とはいえロケーション的に最高なのはやっぱりオケアノスだと思いますが。
何処かで書きましたが弊連載のぐだ子は軽率に脱ぎます。
あとすごく口が回ります。あっ、これは割とデフォか。
※アルカトラズはアメリカ「西」海岸でした。カリフォルニアのある方と認識していたはずなんですが素で打ち間違えてました。大変失礼しました。
カルデアにいるはずのギルガメッシュが何故か子供の姿になっていた。
嘘みたいな話だが、本当である。大粒のルビーのような一対の瞳が困ったように揺れる様に、立香は微かに頭痛を覚えた。
「ええっとつまり、
① 来たる次イベントに向けて愉悦のため若返りの秘薬を用意したギル様(大人)
② よせばいいのに薬瓶を持ったまま廊下をうろついていたところに鬼ごっこ中のジャック達と遭遇
③ よせばいいのにノリノリで参戦して薬瓶をキッチンに放置
④ ガムシロップの瓶と間違えたタマモキャットが紅茶に中身を混入
⑤ 走り回って喉が渇いたギル様(大人)が知らずに全部飲む
⑥ 幼児化
ってこと?」
「大人の僕が大変お恥ずかしい限りですが……そういうことです」
古代ウルクの王ギルガメッシュは「英雄たちの王」を自称する英雄王であるが、ついでに自他ともに認める慢心王でもある。これについては本人が「慢心せずして何が王か!」と常日頃から踏ん反り返っているため議論の余地はない。
あらゆる過去と未来、並行世界さえ覗く千里眼と、元の持ち主には敵わないとはいえありとあらゆる英雄たちの宝具を収納し使役できる『王の財宝』、そしてこの世の天と地を切り離す乖離剣エア、類まれな美貌と彫刻のような肉体、エトセトラエトセトラ。
これだけのものを生まれながらに持ち合わせ君臨した最古の王が、デフォルトで常日頃油断しまくっているのは仕方ないといえば仕方ない。寝首をかかれるならそれで良し、かこうとしたその手首を捩じり切ればよいのだからと気にも留めない。
そんなわけで普段の彼は滅多に千里眼も使わず、戦闘シミュレーションにおいても相手の初手をまず許し、実戦とあらばよそ見、脇見、何のその。
とはいえ、それが彼のスタイルとわかっているし何だかんだ仕事はしてくれるので、立香はいちいち彼のやることに突っ込んだりしない。たまに訳の分からないトラブルを持ち込んできたときに「馬鹿じゃないですか?」と真顔で言い放ち、頬をぐりぐりと抓られるまでがワンセットである。
それにしても、これはない。
これではまるで出来の悪いギャグマンガだ。慢心ここに極まれり。
「うーん素晴らしき慢心王クオリティ。私との約束が面倒だったから飲みましたって言われた方がまだ格好がついたね」
ちょこんと地べたに正座して深いため息をつく、ギルガメッシュ改め『子ギル』。クラスは大人の時と同様アーチャーだそうだが、流石に乖離剣エアをはじめ使用に莫大な魔力が必要な宝具は取り出せないらしい。英霊とはいえまあ子供だしそんなものだろう。ナーサリー・ライムやジャック・ザ・リッパーのように「仕様で子供の姿を取っている」わけではないのだから。
「ていうか全然キャラが違う……わけでもないけどやっぱ違うなあ。何があったらああいう大人になるの?」
「……すみません、自分のことは僕にもよくわからないというか……正直僕としてもアレはとても不本意というか……」
「そりゃ辛いね。黒歴史ってのは過ぎ去ったものだからまだ我慢できるのに、君の場合は未来に待ち構えてるわけだ」
「はい……」
大人のギルガメッシュが聞いたらすかさずそこそこの力で脳天チョップをかましてくる程度には失礼なことを言ったつもりだが、しおらしく頷く子ギルのこの謙虚さよ。
