やはり反恋愛主義青年同盟部は間違っている   作:田んぼ二キ

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第一章-Ⅸ 恋愛という名の集団催眠と捻くれぼっちの邂逅

「比企谷くん、待ちたまえ、待て、待て! 待って……」

 

 

無慈悲に足を進めようとする俺に抵抗しているうちに、領家の声が切実なものになっていく。最後には完全に哀願(あいがん)になっていた。

それを聞いて、なんだか子犬を見過ごしているような気分になったが、俺はなおも扉に向かって足を進めていく。

 

 

「こ、これからだから! これから着実に力をつけていって、ゆくゆくは世界同時革命を目指すんだ!」

 

「そうか頑張ってくれ」

 

「比企谷の力が必要なの! お願い!」

 

 

高圧的な態度から一変、彼女の口調は普通の、女子高生のそれになっていた。

 

 

「屋上では『もちろん』なんて言ったじゃないか。協力してくれるって信じてたのに、裏切るのか!」

 

 

言われて気づく。誰に言われたのでもなく、逃げるという選択肢もあったはずなのに俺は叫んでいたのだ。

ドアへと向かって進めていた足を止めた。

 

 

「そうだったな」

 

 

ノリというのもあるだろう。だが大部分は彼女の魅力が俺に叫びのきっかけを与えたのだと思う。

 

昨日までの俺ならば、こう考えていたのだろう。こんな活動上手くいくわけがない。現に構成員は、領家一人しかいないのだ。こんなことに時間を費やすだけ無駄だ。

だが今は違った。俺は叫んでしまっていたのだ。意味もなく、ともすれば袋叩きにあっていたであろうという状況で。しかしそれは、俺の中では必然の行為だった。

 

きょとんとした彼女をそのままに、俺は先ほどまで座っていた椅子に戻り、腰かけた。

条件反射で面倒くさそうなことを回避してきた自分を、俺は変革したいと思った。何よりも面白いことに片足を突っ込んでいる予感が、いま確信に変わった。

 

 

「まあ俺でいいなら……」

 

「信じていた! 君なら必ず、この活動の意義を理解することが出来ると!

共に、この地球上から恋愛という不合理を一掃しよう! 地球人類というこの美しい惑星に仇なす癌を駆逐するために、我々は今、果敢なる一歩を踏み出したのである」

 

 

正直、領家の唱えた恋愛がもたらす人類の洗脳教育、そして俺たち人類は良心的繁殖拒否によって絶滅するべきだという思想。これらの活動が正しいとは思っていない。だが事実叫んだのだ。青春を謳歌せし者たちを一語で麻痺させる言葉を。そして何より俺はそのことを爽快に思ったのだ。

 

 

 

 

 

その後、地下にあるもう一つのアジトでこれからの活動について話し合った。昼休みにはよくここに居るらしい。どおりで同じクラスである領家のことが分からなかったわけだ。まあ他のクラスメイトのことを知っているかと言われたら何も言えないのだが。

 

 

「我々の次なる目標――それは」

 

「バレンタインデー、だろ」

 

 

俺たちの利害が一致する。俺にとっては小町にチョコをもらう大事な日である。だが領家はその行為がいかに愚かであるかを熱弁を振るい語った。俺もそれに同調するがそも明確なプランなどない。ないなら俺が作ろう。彼女の扇動力を活かして。

 

 

「大性欲賛会?」

 

「ああ、そうだ我々の敵であるリア充を意図して操っている連中だ」

 

 

聞きなれない言葉だ、恐らく領家の造語だろう。敵というのは明文化したほうが打倒にもやる気が出るものだ、賢帝がラム、ココロモリハーティアそして……。いかんいかんついあの時の癖が出てしまった。

 

 

「そしてわが校の生徒会長の宮前は大性欲賛会の所属であることが判明した。文化祭におけるフォークダンス、男女が手を取り合って踊るなど軽佻浮薄(けいちょうふはく)、言語道断だ。私は血の涙を流し唇をかみしめながら立ち尽くした。それにいまどき臨界学習なんてやっているのはあそこでいい感じにさせて、(ただ)れた夏休みへの布石にするために他ならない。これらの活動はあいつが生徒会長になってからより活発したのだ」

 

「お、おう」

 

「いきなりこんなことを言われてもしょうがないとは思う。だがこれは真実なのだ比企谷同志。我々はまずこの大本から叩かなくてはならない! そのために、宮前によって調教されきったこの学園での闘争を介して、宮前を探り、敵の手法を見るのだ!」

 

「わかったわかったまずは宮前だな。そして打倒リア充だ」

 

「君も革命戦士姿が板についてきたな!」

 

 

きっと、俺はもう間違えたのだろう。

いやもとから間違えていたのだ、これ以上間違えたところで損はない。それにようやく俺の青春は面白い方向に転がり始めていた。

 

 

 

 

 

地下から出ると既に陽が暮れ始めていた。

領家は家が近いらしく徒歩ということなので、途中で別れる……はずだったのだが。

 

 

「先に帰ったんじゃ……」

 

 

「なんだかおさまりが悪くてな」

 

 

そういって彼女は校門で俺を呼び止めた。

 

 

「そうか」

 

 

俺は自転車から降り、彼女と歩行を合わせた。

 

