■【鍛鬼導師 ルガリード】
儂と弟子たちは、定期的に居場所を変えている。
それは主に、人間から討伐対象と見られぬようにだ。
そんじょそこらの輩には負けぬ自信はあるし、弟子たちを含めればその自信は更に深まる。
じゃが、決して儂は儂自身のことを"最強"と思ったことはない。
人間にもモンスターにも、儂を越えるステータスの持ち主や技量の持ち主はいるであろうし、理不尽な
だからこそそんな奴らに目を付けられぬよう注意を払い続ける必要があるが、より注意を向けなければいけないのは人間の方だ。
ほとんどの場合、近付かなければ、縄張りに入らなければそれでよいモンスターと違い、人間への対応はもっと厳重にしなければいけない。なぜなら、人間は
1人に知られればその情報はいくらでも広まり、いつか儂らを倒しうる誰かに届く。
それを防ぐべく、"目撃者"は必ず始末し、一か所に留まり続けることもない。
そして、居場所を変えるのは新たに弟子となる【鬼】を探すという意味もある。
儂は鬼以外を弟子にしても別に良いと考えているが、基本的にモンスターは同種としか群れを為さぬため誘っても今まで承諾されたことはなく、弟子は鬼だけだ。
その点、鬼は誘えば断られることはほぼない。
弟子になれば
まあ、承諾した後に修行が嫌になり、逃げだす奴らはそれなりにいるが。そういう奴らは儂の縄張りの外で、自分たちでも生きていける場所――この近辺で言えば草原方面に逃げ出していくため、ここ最近は草原が小鬼で溢れそうになっていた。
だがそういうことではなく、最初から断ってくる鬼もまれにいる。
ここ、〈魔香森丘〉に住んでいた【小鬼】の内、一体がそういう個体だった。
元々群れに属さず、一人で生き延びていたらしいその小鬼は、いわゆる一匹狼気質だったのだろう。
儂の下に付くことを良しとせず、一時的に儂の縄張りとなった〈魔香森丘〉から住処ごと移って行った。
基本的に「来る者拒まず、去る者追わず」のスタンスである儂だが、その小鬼はそのまま逃がすことはしなかった。
端的に言えば、才能を惜しんだのだ。
奴は成長すれば、近接戦闘の分野において儂を追い越すであろう逸材だった。
だが、今はまだ肉体的に貧弱な【小鬼】。成長するまで生き残れぬ可能性も高い。
ゆえに、儂は護衛を付けることにした。
鍛練も兼ねて、【隠密】や【狩人】に就いた弟子たちに監視させたのだ。
原則手は出さずに見守り、上級以上の敵対者が現れたなら排除、あるいは儂に連絡する。
しかし将都周辺にはあまり強い戦力はおらず、数少ない強者は【小鬼】自身が避けるため、弟子が手を出す必要はなかった。
そんな状況の中、初めて弟子から連絡があったのが5日前だ。
弟子から伝わってきたのは、「強者ではない相手に苦戦している」というあまり要領を得ないものであったため、儂は《視覚同調》により弟子を通して小鬼の様子を見た。
そしてそこに映る戦いを見て――戦慄した。
それは下級同士の戦いであるため、儂からすれば力も速さもまるで児戯のようなもの。
けれど、そこには輝きがあった。
まだ磨かれぬ原石にあっても、隠しきれない
眩い光同士のぶつかり合いが生み出すその輝きに、監視していた弟子や傍に控えていた黒牢の声さえ届かぬほど、儂は魅入られた。
そして魅入られている内に、決着は付いていた。
少女の光が、小鬼の光を打ち砕く。
その時から……儂の興味の対象は、その少女となっていた。
小鬼との戦闘の後、少女は一瞬で姿を消していた。
その様は転移魔法のようだったが、直感が以前見たそれとは違うと告げていた。
答えは、意外な所から得られた。
〈魔香森丘〉に入り込み儂らの姿を見た人間を殺した時に、その死体がモンスターのように光の塵となったのだ。
その現象が起こったのは1人だけではなく、儂らの縄張りに入ってくる人数も、いつもに比べて桁違いに多い。
何か、異常事態が起こっている。
そう確信した儂は、隠密を取り仕切る一番弟子の1人、
そこで得られたのは、〈マスター〉という存在の情報。
別世界から〈エンブリオ〉の力でこの世界に訪れる、左手に紋章を持つ者たち。
小鬼を打ち負かした少女も、恐らく〈マスター〉だったのだろう。あの異質な転移は、〈エンブリオ〉の力で別世界へと帰ったということか。
じゃが、儂らにとって何よりも重要だった情報が、”死にかけても〈エンブリオ〉の力で生き永らえ、3日後にはもう一度この世界へ来ることができる”というものだった。
儂らは今まで、目撃者を逃がすことなく殺すことで潜伏してきた。
が、〈マスター〉にはその手が通用しない。
殺したところで3日後には復活するため、口封じにならんのだ。
あと少しすれば、舞い戻った〈マスター〉の口から将都の近くに〈UBM〉が潜んでいることが伝わり、討伐隊が結成されるだろう。
即刻、拠を移さなければいけない。