本当に、何があってああなったのか。本人がこう言っている以上詮索するのも野暮というものだが、人に歴史ありとはまさにこのことだろう。そこはかとなく腹黒さというか若干の傲慢さが透けて見えるが、大人のギルガメッシュと比べれば何のことはない。……ある意味大人より底知れないものも感じるが。
「一応聞くけど、私のことは覚えてる感じ?」
「はい。貴方がマスターで僕がサーヴァントであること、大人の僕と貴方とのやりとりは……そうですね、やや薄いヴェールがかかっているような状態で他人事のようにも感じますが、おおよそは問題ないと思います。大人の僕がいつも乱暴にして本当にすみません」
「いや別にそれはいいんだけど。……オーケー。じゃあこのままオーダーお願いしたいんだけどいい?」
「勿論です」
こっくりと頷く子ギルは嫌味のない満面の笑みだ。大人ももう少し見習った方が良い。ある意味これがギルガメッシュの最盛期なのかも知れない。力は及ばないかも知れないが、慢心の無い聡明な少年王。これは夏の水着や冬のサンタのレベルで別霊基ものだ。
「頼もしいなあ。よろしくね。ええっとジェロニモ、彼が連れて行ってほしいうちのアーチャーです。私もほぼ初対面みたいなモンだけど仲良くしてね」
「ギルくんと呼んでください」
「あ、ああ」
握手を交わす子ギルとジェロニモだが、子ギルはさておきジェロニモは「本当に大丈夫か?」とでも聞きたげに戸惑いがちに此方を見ている。
ちなみにロビンは何やら苦虫を噛み潰したような顔をしており、ビリーさえも微笑みに微妙な苦みを含ませている。気持ちは分かるが何も聞かないでほしい。カルデアクオリティ(もしくは英雄王クオリティ)としか答えられないのだから。
「大丈夫だいじょーぶ。寧ろ考えてみたらギルくんの方が隠密には合ってるよ、集団行動も出来そうだし。暗殺が成功してもワシントンが焦土になったらヤバイってドクターも言ってたっけね」
「大人の僕ならやりかねませんね。寧ろ率先して焼き払うと思います」
「やっぱそっかー。私も最初それでいっかなとは思ってたからアレだけどやっぱ拙いよね、うん。というわけでジェロニモ、うちのギルくんどうぞよろしくね」
「お役に立てるよう頑張ります!」
「…………こちらこそ」
ジェロニモはもうツッコミを諦めたらしい。常識人の辛いところであるが、下手に律儀に付き合うことで胃痛持ちになるよりは良いだろう。
「それじゃ、ちょっと予定と違ったけどまとまったね。またあとで、みんな。『近いうちに』『必ず』『生きて』会いましょう」
大人のギルガメッシュとはまるで違う、立香でもすっぽり握りこめてしまう大きさになってしまった子ギルの手を握って笑う。努めて湿っぽい空気にならないよう努める皆の視線の外で、左手の令呪が一画融けて消えた。
ヒッチハイクでもローカル線でもなく(二十一世紀アメリカではヒッチハイクが法的に禁止されていることも多いが)、まさかの徒歩によるアメリカ横断の旅。しかも道中はエネミーやシャドウサーヴァントとの殺し合いというなかなかに真の意味でのサバイバルを繰り広げつつ、立香達は数日をかけて何とか西海岸にやってきた。立香以外のメンバーがサーヴァントだったこと、道中で見つけた野生化した馬を何とか飼い慣らせたことで大幅な時間短縮につながった。この時点で徒歩ではなくなっているが、徒歩もかなりあったのでご容赦願いたい。
「来たわね、アルカトラズ!」
びしっと仁王立ちするエリザベートの指さす先は、海岸からでもその両端が視認できる程度の島だ。とはいえ監獄として使われた(この時代ならまだ『使われている』だが)だけあって遠く、潮の流れも速そうだ。
