やはり反恋愛主義青年同盟部は間違っている   作:田んぼ二キ

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第一章-Ⅹ 恋愛という名の集団催眠と捻くれぼっちの邂逅

「怖いか?」

 

 

どこかの私立小学校の制服を思わせる服装は、その神聖性、不可侵性を強調する。

彼女は俺が答えないのを――答えられないのを見ると、ぽん、と手を叩いた。

 

 

()()()()まで封じたら、答えられるはずもないか」

 

 

そう言って、微笑んでから、指をパチンと鳴らした。

 

 

「がっ……かはっ」

 

 

急に喉のあたりの自由が戻ってきて、むせた。俺の身体のすべての制御権は、いま彼女の手にあるらしい。とはいえ幾分か状況はマシになり、思考もようやく回り始める。

 

疑問はつきない。何故こんなことを成し遂げているのか、そして何故俺なのか。その疑問の氷解よりも先に俺はそもそも生きて帰れるのだろうか。

 

 

「何か聞きたそうな顔をしているな。質問を許そう」

 

 

ここで命乞いをせよと言われていたら俺はみっともらしく頭をこすりつけていたに違いない。しかし彼女が許したのは哀願ではなく質問。

 

 

「お前は何だ」

 

 

自分でもわかるほど、その声は怯え切っていた。高校生の俺が、小学校の女児の外見をした何かに怯えていた。

 

 

「実に良い質問だ。それが理解されればたちどころに、いくつか並列であがってきた疑問も氷解するだろう。そして本質を突いている。私が何か、なんであるか、ということは何よりもまず一番に、今、君が置かれている状況の根底にあるのだから。

 しかし君の質問に対する答えはシンプルで分かりやすいしかしそれを理解することは君にとって、君たちにとって不可能にも近い困難なのだ。

 だが私は敢えて、誠実に答えようと思う。不当に自由を拘束してしまった上に欺瞞で誤魔化すなどということは私の主義ではないし、君に対して礼を失するというものだ。

 それでは答えよう。

 一言で言ってしまえば、私はこの惑星の外から来た存在だ。そして、君たち人類というのは、私によってこの惑星の環境を改変する為に、その精神に自己矛盾プログラムをしたうえで創り出された生物種なのだ。君たちの辞書を借りれば『神』という存在に近いと言える。あるいは彼女の言葉を借りれば『地球外生命体』という側面もあるだろう

 どう呼ぶかは君の自由だが、私が君の想像の外にあるという真実は変わらない」

 

「彼……女……?」

 

「領家薫のことだ」

 

 

俺はこの女児の目的、そしてその存在意義をおぼろげながら掴みつつあった。

 

 

「領家薫は、私の存在に気づいた。もっとも彼女自身、自分の頭に浮かんだそんな考えを、冗談の延長のようにしか考えていないが。そしてそれだからこその危険人物なのだ。

 彼女は非常に危険だ。そして私が君を呼び止めたのも、彼女に対抗するためのある協力をしてほしいからにほかならない」

 

「……領家を俺に殺させるつもりか?」

 

 

俺がそういうと、女児はポカンとした表情を浮かべる。

 

 

「まあそういった考えに行きつくのは仕方がない……と言えるが……そうかだからこそ君なのか」

 

 

後半はほとんど独り言になっている。俺は一安心して、自然と息がこぼれた。女児は俺の反応を見てランドセルを背負いなおす。

 

 

「ついてきたまえ、立ち話もなんだから」

 

 

 

 

*****************************

 

 

 

 

コーヒーの香り漂う店内。そんな中、俺と女児は向かい合って座っていた。

俺の前には、ドリップコーヒーが、女児にはキャラメルアドリスストレットショットエクストラホイップダークモカチップクリームフラペチーノが置かれていた。

 

 

「地球は素晴らしいね。こんな文化が育ったのは、私の作品でもまれなケースだ」

 

 

高い椅子の上で女児は足をぶらぶらさせながら、なんだか食べ物か飲み物かよくわからないものを楽しみながら言う。傍から見れば、小さい子の微笑ましい絵空事。だが俺は知っている、その気になればこの店内の人間などどうにでもなることを。

 

 

「さて本題に入ろうか」

 

 

女児はそういうと、ランドセルを開き領家の顔写真と数枚の書類を取り出した。

 

 

「私の目的は地球の改変、とくに二酸化炭素を我々の過ごしやすいように改変しつつ、現在の生物を全て死滅させクリーンに掃除するということだ。私がこのタスクを全て一人で行っても良いのだが、それよりも代行者を立てて行わせ、一緒に自滅してくれるようにすれば手っ取り早い。それが人類だ。少々時間はかかったが、思い通りの結果が得られるのはもうすぐだろう。邪魔さえなければ、の話だが」

 

 

女児は領家の写真を眺める。

 

 

「端的に言ってしまおうか。彼女は世界を滅ぼす、つまりそれと同時に、救済することになる」

 

 

彼女はそう言って言葉を区切り、また得体のしれない飲み物にとりかかった。

 

 

「彼女のことで、君はどのように感じた?」

 

「世間的に見れば変な奴だと思います」

 

「そうではなく君から見た意見を聞いているのだよ」

 

「なんというか……滅茶苦茶な奴だと、そう思いました」

 

 

