□〈魔香森丘〉【迎撃者】水無月火篝
「よい、よいぞ!もっとだ!」
「う、くっ……!」
ルガリードが興奮の声をあげながら、怒涛の連続攻撃を仕掛けてくる。
上段からの蹴りを、《迎撃》でENDを上昇させつつ両槍で受け止める。一撃目のように吹っ飛ばされはしないが、数歩後ずさる。
間髪入れず繰り出される、脚を引き戻した勢いを利用した後ろ回し蹴り。態勢が崩れている今、もう一度は受け止め切れない。なので、攻撃による相殺を狙う。《ツイン・ストライク》――両手の武器を同時に叩き付ける【双術士】のアクティブスキル――を発動し、接触寸前で《迎撃》をAGIからSTRに切り替える。
だが……
「判断は良いが――ちと力不足じゃな」
「くうぅッ!」
蹴りを相殺することはできず、吹き飛ばされる。多少勢いを殺したおかげでダメージは少ないが……それも積み重なれば、重傷とそう変わらない。
”遊び”を始めてからまだ5分と経っていないだろうが、俺の身体はもうボロボロだった。
クリティカルヒットだけは何とか避けているが、拳が身体を掠った数や吹き飛ばされて地面に転がった数は数えきれない。
ルガリードは宣言通り、直撃しても死なない程度に手加減しているが、本当に死なないだけで直撃すれば骨折くらいはするし、さっき相殺を狙った時みたいにどうやっても直撃はしない、という場面ではそれ以上の力で俺の対応を突破してくる。
分かってはいたが……このままでは勝てる見込みがない。それどころか、あと5分以上耐えられるかどうかすら怪しい。
「くっくっく、よく耐えるのう。儂も昂ってきたわ」
「これ以上、激しくなるのは、勘弁してほしい、のですが……」
地面に片膝を突き、息が苦しくて言葉を流暢に話すことすらできない俺に対し、息が乱れることなく堂々と立つルガリード。ステータスの差を明確に見せつけられている気分だ。
ていうか……。
「そろそろ、情報を話してはくれませんか……?」
そう、ルガリードの遊びに付き合う対価として、遊びの最中に奴のスキル情報を話させるという約束だったのに、まだ一欠片も教えられていないのだ。
ルガリードはめちゃくちゃヒートアップしててそんなの頭からすっぽ抜けてそうだし、俺もルガリードの攻めが激しすぎて言い出す暇がなかった。
「ん?……ああ、そうだったのう。すっかり忘れておったわ」
やっぱり忘れてた……。
さっきのまま続けてたら、ルガリードが思い出すより前に俺が死んでいたのは確実だったし、ここで仕切り直させることが出来て良かった。
「では、話してやるとしよう。だが、話している間は遊びを続けん。休んでおけ」
「……いいんですか?」
遊びの最中に話をするという約束は、俺が話だけを聞いて逃げないようにするためのモノだ。
俺が遊びに付き合っているのはその情報が欲しいからであり、それさえ知ることができれば、すぐさまログアウトしても問題はない。まだまだ遊び足りなそうなルガリードにとっては不利益となるはずだが……。
「よい。儂の暴走で約束を反故にするところだったのだからな」
「……では、お言葉に甘えて」
身体の緊張を解き、へたり込むように座る。
敵を前にした姿としてはあまりに無防備だが、ルガリードがその隙を不意打ちしてくるようなことはないと確信しているからこそ出来る芸当だ。戦闘狂はこういう所だけ信頼性が高い。
身体を休め、ルガリードの声に耳を傾けながらも、頭の片隅ではルガリードに通用しうる方法を考える。勝てないことは分かっているが、せめて一矢だけでも報いたい。
「ところでお主は、〈妖の森〉という場所を知っておるか?」
「……いきなり何の話です?あなたの手の内を話してくれるのではなかったのですか?」
「これもそれに通ずる問いよ。で、どうなのだ?」
「……知りません」
「そうか。なら、一から教えてやるとするかの」
■■■
妖の森とはこの地より西、島の端の方にある森だが、そこを住処とするのは、意地の悪いモンスターばかりでな。
隠形で近付き【即死】をもたらす蛇に、吸うほどデバフが重なっていく霧を出す亀、胞子で【睡眠】させ苗床にする茸。
多種多様な悪意に満ち、今日悪意で害したモノが明日には悪意に絡めとられていることも珍しくないこの森は、人間どころかさすらう純龍すらも近付かない、不可侵の魔境であった。
だがある時、一体のモンスターが森の覇権を握った。
