やはり反恋愛主義青年同盟部は間違っている   作:田んぼ二キ

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第二章-Ⅲ 年間行事寄生型の恋愛生物の解剖と面倒な足枷を持つ者達

年が明けてからちょっとして、おびただしい群衆の中から領家の姿だけが見えた。心なしか少しやつれている。

 

 

「小町は一緒じゃないのか?」

 

「途中までは一緒だったのだが……中学の友達が来ているから一緒に回るそうだ」

 

「そうか」

 

「それにしても……んっ」

 

 

領家が周りに目を向けた一瞬、人に押され俺の胸に飛び込んだ形になってしまった。

誰かが誰かを押していくものだから、こうなってしまうのもしょうがない。うん、しかたあるまい。この場に小町がいないことが不幸中の幸いだ。

 

 

 

「あっ、すまん」

 

「いや別に」

 

 

布を通して伝わってくるほのかな熱。抱き合っていたのは一瞬で、領家は飛びのくように一歩下がった。

 

 

「なんだか、すごい混雑している予感がするのだが……」

 

 

領家が少し早口でつぶやいた。

 

 

「ここは毎年そうなんだよ。この近くじゃ一番混むんじゃないか」

 

 

俺が言うと、領家は顔をげっそりと青ざめさせて「うぐぅ……」とうめいた。

どう見ても人混みの中で活き活きできるタイプの人間じゃない。というか俺もそうだから、分かる。

 

 

「どうする? 帰る?」

 

 

ここで領家が帰ると言えば、女児に対する言い訳を得ることができる。なにより俺もこの人混みの中に行かずに済むのなら、という思惑で、彼女に尋ねた。決してほんとに帰りたいというわけではない。ハチマンウソツカナイ。

領家は、下を向けながら肩を震わせていた。目じりに涙を浮かべるほど笑っている。

 

 

「なんだよ」

 

「小町さんの言う通りだと思ってな。列に並んでいる間『兄はすぐ帰ろうとしますから後で小町にこっそり報告してください』と言っていたぞ」

 

「小町のやつ……というか連絡先交換したのか?」

 

「ああ、まあ、君の妹だし? 彼女もいずれ立派な革命戦士になることだろう」

 

 

とかなんとか言いながら、領家は三件になったアドレス帳を見て嬉しそうにしていた。クラスであえて目立たないようにしている領家が友人がいるとは思えない。同世代の女友達が出来ることは女児から言わせればいい変化を与えると言っていいだろう。

それにこんな顔を見せられて、革命運動家としての気構えが足りていないなんて野暮なことは言えない。

 

 

「小町は難しいと思うけどな……それで」

 

 

俺は視線を列の最後尾へ向けた。

除夜の鐘が響き渡る。年度が変わり、多くの人が初詣に臨もうと来た時よりも増して列が伸びていた。

暗に本当に行くか? と尋ねる。

しかし領家はゆっくり二、三秒は俺の顔を見つめた後、うつむき、「行く」と小さく答えた。そして「逸れるといけないから」と俺のコートの裾を掴む。

 

……うむ。もし逸れたら合流するのは難しいし、人混みの中で携帯がつながらなくなっているし、これは仕方がないことだ。ここで世のリア充のように腕を組むということも出来ただろう。しかし腕を組むのはリスクが高い。一人がつまづいた時、それにつられてももう一人も追従してしまうからだ。ここであえて裾を掴むというのは世のカップルに対するアンチテーゼともいえる。

俺の心の中の革命戦士が何か言いながら、俺たちは列の最後尾に並んだ。

 

しばらく歩くと、まだ境内に入ってすらいないというのに、行列で止まってしまっていた。想像していたよりもずっと列が長い。最後尾に並んだはずが、後から人がどんどん来るものだから、既に行列のまっただなかになっていた。

 

 

「もっと寄っとけ」「うん」

 

 

人混みの中で精神が弱り切っているのだろう。

だんだんと身体が熱くなっていく。これは人混みの熱なのか、寄り添った領家の熱なのか、あるいは彼女を意識してしまっている、俺の発熱なのか。

それにしても今の状況こいつ的に大丈夫なのだろうか? 完全にカップルの初詣にしか見えないと思うのだが。そも、初詣という行事自体おかしくないだろうか。願いを込めて祈ったとしてそれが叶えられたという話は聞かない。そんなことがまかり通っているのならオンラインサロンなんて流行らない。結局人は何かに縋りながら生きている証左だ。願いを込めて、あるいは思い浮かべることで目標とか希望とかを明確にする。初詣で意味があるといえばそんなところだ。

なんてことを思いつつ小町の受験の年には百度参りをしながらそこらじゅうの木々に五寸釘を打ちまくる未来が見える。五寸釘は呪術の類だったけ?