ちなみにスペイン語で『ペリカンの島』などと長閑な名前を持つこの島だが、監獄として使われる以前からネイティヴ・アメリカンの間では「呪われている」という伝承が広まっており、漁の一時拠点にすることはあっても定住する者はいなかったらしい。
「結構距離がありますね……泳ぐのは難しそうです」
「距離が近くてもごめんよ。日焼け止めもしてないし、海水なんて髪が痛んじゃうじゃないってちょっとアンタ何もう脱ぎだしてんのよ!?」
「え?」
「ぶふっ!」
どうしたの? 言わんばかりに小首をかしげる立香。この場で唯一の男性(しかし扱いは随一のヒロイン)であるラーマがうっかり振り返ってしまい何かを気管に詰まらせた。
『何してんの立香ちゃん! 服着て! 服! 色々見える見えてる見えてあぃっっだあああ!?』
『はいはい童貞オタクは耳元で怒鳴らなーい』
動揺しすぎて足の小指でもぶつけたのだろうロマニを押しのけるダ・ヴィンチ。前にもこんなことがあったなあ、とカルデアの制服を脱ぎかけていた立香はそのままの体勢で遠い目をした。
「泳ぐんじゃないの?」
「いえ、あの、流石にこの距離は……先輩は良くても私達が万が一の時に対応できないかと」
「あ、それもそっか」
「嘘でしょアンタ……本気であそこまで泳ぐ気だったの……?」
「? うん」
ざんねん、と渋々服を着なおす立香。言動が完全に痴女だがそんな意図はないと明言しておく。そしてそれを、まるで信じられないものを見る目で凝視するエリザベート。何故此処まで反応するのかよくわからないと首を傾げる立香だったが、「先輩、先輩」とマシュに袖を引かれて振り返る。
「うちにエリザベートさんは召喚されてませんので……」
「あー。そういえばそっか。何か毎回毎回何処かで会ってるからすっかり喋ったような気になってたや」
「そうですね。私も気持ちはすごくわかります……」
「ちょっと、何こそこそ話してんのよ。ナイチンゲールが船見つけたって」
「はーい。今行くー」
流石のナイチンゲールも背負った患者(ラーマ)を雑菌だらけの海水に入れるつもりはないらしい。彼女のOK/NG判定がいまいちよくわからないが、壊死しかけた心臓を塩水に漬け込まずに済んだのは僥倖だろう。
「こんな時じゃなかったら思いっきり泳げるんだけどなあ」
ジョージ・ワシントンが健在(正しい歴史であればだが)の、まだ国土全体を通して自然豊かな時代、そしてアルカトラズが浮かぶカリフォルニアの海はアメリカ屈指のリゾート地区だ。思い切り泳げたらさぞ爽快だっただろうが、今はそんなことをしている場合ではない。立香もそれはよくわかっている。
「先輩、また来ましょう。夏なら季節的にも泳ぐのにはぴったりですし」
「あははっ」
わかってはいても残念、とちょっぴりしょぼくれる立香を励まそうと、マシュが優しい言葉をくれた。
「ありがと、マシュ」
それがいつになるか分からない、寧ろ来るのかどうか分からない約束でも嬉しいものは嬉しい。何せ次の夏は全ての人理を修復しなければやって来ず、人理を修復した後に自分達がどうなるのかは分からない。魔術師は基本的に人を人と思わない連中だというし、少なくとも補欠メンバーでしかなかった立香が今まで通り英霊達と一緒に過ごせる可能性は低いだろう。復活する他のレイシフトメンバーがいるからとお払い箱にされることも大いに在りうる。
「先輩?」
「なんでもなーいよ」
まあ、すべては終わってからだ。来年のことを考えると鬼は笑わないかも知れないがソロモンは笑いそうだ。主に哄笑とか嘲笑という意味で。
「行こう、シータさんが待ってる」