伝説級〈UBM〉【剛健尊鬼 シンリキ】。
純粋性能型と分類されるその鬼が保有していた固有スキルはたった一つだけ。だが、その効果は妖の森への特効と呼べるものであった。
『
一つの固有スキルと物理ステータスにのみリソースを割り振り、合計が10万を超えるシンリキを越えるモノは、スキルにだけ力を注いだ妖の森のモンスターにはおらんかった。そしてステータスで負ければ、スキルも無効化される。
まさに天敵だった。
他の地で縄張り争いに負け逃げ込むも妖の森へ適応できず、ここでも弱者に甘んじていた鬼どもを従え、シンリキは頂点に君臨した。
……しかし、それも長く続かなかった。
シンリキに蹂躙されることを恐れたモンスターどもが森を飛び出し、被害を被った人間がシンリキの討伐に訪れたのだ。
結論から言えば、シンリキは討伐された。
絶対強者が不在となった妖の森は以前の平穏を取り戻した。
……悪意が何重にも絡まり、蟲毒の様相を取るその状態が、果たして平穏と呼べるかは甚だ疑問ではあるが、のぅ。
■■■
……意外と流暢に、臨場感たっぷりに語られていた話が終わる。が……。
「これのどこから、あなたの手の内に繋がるんです?」
「ふん、今までのはただの前置き。本命はここからよ……ところで、シンリキが討伐された後、鬼の群れはどうなったと思う?」
「……今まで通り、弱者として妖の森で生きていったんじゃないんですか?」
またしても投げかけられる、意図の分からない質問。しかし、聞いてもどうせ「これも関連してるのだ」とでも言われることは目に見えているので、諦めて素直に答える。
「いんや。全滅した」
「……っ!?」
「全滅させられた、と言った方が正しいかの。【シンリキ】のような奴が二度と現れぬように、な」
……分からなくもない話だ。
今までは取るに足らない弱者だった奴らが、突然生態系の最上位に上り詰めたのだ。その時の屈辱と恐怖は想像を絶するものだっただろう。芽を摘んでおくのは、賢明とも言える。
「だが、奴らの手を逃れた【子鬼】が一匹だけいた。単身森を突破し、無事生き延びたのだ」
「……まさか」
「そう。何を隠そう、儂がその【小鬼】よ」
ふふん、という効果音が聞こえてきそうなドヤ顔で胸を張るルガリード。……姿は童女なせいで、可愛らしく見えてしまったのが無性に悔しい。
「知性が乏しかった鬼どもの中で、儂は特別賢かったからな。このままこの森にいては不味いということを理解し、全力で逃げたのだ。……儂の危機意識を共有できなかった他の奴らは、みな死んでしまったがの」
調子よく話していたルガリードの声が、後半になるにつれ落ち込んでいく。
一人だけ逃げたことに、罪悪感でも抱いているのかもしれない。
「……まあ、そうやって逃げた儂だが、生きていくためにはやらなければいけないことがあった。何かわかるか?」
「……強くなること、ですか?」
「うむ、正解じゃ」
殊更明るい調子で話を再開したルガリードの質問に返答すると、ルガリードが満足気に頷いた。
……もしかして、さっきから俺に質問を投げかけているのはあれか?教師が授業する時にただ教えるのではなく、問いかけて生徒自身に考えさせるというやつ。
意識的にか無意識かはわからないが、銘に”導師”と付くだけはあるようだ。
「だが、ただレベルを上げるだけではだめだ。それではあの森で弱者に甘んじていた鬼どもと何も変わらない結末を辿ることになる。ゆえに儂は、儂の知る限り最も強い者を
懐かしむように、眩い光を見つめるように、ルガリードが細めた目を虚空に向ける。
「……人間は、モンスターより低いステータスを連携とスキルにより補い、戦うモノのはずだ。故に、単身でスキルも意味をなさない状況の中、ステータスが自身より高いシンリキを倒すことなど、不可能であるはずだったのに。
奴は、身に付けた技量だけを武器に、それを成し遂げたのだ。
……あの時目にした輝きは、今も色褪せぬ」
……それが、【ルガリード】の原点なのだと直感で理解する。。
その人間がシンリキの討伐に赴かなかったのならば、恐らくこの場に彼女はいなかった。
「儂は必死になって技を磨いた。打ち捨てられた武器を拾い、記憶に残る太刀筋をひたすらなぞった。武芸者を見つけたのならば、身を隠し技を盗んだ。
そうして磨いた技をもって、野に住む獣を殺し、かつての群れを追いやった鬼どもを滅ぼし、地を統べる龍に挑んで……いつの間にか、儂はその地で最も強きモンスターとなっていた」
