あの後さらに十六夜が質問をし(興味がなかったのでスルー)、話が一段落すると箱庭の外門へと向かいだした。しばらく歩いて外門近くにたどり着くと身長に見合わない大きさのローブを身に着けた少年が階段に座っているのが見えた。黒ウサギの知り合いらしくその少年に大声を出して呼びかけていた。
「お帰り、黒ウサギ。そちらの三人が?」
「はいな、こちらの四名様が───」
クルリ、と振り返る黒ウサギ。
カチリ、と固まる黒ウサギ。
「......え、あれ?もう一人いませんでしたっけ?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から“俺問題児!”ってオーラを放っている殿方が」
「十六夜君なら"ちょっと世界の果てを見てくるぜ!"と言って駆け出して行ったわ。あっちの方に」
といいながら指したのは上空4000mから見えた断崖絶壁。
「な、何で止めてくれなかったんですか!」
「"止めてくれるなよ"と言われたもの」
「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」
「"黒ウサギには言うなよ"と言われたから」
「嘘です、絶対嘘です!実は面倒くさかっただけでしょう御二人さん!」
「「うん」」
ガクリ、と前のめりに倒れる。こんなに堂々といわれてはもう言い返す気力も湧かない。
それにしてもこの二人息ピッタリである。同じ問題児だと波長も合うのだろうか?
「それで、朧さんはどうして言ってくれなかったのですか?」
正直ろくな答えは得られないだろうとは思ったが一応聞こうと思い問いかけた。問われた当の本人は神妙な顔をして答えた。
「男にはやらなければならない時というものがあるのさ」
真面目な表情とは裏腹に紡がれた言葉は何処までもこの場では不釣り合いだった。黒ウサギの素敵耳も思わずへにょってしまう程だ。
「朧さんに聞いた私が馬鹿でした…」
そんな風に黒ウサギが落ち込んでいると不意にローブの少年が大声を上げた。
「た、大変です!”世界の果て”にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が」
「幻獣?」
「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、中には強力なギフトを持ったものがいます。とても人間では太刀打ち出来ません!」
「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」
「ゲーム参加前にゲームオーバー?......斬新?」
「冗談を言っている場合ではありません!」
ジン達が言い争いをしていると黒ウサギがため息とともに立ち上がった。
「はあ...仕方がありません。ジン坊ちゃん、申し訳ありませんが御三方の案内をお願いしてもよろしいですか?」
「う、うん。黒ウサギはこれからどうするの?」
「問題児を捕まえに参ります。事のついでに“箱庭の貴族”と謡われるウサギを馬鹿にしたことを骨の髄まで後悔させてやります」
怒り狂った黒ウサギは怒りのオーラを纏いながら艶のある黒い髪を淡い緋色に染め上げた。そして、一瞬でその場からいなくなったかと思えばかなり高い外門の柱の先から声がかかった。
「一刻程で戻ります!皆さんはゆっくりと箱庭を堪能してくださいませ!」
黒ウサギは全力で門柱を踏みしめ亀裂を生みながらも弾丸のような速度で飛び去った。あまりの早さに呆然とする二人とその他。
「...。箱庭の兎はずいぶん速く跳べるのね」
「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限を持った貴種です。彼女ならよほどの幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが」
「まあ、十六夜にしろ黒ウサギにしろ大した心配はないと思うよ。それよりも早く行こう。そろそろ休憩の一つや二つ入れたいし」
この後少年─ジン=ラッセル─と自己紹介を済ませ箱庭の中へと入っていった。
