人を食わねば生きられぬ者たちを、狩り続けた獣がいた。

審判を超え、過去によみがえった獣がいた。

獣は再び狩る。人食いの鬼を。

1 / 1
探しても無かったので自分で書きました。

鬼滅とアマゾンズのクロスです。


鬼殺隊と獣

―得体のしれない何かがいる

部下より報告を受けた男、不死川実弥の率直な感想がそれだった。

 

 

 

鬼と呼ばれる怪物を狩る組織、鬼殺隊。

その中でも抜きん出た力を持つ彼は鬼殺隊において風柱の名をもって多くの鬼を葬ってきた。

 

その彼にこの奇妙な報告が上がってきたのがつい三日前のこと。

 

とある山で下位の隊士がとり逃し、追跡中だった手負いの鬼が姿を消したのだという。

彼は最初、隊士が件の鬼を見失っただけかと訝しんだが話をよく聞いてみるとどうやら違うらしい。

 

その日、いくつかの村で人食いを繰り返していた鬼を二人の隊士が追い詰めた。

鬼自体は大した力も持たない雑魚であったらしいのだが、あいにくその夜は月明かりもなく、二人がかりとは言え、中々にてこずったというのだ。

そうして夜明けも間近に迫ったとき、一瞬の隙をつき一人の隊士が鬼の右腕を切り落とし、さらには胴を袈裟に斬りつけたのだ。深手を負った鬼は臓物を撒き散らしながら逃走をし始め、二人の隊士も最後の力を振り絞ってこれを追ったのだという。

しかし、深手を負わされながらも鬼は鬼。人ならざる尋常ではない速さで木々を足蹴にして、真っ暗な山の中に姿を消してしまったのだ。幸い、鬼の流した血の跡と臭いで隊士らは姿は見えずとも鬼の跡を追えてはいた。

だが隊士らの限界は近い。極度の疲労と精神の摩耗により彼らの視界は霞み、体は鉛のように重くなっていた。

距離が少しずつ離される。ここで取り逃せば鬼は傷を癒すため多くの人間を食い、力を増すだろう。

 

やがて空が白み始めた。夜明けまで幾ばくも無い。日の光を浴びられぬ鬼は必ず姿を隠す。

この山には鬼が隠れられるような洞窟が幾つもある。洞窟どうしは奥で繋がっているため、鬼はこれを通って山中の至る所に行くことが出来た。大した力を持たぬこの鬼が今日まで人食いを続けられたカラクリがこれである。

 

差はますます広がってきた。

もはやこれまでか、と折れそうな心を押し殺し追いすがる。

隊士らの決死の追跡はしかし、ここで唐突に奇妙な終わりを迎える。

 

 

 

ぼやける視界を裂くように赤い閃光が奔った。続けて、熱風が頬を凪ぐ。

出所は前方。ちょうど鬼が逃げた方向だ。何事かと思わず足を止めた二人の耳に今度は何やら大きな音とおぞましい悲鳴が聞こえてくる。間違いなくかの鬼の声であった。

突然の異変に警戒しつつ、二人は再び走り出す。血の匂いはどんどん濃くなり、鬼はもう目と鼻の先というところか。

視界を塞ぐほどの苔むした大岩が見える。血は大岩を這うように続いている。

刀を握りしめ、大岩の脇から身を乗り出す二人の視界を光が焼いた。

 

夜明けである。

 

思わず目がくらむ。それでも鬼の消息を追わんとする二人は無理矢理目を開け、そして見た。

 

半ばから折れた幾本の木を。炎の筋が奔る大地を。そして大岩の向こう側に刻まれた巨大な亀裂を。

あまりの光景に絶句しながら、二人は鬼の姿を探す。

鬼の最後の血痕は大岩の辺りで途切れていたが、日光に照らされてそれももはや塵となって消えている。

血臭も無い。鬼の痕跡はすべて太陽が焼いてしまった。

 

 

 

取り逃がした。あそこまで追い詰めた鬼を。また、人が死ぬ。

 

 

 

