やはり反恋愛主義青年同盟部は間違っている   作:田んぼ二キ

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第二章-Ⅰ 年間行事寄生型の恋愛生物の解剖と面倒な足枷を持つ者達

あれから何もないまま翌日の終業式は過ぎ、気づくと冬休みになっていた。

考えないように一心不乱に課題をしていたが、もう三日前には終わらせていた。必然、考えてしまう。あれから特に領家からの電話やメールはなく、二十四日、二十五日にあったことは夢なんじゃないだろうか、と思ってしまう。

 

俺がこれからどう彼女と付き合っていくべきか、女児に()()()、そう言われたが俺は領家の顔や体形に惹かれたのではない。その独創的な思想、そしてそれを言語化し、発信して自分の信念を世の中に抗って伝えようとするその瞳に惹かれたのだ。今まで会ったどの人物よりも、ひときわ輝いて見えた。が、女児の言う事を無視することはできない。だからとりあえずこの二つに重きを置いて行動することにした。

 

一つは、革命を成し遂げるにはどうしたらいいのか。いかにして民衆を扇動すればよいのか、どういった戦術が有効なのか。

もう一つは、女の子を口説くためにはどうしたらいいのか。いかにして女子を扇動すればよいのか、どういった戦術が有効なのか。

だってほら恋愛は頭脳戦って言うし……最近は天才は関係なくなっているが。

 

そも、告白して惨敗したことはあるが、一度も成功したことない俺にあの女児は何を期待しているのだろうか。

「女性 口説き方 高校生」という、ディスプレイをぶん殴りたくなるような検索ワードを張り巡らせて、眺めて居る時だった。

俺以外誰もいないはずの部屋に――

 

 

「なかなか精が出るな」

 

 

そんな声が、湧いていた。

振り向く。そこには女児がいた。

 

 

「どうして、ここに、いるんですか」

 

 

緊張でカタコトの言葉で、そう言うと、女児は手のひらを上にして見せ、敵意がないことを示した。

 

 

「なに、君と領家薫の関係がどう進展しているのか、様子を見に来たのだよ」

 

 

「どうやってここに、入ってきたんですか。玄関は鍵が閉まっているはずだし」

 

「どうやってでも、入って来られるさ。君はまず私がどうやって系外惑星からやってきたのかを聞いたほうがいいだろうね。それで、首尾はどうなんだい」

 

「どうもこうも……終業式以来、全く接触がないです」

 

 

それを聞くと女児は。深くため息をついた。

 

 

「やはりね。ネットでそんなことを調べているような君が、上手くことを運んでいるわけもない。君、モテないだろう」

 

「いやいや、不特定多数に言い寄られる人生なんてごめんですよ。夜中泣きながら電話が来るような男にはなりません」

 

「はあ……君は恋愛のいろは以前にまずそのひねくれた感性を矯正する必要があるようだな。だからモテないんだ君は」

 

 

二度も言わなくてもいいじゃないんですかね……。

 

 

「そう落ち込む必要はない。ほれ、子よ、私の胸でたんと泣きなさい」「遠慮しておきます。無い胸には縋れない」「これがデフォルトなのだ。人類は私をモデルに作られた。あんな脂肪の塊はバグだ、目を覚ませ」

 

 

フルフラットな胸を隠しながら、俺を怒鳴りつける。

 

 

「……まあいい。今更、全人類の脳をいじるわけにもいかないしな。ところで、今日は何の日かわかっているだろうな?」

 

「大晦日、ですけど。なにか他にあるんですか?」

 

「そう、大晦日だ。大晦日の夜といえば何をするものだ?」

 

「ミカン食べて炬燵でゴロゴロして寝ます」「そうじゃないだろう!」

 

 

掛けてあったハエ叩きで、頭をペチン、とはたかれた。

 

 

「大晦日の夜から元日の早朝にかけて、真夜中、初詣に行くという習わしがある。それにかこつけて、若い男女がてを取り合って深夜デートとして利用するのだ」

 

「はぁ……」

 

「そんなことでどうする! ガツガツ行け!」

 

「ガツガツ、ですか」

 

「領家を初詣に誘うのだよ」

 

 

女児はそう言うと、ふふん、と得意げになって胸を反らした。まな板が強調されてしまう。

 

 

「誘うと言っても、領家はそういうチャラチャラしたのを破壊しようとしているんですよ。断られるに決まってる」

 

「それはどうとでもなる『宗教行事にかこつけて交尾機会へと持ち込もうとする恋愛狂信者たちの威力偵察』などとでも言っておけば、君たちの団体の活動目的とも合致するだろう」

 

 

なるほど、と素直に俺が感心していると、女児はベッドの上に放置されていた俺の携帯を投げてくる。

 

 

「分かったなら、さっさとメールなり電話なりで誘いたまえ」

 

「あのですね……」

 

意気揚々と言う女児に俺は論理的に述べる。

 

 

「まだ、領家とは一度もメールも電話もやり取りしたことないんですよ。なんというか、まだそういう段階じゃないというか。そういうのはもっと親しくなってからでもいいんじゃないんですかね」

 

 

俺が何とかひねり出して反論すると、女児は哀れみの視線をこちらに投げかけ、静かに言った。

 

