偽盲目少女の修羅国生活   作:リーシェン

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15・鬼の目的地

□〈魔香森丘〉 【迎撃者】水無月火篝

 

 【純竜弓鬼】が逃げる。俺が追う。走りながら【純竜弓鬼】が矢を射り、俺が叩き落す。

 これの繰り返しを、数えきれないほど続ける。

 【純竜弓鬼】は将都から遠ざかるように、フィールドの奥に向かっていくように走っているため、〈緑花草原〉を抜け、次のフィールド――〈魔香森丘〉にまで入り込んでいる。

 

 そのAGIからすれば容易く俺を置き去りにできるはずの【純竜弓鬼】は、俺から200メートル、ティレシアスの結界ギリギリの距離を保ったままだ。

 そこから先に行かれると俺が【純竜弓鬼】を見失ってしまうことを考えると、やはり俺に着いてきてほしいのだろう。

 

 だが……何が目的なんだ?

 言うまでもなく、こいつと接点などない。

 同系統の種族である【小鬼】はレベル上げのために殺しまくったが……そんなの、俺以外もやっていたことだ。わざわざ俺を誘い出す理由にはならない。

 あるいは、ただの偶然か。誰でもよかったから、適当に俺を選んだ。十分にありえる。

 

 俺である理由に頭を悩ませながら追跡していると、ふと【純竜弓鬼】が立ち止まる。

 その周りを見渡してみると、木々の中にぽっかりと開けた広場のような場所だった。奥に置かれている石で出来た壇と椅子が違和感を感じさせる。

 

 どうやら、ここがお目当ての場所のようだ。

 【純竜弓鬼】は石壇の前で直立不動している。それから少し様子を窺ったが、動く様子はない。完全に待ちの態勢に入っている。

 このままでいても拉致が開かないので、仕方なく広場に入り込む。

 【純竜弓鬼】は肌が浅黒く角があること、身長が2メートルを容易く超えることを除けば、見た目はただの美青年に見える。質の良さそうな甲冑で武装までしていることが、その印象に拍車をかけた。

 

「……私をこんな所まで連れてきて、何の用ですか?あなたとの関わりなどないはずなのですが」

「俺自身からは特に何の用もない。用があるのは、私の師だ」

「……!」

 

 周りいるのはモンスターだけなのでこの口調、態度でいる必要はないのだが、万が一ということも考えて火篝の言葉遣いで問いかける。

 正直返答は期待していなかった質問に、【純竜弓鬼】が予想の数倍以上流暢な言葉で返してきたことに驚きが隠せない。

 だが、それよりも気になるのが返答の内容だ。

 

「師、というのは?ここにはいないようですが……」

「もうそろそろ()()。しばし待て」

「それはどういう……ッ!」

 

 【純竜弓鬼】を問いただそうとしたその瞬間、ティレシアスの結界内に影が映りこむ。

 それは1人ではなく、また、人でもなかった。

 それは、数十を優に越え、数百に届くほどの鬼の軍団。

 【小鬼】【剣鬼】【純竜鬼】【鬼術師】【鬼軍師】――多種多様な鬼系モンスターが、全方位から広場に進行する。

 すっかり囲まれており、一分の隙間もなく居並ぶ様は、俺を逃がさないという強い意志を感じさせる。

 しかし、たとえここまで厳重に囲んでいなくても逃げることは不可能だっただろう。末端の【小鬼】ですら俺以上のステータスを持ち、上質な装備品を着けているのだ。抵抗する間もなく殺される。

 だが、何よりヤバイのは――俺の正面、石壇がある方から近づく一匹。

 

「ふむ、間違いない。あの時の小娘じゃ。ようやったぞ、黒牢」

 

 木々を抜け姿を現したそいつは、一見して童女のようだった。

 俺の胸ほどまでしかない身長に、気品を感じさせる振袖。にこにこと笑みを浮かべる幼げな顔立ち。

 だが、額から生える角と、獲物を前に舌なめずりするようなぞっとする視線。なによりその頭上に浮かぶモノが、こいつは怪物なのだと痛烈に感じさせていた。

 

「さて、どうやって遊ぼうかのう……!」

 

 【鍛鬼導師 ルガリード】ーー頭上にその名を戴く童女鬼はそう言って、無邪気で残酷な笑みを咲かせるのだった。

 

 

□□□

 

 

 〈UBM〉。それはこの世界にただ一体しか存在しない特殊なモンスター。

 例外なく特異なスキルや強大な戦闘力を有しており、出現した1体の〈UBM〉によって都市が壊滅したなどという逸話が吐いて捨てるほど語られるような存在だ。

 普通の人間では到底太刀打ちできない強力無比な奴らだが、討伐の暁には〈UBM〉の特性を引き継いだ特殊な装備ーー『特典武具』を獲得できる。

 ゲーム的に言えば、ランダム出現の名付き(ネームド)モンスターと言えるだろう。

 