二人の頭にそんな考えが浮かび、一人は膝をつき蹲る。

 

 

途端に重くなる頭と体。思考の定まらぬまま蹲る隊士はふと草むらの向こうに何かを見た。

赤く、鉄臭いなにか。

 

紛れもない鬼の血肉。

這うように慎重に近づく。生い茂る草が日光を遮っているのだ。最後の手掛かりを日光に晒すわけにはいかない。日光から逃れる最中、どこぞの部位でも焼かれ落としたか。足や腕であれば鬼は遠くへは逃げられまい。鬼が再生するまでの間に応援を呼び、今度こそ狩ることが出来る。

突如さした一筋の光明に、彼の心が奮い立つ。

 

そうして日の光を背に、草束をかき分けた彼の動きが、ピタリと止まった。

 

 

白い肌と赤い血潮噴き出す悍ましい断面。血肉の合間には骨と、そして歯。

 

 

彼の思った通りそれは鬼の体から欠落した部位ではあった。

しかしそれは腕や足などではない。

 

 

 

逃げた鬼の、顔の下半分であった。

 

 

 

彼から、声にならぬ短い悲鳴が漏れた。反射的に飛びのく。

露わになった最後の鬼の欠片を朝日が焼く。悍ましい肉片が飛び散った血諸共塵とかすのを呆然と見やり、そこでようやく我に返った。

 

今度こそ鬼の痕跡は完全に消え去った。

しかし問題はそこではない。

 

顔の下半分。尋常の負傷ではない。

人ならばすぐさま絶命している程の傷ならばそれは再生能力をもつ鬼にしても痛手。

尚且つかの鬼はさして力のない鬼であるなら、確実に弱り切っていることだろう。

倒しきる千載一遇の好機であるが、彼の表情に喜色はない。懸念があるのだ。

 

鬼は日の光に焼かれた場合、血を流すことはない。

肉体はまるで消し炭のように黒ずみ、崩れるように消失するからだ。

それゆえ日光によって何らかの焼かれ方をして欠落した鬼の部位というのは、血は出さず、炭の切れ端のような見た目になるのだ。

 

だというのに、先ほど目にしたかの肉片にはおどろおどろしい血と脈動する赤色の筋繊維がそのまま残っていた。それはかの鬼が顔を落とした要因が日光ではないことの証であり、即ち今この場にいる自分たち二人以外の〈何か)からの外傷であると結論付けられる。

 

鬼というのは強力な生物だ。どんなに弱い鬼でも常人を凌駕する筋力と持久力がある。

鋭い牙と爪をもち、無手でも人を殺し、食らう。

そして日の光と鬼殺隊の隊士の持つ日輪刀と呼ばれる特殊な武器でなくては殺しきるのは不可能に近い。

 

故に、鬼をまともに害することが出来る存在は極めて少ない。

 

鬼殺隊の剣士か、太陽あるいは。

 

 

 

さらに強い力を持った〈上位〉の鬼か。

 

 

 

そこまで至って隊士の背筋に怖気が奔る。

思い出すのは先ほど視界をかすめた鮮烈な閃光と熱風。鬼は血鬼術なる異能を用いることが出来る。

人の身には不可能な現象を引き起こす鬼の技である。

鬼が同族を殺すのはあり得ぬ話ではない。縄張りや徒党のいざこざで鬼同士は殺しあうのだ

先ほどのあれが第三者の血鬼術であるならば、かの鬼を害した何かが自分たちの近くにいる。

 

刀を支えにして立ち上がる。夜が明けているのが幸いだった。

満身創痍の身では更なる鬼を討つことは難しい。撤退あるのみである。

彼はすぐさま相方の隊士を呼ぼうと振り返り声をかけた。

 

しかし相方の隊士は動かない。刀を握りしめたままジっと朝日がのぞく小山の方を睨んでいる。

異変を感じ、肩を揺り動かす。撤退する旨を理由込みで簡潔に伝えた。

そこまでして我にかえったのか、脂汗を拭いて隊士は頷いた。

 

