偽盲目少女の修羅国生活   作:リーシェン

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間違いに気付いたので、下記の通りに修正しました。話の大筋は変更されてません

〇エンブリオのステータス補正はジョブによる上昇分にしかかからないのに、元ステータスにも補正されていた→元ステータスへの補正なしに修正

ガバガバですみません。他にも設定がおかしくなっている所があるかもしれないので、見つけたら感想などで教えて頂けると助かります



14・高校生活/鬼出現

□2043年7月17日 飯沼葉月

 

 

 午前7時15分。今日の空は快晴で、爽やかな風も吹いている。とても良い朝と言っていいだろう。

 それなのに……。

 

「すまん、寝坊した。悪いが先行ってくれ……ふぁあ」

 

 それなのに目の前のこの馬鹿は、眠たげな目を擦りながら欠伸なんか溢して、爽やかさの欠片もない。

 この姿を写真に収めてばら撒けば、こいつを好きな奴の半分は幻滅するんじゃないんだろうか?面倒くさいのでやらないが。

 

「まあ、分かったよ。うんじゃ」

 

 叔母さん――健のお母さんに挨拶してから家を出て、学校に向かう。

 昨日カプセル開封をした後は、食事休憩などを挟みつつ、〈緑花草原〉でモンスター(やっぱり【小鬼】が多かった)を狩っていた。

 気付いた時には現実時間が深夜11時近くになっており、次の日が学校であったため、ギルドで換金だけしてログアウト。

 俺はそのまま寝たのだが、ちょうど同じ頃にログアウトしていた健は、もう少しやると言っていた。

 発売当日もかなり夜遅くまでやってた訳だし、寝坊するんじゃないかと思ってたが……案の定だったな。

 

 俺と健の通う高校は、俺たちの住むマンションから徒歩10分の位置にあり、その近さを理由に進学を決めていた。

 しかし、偏差値はそれなりに高く、成績はそう悪くはないと自負していた俺でも勉強しなければいけず、成績の悪い健はものすごい勉強をしていた。

 スポーツ推薦だったので勉強の評定はそれほど欲しいわけではなかったが……それでも厳しかった。

 そういえば、今日もサッカー部には朝練があるが……このままだと遅刻確定だ。健が顧問に怒られる姿が見えるな。

 

 学校に着いたら、朝練の準備をする運動部や吹奏楽部を尻目に教室に向かう。

 俺は毎日この時間に登校しているが、特に何かやる事がある訳ではない。

 部活にも所属しているが、雰囲気や規則がとても緩い文芸部なので朝やる事はない。放課後も、来てもただ駄弁っている人も多いし、何なら来なくても構わない、というぐらいだしな。

 俺がこの時間に来るのは、朝目覚めるのが早いのと、朝練に向かう健に付き合っているからだけだ。

 教室に着いても、ただ自分の席で本を読むくらいしかやる事もない。

 そうして時間を潰していると、徐々にクラスメイト達が登校し始め、騒がしくなっていく。

 

「やあ、我が盟友よ!空は晴れ渡り、我らの覇道を祝福しているな!」

「帰れ」

「塩対応ぅ!だが、それでこそだっ!」

 

 面倒な奴が来た……。

 こいつは呉志賀(ごしが)瑠衣(るい)。ファーストコンタクトから分かる、変な奴である。

 180cmの長身にボサボサの銀髪、ブレザーの上に白衣を羽織り、黒縁眼鏡の奥の碧眼は何かよく分からない光が輝いている、という見た目からしても変な奴だ。毎回思うが白衣着て校則違反にならないのか?先生に注意されている場面は見たことないのだが……。

 しかしこいつ、その変人丸出しの恰好と裏腹に、頭と運動神経はめちゃくちゃ良いのだ。

 中学から一緒だったのだが、テストは常にぶっちぎりの1番。体育でも運動部を軽く越して1番である。これで性格と行動さえまともなら完璧人間なのに……。

 そして、なぜかこいつは俺に構ってくる。

 俺としては関わりたくないので毎回ぞんざいな対応をしているのだが、何が楽しいのかそれでも構ってくる。

 前に理由を聞いた所、「知性体というモノはな、1部分であろうと、似た部分があるモノにこそ興味を持つモノなのだ」とかいう答えが返ってきた。こいつと似ているとかゴメン被るのだが。

 

「葉月、君もあれをやったのだろう?」

「…………」

「無視は流石に酷いと思うぞ?」

「……はぁ。あれって何だよ?」

 