中に入ってすぐに、箱庭に着いたばかりの3人と一匹は驚愕する。それもそのはず、箱庭内は巨大な天幕の中であり、その天幕の内側は外から見ても何も移らなかったのだ。にもかかわらず、彼らはまるで外にいるかのように燦々と降り注ぐ太陽の恩恵を受けているのだ。そのことに耀が疑問の声を上げると、ジンは丁寧に説明しだした。
「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。そもそもあの巨大な天幕は太陽の光を直接受けられない種族のために設置されていますから」
「それはなんとも気になる話ね。この都市には吸血鬼でも住んでいるのかしら?」
「え、居ますけど」
「......。そう」
おそらく、皮肉のつもりで放ったであろうその言葉はあっさりとジンに返される。どうやら飛鳥はまだこの世界がどういうものか理解しきってはいないようだ。そんな会話も興味はないのか、朧は文句ありげに声を発した。
「で、どこかで休みたいんだけど、どこかいい場所とかはないの?」
「す、すみません。段取りは黒ウサギに任せていたので...良かったらお好きな店を選んでください」
「なら、そこにあるカフェでいいや。二人もそれでいい?」
一応、全員の意見を聞いて、問題ないようだったため近くのカフェテリアに入って休憩することにした。その時に耀が動物たちと会話できること、さらに言えば、意思疎通の難しい幻獣とも会話ができるかもしれないということがわかった。まあ、相変わらず朧は話半分で聞いているのだが。それはともかく、自分の話をされたらじゃああなたは?となるのは自然であり、それと同じように耀は飛鳥に対して自身の持っている力について質問した。それに対して不機嫌な、というよりは自嘲気味に話し始めたその時である。
「おんやあ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュ"名無しの権兵衛"のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はお守りの黒ウサギは居ないんですか?」
2mを超える巨体のタキシードを着た暑苦しい男が饒舌な語りで突如現れたのだ。その男に対してジンは嫌そうな顔をしつつ訂正する。
「僕らのコミュニティは"ノーネーム"です。"フォレス・ガロ"のガルド=ガスパー」
「黙れ、名無しが。聞けば新しい人材を呼び寄せたそうじゃないか。コミュニティの誇りである名と旗印を奪われてよくも未練がましくコミュニティを存続できたな────そうは思いませんか、お嬢様方」
ジン以外には愛想よく声をかけてはいるが、失礼な態度に3人の対応はかなり冷めたものになっていた。その中でもお嬢様である飛鳥だけは一応ちゃんとした対応を取った。そこから先は飛鳥などそっちのけでジンとガルドの口喧嘩から始まり、終わりそうにないと判断した飛鳥からの疑問─ノーネームの置かれている状況─にガルドが答えるという風に収まった。まとめると、
○コミュニティとは読んで字のごとく複数名で作られる組織の総称のこと。考え方はそれぞれあり、家族だったり、組織だったり、群れだったりと種族や人数などによって代わる。
○コミュニティにおいて"名"と"旗印"は大きな意味を持ち、特に旗印は縄張りを主張する大事なものである。
○コミュニティを大きくしたいなら旗印のあるコミュニティにギフトゲームをして勝てばいい。どうでもいいが、ガルドはその方法でコミュニティを大きくしたらしい。
○話は戻ってノーネームについて。実はノーネームは数年前まで東区画最強を誇っていた。
○しかし、箱庭の天災、魔王に一夜で滅ぼされてしまった。
○名も旗印も奪われたコミュニティは信用されない。そのため、商売もゲームの開催も出来はしない。唯一できるゲームの参加も優秀な人材がいないため出来ない
と、こんなところか。んー、興味ないといいつつちゃっかり記憶しているな、僕。まあ、それはいいんだけど、案外隠してることは大したことじゃなかったなー。てっきり僕を悪用しようとしてたのかと思ってたけど。まあ、騙そうとしていたのに変わりはないんだけどね。
「で、八神君はどうなの?」
「...ん?ごめん、聞いてなかった。悪いけどもう一回頼めるかな?」
いつの間にか話進んでたよ。どうでもよさ過ぎて話の最中だったの忘れてた。
「...はあ。もう一度言うけれど、私たちはジン君のコミュニティに入るけれど、あなたはどうするの?」