刀を握ったまま、朝日を背に向け走り出す。

 

異質な気配を感じながら二人の隊士は山を下りた。

 

 

下山後、すぐさま二人はカラスによる応援を要請。その日の夕方には新たに三名の隊士が到着していた。

五人で再び山へと入り、集落にほど近い洞穴を重点的に捜索するも、鬼の姿は見えず。

それどころか足跡一つ見つけることも出来ないまま、その地域を統括する柱に報告するに至った。

 

 

 

風柱、不死川実弥は彼らを叱責したが、ある一人の隊士の報告を受けて顔色を変えた。

最初の朝、小山の方をみていた隊士の報告である。

 

 

 

『日の光の中に何かが居ました。血のように赤い何かが、緑色の目でこちらを見ていました』

 

 

 

『人でも鬼でもない。怪物が、確かに居ました』と。

 

 

 

怯え切った隊士の目が決して苦し紛れの虚言ではないと風柱を信じさせた。

尋常ではない隊士の態度に彼は怒りを収め、この件について自らが預かることを告げ、隊士らを労った。

 

そして現在に至る。

 

 

 

 

〈蝶屋敷〉

 

「胡蝶、何か心当たりはあるか」

 

不死川は目の前の女性にそう問いかけた。

胡蝶と呼ばれたその女性、胡蝶しのぶは考え込むような仕草をした後、首を振った。

 

「…いえ、何も思い当たりませんね。鬼とは違う、まったく別の何かというのは」

 

「そうか。まぁ、そうだろうな」

 

不死川はさして落胆する様子もなく言う。胡蝶はそんな彼の様子に微かに眉をひそめた。

 

「不死川さん、信じているんですか、彼らの報告を?ずいぶん胡乱じゃありませんか」

 

咎めるように言った胡蝶を見やり、しかし不死川は気にも留めてない風に返す。

 

「此度の任務、人選はこの俺だ。件の隊士にしても人柄、実力等を鑑みて任命した」

 

「…確かな人選だった、と?こんな下級の鬼を逃がすような隊士なのでしょう?」

 

「月のない夜に、鬼の狩場である山の中で一晩戦い抜いている。二人とも傷らしい傷も受けていない。異変を察知してすぐ退いたのも判断としては悪くない」

 

不死川がため息を吐き、腕を組みなおした。

 

「無論、鬼を討つのが最良だろうよ。だが鬼に痛手を負わし、手に余るとみるや即座に応援を要請している。〈己〉の位の隊士としては上々、下手に無茶をするより幾分もマシだ」

 

「そしてあの日以降、近隣の村々からの被害は挙がっていない。手負いの鬼が人食いを堪え、隠れ続けられるものか。すでに鬼自体は死んでいるだろうよ。そいつが何にやられたかはさておいて、な」

 

 

「……驚きました。不死川さんがそんなこと言うなんて。てっきり、彼らの不甲斐なさに立腹しているものかと……」

 

 

胡蝶が目を丸くして言った。この不死川という男は見た目どおりの苛烈な性格をした激情家だと思っていたからだ。もちろん、彼女の認識は間違いではない。

しかし、彼はこの鬼殺隊において最高戦力にある柱の隊士。

恐ろしいまでの剣の冴えと数多の鬼と対峙してきた経験、鬼への底なしの憎悪。

そしてそれらをまとめ上げ、活かす冷徹かつ合理的な判断力。

これこそが風柱・不死川実弥という男なのだ。

 

それゆえ彼は責務を十分に果たしたと判断した隊士に対してはキチンと労い、評価もする。

隊士の間で畏怖の対象とさえされ、かつ曲者揃いの柱の中では存外まともな男なのだ。

 

それが隊士たちに認知されてるかはともかくとして。

 

 

「…邪魔したな胡蝶。俺はもう行く」

 

 

「はい、お力になれず申し訳ありません。それで不死川さん、この事を知っているのは?」

 

 

「ああ、無論お館様には報告してある。俺に一任してくださるそうだ。あとはそうだな、お前と俺、任務にあたった五人を除けば……伊黒くらいか」

 