呪術といえば、高専が架空の学校だと思っていた人が浮き彫りになったという話を聞く。まあ実在するのも五年制なわけだし、俺も高校受験するまでは知らなかったしな。国立だし、学費は安いし、卒業したらすぐ就職できるしで俺の中学でも受けてたやついたっけな、サッカー部の永山は落ちたわけだが。

高専大会とかいう全国ネットのロボットの祭典は興味を惹かれるものがあったが、いかんせん卒業後は働くか、専攻科と呼ばれるもう二年の在学か、専門の大学に進むほかないので俺は諦めた。

ここでふと思う。俺の目標である専業主婦は俺を養ってくれる女性が必要だ。当然付き合うなり、籍を入れるなりするわけだが、そうなると俺の主義と領家の掲げる半恋愛主義は相反する。まさかここに来て女児と意見が合うとは考えもしなかった。

 

 

「まさかな……」

 

 

こうした俺の思惑まで、見通していたのなら本当に怖い。少し寒気がして、女児がついてきていないかあたりを見回した。ついでに後ろを振り返ると、領家の頬はのぼせたように桃色に上気していた。こちらの視線に気づくと、少し近づいて耳元に口を寄せてきた。つめたくなった耳にあたたかい吐息があたり、くすぐったい。

 

 

「フフ、人間というものは集まると、こうも虫けらのように見えるものだな」

 

「リアルムスカこえーよ」

 

「こんな大勢の前で演説できたら、さぞ心地よいことだろう」

 

「お前なぁ……」

 

 

なんだか酔っ払いのような口調になっている。本当に大丈夫なのだろうか?

領家は除夜の鐘が聞こえる方向を指さした。

 

 

「除夜の鐘のコンセプトは、実に良いと思わないか? 人間の数多ある煩悩がこれで搔き消えたら、それは私たちが目指す世界の実現に他ならないじゃないか?」

 

 

完全に目が据わっている。人混みに長居しすぎてあてられたのだろう。

狂ったように、領家は続ける。

 

 

「しかしどうだろう。除夜の鐘をきき、信心厚にして深夜に参拝する者たちの中には、信仰心などこれっぽちもなく、ただ恋人と夜出歩く口実に使っているだけの悪逆非道の徒が紛れ込んでいるのだ! これは悲劇だと思わないか? あるいは紙一重の喜劇か」

 

「それはあれだな、嘆かわしい限りだ」

 

「煩悩を消すこの百八の音を聞きながら、恋人たちは囁き交わす。

『新しい年に一番最初に目にしたのがミキでよかったよ』

『タッくん……わたしも♡』

『今夜は一緒に煩悩を霧散させような』

『やだ……もっと雑念ばっかになっちゃうよ……♡♡』

死ね! いや私が直々に刺す!」

 

 

誰だよタッくん。あと会話のセンスが昭和すぎる。こういうのおっさんが書いているコラムでよく見るもん。

唯一の救いは、領家の声が小さいままだということだった。こんな人混みの中で演説を始められてしまったら、初詣デートどころの騒ぎではなくなる。電話で言った『初詣中止』闘争を二人で始める気はさらさらない。

 

 

「ああ、怒っていたらさらに疲れた」

 

 

花も恥じらう女子高生としては、その醜態はあまりにも残念過ぎた。領家はグロッキー状態で俺にもたれかかってくる。表情も相まってなんだかエロい。

俺はなおも響きわたる除夜の鐘に煩悩をぶつけていると、領家が何か思い出したようにつぶやいた。

 

 

「あけましておべでとう」

 

「ああ、おめでとう」

 

 

舌がもつれている。

そういえば俺たちは初詣の中かなりの面積で触れ合っている。領家式に言えば『タッくん、私とひとつになりながらゆく年くる年しよ♡』『その前にミキ、お前に夜の歌合戦させてやるからな』という感じだろうか。

自分で考えていて吐き気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-―――――――――――――――――――――――――

半年ぶりですかね、ご無沙汰しております田んぼです(え? 待ってないですかそうですか……)

なんだかんだで俺ガイル完が終わり早くもBDも販売して名残惜しんでいたころに結が発表されましたっけ? 「いやいや結って物語シリーズかようれしいよ」と一人でツッコんだものです

結は終わりじゃなくて由比ヶ浜ルートだったりの可能性がありますが、九月発売予定の新作でわかりますね。

ではまた七月ごろにお会いください

 

【ネタバレ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや正直OVAの内容BDの特典小説のまんまな気が……ということは三十分どころではないんでしょうか?

しかも、特典小説で三年生編の内容やっているので、由比ヶ浜ルート濃厚説

 

 

 


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