 このまま無視していたいが、そうするとずっと付き纏ってくるからな。仕方なく応答する。

 

「無論、〈Infinite Dendrogram〉だ!」

「……お前、ゲームなんて興味あったのか」

 

 少し意外だ。こいつ、そういうのはやらないと思っていたが。

 

()()のゲームなら興味など湧かないが、あれはまさしく無限(インフィニット)の所業!そうであれば、やってみるのもやぶさかではない!」

「それはよく分からないが、デンドロならやっているぞ」

「やはりそうか。万が一、他人の空似だった場合はどうしようかと思っていたが、杞憂で幸いだ。奴らの計画も面白いが、それよりもなによりも、葉月、君の行く末に興味は尽きない。あの地で、開花した君を見せてくれたまえ!」

「……何が言いたいんだよ」

 

 常々から言ってることが分からない瑠衣だが、今日は一段と訳が分からない。なんか、テンションが爆上がりしている。

 

「いやなに、待望していたモノがやっと見れるかと思うと、柄にもなく興奮してしまってね……!」

「……そうかよ」

「私も天地所属だからな。次に中で会った時は共に狩りの一つでもしよう。それではまたな!ふははは!」

「はいはい……って、は!?」

 

 適当に流そうとして、予想外の言葉に驚いた俺を尻目に、そう言って自分の席に戻る瑠衣。あいつ、何だかんだ授業は真面目に受ける。

 でも……何であいつ、俺が天地所属って知っている……?

 まさか、見られた……?

 い、いやでも、俺は容姿が違うどころか性別も違うってのに、気付けるはずが……いや、瑠衣なら気付きそうだ。

 ……あいつは言いふらすような人間じゃないし、そもそも言いふらせる相手もいないだろうけど、後で口止めしとかなければ。

 

「どしたの、変な顔して」

「ああ、瑠衣のことでちょっと……おはよう、玲奈」

「おはよう葉月。またあいつかー、好かれてるねー」

 

 瑠衣が去った後、オシャレに制服を着こなした茶髪の、いかにも今時JK、といった感じのギャル風女子が話しかけてきた。

 見た目だけで言えば俺が苦手としているタイプだが、彼女は俺の知り合いだ。

 彼女は楠木(くすのき)玲奈(れな)。高校生活での最初の席が俺と健と近く、健が仲良くなってよく話していたので、健と一緒にいた俺とも話すようになった。

 見かけに似合わず真面目で気配り上手であり、距離感もしっかりしている。健にも友達以上の興味はないらしく、俺にトラウマを植え付けた中学の女子のように酷く裏表がある訳でもないので、気楽に接することができる。

 

「あー、こっ酷く怒られた……」

「ゲームのせいで寝坊して遅刻とかすれば、そりゃあ先生も怒るでしょ……」

 

 玲奈と話していると、ぐったりとした様子の健が教室に入ってきた。

 その隣では、黒髪で小柄な少女が呆れた顔をしている。

 

「二人ともおはよー」

「おはよう詩絃。そして、やっぱり怒られたのかお前は」

 

 玲奈と一緒に二人に挨拶する。

 健の隣にいる彼女は桐ヶ谷(きりがや)詩絃(しづる)。バスケ部に所属するスポーツ少女で、玲奈とは幼馴染らしい。その縁で、玲奈と仲良くなった健と、健と一緒にいる俺とも話すようになった。今の席も近く、この四人で大体固まっている。

 

「おう、すっげー怒られた。あそこまでしなくても良いだろ……」

「いや、当然だと思う」

「そういうこと言うなよ、詩絃。ちょっとは慰めてくれたり……」

「しないけど」

「ですよねー」

「健、ゲームして寝坊したの?それで朝練遅刻?怒られて当然じゃん、それ」

「だよな。馬鹿だよな」

「三人して俺に厳しくね?ねえ、もっと優しくして?」

「「「いやだ」」」

「ちくしょー!」

 

 こうして、健を三人で弄るのも日常である。

 

「でも、健ってゲーム馬鹿だけど、そういうのには気を付けてたじゃん。今日はどうしたの?」

「すごいゲームが発売されたんだよ。〈Infinite Dendrogram〉っていう、本物のVRゲーム。お前らもやってみない?」

「いや私、部活あるから」

「私も、勉強とか家事とか忙しいし」

 

 ちなみに玲奈の見た目は遊んでいそうなギャルだが、実際は親に代わって家事をこなし弟妹たちを育てている、家庭的な高校生である。茶髪も染めた訳ではなく遺伝による地毛であるらしい。