そこで言葉を区切り、ルガリードは辺りを……俺たち2人を取り囲む鬼たちを見渡した。
「その頃じゃな、儂に教えを乞う鬼が集うようになったのは。無論、儂はそれを受け入れた。儂とて元は弱き者。力を欲する気持ちはよく分かる。それに……儂があの人間のように、誰かの輝きとなれたのなら、それほど嬉しいことはない」
先程の【純竜弓鬼】を含めた特出した力を持つ数体の鬼――恐らく、その頃からの弟子たちが、ルガリードの言葉に微笑み、頷いた。
それを目にして、ルガリードは言葉通り、とても嬉しそうに微笑み返した。
「儂は鬼どもに手解きを始め……恐らく、それが特異に映ったのだろう。儂は
――そして、ここからが本題じゃ。認定された時に付与されたリソースを使って、儂が獲得したスキルが2つある。他にも有象無象のスキルがあるが……間違いなく、この2つが儂という存在の中核となる代物じゃろう」
……そうだった。話の始まりはルガリードの手の内を教えてもらうことだった。
正直、ルガリードの生い立ちに引き込まれてしまっていた。この世界では、モンスタ-であってもそれぞれに歴史がある。そのことを再認識させられた。
「1つが、《一学十解》。ジョブの固有スキルを自力で再現した場合、そのジョブに関する全ての情報――ステータス傾向、ジョブスキルの原理、就職条件などを
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「ん、なんじゃ?」
「いや、あの、さらっと言いましたけど……スキルって、そう簡単に再現できるものではない気が……?」
「そうでもないぞ?スキルとは、
「……」
え、マジで?
と一瞬思ってしまったが、ルガリードのななめ後ろに控えている【純竜弓鬼】が苦笑しながら首を振っているのが目に映る。
やはり、ルガリードのこの話は一般論ではないらしい。
まあ、ほんとに誰でもスキル再現が可能だったら、スキル重視でジョブを選ぶとかしないだろうしな。ステータスが大きく伸びるジョブだけ選んで、スキルは自前で再現すれば良いという話になってしまう。
「話を続けるぞ?
中核となる2つ目のスキルが《皆改鬼鍛》。儂が《一学十解》にて情報を取得したジョブを、
「……やはり、そうですか」
半ば予想は出来ていたが、モンスターがジョブに就いていたのはルガリードが原因だったようだ。
「とはいえ、無条件に、無制限に、という訳ではない
まず、取得させられるのは対象である配下と相性の良いジョブだけじゃ。また、取得させるジョブに就職条件が設定されている場合、対象の配下が満たしている必要がある。そして、ジョブのレベルは対象の配下のモンスターとしてのレベル×2までしか上げることができない。
これらを満たす必要こそあるが、満たしてしまえば、与えられるジョブの数・質に限界はない。数百、数千の配下を対象として与えることも、超級職を与えることも可能じゃ。……まだ配下の誰も条件を満たしておらぬから、試したことはないがの」
予想は出来ていたが……改めて聞かされると思う。いや強過ぎじゃない?と。
基本的に、ジョブを持つ人間とジョブを持たぬモンスターを単体で比べれば強いのはモンスターの方だ。
だというのに、そこにジョブの力が加わるのだ。当然、力の差が隔絶していく。
しかも、そんな輩が複数存在するだけでなく、理論上は無限に生み出され続ける。
〈UBM〉だとしても、あまりに強い。
同時に俺は、なぜルガリードが軽々と自分の能力を交渉材料に使ったのかも理解した。
「ルガリード、あなた……」
「ん、どうしたのじゃ?約束通り、儂の持つスキルを隠し立てせずに教えたぞ?」
ルガリードは当然、俺が何を理解したか気付いているだろう。
だというのに、ニヤニヤした顔でしらばっくれた言葉を返してくる。それがこれ以上ないほどに憎たらしい。
「最初から、分かっていましたね?」
「んっふっふ。なんのことじゃろうなぁ?」
ルガリードが今話した2つのスキル。
これらは確かに、ルガリードという〈UBM〉の中核となるスキルであり、奥義と呼べるものだ。
だが……これらは
どちらも戦闘の前――準備段階において力を発揮するもので、いざ戦闘が始まってしまえば勝敗を決める要因にはなり得ない。