インドの二大叙事詩のひとつ、『ラーマーヤナ』。その名の通りコサラの王子ラーマの冒険譚をメインに据えた物語である。
強力な力を持つ神々にさえ倒せず増長するばかりとなったラークシャサ(羅刹)の王ラーヴァナを倒すため、ヴィシュヌ神は人間ラーマとして生まれ変わる。ラーヴァナに誘拐された妃シータを取り戻すため、彼は十四年もの月日をかけて旅をし、数々の苦難を乗り越えるのだ。
しかしラーマはその道中、半ば八つ当たりめいた理由で猿に別離の呪いをかけられたことでラーヴァナを倒しても妻と長くはともに在れなかった。十四年もの歳月をラーヴァナに囚われていたシータは家臣達に貞操を疑われ、自らの潔白を証明するために大地に飲まれてしまったからだ。
妻の最期を目の当たりにしたラーマは大層嘆き悲しみ、その後二度と妻を娶ることは無かったという。
まさに世界最古の悲恋物語だ。涙なしでは語れない。
しかもサーヴァントになったラーマはそれでもなおシータを探し続けている。本当ならアーチャーであるはずのクラスをセイバーに無理矢理変更さえしてだ。
世紀を超えた愛、なんて陳腐な言い草だが、何処かの劇作家が聞けば喜び勇んで新作を書き始めることだろう。
「だからまあ私としてはね、元祖竜退治の大英雄が使いっぱしりみたいな理由で馬に蹴られるような真似をしてるってのがどうにもしっくりこないっていうかさ」
「要所要所でだいぶ失礼だが正直な嬢ちゃんだな、アンタ」
「人類最後のマスターってね、肝が太くないとやってけないの」
あと小手先口先の嘘は誰に対しても悪手です。勿論貴方に対しても。
「何も見逃せ、裏切れって言ってるわけじゃないんだよ? ちょっとだけ待ってほしいの。そりゃ私らからしたら戦わないで済むのが一番いいけど、でもそれじゃ貴方の立場ってものがない。
でもさ、此処で今すぐじゃ色々よろしくないのよ。サーヴァントが殆どとはいえこっち女四人、唯一の男は心臓腐りかけの致命傷。しかも貴方は実質その唯一の男の奥さんを人質に取ってる。
率直に言うけど、グレンデルを素手でボコった英雄としてはちょーっとフェアじゃないんじゃない?」
「……まあ、そりゃな」
顔に大きな傷を持ち、粗末な武器を持ち鎧さえ身に着けていない。ケルト陣営としては異色の風体を持つ男はやはりケルトの人間ではなく、デンマークを代表する大英雄だった。
名前はベオウルフ。クラスはバーサーカー。狂戦士という割には極めて理性的に見えるが、立香のこの口車に複雑そうな顔をする辺り根っからのバトルジャンキーであることは見て取れた。
問答無用で殴りかかってこようとしたところに、命がけで待ったをかけたかいがあったというものだ。まあ、それも開口一番「女子供を殺すのは趣味じゃないんだが」と小声で呟いてくれたおかげなのだが。
「……ちっ、わかったよ」
「ほんと?」
「男に二言は無ぇ。いいから行け、俺も他人の色恋沙汰に首を突っ込むほど野暮になりたかねえさ」
「ありがとう! できればそのまま味方になってくれたりとか」
「アホか。前言撤回すんぞ」
「ごめんなさーい! でもありがとう!」
ブンブンと大きく手を振ると、呆れたように軽く得物を上げてくれる辺り、多分彼は根っからのいい人だ。出会い方が違っていればとても頼りになる味方になっただろうに、残念に尽きる。しかもバーサーカーなのに話がとても分かる。これは貴重だ。是非この縁を手繰ってカルデアにもお呼びしたいところである。バーサーカーは一見話が通じていても結局噛み合わないことが多い。いや殆どそうだ。
「マスターよ……貴殿はラーマーヤナを読んだのか……?」
「原典は流石に。でもまあ現代日本には結構注釈書とか、漫画でわかるホニャララとかあるからね。神話は結構マニアも多いし」