女児相手に高校生が、敬語だった。喫茶店で女児に奢られた挙句、かしこまりながら敬語で話す男子高校生が、そこには居た。

 

 

「それだけか?」

 

「領家には、魅力があります。はっきりとどういったものか指し示すことはできませんが……」

 

「それだよ」

 

 

彼女はご満悦そうにニッ、と目を細めて朗らかに笑った。

 

 

「彼女、領家薫には、人の心を引き付けて狂わせる、おかしな魅力がある。それも、その魅力というのは普通の人間には作用しにくく、ある一定の抑圧下にある人間に、暴力的に作用するのだ。ちょうど君みたいにね。

 別に避難しているわけではない。むしろ私は恐れているのだ。

 今までも彼女のように民衆を扇動できるような求心力を有した人物は存在していた。革命、改革、それらは常に前向きだった。つまり人類全体を『繁栄』させる方向への運動だったのだ。私はそれを黙認したし手助けすることすらあった。結果として私の目標に到達する為の時間を短縮することに成功した。

 君も分かるだろう。彼女は()()()なのだ。偶然、彼女は私の意図に気づいた――いや、思いついてしまった。彼女にはその力があった。そして運動を始めたのだ。これは私にとって、未曽有(みぞう)の危機なのだよ」

 

 

そう言いながら、女児の顔は溌剌(はつらつ)と笑っていた。そこには待ちわびていたおもちゃを買い与えられた子供に近い、無邪気さがあった。

 

 

「私はどうにしかして彼女を抑え込みたいのだ。今はまだ彼女の力は不完全にしか発揮されていない。そして彼女自身、まだ自分の思想を冗談に毛の生えた程度のものとしか思っていない。叩くなら今なのだ。

 道から外れそうになる人類を教導するために私が作り上げた地下組織、『大性欲賛会』ではもう彼女を恋愛狂信者へと修正することはできない。彼女はその活動にすら、半ば半信半疑ではあるが気づき始めてしまっている

 そこで私は君に目を付けたわけだ」

 

 

「俺、ですか」

 

 

「君は世界ではじめて彼女の思想に片足を突っ込んだ大馬鹿者、あるいは大人物だ。これまで傍観していた私を行動させるに至った張本人でもある。君の手を借りて、彼女の活動は飛躍的に拡大し、今に手がつけられなくなるだろう。

 だが逆に、間接的に働きかけるための窓口を得た、とも言う事ができる」

 

「俺に何をさせる気ですか」

 

「さっきも言っただろう何も『彼女を殺せ』ということではない。それにこの提案は君にとっても魅力的なものだと思うが」

 

 

彼女はにっこりと微笑み、領家の写真を俺の目の前に差し出した。

 

 

「比企谷くん、君には彼女を()()()()もらいたい」

 

「落とすというのは……?」

 

 

脈絡が理解できない俺が問いなおすと、彼女はポリポリ、と言いにくそうに頬をかいた。

 

 

「つまり、領家薫を、恋愛に夢中にさせてほしいのだ。君には領家と、恋人関係になってもらいたい」

 

「……は?」

 

「そもそも彼女の行動の機嫌は、自分自身の現実が充足されていない、という不足感から来ている。ならそれを満たしてしまえば、一度恋愛に嵌まり込んでしまえば、彼女がこういった活動をすることもなくなるだろう。それに領家薫と近しい男性は、父親と君しかいない。アドレス帳にもその二人の番号しか登録されていない」

 

「あっ……」

 

 

薄々気づいていたことが、白日の下に晒されてしまった瞬間だった。

 

 

「なに、私がアドバイスするさ。これでも人類に恋愛感情を植え付けたのはほかならぬ私なのだからね。君たちの情動など手に取るようにわかる。

 それに、君がもしミッションクリアしてくれたら、しかるべき礼をするつもりだ」

 

「……礼?」

 

「どうだい、特別に私の身体を、君の好きにしていい、というのは」

 

 

彼女はそう言って俺にだけ見せるように、上着をぺろりとめくった。

 

 

「いや、いいです……俺ロリコンじゃないので」

 

「ロリコン? 何言ってるんだ君は。私は人類のモデルだぞ。すべての男性は、私に欲情するようにプログラムされている」

 

「たぶんそれは既にバグりました。現在の世の中では、あなたのような少女に欲情する人間は、異常性癖者(いじょうせいへきしゃ)としてまれています」

 

 

それを聞くと、女児は首をかしげ、「おかしい……どこで間違ったんだ……」と自分のおなかをさすりながらぶつぶつと呟いていた。

 

 

「こほん、まあ礼は他に考えることにしよう。あっ当然のことだが、このことは他言無用だぞ。まあもっともこんなことを言っても、彼女にすら『狂った』と思われるに違いないが」

 

「ちょっと待ってください。俺に選択肢はないんですか。なんであなたの命令をきかなくちゃいけないんです」

 

「私は神だ。君のことなどどうにでもできる……ただ考えてもみたまえ」

 

 

女児はそう言うと、机に両肘をつけて、手のひらで頬をつつむように支えながら俺に囁いた。

 

 

「君にも彼女ができるのだぞ。リア充になるのだ。君が憧れ、妬んでいたリア充にな」

 

 

その言葉は、深く深く俺の中を貫いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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