つまり通常の場合と違って、ルガリードはスキルを包み隠さず話しても不利にならない。
それを理解しながらも、スキルを知ることが戦闘に有利に働くと俺を騙して交渉材料に使い、遊びに付き合わせたのだ。
「何も嘘はついておらんぞ?スキルを知れば対策が可能なのも、〈UBM〉のスキルを武芸者が喉から手が出るほど欲するのも、
……確かに、こいつは一言も“自分のこと”とは言っていない。俺に勘違いさせるような言い方はしていたが、それだけだ。嘘は言っていない。
「けれど、これを交換条件にしてよかったんですか?気付いてしまったら最後、遊びも放棄してログアウトするとは考えませんでした?」
「無論、普通ならそうであろう」
「普通なら……?」
「儂が強さを求めるのは、生き残るためじゃ。それは願望ではなく、あの森を1人だけで逃げ出した時から儂が果たすべき義務。鍛錬を積んでも、弟子を取っても、それは変わらない。
じゃが……それはそれとして、
「……!」
「心に焼き付いた輝きを動力として磨き上げた技を今度は儂が戦いの中で輝かせ、相手が見せる輝きと競い合い、その果てに勝利を掴み取る。この高揚は何物にも代えがたい。
そしてお主もまた、それを知る者であろう?」
「……それは」
そうだ。
確かに俺は、それを知っている。
俺の人生で初めての戦いである【小鬼】戦。
俺はあの場で、戦いとその果ての勝利に喜びを見出だした。
故に、ルガリードの言葉に共感が出来てしまう。
「お主も儂と同じだろうと感じていた。だからこそ──一度戦いを始めれば逃げることなどせぬと確信していた。戦いの喜びを放り出し、勝利を掴むことを諦めて尻尾を巻いて逃げ出すなど、するはずがないと」
……反論が、できない。
俺はもう話を聞いた。これ以上ルガリードに付き合う必要はない。
話を聞いた義理として相手を……というような行動も、その話自体が虚偽だったのだから起こりえない。
だというのに俺の中には、この戦いを逃げるという選択肢がなかった。
その理由は、ルガリードが言った通り。
俺はルガリードとの戦いを、楽しいと思っていたのだ。
【小鬼】戦で戦いに喜びを見出した。だが、その後にあった全ての戦いを楽しめた訳ではなかった……というか、それ以降の戦いはまったく楽しくなかった。
正直に言ってしまえば、画面越しにアバターを操作してレベル上げしていた時と同じで、ただの作業としか感じられなかったのだ。
そして今、こうしてルガリードと戦ったことで理解した。
俺が好きなのは、"勝てるかどうか分からない戦いにおいて、全力を出し尽くした末に勝利すること"なのだと。
俺と比べれば、ルガリードは遥か格上だ。
攻撃も防御も思い通りに出来ず、手加減された状態ですら身体はボロボロだ。
勝てる可能性など、塵芥にも等しい。
だからこそ、楽しい。
俺の全身全霊をかけて、少数点の彼方にある奇跡を引き寄せ、勝利を目指したいと、強く思ってしまう。
「……長話をしてしまったな。久方ぶりの昂りに浸り過ぎたか」
「っ!」
ガラリと変貌したルガリードの雰囲気に、飛び跳ねるように立ち上がり、槍を構える。
どうやら、休憩は終わりのようだ。
だが、問題はない。
体力はある程度回復し、ルガリードに
「……ふんッ!」
「……はあッ!」
ここに至っては言うべき言葉も無く。俺とルガリードは……激突した。
【剛健尊鬼 シンリキ】
ランク:伝説級
種族:鬼
主な能力:肉体上位
最終到達レベル:36
討伐MVP:【■■王】■狩 龍■
MVP特典:【強能尊刀 シンリキ】
発生:デザイン型
作成者:クイーン
命名由来:"
スキル:
《
STR・END・AGIの合計が自身より低い存在が発動したスキルの、自身への影響を無効化する。
備考:〈妖の森〉に逃げ込んだ鬼の群れの1体がモンスターに襲われ死にかけていた所を、クイーンが発案したデザインに合った適性を持つモンスターを探していたジャバウォックが見つけ、〈UBM〉として改造。解放されたシンリキは仲間の元へ帰り、鬼の旗印として〈妖の森〉に君臨した。
実は、シンリキへ直接影響を与えないスキル(自分や仲間へのバフなど)は無効化されないという抜け道があったが、バフをしてもシンリキのステータスを上回れるモンスターが〈妖の森〉には居なかったため、あまり問題はなかった。
最終的には、めちゃヤバ技量持ち超級職ティアンに真っ向勝負で敗れた。