 

「ちょっとぐらいやってみねえ?絶対ハマると思うんだけど」

「デンドロがすごいっていうのは同感だけど、だからと言って無理に誘うのはナシだろ」

「……それもそうだな。すまん、忘れてくれ」

「別にいいよ。でも、健がそんな興奮するの珍しいね」

 

 ……確かに、詩弦の言う通り健がここまで興奮してるのは久しぶりに見た。

 健は陽気なお調子者に見えて、実は周囲をよく観察して、軋轢を生まないように上手く立ち回る一面がある。もちろん、陽気な所も嘘や偽りではないのだろうが。

 そんな健が周りを考えずにはしゃいでいる。かなり珍しい。

 

「そうか?……そうかもな。確かに今、めっちゃ興奮してる」

「……そんな反応されると、気になってきちゃうなー。そんなにスゴイの?」

「……ああ。少なくとも、俺にとっては夢のゲームだよ」

 

 まるで長年の悲願を達成した後のような、穏やかで満足感に満たされた表情で語る健。

 ……あいつがデンドロで出来るようになったのって、泳げる(というか溺れなくなった)ことくらいだよな?そんな顔で語るような話ではないような気がするんだが。

 それを追求するか迷っていると、始業のチャイムが鳴りだした。

 

「あ、もうこんな時間か。その話、後で聞かせてね」

 

 そんな玲奈の言葉で三人が解散し、自分の席へと戻っていく。

 ……まあ、追及するのは後でも良いか。

 

 

□□□

 

 

□将都生産区【迎撃者】水無月 火篝

 

 

 授業は滞りなく過ぎて、あっという間に放課後になった。

 三人がデンドロの話題で意外と盛り上がってる中で瑠衣への口止めを済ませ(代償に狩りの予定を確約されてしまったが)、文芸部の方からも特に招集などはされなかったので、家に帰って早速デンドロを起動した。

 

「ふんふん、ふふ~ん」

 

 思わず鼻歌してしまうくらいの上機嫌で、生産区を歩く。

 なにしろ、初めてのオーダーメイド装備がもう少しで手に入るんだからな!

 取りに来いと言われたのは3日後。

 言われた時は長いな~待ち遠しいな~とか思ったものだが、ふと考えてみれば、時間加速のあるデンドロ内の3日は現実の1日。なので、次の日である今日から受け取れるのだ。

 これに気付かなかったら9日後まで待っていたと考えると、本当に気付いてよかったと思う。

 しかし、ゲーム始めて3日でオーダーメイド装備か……。

 これは、なかなか順調なスタートなのではないか?

 茜ちゃんの伝手を使ったから少しズルした感はあるけど……まあ、人脈も力の一つだし。

 

「こんにちは」

「ん?……ああ、お前さんか」

 

 工房の扉に入ると前回同様、覇漣さんが威圧感付きで目を向けてくる。……もしかして毎回やってるんですか、それ。

 

「頼まれてた奴なら出来てるぞ。……これだな」

 

 作業台的な所からカウンターへ移動した覇漣さんが、棚から木箱を持ってくる。

 その蓋を開けると、中にはお祭りに似合いそうな狐のお面が納められていた。

 しかしその重厚感や細やかさは店売りの比ではなく、職人の技を感じさせる。

 

「おおっ……着けてみても良いですか?」

「ああ、構わんぞ」

 

 ティレシアスの俯瞰視点を鏡代わりにして見つつ、お面を着ける。

 普通に顔に着けてみるが……服装がワンピースのせいであまりにも似合わない。隠密行動する時はそもそも見られてはいけないから恰好は関係ないが、流石に普段からこれはなぁ……狩りで金が貯まってるし、この後この面に合う和装でも買うかな?

 けど、服買うまで着けない訳にはいかないし……こんなではどうだろうか?

 お面を顔から頭の側面へとずらす。よくお祭りで見られるスタイルだ。

 ふむ……良いな。

 さっきまでは顔が隠れてた上に一番注目される顔にあった狐のお面が主体となってしまい、ジャンルの違うワンピースと噛み合わせが悪かったが、今は一番目を引く顔が隠れていないためにワンピース姿の美女が主体になる。そこに狐の面が追加されると、「ワンピース姿の美女が無邪気にお祭りや屋台を楽しんでいる」みたいな雰囲気となり、逆に可愛さが引き立つようになる。

 うんうん、実に良い!