「伊黒さんはなんと?」

 

「そんな与太話を信じるなだとか、鬼を逃がした五人をどうするつもりだとか。色々言っていたが途中から聞いてねぇな」

 

「ああ、それは。まぁ、そうなりますよね」

 

 

去り際、そう問答をして不死川は胡蝶の居処を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

神崎アオイという少女は鬼殺隊の隊士だ。しかし、彼女は刀を持たない。

鬼殺隊でありながら鬼を恐れ、戦うのをやめたのだ。

自らを腰抜けと嘲る彼女は、しかし今でも時折思い出す光景がある。

 

最終選別の七晩目、あの鮮烈な光景。

 

 

〈◎〉

 

月のない夜だった。

ともに行動していた三人の仲間が無残に食い殺された。

最終選別のために鬼殺隊が捕獲し、山に放った鬼は確かに弱い鬼であった。

しかし、それは十分な力を持った隊士の物差しで、力も技も未熟な雛鳥には途轍もない強敵なのだった。

 

肉を飲みこんだ鬼がこちらを見た。闇夜に光る金の瞳孔がスッと狭まる。鬼は嗤っていた。

刀を握る手が震える。体は強張り、息は荒い。

死臭が鼻を衝く。恐怖という枷が体中に巻き付いてくるのを感じた。

 

「ああ、女か。コイツは旨そうだ」

 

鬼が言う。体が動かない。

 

「暴れるなよ。血が濁って不味くなる」

 

鬼が呆れていた。まるでウサギかニワトリでも締めるかのような口振りに乾いた笑いが漏れた。

その程度なのだ、鬼にとっての人間というのは。少し抵抗するだけの、ただの糧。

 

一歩、鬼が近づく。蹴とばした小石が自分の爪先にあたって跳ねた。

 

「お前を食ったら次は俺をこんな山に閉じ込めたヤツらも食ってやる」

 

「ああ、そうだ。そうしよう。それがいい」

 

ブツブツと鬼が喋る。血の匂いがどんどん近づいてくる。

気が付けば、鬼はもう目の前にいた。

 

ようやく鬼の姿が見えた。

痩せぎすの体躯に四本の腕。三日月形の口元からは鋭く大きな牙が覗く。

 

鬼と目が合う。その瞬間体から力が抜けて、へたり込んでしまった。

そんな私の様子を見て、鬼は一瞬面食らったような顔をしてから、また嗤った。

 

「はは、腰が抜けたか。怖いのかお前。そらそうだよなぁ」

 

「こんな闇夜に、一人ボッチで食われるんだからな。哀れな奴だ」

 

「さてどこから食ってやろうか。腕か足か、はたまた腹からか」

 

鬼が矢継ぎ早に言っていた。正直ほとんど覚えていないがこんな感じのことを言っていたと思う。

 

 

そしてその時が来た。

 

 

「それじゃあ」

 

 

鬼の口が耳まで裂けた。四本の腕で私の体を掴む。

鬼とまた、目があった。

 

 

 

 

「いただきます」

 

 

 

迫ってくる鬼の口がやけにゆっくりと見えた。どうやらコイツは頭から自分を食うつもりらしい。

私は不思議と冷静に、間近にある自分自身の死を見ていた。

 

そして目を閉じた。せめて最期くらいはこの恐ろしいモノを見ていたくないから。

 

私のすべては、もうここで終わってしまうハズだった。

 

 

 

 

でも、そうはならなかった。

 

≪彼≫が来たからだ。

 

 

「なぁ、お前。そのお嬢ちゃんを食うのか?」

 

鬼の背後から声が聞こえた。姿は見えないが声色から男だと分かった。

鬼の動きが止まって、そして私を地面に放りだす。

無様に崩れ落ちた私は、ここでようやく息をすることを思い出す。

 

「なぁ、食うんだろ?お前も鬼ってヤツなら」

 

男が再度、鬼に問う。鬼も男の方へ向き直って言う。

 

 