「ふむ、その前に。そもそも、僕はジンたちが隠し事をしているのは最初から知っていたんだ。それこそ黒ウサギと合ったその時に気がついたし」
その言葉に驚いた様子の面々。しかし、それも無理はない。初めて会った奴の隠し事を出会ってすぐに看破するなど、およそ人間業とはいえないだろう。一体どのような修行を積めばそのようなことが出来るようになるのか。
「内容までは分からなかったけどね。それはいいとして、僕は騙されるのが嫌いだ。一応言っておくが騙すことを悪く言ってるんじゃないぞ。極論で言えば騙されるほうが悪いと僕は考えてるし。そうじゃなく、僕は僕を騙そうとする奴が嫌いなんだ。正直、ジンのところに行きたいとは思ってない。」
その言葉に表情を暗くさせるジン。じゃあどうするのかと声には出さないが顔に出して問う飛鳥たち。そしてもう一人、これをチャンスだと思ったのか嬉々として乗り出してくる同席者。
「では、朧殿。是非とも私達のコミュニティに
「
ガチン、とガルドの口は勢いよく閉じられた。突然の出来事に混乱するガルドを他所に飛鳥は毅然とした口調で語り始める。
「まったく、紳士が聞いて呆れるわね。仕方がないから先にこちらの用件を済ませてしまいましょう。あなたには聞きたいことがたくさんあるわ。あなたは
どうやら飛鳥には他人を従わせるような能力があるらしく、その能力を使ってガルドに質問を続けていく。質問の内容は簡単に言えば、どうやってコミュニティを賭ける大勝負を続けることが出来たのか、だ。その質問は至極もっともだ。なにせこの箱庭の世界では、コミュニティとは、居場所であり、肩書きであり、力である。ましてや、コミュニティそのものを賭けるというのは、文字通りすべてを賭けることと同義である。そんなことをするのは、絶対に負けない自信があるか、すべてを賭けざるを得ないような状況かの二択である。今回のケースで言えば、ガルドのコミュニティが前者で、相手のコミュニティが後者であった。曰わく、女子供を攫って脅迫し、ゲームを強制していたらしい。清々しいまでの外道である。朧としては、小者すぎて興味が失せるレベルであった。聞くのも面倒くさくなり、適当に聞き流そうと思った朧だが、そのすぐ後のガルドの言葉に眼の色を変えた。
「もう殺した」
ガルドは確かにそう言った。途中数秒の話を聞いていなかったが、流れからして攫った女子供を殺したと言ったのだろう。朧は内に溢れる思いを押し止め静かに続きを聞いた。
「初めてガキどもを連れてきた日、泣き声がうるさくて思わず殺した。その後は自重しようと思ったが、いつまでも泣いてイライラするから結局殺した。それ以降は、連れてきたガキはその日のうちにまとめて殺した。けど、身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。殺したガキの遺体は証拠が残らないように腹心の部下が食「黙れ」
ガチン!!とガルドの口が先ほど以上に勢いよく閉ざされた。どうやら飛鳥の能力は強い感情により、より強力になるのだと、朧はどうでもいいことに考えを費やした。そうでもしなければ、内に止めている感情が溢れてしまいそうだったからだ。そんな風に気を静めていると、話が進んでいた。ガルドは耀に押さえつけられており、ジンは何か覚悟を決めたような顔をしており、そして話を進めていた飛鳥はどこか挑発的な、悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。場の雰囲気と飛鳥の様子からだいたいのことを察した朧は話が終わらない内に自分の意志を伝えることにした。
「ノーネームに入る気はなかったが、気が変わった。俺は命をなんとも思わない奴のほうが俺を騙す奴より圧倒的に嫌いだ。飛鳥、喧嘩を売るなら俺も混ぜろ。嫌とは言わせんぞ」
「話を聞いていたあなたにも確かに参加権くらいあるけれど、これだけのために入るなんて失礼なことは言わないわよね?」
「そうしたいとは思うが、約束しよう。ノーネームが俺をもう一度騙すその時までは入っててやる」
「そう。なら、ガルド=ガスパー。私達とギフトゲームをしましょう。あなたの"フォレス・ガロ"存続と"ノーネーム"の誇りと魂をかけて、ね」