 やっぱ、アバターを着飾るのって楽しいんだよなー。ゲームに着せ替え要素とかあったら、それだけで数日を費やせる。

 まあ、これだと当初の想定であった顔を隠す用途には使えないが……それは後々ということで。

 ウィンドウから装備欄を見てみると、ちゃんと装備されている。

 ついでにお面の性能も確認。

 

 

【隠密狐のお面】

 加工を極めし職人が手掛けた面。

 装着者へ隠密の極意と狐の俊敏さを授ける。

 

・装備補正

 防御力+10

 AGI+5%

 

・装備スキル

 《隠形の術》Lv2

 

 

 要望通りの《隠形の術》Lv2と、更にはAGIへのステータス補正まである。これはなかなかの逸品ではないのだろうか。

 

「どうだ、そいつは」

「最高です!ありがとうございました」

「そうか、ならいい。……素材を手に入れたらまた来い。強化してやる」

「……それも“約束”ですか?」

 

 今回、初心者も初心者な俺が最上位生産職である覇漣さんに装備を作って貰えたのは、覇漣さん側に何かしらの事情があったからだ。

 あの時覇漣さんが溢した“約束”がそれだろう。

 俺に装備を作るように誰かと約束したわけだ。

 これもその延長なのかと思ったが……。

 

「それは違う。職人として、どんな経緯であろうと一度作ったからには投げ出す訳にはいかない。整備、修理、そして強化。装備が限界を迎える最後まで付き合うのが職人に誇りを持つ者の義務だ。……もちろん、依頼主が望めば、だが」

「……では、素材が集まったらお願いさせてもらいます」

「ああ」

 

 うん。ないな、そういうのは。

 確かに、作成を頼んだ時には何かしらの事情、誰かしらの意思があった。

 でも、今の言葉にはそんな不純物がなかった。ただただ、職人としての矜持と意地があった。そう無条件に信じさせられるだけの気迫があった。

 作ってもらう時は、覇漣さんへ対する茜ちゃんの信頼と装備品を手に入れられるメリットから受け入れた。けど、今後も誰かからの意志が介入し続けるのとかはちょっと薄気味悪かったので、その場合は断ろうと思ったが……これなら心配ないか。

 

 

□〈緑花草原〉 【迎撃者】水無月火篝

 

 

 お面のお試しついでにレベリング&金稼ぎに来たのは、最早お馴染み〈緑花草原〉。

 他の方角に行けば違うフィールドもあるのだが、ある程度地形を覚えたここがやりやすいのでいつも足を運んでしまう。

 

 現在、【迎撃者】のレベルは25になった。

 上限が50レベルの下級職における折り返しだが、変わったことと言えばステータスと《迎撃》のスキルレベルが上昇したことくらいしかない。

 少しつまらなく感じなくもないが、《迎撃の心得》しか覚えない【迎撃者】を選んだのは俺自身なわけだし、文句を言う資格はないだろう。

 

 ちなみに草原に来る前、お面に合わせる目的も含めて装備を初期装備から一新しようと思ったのだが……。

 市場を見ていると、アクセサリー以外の装備品にはレベルによる装備制限があるということに気が付いた。

 一番低いものは、下級職1つ相当のレベル50以上。一番高いものだと、カンストである500レベルを要求するものだった。

 そしてこの制限のグレードが一つ違うだけで、装備の質が一回り以上違ってくる。一番低い条件であるレベル50以上でも、無制限のモノに比べて数倍の性能をしていた。

 今の俺のレベルは25。レベルが上がるにつれ必要になる経験値量が増えるとはいえ、その分ステータスも上がるわけだし、総合的に見ればレベル50に上げるのに必要な期間はこれまでにかかった時間と同じ3日程度のはず。

 そんな短期間で制限をクリアできるのだったら、それをクリアしてから装備を選んだ方が良いと判断した。

 今の所、最初の【小鬼】以外から傷を受けてないから防具の必要性を感じていないというのもあるし。

 

 

□□□

 

 

 ……おかしい。

 ティレシアスを活用してのサーチ&デストロイとお面の《隠形の術》を使った奇襲でレベルは28に上がった。が、流石に効率が悪くなってきた。

 まあ、レベル0時点でも倒せるレベルの奴と戦っているわけだからな。もうそろそろ少し上の狩場に移動するか……。

 