 

「……冬休みだな」「う、うん……比企谷は、何か予定があるのか?」「特に……」「わ、私も」

 

 

俺も彼女もいわゆるコミュ障なので自然会話は発展しない。それに付き合ってはいないが仲は良く、休みの日には何かと理由を付けては出掛けその先に会った友人に「お前らほんと仲いいよな、付き合えよ」と言われ「うるせえ」「こんなバカと付き合うわけないじゃん!」とつい本心とは違うことを言ってしまう。それから会話は少なくなりお互い謝りたくても謝れず、そして冬休みを迎えようとしていた。もうこれ以上は……その気持ちだけが先行し「あのさ」と一言だけ、しかしその言葉は偶然にも重なってしまう、そのことが妙に可笑しくて久しぶりに互いの顔を見て苦笑する。そんなリア充予備軍が散見していた。

 

 

「わ、私たちもカップルに見られているのだろうか、今」「そうだろうな」「そ、そうか……」

 

 

彼女は急に小さくなると、うつむいてしまった。暗くてよくわからないが、やはり顔がが赤くなっているような気がする。

 

 

「あれだな、男と女が歩いていたらカップルと疑ってしまう。俺らはそんなふざけた世界観を、まず破壊しなくてはならない、そうだな?」

 

「そ、そうだ! 恋愛脳に侵されてきった類人類どもを、てっていてきに……」

 

 

その言葉は尻すぼみになってしまった。

前を見ると、校門を出たところで熱く抱擁(ほうよう)し合っている男女がいた。他所でやれ。

 

 

「実にけしからん」

 

「……ああいった空気を蔓延させてはならない! バレンタイン粉砕をもって、奴らの脆弱性をこんぽんから……」

 

 

前には別のカップルが長い接吻をしている。

 

右を見れば、なぜか倉庫から一緒に出てきた男女の着衣が乱れている。

 

左を見れば、草むらの陰からとっくに練習を終えたはずの陸上部の男女が一緒に出てきた。

 

 

うちの学校風紀乱れすぎてないか?いやこんな時間まで残ることはなかったから俺が知らなかっただけだろう。時節柄というのもあるだろうが、領家と出会っていなくてもリア充を憎んでいたに違いない。

 

 

「実にけしからん」

 

「そ、そうだな……」

 

 

領家は俯いたままで、止まってしまった。

 

 

「どうした」

 

 

先程から覇気がない領家の顔を覗き込む。すると目と目が、ばっちり合った。普段こんな風に人の顔を覗き込むなんてしないから、距離がつかめず、鼻先がくっつきそうなほど近くなってしまった。

 

「おっと、すまん」

 

俺が顔を逸らすのと同時に彼女も明後日の方向を向く。

耳まで真っ赤だった。俺も彼女につられて、身体が火照っていた。

 

 

「連絡っ! ……とれないと、困るから」

 

 

そう言って、彼女はポケットから取り出した携帯電話を、俺につきつきた。

俺らは互いのメールアドレスと番号を交換し合うと、変な空気のままその日は別れた。

 

 

 

 

家族以外の女性がそこに登録されたのはそれが初めてだった。その事実にひとり感慨にふけるがそれを超えるような出来事が昨日今日と起こった。

――しかしながらこれから起こる出来事こそが昨日今日にも増して衝撃になるなんて、ちっとも思っていなかった。

 

 

「疲れた……」

 

 

火照った身体をさますように自転車はそのままで歩いて帰っている。立ち尽くす人の波を避けるように家への道を辿る。繁華街を過ぎ、ようやく漕ぐことにして俺は閑静な住宅街を抜けた。

 

 

 

 

「待たれよ」

 

 

 

自分に充てられたものと思わず進んでいると、身体が硬直した。無論自然の摂理に従って俺の身体は空中に投げだされた、この感覚は懐かしく感じる。春の折似たようなことがあった、ただ違うことがあるとすれば地面に当たる前に()()()()()()ほとんど痛みはなかったからだ。

 

 

「すまない、慣性のことをすっかり失念していた。まあ私としては危害を加えるつもりはないからな、いまのところは。ぜひ君の英断に期待する()()()()()

 

 

明瞭で、しかもその言葉に敵意は感じられない。一瞬で起きた超常的現象はともかく、俺の身体は身動きがとれなかった。恐怖ではない、まるで金縛りのように指一本動かせないでいた。

俺の直感は今すぐ逃げろだった。敵意? 悪意? そんなものは彼女の前では些細なことだろう、ただ単に呼びかけているにすぎないのだから。

 

俺の後ろで、その所業をした人物が回り込んでくる。それを止めることが出来ればどんなに良かっただろうか、しかしながら俺に許されているのは、ただ息を吸って、吐く。それだけだった。

 

眼前に、その人影が映し出された。

ひどく小さな体躯。サイケデリックな黄一色に染められたつば広の帽子を浅めにかぶっている。その下からは緩やかにカールした髪が伸びて肩にかかり、不気味に吹いてくる風にその毛先が煽られる。背の大きいバックパックは、おぞましい鮮血の色に染め上げられていた。

 

 

女児だった。

黄色い帽子に真っ赤なランドセルを背負った、育ちのよさそうな()()がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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