を緩める英雄王を敵対視などはしていないが、尊大で力に溢れた彼がマスターを万が一にでも害さないか気が気ではないようだ。祭りの時のはっちゃけた『AUO』相手なら結構容赦の無い発言もするのだが……まあ、オンとオフの使い分けが上手くなったのだと思うことにする。

 

 立香自身が全くその心配をしていないことも彼女の心労に拍車をかけているのだが、生憎と立香はこれからも英雄王相手に身構えることはしないだろう。

 というか、身構えたところで無駄なのだ。身構えようが何をしようが、殺されるときは殺されるのだろうし。

 

「なんだ雑種、我が此処にいることが不満か?」

「い、いえ、そういうわけでは……ただその、どんなご用件だったのかと思いまして……」

「マシュ、マシュ、真面目に答えなくて良いよ。ギル様マシュをからかって遊びたいだけだか、あいた!」

「貴様は黙っておれ」

 

 デコピンも二発目を食らった。そろそろ額が腫れてきている気がする。

 

「まあ良い。我の用件は既に終わった。ではな、雑魚。……励めよ」

 

 ぽそ、と最後に付け加えられた一言は、近くにいた立香の耳にだけ辛うじて入ってきた。霊体化もせず悠々と立ち去っていく背中をぼんやり見送っている立香の額に、「先輩っ」とマシュの冷たい手が当てられる。

 

「大丈夫ですか?」

「ああうん、平気平気。いつものことだし」

 

 何度も言うが筋力Bは伊達では無い。彼が時折その手で振るう武具も、並の英雄であれば持ち上げることすら能わぬ重量。ギルガメッシュ叙事詩に描かれた彼の豪腕は、決して後世の誇張ではない。

 

「立派な暴力行為だったと思いますが……ギルガメッシュ王は本当に先輩に容赦が無くて困ります」

「本当に容赦が無かったらアレで私の首が千切れてたよ。それに……」

 

 それに、マシュが思っているよりもギルガメッシュは立香に目をかけてくれている。

 千里眼か、或いは王特有の洞察力故か。恐らくは立香の血筋を最初から知っていたのであろう彼は、立香を『雑魚』と呼ぶ。その他大勢を呼ぶ『雑種』ではなく、敢えて微妙に違う呼称を最初から用いていた。

 

 最古の王たる彼にとって、自分以外の者は全て『見下す者』である。自分より下の次元を生きているのだから当然と言わんばかりに、骨の髄まで染みたどころか骨の髄から溢れ出る傲慢さを持つ。彼にとって自分以外の凡俗は全て『雑種』であり、個別に認識するに値しない。

 それがたとえ似たような意味でも、他と区別して呼ばれる……そして、ごくごく稀に固有名詞も使われる。希有なことなのだ、間違いなく。

 

 そういえば、ギルガメッシュは他にもドクターをして『医師』と呼んでいるが、あれにも何か理由があるのだろう。ドクターもギルガメッシュに対しては妙に気安いし、もしかすると彼らは何処かで会ったことがあるのかも知れない。

 今度、どちらかに聞いてみようか。教えて貰えるかは分からないが。

 

「それでマシュ、何か用事? もしかして何か約束してたっけ?」

 

 サーヴァントが増えてきて助かる反面、大変になったことは幾つかあるが、うち一つはスケジュール管理だ。やれ料理教室、やれお茶会、やれライブの打ち合わせ、やれ鍛錬と、マスターの予定は日ごとどころか数時間刻みだ。誘って貰えるのは嬉しいし、貴重な話を聞ける機会でもあるので立香としては否やはないのだが(一部例外はあるが)、忙しいものは忙しい。できる限り端末でリアルタイムの管理を心がけているものの、時にはダブルブッキングやドタキャンもしてしまう。

 そうなったらどうなるか……もう謝るしかない。誠心誠意。

 

「いえ、そういうわけではないのです。ただ、先程ダ・ヴィンチちゃんから次の特異点がそろそろ特定されそうだ、というお話を聞きまして、それで……」

 

『ピンポンピンポーン、あー、業務連絡、業務連絡』

 

 マシュの言葉に重なるタイミングで、天井部に設置されたスピーカーからダ・ヴィンチの声が流れてきた。ちなみに「ピンポンピンポーン」は口で言っている。ちゃんとベルはあるはずなのだが何故口に出したのかは分からない。

 

『第五特異点が特定された。これより臨時ミーティングを執り行う。マスター藤丸立香、マシュ・キリエライト、他関係者は管制室に集合してくれたまえ。繰り返す。第五特異点が特定された。これより臨時ミーティングを――……』

 

「……いこっか」

「はい、先輩」

 

 実にタイムリーなアナウンスである。待たせる理由も意味も無い。立香は素早く立ち上がると、いつの間にか倒れていたパイプイスを元通りの場所に戻した。

 

「次何処だろうね。海はあるかな」

「どうでしょう。……あってもノーモーションで飛び込まないでいただけると有り難いのですが」

「あっはは! 善処しまーす」

 

 オケアノスの特異点も順調に修復が進み、あまり何度もレイシフトすることは好ましくなくなっている。先だってのロンドンは河しかなかったので、ぶっちゃけ今の立香は少し欲求不満だ。今までは我慢出来ていたのに、正体を隠す必要がなくなったことで気持ちのブレーキが緩くなっているらしい。部屋に水槽を作って貰えて本当に良かったと思う。

 

 それにしても本当にタイムリーな……ギル様ってば何企んでんだろ。

 

 我を喚ばせてやる、と男は言った。よりによって第五特異点が見つからんとしていたときにだ。

 意味はあるのか、それとも無いのか。第五特異点で何かがあるのか、それとも無いのか。自分が楽しみたいがために場を引っかき回すことが何より愉しいと豪語する性格の悪い男なので、単に核爆弾のスイッチを渡された心持ちの立香がわたわたするのを見たいだけ……なのかも知れないが。

 

 ……まあ、いいや。

 

「お疲れ様です。藤丸とマシュ、来ましたー」

 

 何にせよ、一度きりの英雄王チャンスだ。有効活用させて貰おう。元より立香はラストエリクサーも世界樹の葉も、回復アイテムが他に無いとあればバンバン使うプレイスタイルである。出し惜しみをしてリセットアンドコンティニューが出来るゲームなら良いが、生憎と現実世界にセーブポイントは無い。

 

 どうせなら滅茶苦茶忙しいタイミングで死ぬほどこき使いたいなー。

 

 ギルガメッシュ本人に知られたらアイアンクローでは済まなそうなことを考えつつ、人類最後のマスターはミーティングに臨む。

 このとき、既に自室の玉座に着いていた英雄王が盛大にくしゃみをしていたが……無論、本人以外には知る由もないことである。




雑種じゃなくて雑「魚」呼び。ある意味での特別扱い。
マスターとしてもそうですが、変わり種のちょっと面白いオモチャ、くらいに思ってくれてたらいいな、という希望。

ところで恋愛感情無しでの異性サーヴァントとのハグとかキスとか、今後入れるとしたら「鯖ぐだ」タグ必要なんでしょうか。
これから先の展開によっては「魔力供給」とか、あとは「人魚の血液」もまたネタにしたいのでちょっと手探りしてます。

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