 っと、今は、それはどうでもいい。

 狩りを止めた原因は、違和感だ。

 前回来た時点で半数を超えていた【小鬼】が、9割越えの出現率になっている。数で言えば23/25体だ。

 おかしい。流石に多すぎる。

 ……これ、あれじゃないか?異世界が舞台のラノベやゲームにおける定番展開、“魔物の氾濫(スタンピード)”。

 群れのモンスターが増えすぎた結果、今の巣穴に収まらなくなったり、群れ全体に食料が行き渡らなかったりするのを原因として引き起こされる現象であり、物や人の溢れる街や村が多く狙われるため、大抵は街全体を上げた殲滅戦になる。

 その兆候として、特定のモンスターが大量に発見されるようになるというのがある。口減らしとして巣穴からどんどん追い出されていくのが原因なわけだが。

 もし【小鬼】の大量発生が予兆だというのなら……草原にいる【小鬼】の数からして、かなり事態が進行してないか?

 それこそ、いますぐ始まっても不思議じゃないくらいに。

 

 ……一旦、将都に戻るか。

 冒険者ギルドなら事態も把握しているだろうから、そこに事情を聞きに行こう。

 それに、もしスタンピードが開始した時にこのフィールドに居合わせてしまったら死亡確定だ。

 いくら【小鬼】が弱いからと言って、数百、数千単位で来られたら勝てるわけない。さらには進化した個体――【剣小鬼】やら【鬼】やらも確実に大挙してやってくる。ムリゲーだ。

 

 結構奥まった所まで来たから、ちょっと急いで帰るか。

 そう思い、将都の方へ身体を向けた瞬間――ティレシアスの視覚結界が俺へ向けて射られた矢を認識した。

 

「……ッ!」

 

 咄嗟に体感時間を遅らせ、AGI指定で《迎撃》を発動。矢の軌道を確認し、そこから身体を退かしておく。

 追尾してくるような特殊な矢ではなかったらしく、危なげなく矢は通り過ぎ去ったが……俺の表情は険しいままだった。

 この近辺で弓を扱うことができるのは3種。

 小鬼が弓を使うように進化した【弓小鬼】か、【弓武者】系のジョブを取った人間か、偶然ここに訪れた弓(あるいはそれに似た器官)を武器とする〈UBM〉か。

 どれであってもやっかいでしかない。

 

 話を聞いた限り、現時点で〈UBM〉と戦ったら死ぬことは確定だ。逃げる余地もないため、これが最悪のパターンとなる。しかし、先程の矢の速さからして恐らく〈UBM〉ではない。下級職の俺でも楽に躱せるなどあまりにも遅すぎる。

 

 人間だった場合は……正直、この時点では見通しが立てられない。

 先程と同じ理由で上級職ではないとは思うが、レベル上限に到達するまでなら人間はいくつものジョブ――ステータスとスキルを獲得することができる。【弓武者】以外にどれくらいのジョブに就いているか不明な今、相手の戦力は未知数だ。

 加えて、相手が〈マスター〉だった場合はエンブリオの力が加わる。

 エンブリオは、下級職を凌駕し上級職に匹敵するだけの力を持つ。

 もし就いているジョブが【弓武者】だけだったとしても、エンブリオがあるというだけで脅威は膨れ上がる。

 まあ、エンブリオがいかに強力でも、冒険者ギルドのあいつのようにマスターの方が雑魚だったら楽なのだが。戦いの中でレベルを上げることでしか強くなれないジョブとは違い、孵化時点から一定の力を持ち、戦闘ではない行動をしても進化するエンブリオはあまり本人の力量の指標とはならなそうだからな。

 

 最後の一つ、【弓小鬼】だった場合はこの場を切り抜けるだけなら最も楽だろう。

 いくら進化したとはいえ、所詮は【小鬼】。ギルドで聞いた通りの能力であれば、一対一なら問題なく勝てる。強いて言えば、結界外から射られると攻撃動作が分からないことが不安要素だが、この矢の速さなら結界の境界、200メートル先で認識できれば十分避けられる。

 だが、こいつはここにいることそのものが問題だ。

 今まで、俺はこの草原で【小鬼】にしか会っていない。だが茜ちゃん曰く、少し前まではこの草原においても、進化した個体が存在していたらしい。

 が、俺が訪れる数カ月前から、この草原においてそういった個体が確認されていない。ただの【小鬼】は、むしろその頃を境に増えているのに、だ。

 それがこのタイミングで出てきたのなら……厄介事の気配しかしない。

 

「……おっと」

 

 再び矢が飛んでくる。今度は二本だ。

 しかし速さは先程と変わらず、今回も特殊能力はなさそうだ。

 余裕をもって回避できたが……もうそろそろ何かしらの行動を起こさなければ。

 ……とりあえず、逃げるか。

 どう転んでも面倒くさそうなので、巻き込まれる前に逃亡しよう。

 将都に向かうには射ってきている奴に背中を向ける必要があるが、俺にはティレシアスがあるため死角になるというデメリットはない。

 将都へ向けって走り出そうと足を踏み出し――咄嗟に、双槍を構えながら背後へ向き直った。

 

ヒュォォォッ!グァァン!