「……そうか。分かり切った話ではあるが……自分の氏素性や生い立ちが……後世に広まりすぎているというのは……あたたたた……」
「マスター、患者をあまり喋らせないように」
「気を付けまーす」
此処で「しゃべりだしたのはラーマ君だよ」などとは勿論言わない。マスター、藤丸立香は基本的に賢い子であるからして。
「ラーマ君、今のうちにもう一つ」
「んぐ」
「よしよし。地下牢の入口見つけたよ。もうちょっとだから気張ってね」
土気色の顔のラーマに薬剤を咥えさせ、錆びついた牢の入口をこじ開ける。早くしないとナイチンゲールがまた発砲してしまうからだ。
「シータさん! コサラ国王妃のシータさんいますか!? 旦那さんが来てますよ! 返事して!」
「は、はい……!」
あまりに風情もへったくれも無いアナウンスが逆に功を奏した。か細いながらもしっかりと聞こえてきた少女の声を頼りに薄暗く黴臭い地下牢を進む。すると僅かにともった松明の明かりに照らされた、炎のように明るい美しい髪の少女が姿を現した。
「シー、タ……ぐっ!」
「ラーマさま!」
フェルグス・マック・ロイが「よく似ている」と称していた通り、少女の出で立ちはラーマと重なるところが多かった。ラーマ自身が中性的な美貌を持っているということも大きいが、シータは髪の色や瞳の色、そして身に纏った武具や装飾がラーマと揃いになっている。大きく違うのは、その小柄な体に似合わぬほどの大弓だろうか。
……はて、『ラーマーヤナ』のシータに弓を使った逸話などあっただろうか。優れた弓の名手として知られたのは、どちらかというまでもなく夫のラーマであったはずだが。
「ああ……シータ……シータ、やっと……やっと会えた……!」
「ラーマ、さま」
「会いたかったんだ……本当に……ほんとうに、あいたかったんだ……が、ぐ、っ、ごほっ」
うっすらと浮かんだ涙を呑み込むような勢いで、夥しい量の血がラーマの口から零れる。シータの悲痛な悲鳴が牢に大きく反響した。
「ラーマ様!? ラーマ様! どうして、この怪我は一体……っ!?」
「ケルトの王から受けた呪いです。傷は全くふさがらず、心臓は壊死し続けています」
「そんな……っ!」
ナイチンゲールは患者の状態を誤魔化さない。嘘をつかない。彼女は的確な観察眼でもって患者の全てを診察し、それがどれほど絶望的な状態かということを全て理解した上で「殺してでも治す」と断言するサーヴァントだ。軍人はおろか女王陛下にすら物怖じしない烈女として知られた彼女は……けれどその決意と裏腹に心まで鋼鉄ではなかった。
その証拠に、真っ青になったシータの手とラーマのそれを繋いでやる彼女の眼差しは慈しく、痛ましい。
「は、はは……すまんな……折角の再会、だというのに…………即位の時のような……まともな振る舞いができればよかったのだが……。
ああ……だが……今日はなんと素晴らしい…………呪い、呪いはまだ解けぬが、それでもまた、こうして……はは、諦めずにいて、よかった……このような死にかけの身でも……また……君に……会え……」
「ラーマさま、もう喋っては」
「いや……喋らせてくれ妻よ……君の声も、聴かせてくれ……っは、……ああくそ、目がかすんで……すまない。謝りたいことも、伝えたいとも、多すぎて……シータ……僕の妻……まだ、此処に、そばにいてくれるか‥…?」
「はい……はい、ラーマさま。シータは此処におります……!」
「ふ、は……はは……ありがとう……そうだ、この手だ……国を追放されたときも、こうして…………この手が……きみがいたから……ぼくは……」
「ラーマさま」