「……妙な臭いがするな。鬼ではないが、普通の人間でもないな。なんなんだ、お前」

 

 

「先に聞いてるのは俺だ。答えろよ」

 

 

「……ああ、食うさ。俺は人間を食う。片っ端から食って力をつけて、永遠に生き続けるんだ」

 

鬼が謡うように答える。

男はすこし考えてから、口を開いた。

 

 

「……生きるために、食うのか。人を。お前たち鬼は」

 

 

「そうだ!俺たちは鬼だ。生きるために人を食らい続ける」

 

 

「……ははは。そうか、そうだよな」

 

男は笑っていた。心底楽しそうに。私はこの時、目の前の恐ろしい風貌の鬼よりもこの奇妙な乱入者の得体の知れなさに怖気のようなものを感じていた。鬼とは別種の、恐ろしい気配を。

 

鬼は不機嫌さをあらわにして男の方へ踏み出す。

 

 

「おいお前、そこを動くなよ。楽しい時間を邪魔してくれた礼にお前から食うことにした。

 

男は硬くて不味いから普通は食わないんだが……今は少しでも力を付けねぇといけないからな」

 

四つ腕を振りまわし、鬼が歩く。

やがて鬼の姿が夜に紛れ見えなくなった。鬼が地面を踏みしめる音だけが聞こえる。

男に死の影が迫る。だが彼は鬼など全く気にしていないかのように喋りだす。

 

 

「やっと終わったと思ったら今度は≪鬼≫か。人を食う化け物なんて、なんでそんなモンがポンポンいるんだ。毎度、人間様はたまったもんじゃないよなぁ」

 

 

「……まだ、なのか?まだ、俺は生き続けないといけないのか?もっとちゃんと殺してくれよ。なぁ、悠」

 

 

男は誰かの名前を口にしていた。怒りや憎しみ、そして情が綯交ぜになった声色だ。

私は一瞬だけこの男に憐れみを抱いた。彼の中には自分が想像できないほどの強い感情が渦巻いている気がしたからだ。男は笑っているが、しかし哭いてもいた。

 

「そうか、お前死にたいのか。喜べよ、今から死ねるぞ」

 

「ははは、殺してくれるのか俺を。お前が?」

 

足音が止まった。鬼は男の元に着いたらしい。鬼の言葉には答えず男は黙った。

 

「ん、なんだそれは」

 

ふと、何か別の音が鳴った。金属があたるような硬い音だ。

音の発生源はどうやら男のようで、鬼には何かが見えているらしい。

 

 

「……ふー。しかしまぁ、これが運命ってやつなのかなぁ、七羽さぁん」

 

「……ああ?」

 

ここで男の纏う雰囲気がガラリと変わった。ぼんやりとした幽鬼のような存在感が一変し、肌を刺す鋭い気配がする。殺気だ。この男はすさまじい殺気を鬼に向けている。

 

 

「…狂ったのか、お前。これから食われるってんでイカれたのか?」

 

 

「…鬼が何なのかなんてどうでもいいんだ、俺は。問題は俺がまだ生きてるってことなんだ」

 

 

「ベラベラ五月蠅いぞ!もういい!黙って食われろよぉ!」

 

苛立った鬼が大地を蹴って男に肉薄する。

鬼の爪が、牙が男に触れる。そうその瞬間。

 

 

 

 

 

 

「≪――――≫」

 

 

 

 

 

私は見たのだ。決して忘れえぬその瞬間を。

男が何か言葉をつぶやくと同時に闇の中で光がともった。

 

そして奇妙な声とともに、赤い閃光と熱波が私の頬をうった。

飛んでくる礫から顔をかばうように背けて、やがて向き直る。

 

 

「…生きるってのは、自分以外の何かを食うってことだ」

 

 

草が、木が燃えていた。飛び散った炎が鬼と、もう一つの異形の姿を照らしている。

 

 

「お前らは生きるために人を食う。本能だからな。そこに良いも、悪いもない」

 

 