 

「……つあぁっ!」

 

 尾が伸びるような光の軌跡を残しながら撃ち込まれた流星。

 《迎撃》をSTR・AGIで発動し、両槍を全力で用いてなお、軌道を逸らすことしか出来なかった。

 その威力にも目を見張るが、何より驚愕したのは速度。

 レベル28となり、ステータス補正とお面の装備補正、《迎撃》レベル3により倍化した俺のAGIは357。

 思考だけはそこから10倍程度の速さで働いているから、実質的にAGI3500程度。

 その状態でやっと目で追えないレベルの速さ。AGIにして5000以上は確実にあるだろう。

 構えた双槍の位置が悪かったら、弾くことすら出来ずに攻撃を食らっていた。

 ……いやまて、おかしい。

 先程はその威力に驚いていたが、AGIが推定数千もある攻撃をたかだかSTR300程度の全力で防げるものか?……無理に決まっている。

 ――手加減されていたのだ、俺でも防げる程度に。

 それだけではなく、最初の3射も相当に手加減されていたはずだ。

 先程の流星は恐らくアクティブスキルだが、それが乗らない通常射撃であったとしてもあそこまでお粗末な速度、威力にはならないだろう。

 そんな、言わばやる気のない射撃から、速度だけでも力を入れるきっかけとなったのは……やはり、背を向けて逃げようとしたことか?

 

 そこら辺から考えると、襲撃者に俺を殺す気はないが逃がす気もない、ということになる。

 その理由は皆目見当が付かないが……とりあえず、面倒ごとになったのだけは間違いない。

 無理に逃げるのは、あの流星のせいで不可能だ。あれに本来の威力が備わったら一瞬でお陀仏だ。

 だとすると、残った取れる手段は――

 

「突っ込むだけ……!」

 

 引くが駄目なら押してみろ。

 誘われている気がしないでもないが、どうせここにいても相手の気分が変われば即刻死ぬのだ。だったら、少しでも勝率を上げるために、俺の間合いの近くへと――

 

「……え?」

 

 踏み出した足が、一歩目で止まる。

 視覚結界に映ったそれは、それだけの衝撃があった。

 

 その要因となったのは二つ。

 一つは、一歩進んだだけで視覚結界に敵の姿が映ったこと。

 それはつまり、敵はティレシアスの限界距離のちょうど外側にいたとなる。

 どう考えても偶然ではない。明らかに、ティレシアスについての知識を持ってる。

 二つ目は、視覚結界に映ったことで可能となった看破の結果だ。

 

  

  【純竜弓鬼】

  レベル:53

  職業:【速弓武者】

  レベル:100(合計レベル106)

 

  HP:17570

  MP:257

  SP:21870

  STR:4820

  END:2570

  DEX:5540

  AGI:4560

  LCK:76

 

 

 その強さもそうだが、何より目を奪うのは……人間とモンスター、両方の形式が表示されていることだ。

 こんなの、あり得るはずがない。

 何故なら、”モンスター”という言葉の定義自体が”ジョブに就けない生物”なのだから。

 

 呆然とする俺を他所に、【純竜弓鬼】はバックステップで詰めた距離を離し、同時に数本の矢を射った。

 反射的に流星ほどではないがそれなりに速く重いそれらを双槍で切り払うが、衝撃からはまだ立ち直れてない。

 どう動けばいいか困惑する中、連続で飛んでくる矢。

 ……ああもう、こうなりゃヤケだ!

 そっちが誘ってくるんだったら、その思惑通り、とことんまで追い縋ってやろうじゃないか!

 




【速弓武者(クイック・ボウサムライ)】
弓武者系統上級職。主にSTR・DEXが上昇。
矢の速度と連射技能に特化しており、奥義である《彗星一射》は上級職随一の速さを誇る。

ちなみに書いてる途中で共通点に気付いたので言っておきますが、【眷属】案件ではないです。

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