 

「つべこべ言わずにやれ」

 

「はい」

 

 

こういわれてはするほかあるまい。俺は携帯から領家の電話番号を確認し、すぐに掛けた。

 

 

「ほう、随分と思い切った行動だな。感心感心」

 

 

嬉しそうに頷いているところ、申し訳ないがこれは俺なりの策である。まずメールを送れば、十中八九返ってくる。そうなれば送った手前断ることは出来ない。何より返信がない場合俺が辛い。それに引き換え電話ならまず出ることはないだろう。いきなり男から来た電話に彼女は最初疑うはずだ、何故この時間に何故私に……そうやって考えたすえ、少し経ってからかけなおして来る。もうその時には俺は寝ているわけだ。女児には寝ているんですよ、俺ももう寝ますとかなんとかいえば大丈夫だ。

五コール目で切るか……そう思っていたが、かけてすぐ一コール目で彼女は出た。

 

 

「もしもし」

 

 

ええ、なんでこいつ出るの? もしかして俺のこと好きなの?やばい何言うか全然考えていない。

 

 

「あの比企谷くんですか」

 

 

全然出ない俺を訝しんでか彼女は問いかけてくる。

 

 

「あ、あの」

 

 

徐々に涙声になる領家。

 

 

「はい、比企谷です」

 

「いたずら電話かと思ったぞ全く。大体かけてきたくせに黙り込むとはどんな精神をしているんだ、で用はなんだ」

 

 

早口でまくし立てる領家に俺は少し申し訳ない気持ちで、考えをまとめ彼女に応えた。

 

 

「ああ、今年は俺たち反恋愛主義青年同盟部も破竹の勢いで勢力を増し、来年はさらなる躍進に向け前進するいわば変革の年でもある。

さて、本日は三十一日大晦日なわけだが、領家同志もよくご存じのとおりこの宗教行事にかこつけて深夜に会合する男女が存在するらしい。これは許されざる大暴虐だ」

 

「その通りだ比企谷同志」

 

「ではこの恋愛狂信者をどうにかする必要があるが……本年構成員を倍増させたとはいえ、愚かな大衆を食い止めることが出来るなどと過信することは難しい。そこでだ現場に赴き、その肉眼で敵の姿をしっかりと目に焼き付けることで情報を得ると同時に、将来直面する『初詣中止』闘争への第一歩とすることが出来ると考えた。しかし若輩者である私が単身乗り込んだところでその成果はあまり期待できそうもない。もし、百戦錬磨の領家同志が付いてきてくれるのならこれほど心強いことはない。どうだろうか」

 

「もちろんだとも、やはり比企谷くん、君には革命運動家としての素質があるようだ。私は自分の人を見る目に自信が持てたよ」

 

「そうかありがとな、じゃ千葉駅に十一時半ぐらいでいいか?」「うん、大丈夫」

 

「それじゃな」「それじゃ」

 

 

電話を切る。

 

 

「はあ、素直にデートしないかと言えば済むだろうに」

 

「いえデートじゃないですよさっきも言った通りですね……」

 

「ああもういい、それじゃあ私は失礼するよ。初デート、陰から見守っているからね」

 

 

初デート。改めてそう言われると気恥ずかしい。俺はせめてもの抵抗を行うことにした。

 

 

「あ、その前にひとついいですか」

 

「なんだい? 君から自発的に発言があるなんて珍しいこともあるものだ」

 

「あのあなたの格好についてなんですが」「これかい?」

 

 

彼女は初めて会った時と同じ服装をしていた。かかとを上げてフフンと、得意げにした。

 

 

「似合っているだろう? 同じぐらいの少女の流行に合わせてみたのだがね」

 

「いや確かに似合いますけど……それ通学時の装いで、今冬休みなんでどこにもそんな格好している女の子、いませんよ」

 

 

俺の指摘に女児は一瞬カッ、と顔を赤くしたかと思うと、ふっと笑みを浮かべた。年相応の反応でますます神には見えなかった。負け惜しみでも言うのだろう。

そう思った矢先誰が戸を叩いた。

 

 

「お兄ちゃん、ソバ作るけど起きて……」

 

 

俺の返事を待つまでもなく、開けられた扉。小町は目をこすりながら目の前の光景を見る。部屋には目が腐った兄、そしてランドセルを背負い、黄色い帽子をかぶった女の子。

 

 

「……ごめんねお兄ちゃん。そこまで思い詰めていたなんて小町知らなかったよ。ちゃんと更生してね」

 

 

言いながら、携帯を取り出す。

 

 

「小町勘違いしているぞ、この子は神で、俺たち人類を……」

 

「うん分かっているから」

 

 

目じりに涙を浮かべ、よどみない手つきで携帯を耳に当てた。

 

 

「ちょ、何とかしてくださいよ」

 

 

俺はほとんど泣きながら女児に懇願した。

 

 

「なら今後の身のふるまいを考えることだね。それじゃ」

 

 

言って女児は消えた。

小町は一瞬ほへと首を傾げて、下に降りて行った。

 

 

「心臓に悪すぎる……」

 

 

俺は二度と女児をからかわないことを誓い、領家の待ち合わせに向けて服を身繕うことにした。

 

 

 

 

 

 


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