 〈UBM〉は、頭上に浮かぶ名前の前にエンブリオのような漢字4文字の銘を冠しているらしい。

 その基準からすると目の前のこいつは〈UBM〉ということになる。

 見た目だけだとそうそう信じられないのだが、俺の直感と本能、何よりも明確な数値がそれを証明している。

 

  【鍛鬼導師 ルガリード】

  レベル:34

 

  HP:384750

  MP:184365

  SP:277970

  STR:12320

  END:10570

  DEX:8540

  AGI:13670

  LCK:321

 

 まさかの6桁越えである。

 ポイント系は数字が大きくなりやすいというのは自分や町の人々のステータスを見ていたため分かっていたが、それにしても大きくなり過ぎだ。

 直接戦闘に関係するSTRやAGIも万を越えている。《迎撃》で倍加した値のさらに数十倍である。どうなってんだ。

 そしてこの上、大勢の取り巻き鬼がいる。

 おそらく上級職であれば下級の奴らを蹴散らせるだろうが、上位層は将都で見たカンスト勢に引けを取らない……むしろそれらよりもステータスが高い。蹴散らすどころか、普通に負ける可能性がある。

 こんなレベルの奴らに攻め込まれたら、そりゃ小さな都市くらい簡単に壊滅するだろうなぁ、と妙な納得をしてしまう。

 当然、対峙した上囲まれている俺は絶体絶命だ。

 普通に戦ったら、5秒と持たないだろう。

 唯一の救いと言えるのは、ルガリードの態度的に無条件で殺されるということはないだろう、という希望的観測くらいだ。

 もっともそれも、見方を変えれば無条件で殺されるより酷いことになりかねないということでもあるのだが。

 

「……あなたが、彼の言っていた”師”ですか」

「そうであろうな。儂の知る限り、あやつの師は儂だけだ」

「では、私への用というのは?……この様子を見る限り、穏便なモノではなさそうですが」

「くっくっく、そう警戒するな。こやつらはただの観客よ。お主に手は出さぬ」

 

 俺を取り囲む鬼たちへ意識を向けつつ言うと、心配するなとばかり笑い飛ばされた。いや、安心できないんですけど……。

 

「用と言っても、そう大したことではない。……少しばかり、儂と遊んで欲しいだけよ」

 

 ……この遊ぶって、どう考えてもままごととかかくれんぼじゃないんだろうなぁ。遊び(死闘)とか遊び(虐殺)なんだろうなぁ。

 

「もちろん、断ってもよいぞ?」

「……この状況じゃ拒否なんてできるわけないじゃないですか」

「いや、お主ら――〈マスター〉には、異世界へと渡る術があるのじゃろう?致命傷を負っても、あちらへ戻るだけで死にはせん。そんな輩に、こんなの脅しになるわけなかろう」

 

 ……驚いた。

 いくら見た目が人に近いとはいえ、ごく最近出現した〈マスター〉の知識があるほど人の世に詳しいのはさすがに予想してなかった。

 

「もちろん、タダとは言わん。お主にとって得となるものもくれてやろう」

「得、ですか?」

「儂の持つスキルの全てを、隠し立てせずに教えてやろう」

「……!」

「所持するスキルは、戦に身を置くモノにとって生命線も同然のモノ。手の内が知れていれば、いくらでも対策が可能となるからのう。

 儂は〈UBM〉、倒すことで力――特典武具が手に入る、倒すことそのものに大きなメリットがある存在じゃ。そんな奴を倒す契機となりえるスキルの情報は、力を欲する武芸者どもにとって喉から手が出るほど価値のあるモノとなる。かなりの高値で売れるはずじゃ。

 もちろん、お主が力を高め儂と再戦する際に活用してもよい。どっちに転がっても利益となろう」

 

 ……そうきたか。

 こいつは、自分の攻略情報を売る気なのだ。

 自身が〈UBM〉(宝を守る者)であることを最大限に利用した交換条件と言えるそれは……確かに効果的だ。

 ……さっきこいつが言った通り、〈マスター〉である俺は別に従わなくても――ここで死んでも問題ない。

 デスペナで24時間のログイン制限になるのはちょっと痛いが、序盤ゆえにランダムドロップで落ちて困るような貴重品は持っていないし。

 そんなローリスクな状態で、結構なリターンが得られる。

 ――断る理由がない。

 

「分かりました。受けましょう」

 

【クエスト【遊び相手――【鍛鬼導師 ルガリード】 難易度:8】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

「……!」

 

 俺が返答した瞬間、頭の中に音声が響く。

 めちゃくちゃ驚いたが、エルスリンドを相手するのに気を引き締めていたおかげで、態度には出さずに済んだ。

 これは……ランダム発生のイベントクエストってやつか?