赤い異形の体躯が見える。とがった頭にある大きな緑の光はおそらく目なのだろう。

まるで虫のそれのような光沢がある。

 

 

 

「だからな、ほんとはこんなのなんの意味もないんだろう」

 

 

 

「多分もう、関係ない。アマゾンだとか鬼だとかは。ただ俺は狩り続けなきゃいけないんだ。

お前たち、人を食らい生きる≪バケモノ≫を」

 

 

 

 

「それが、この俺が存在する意味なんだ」

 

 

 

 

男だったもの。人でなく、鬼でもなく。

言うなれば、獣。異形の姿をした怨嗟の獣。

彼は悠然と熱波を受けて吹き飛ばされた鬼に向かって歩き出した。

 

「お前は一体!?っ、クソがっ!」

 

当然の男の変化に狼狽えた鬼であったが、すぐさま立ち直ると怒りの表情で異形に殴り掛かる。

四つの腕が唸りをあげて、異形を砕かんと迫る。

 

「ふっ!」

 

「!?ぐっ!」

 

しかし、鬼の攻撃が異形を捉えることはない。四つ腕による苛烈な猛打を滑るように躱し、懐に潜り込み拳で鳩尾を穿ち、わき腹を蹴り上げる。

躍起になった鬼が幾つも攻撃を繰り出すが、そのすべてがいなされ反撃を食らっている。

 

 

「こんなのは!みっともない八つ当たりなんだ、よ!!」

 

 

「がっ!こ、こんなことがっ!?」

 

 

「でもなぁ!俺がどんな思いでアイツを、アイツらを狩ったと思ってるんだ!!」

 

 

口から血を吐きながら鬼が距離をとった。信じられない光景だった。

異形の一撃一撃は鬼の骨を砕き、肉を潰している。鬼はもちろんその度に傷を再生させているが、矢継ぎ早に繰り返される猛攻に消耗している。

圧倒的な力をふるいながら、異形は何かを叫んでいた。血飛沫がまるで涙のように彼の頬を伝う。

 

胸が締め付けられるような思いがした。

 

 

「…ふぅ」

 

ふと異形が息を吐いた。たちまち彼が纏っていた悲哀が霧散した。

ケロリとした風に続ける。

 

「お前ら、ケガ治るんだよなぁ。なーんか俺じゃ殺しきれないみたいだし…どーすっかなぁ」

 

こめかみの辺り、だと思う。そこら辺を掻きながら言う。

獰猛な姿でありながら酷く人間臭いその仕草に私は惹きつけられた。

少しの間何かを思案するように押し黙った後、彼は唐突にこちらを見た。

 

「よぉ、お嬢ちゃん。コイツってどうやって殺せば良いか知ってるか」

 

「……ぁ」

 

「は?なんて?」

 

彼が私に話しかけてきて、あまつさえ近づいてきた。

その間に襲い掛かった鬼をあしらう様に蹴り飛ばして、腕に生えたヒレの様な刃で首元を斬りつける。

そうして私の目の前まで来ると目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

間近でみるその異形の顔はやはり恐ろしかった。彼の緑の目に私の怯えた顔が映り込む。

 

 

「とって食やぁしないって。ほら鬼殺隊ってやつだろ、お嬢ちゃん。おーい」

 

「あ、それ…あの、えと」

 

「…あーこらダメか。仕方ない、〈前〉の時にみたいに朝まで続けるかー」

 

何も言えない私に落胆したように彼は再び鬼に向き直った。

どうやら鬼を以前にも相手にしているらしかった。これでもかと牙を剥き、怒りの表情で鬼が彼を睨みつける。私は必死に息を整えて、離れていく彼の背中に言葉を投げた。

 

 

「刀で斬るのっ!鬼殺隊の、日輪刀で!く、頸を落とせば鬼はこ、殺せるっ」

 

「…へぇ、なるほどね」

 

彼はそう返事をして、腰の辺りに右手をやった。

そして手首を捻ると、何やら音が鳴った。

 

 

「ああああああ!!!殺す!殺してやる!!」

 