「シータ……ぼくのシータ…………あ、い……し……」
「ラーマさま!!」
ごぼごぼと濡れた音とともに、ラーマの意識がとうとう落ちる。彼の霊基はもう破壊寸前だった。ほんのわずかな一押しで跡形もなく崩れてしまいそうなほどに。
「……シータさん。とても残酷なお願いをしてもいいかな」
ほろほろととめどなく涙を流し続けるシータの肩を叩き、立香は彼女の目を覗き込んだ。出来ることなら邪魔をしてやりたくなど無かった。馬に蹴られるなどベオウルフでなくてもごめんだ。
けれど、自分達にはしなければならないことがある。
「私達が貴方に会いに来たのは、この呪いをどうにかして貰うためなんだ」
ごめん。
圧し潰されたような声で絞り出した少女の謝罪に、幼い顔をした王妃は驚いて、
「私にも、この人のために出来ることがあるのですね」
けれど小さく、そして美しく微笑んでみせた。
美しい愛を見た。美しい哀を見た。美しい逢を見た。
夢のように美しく、儚く、それでいて奇跡のようなアイだった。
「感謝するぞ、マスター。其方の薬と、ベオウルフへの説得がなければ恐らく余は此処まで意識を保ってはいられなかっただろう」
「どういたしまして、って言いたいけど……あんなちょっとの間だけでそこまで言う?」
しかも率先して水を差してしまったし。
複雑な顔をする立香だが、ラーマは真面目な顔で頷いた。
「その『ちょっと』が生前には決して叶わなかったのだ。本当にありがとう、感謝してもし足りない」
ラーマの受けた呪いはシータが引き受け、元より決して強い英霊ではない彼女はそのまま消えた。最後の瞬間まで夫への愛を囁きながら、光の粒になってしまった。
離別の呪いは未だ消えず、けれど蘇った英雄ラーマの表情に悲痛さはない。復活した心臓は妻の愛を得てより力強く脈打っているようだった。
となれば、外野があれこれ物申すのも野暮というもの。立香は自身の両頬を叩いて気持ちを切り替える。
「それじゃあ早速で悪いけど、出口に待ち構えてる元祖竜殺しに一発かましてもらって良い?」
「ああ、任せろ!」
片やデンマーク随一の英雄、片やインドの大英雄。最悪アルカトラズが吹っ飛びそうだが、必要な犠牲と思って諦めてもらうとしよう。誰も住んでいないなら何も問題ない(無いわけない)。
「正直気はのらないけどねー。話が通じるバーサーカーで馬に蹴られない配慮が出来る人はとても貴重。カルデアにも来てほしいです」
「こればかりは縁ですから、先輩」
「だよね。あ、でも今回の事で縁が結ばれたなら、次の召喚でいけるかも?」
「それはそうかも知れませんね。特異点でお会いした方は八割がた今までも来てくださってますし」
「残りの二割はなんなんだろうねー。っと、出口だ」
くだらないことをマシュとくっちゃべりながら、じめじめとした地下牢を出る。かのベオウルフの相手が病み上がりの初戦とはラーマも運が無いが、そこは彼の力量を信じよう。愛の力は強いのだ。
と、思っていたのだが。
「わあっ! お久しぶりですね! お会いできてとっても嬉しくないですオカエリくださいさようなら!」
出口に待ち構えていると思っていたベオウルフは何故かいなかった。代わりにいたのは二人のケルト英雄。美しい金髪に癒しの手を持つ美貌の騎士フィン・マックールと、その部下でやはり美貌のランサー、ディルムッド・オディナ。
フィオナ騎士団といえば真っ先に名前が挙がるこの二人、当然ケルトなので敵なのだが……生憎と立香のこの塩対応はそれだけが理由ではない。
「おっかしーな。ベオウルフさん何処行っちゃったの? てっきり外で待っててくれてると思ってたのに。マシュ、マシュー、そっちはどう? いない?」