 冒険者ギルドやジョブギルドで受注するのではなく、偶発的に起こった事件・頼み事をティアンから引き受けることで受けることができるが……〈UBM〉相手でも発生するとは知らなかった。

 ルガリードを相手にするのはもともと確定だったし、クエスト報酬が貰える分だけ単純に得だな。

 

「くくく、そう来なくてはなぁ。……ああ、情報だけ取って逃げられては困るのでな、遊びの最中に少しずつ話していく形でよいか?」

「ええ、それでいいです」

 

 まあ、妥当だろう。

 最初に全て話してしまったら、この世界の命が重要でない俺は聞くだけ聞いて、すぐさま死んでとんずらするかもしれないわけだし。

 ……けどこれ、俺が情報を最後まで知りたかったら頑張って長引かせなきゃいけないんだよなぁ。

 手加減はしてくれる――というか手加減してくれないと軽く殴っただけで粉微塵だから死に辛くはあるが、それでも超格上を相手にそれをしなきゃいけないというのは辛い。

 でも、それをしのげば一攫千金。そう考えれば頑張ろうとも思えてくるというものだ。

 

「準備はよいかの?」

「……ええ」

 

 《迎撃》をAGI指定で発動し、ティレシアスによる思考速度加速も行う。

 あらゆる要素で負けているが、何はともあれまず速度だ。見えていなければ対処もなにもないし。

 

「では……ゆくぞ」

 

 その瞬間──ルガリードの姿が掻き消えた。

 いや、消えたと錯覚するくらいの速度で動き出したのだ。

 幸い、全方位視覚と思考速度とのAGI差が数倍にまで縮まっていたおかげで見失うことはなかったが、凄まじいスピードだ。

 ティレシアスの思考加速がなかったら、何のアクションも取れなかっただろう。

 右に回り込んできたルガリードの拳を防御するために身体を動かす。

 最近気付いたのだが、思考加速は今まで使ってきたような《迎撃》の切り替えなんか以外にも、直接的な攻撃・防御にも役立てることができる。

 自分の動きというのは最適にしているつもりでも、意外と無駄があるものだ。思考速度だけが上がり、身体が遅く見えるとそれがよく分かるので、リアルタイムで修正することができる。

 無駄がなくなれば、込められる力も速度も上がる。

 現に、そのままでは間に合うか微妙だった防御も、動きを修正することで、ギリギリではあるが万全の態勢で受ける準備ができた。

 あとは、《迎撃》でENDを指定すれば――

 

「…………ッ!?」

 

 衝撃を感じた瞬間、吹き飛ばされていた。

 まるで野球ボールか何かのように、空中をカッ飛んでいく俺の身体。

 何が起きた!?

 ……いや、分かってる。ルガリードの拳が、万全の態勢の防御を容易く抜き、突き飛ばしたのだと。

 吹き飛ばされた先にあるのは立派な樹。

 このままでは確実に激突し、最悪死ぬか戦闘不能になりかねない。

 

「う、あぁ!」

 

 槍を地面に向かって突き出し、勢いを殺すとともに力の方向を操作して身体を上へ跳ね上げる。

 空中で態勢を立て直し、着地する。

 ……何とか怪我なくできた。土壇場でも諦めずやってみるものだな。

 

「ふむ、力加減を間違えたか。儂が直接相手するのはあやつら(純竜級)だけだからなぁ……お主が防いでくれて助かったぞ。殺していては、約束を違えるところであった」

「……どういたしまして」

 

 だが、安心もしていられない。つけこまれぬよう、外面は問題ない風を装っているが、心の中は冷や汗で溢れていた。

 甘かった。数十倍の差があると数値上で分かっていても、実感出来ていなかった。あいつが手加減していれば、受けきれるなどと心のどこかでは思っていたのだ。

 一度、意識を改める。

 相手はこの世界の上位存在、〈UBM〉。

 ステータスの全てが比較にならず、一瞬で俺を捻り潰すことすら出来る化け物だ。

 ――もう、油断も慢心もしない。

 俺の全力で……こいつに挑む。

 

「今の一撃で感覚は掴んだ。もう間違えはせんから安心せい。──ゆくぞ……!」

「ええ、来なさい……!」




今回で種明かしまでは行きたかったのですが、現状のペースではそこまでいくのにあと何か月かかるか分からないので一旦ここで区切ります。
遅くなって申し訳ないです

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