鬼がすさまじい速度で向かってきた。よく見ると拳が鈍く輝いている。まるで鉄のようだ。

あれがあの鬼の血気術なのだろうか。

 

「…ハァァ」

 

対する異形の男も腰を落とし、弓を引くように右腕を後ろに下げた。

その姿に、ぞわりと怖気がする。殺意が糸のようにピンと張られているような感覚があった。

 

そして

 

 

「ああああ!!」

 

「ハァ!」

 

 

両者が交差した。私には全く何も見えなかったが、すれ違った直後に鬼が肩の付け根から大きく斜めに裂かれたのを見て、異形が鬼を制したのだと知った。

 

「グッ、ギャア!、待てやめろ!」

 

血を盛大に噴き出し、膝をついた鬼をさらに異形は攻めた。

抵抗する鬼の腕を信じられない力で引き千切り、胴の裂け目に腕を突っ込んで滅茶苦茶に斬り付ける。

鬼が逃げようとするなら膝を逆方向に圧し折り、執拗に顔面を殴りつける。

 

 

「あ…あがが……もう、や、めてく、れ」

 

「ひっ…」

 

蹂躙しつくされた鬼はボロ雑巾かズタ袋の様な姿に変わり果てていた。

鬼は想像を絶する苦痛に芋虫のように悶え、潰れた眼球の窩からは血涙が流れていた。

 

私は余りの凄惨さに絶句していた。

鬼の返り血に塗れた異形が私を見た。

 

「ふう。じゃあ嬢ちゃん、その刀貸してくれ」

 

「へぇ?」

 

突然のことに間抜けな声が漏れてしまった。

 

「それで頸を落とさなきゃ殺せないんだろう?だからさ、ほれ。トドメ、刺さないとな」

 

「あっ…」

 

 

彼は治り始めた鬼の腕を踏み砕きながら私の持つ刀を指さした。

私は彼に刀を差しだそうとして、でも、そこで止めた。

 

 

「ん?お嬢ちゃん、どうしたの」

 

「……私が」

 

刀を支えにして立ち上がる。震える足を引き摺りながら、ゆっくり鬼の方まで歩く。

彼はそんな私に何を言うでもなく、ただこちらをジッと見つめている。

 

 

「私がっ…やります、仲間の敵だから。せめてトドメだけは私が刺さなきゃ……!」

 

 

「……ふーん。じゃ、そらっ」

 

「ゲェッ」

 

短く返事をして、彼が鬼を私の方まで蹴ってくれた。

砂埃を立ててゴロゴロと鬼が転がる。

治りかけの、鬼の目に私が映る。血反吐を吐きながら、鬼は言った。

 

 

「ギギギ…くって、やる。ちかづいて、こい。にんげ、んが、鬼にくわれ、る、だけのクズが…」

 

 

「……やって、見なさいよ!このぉ!」

 

 

「ガッ!?」

 

思い切り、刀を振り下ろした。でも手が震えてうまく頸を落とせなかったから、二度、三度と刀を振った。

 

 

「ギギッ!ギャッ!」

 

「このっ…このっ!鬼め、バケモノ…バケモノぉ!」

 

飛び散る鬼の血で私は赤く染まっていく。

刀を振る度に鬼は短い悲鳴を上げて、身を捩る。

鬼が動くたび視界が赤く染まって、それがとても恐ろしくて。

私は恐怖を振り払うように必死になっていた。

 

そうしてもう何度同じことを繰り返したのかわからなくなって腕が上がらなくなったとき、私はようやく我にかえった。

 

刃の先にはもう何も居なかった。

 

「あ、れ?お、鬼は……」

 

「…もう死んだよ。お嬢ちゃん、気が付いてなかったの?」

 

「え、あ、そう…」

 

横から声がしたけど、私は声の方も見ずにぼんやりと地面に目を落としている。

そして鬼がもう居ないと分かった途端、刀がするりと手から滑り落ちた。

 

「…まぁ、お疲れさん。あー、それにしても、アレだなぁ」

 