「ベオウルフさんの霊基反応は遠ざかっていますが……」
「ええー? なんで? 帰っちゃったの? 何か嫌なことでもあったのかなあ」
「おやおや、清々しいくらいに我々をスルーするね、そちらのマスターは」
「清々しく感じてくれてありがとう。貴方達もそのまま帰ってくれていいんだよ?」
「はっはっはっは! 実にユニークなジョークセンスだ! ディルムッド、お前も見習いなさい」
「は、はあ……」
相変わらずこの主従のノリはよくわからない。そしてどうやら向こうに引く気は無い模様だ。立香は思わずぎゅっと顔を顰める。
「随分と嫌がるね、レディ。我々は貴方に何かしてしまったかな? いや、敵同士という意味でなら自覚は大いにあるのだけどね」
「そこまで無自覚だったら脳外科おすすめしてますよ。私が問題視してるのはそこじゃないんで」
「ほう?」
ほう、じゃねーわ。
「うちのマシュは純粋培養ぴゅあぴゅあ恋愛初心者なの! 三回だか四回だか結婚してるケルトの毒牙にかけちゃったら私はドクターに顔向けできない!」
「そこですか先輩!?」
「そこですかじゃない! 最重要! 初デートよりもベッドインから先に済ませそうな女癖の悪い人にうちのマシュは預けられません! 男女のお付き合いは交換日記から!」
「それもだいぶ古いのではないか……?」
古代インド叙事詩の主人公から「恋愛観が古い」とツッコまれる二十一世紀日本人。
極めてシュールだがマスターは本気である。
ちなみにフィン・マックールという男は確かに神話上三回も結婚している(三回目の結婚は殆ど成立しないままに終わったが)が、ケルト神話全体で考えると下半身に節操がなかったタイプではない。美しい女性に弱いのは事実だろうが、最初の妻サーバがドルイドにさらわれた後などは、美しいダナン族の姉妹に求婚されてもあっさりそれを拒絶している。
よって立香のこの言い草は後輩をロックオンされたことでかなりバイアスがかかっているため、そのあたりはご留意いただきたい。
「というかマスター、其方、先ほどからずっと『馬に蹴られる』とか何とか言っておらなんだか?」
「わかってないねラーマ君、世の中にはこんな言葉があります。――『それはそれ、これはこれ』」
「ただのご都合主義ではないか!」
「いやなんで怒るの? ラーマ君はあのナンパと自分達の熱愛を同レベルで語られたいわけ?」
「すまない、余が全面的に間違っていた」
「わかればよろしい」
というわけで。
「マスター・立香。これ以上の雑談は時間の無駄です。ラーマが無事快癒した以上、我々は一秒でも早くこの国の病巣そのものを取り除かなければなりません」
「おっしゃる通りです婦長。それじゃあ総員戦闘準備! ターゲットは野郎二人! 女難の相がこれ以上仕事しないように下半身中心に狙ってあげようか!」
「やめてさしあげろ!」
ラーマの絶叫がアルカトラズに響き渡る。敵味方問わず男性陣がほぼ同時に青ざめ内股気味になってしまったのは、わざわざ記述するまでもないことであったかも知れない。
クスリによる延命+ベオウルフ先生との交渉成功でちょっぴり会えたラマシタでした。
このくらいのご褒美は正直あってもいいと思ってる。
ぐだ子が先祖返りとかじゃなくガチ人魚だったら呪いを解く方向にもワンチャンあったと思いますがそこまでご都合主義にはなりませんでした。
シータ王妃、実装待ってます。霊衣じゃなくてね!
ちなみにうちのカルデアにエリちゃんは(メカエリちゃん含め)一人もいません(聞いてない)
完結前に別連載を先に始めてしまいましたがマハーバーラタ勉強しながらなので此方の方が早いと思います。というか早くします(決意)