彼が何か言っているが、あまり頭に入ってこなかった。

でもこれだけははっきりと聞こえてしまった。

 

 

「…腹、減ったなぁ」

 

 

それを聞いて、でも不思議とそこまでの恐怖はなかった。

多分、疲れきっていて余裕がなかったんだろう。肉体的にも、精神的にも。

だから冷静な判断が出来ていなかったんだと思う、いや最初からそんなものはなかったんだ。

 

 

「……ねぇ」

 

「…なに?」

 

 

気が付くと彼に話しかけていた。

応じた彼の声色はとても穏やかで、ふと妙な安らぎを覚えた。

 

 

「…あなたは、私を、食べるの?」

 

 

「っ…あー」

 

 

とんでもないことを聞いたものだと、今になって思う。でも、なんだかこれだけは聞いておかないといけない気がしていた。彼の名前だとか、何者だとかいうことよりも、ただこの一点だけを。

 

人を食うか、否か。

 

彼は息をのむように少し黙って、それから困ったような顔をしたと思う。表情なんてわかりっこないのに。

 

 

「そうだなぁ、んーと」

 

「……」

 

彼は私のすぐそばまで来た。その時、風がまた私の頬を凪いだ。

ふと横を見るとそこに見知らぬ男が立っていた。

 

みすぼらしいボロボロの服を着た背の高い男だ。顔は無造作に伸びた髪と夜の闇のせいでよく見えない。

この男に見覚えはなかったが、しかし纏う雰囲気には覚えがあった。

幽鬼のようなおぼろげな気配だ。

 

彼の手が私に伸びてきた。

 

 

「…また、今度ね」

 

 

そう言って私の頭をなでると、彼はそのまま踵を返して歩いて行ってしまった。

闇の中に姿は消え、足音もすぐに聞こえなくなった。

 

静寂が夜に戻り私もいつの間にか気を失っていて、起きた時には夜は明けてしまっていた。

一瞬、夢でも見ていたのかと思ったが周りに散らばる仲間の亡骸がそれを否定していた。

 

それから私は何とかして立ち上がって、滅茶苦茶に振ったせいで刃こぼれした日輪刀をしまうと山を下りた。生存者は私のほかには何人もいなかったと思う。七日間の過酷な夜が、幾つもの命を食らったのだ。

 

そのあと私は数回の任務の末に怖じ気づいて、胡蝶様に拾われたのだ。

だから今は蝶屋敷で侍女の真似事をするに至っている。

しかし、あの夜の事は今でも誰にも話していない。

 

 

〈◎〉

 

「っと、いけない。もう帰らなきゃ」

 

つい物思いに耽ってしまった自分を叱り、アオイは帰路に就く。

屋敷で使うちょっとした小物を買うために町まで買い出しに来ていたのだ。

小走りになりながら、ふと視界の端を何かが掠めた。

 

みすぼらしい格好の長髪の男。

 

「っ!」

 

ハッとして彼女は立ち止まって、あたりを見回すがどこにもそんな男はいない。

やがて大きくため息を吐くと、今度こそ振り返らずに帰路に就いた。

 

 

 

 

 

 

 

男は彷徨う。鬼の蔓延る大正の世を。

食うか、食われるかの運命を負って彼は彷徨い続けるのだ。

 

 

「……ははは」

 

 

心はひび割れ、亡者のように。

もはや何の意味も無い、縁もゆかりもないこの場所で彼は狩りを続ける。

 

彼は生きている限り、狩り続けなければならない業を背負っている。

 

人を食らう者どもを。

 

 

「……」

 

 

 

彼は人の顔と体を持つが人ではなく。

 

おぞましい本能と強い力を持つが鬼はでない。

 

 

 

彼の名は。

 

 

 

 

 

「≪アマゾン≫」

 

 

 

傷をついた獣がゆく。人食いを狩るために。

 

再び最後ノ審判を迎えられるその時まで獣の狩りは終わらない。

 

 

 

 

 

 

 




アマゾンズと鬼滅一緒に見ると情緒おかしくなるで

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。