しかし、儂には心残りとなるものがあった。小鬼を倒した少女である。
ここを離れれば、もう一度会える確率は低い。
じゃが、今の少女は小鬼と同じく、ステータスは貧弱そのもの。
闘ったとしても、満足の行く結果になるとは考えづらい。
悩んだ末に……儂は戦うことを選んだ。
しかし、それは戦い自体に期待してのことではない。今後の布石にするためだ。
ここで戦っておくことで、彼女に儂の存在を刻み付ける。
そうすることで、手酷くやられたことへの復讐か、強くなった証明としての再戦かは分からないが、成長した彼女が儂を追い掛けてくる可能性を生み出す。
その確率はあまり高いとは言えないが、何もせぬよりはよほど良いだろう。
そんな目論みの元、儂の弟子の中で最も器用さに秀でる黒牢に彼女を誘き出させ、さまざまな条件を付けて戦闘の場に立たせることに成功した。
ここまで目論み通りに話が進んだが、ここで一つ予想外のことが起きた。
思っていたよりも、少女が強かったのだ。
瞬殺ではあまり記憶に残らぬ可能性があったため、少しは抵抗できるように手加減はしている。しかし彼女は〈マスター〉であるがゆえに、最終的に殺してしまっても不利益はない。そういう意味では、そこまで慎重に手加減していなかった。半端な対応では、普通に死んでいただろう。
じゃが、彼女はそれに必死に食らいついてきた。
直撃は確実に避け、届かぬとしても隙をついて反撃を繰り出す。
その予想外は儂を高ぶらせ、要らぬ昔話までしてしまうこととなった。
それも、もう仕舞だ。
これ以上の長居は、儂らの身に危険が及ぶ。
最後に、少女の攻撃を防ぎ、儂の本気を持って打ち倒す。
それで、ひとまずの決着とするとしよう。
■■■
「……ふんッ!」
「……はあッ!」
こちらに向かって駆け出した少女に合わせて、儂も地面を蹴る。
少女が握る双槍がアクティブスキルの輝きを放ち――地面に叩きつけられた。
(何……!?)
咄嗟にブレーキをかける。
叩きつけられた地面から砂埃が巻き上がり、少女の姿を一時的に覆い隠す。
(なるほど、それが狙いか)
恐らく、この砂埃の中で何かしらの準備をしているのだろう。儂に見られてタネが割れると通用しなくなる、初見殺しの一撃のために。
儂という格上に挑むために負けが濃厚な地力勝負を避け、少しだけでも勝率を上げるために工夫を凝らしている。
それが儂を本気で倒そうとしている証左に思えて、儂の見る目が狂っていなかったことに少し嬉しくなる。
(……ならば、こちらも本気で迎えてやろう)
【盾士】【鎧武者】【巫女】etc――END・防御力上昇、ダメージ軽減、属性・状態異常耐性など、儂の保有するありとあらゆる防御系ジョブスキルを多重起動する。
それらは全て下級・上級職のモノではあるが、ここまで重ねれば超級職すら大きく超える堅牢さとなり、元のステータスも合わせれば防御面は古代伝説級〈UBM〉上位にも匹敵するだろう。
儂が発揮できる最大の防御形態。
これで少女の攻撃を受け止めきる。
「――しッ!」
(……来たな)
砂埃を割り裂き、アクティブスキルの発動によって光が纏わりついた左槍を携えた少女が突撃する。
その行動は、一見すれば無謀そのもの。
スキルによって強化されていたとしても、儂の防御を抜くことができないのは先程までの攻防で証明されている。
このままでは儂に突撃を防がれ、負けるだけだ。
じゃが、そんな訳がない。
そんな無謀な行動を取るのなら、砂埃に隠れる必要などない。
あの槍には、儂を殺しうる何かが秘められている。
本来なら衝撃波などの遠隔攻撃で弾き飛ばす所だが……今回は真正面から受け止める。
リスクは当然増すが、少女の意識に儂という存在を刻み付けるならば、その程度のことはしなければいけないだろう。
待ち構える儂へ向かって駆ける少女。
距離は爆発的に縮まり、1メテルを切った瞬間。――槍が、飛んだ。
(投擲!?……【
手を離れたというのにアクティブスキルが解除されていない所から、最初から【槍武者】系統ではなく【投槍士】のスキルを発動していたことを知る。
意表を突いた一撃。
だが……これは本命ではない。
少女の右手にはもう一本槍が握られており、そちらも輝き始めている。
恐らく、左は囮。
隙を生み出し、右を叩き込む道筋を作るためのもの。
(ならば、左を最速、最短で弾き飛ばし、余裕を持って右を受け止める!)
隙を生み出さぬよう極限まで配慮した体捌きで右腕を振りぬき、飛来した槍を迎撃した。
目論見通りに弾き飛ばされる。
――目論見から外れた、儂の右手が。
(…………なに?)
思考が固まる。
無意識に視線が右腕に向けられ、手首から先が千切れている様子が見えた。
槍と接触した部分が、ちょうどくり貫かれている。
それが意味するのは、投槍が触れただけで儂の防御を紙切れ同然に突破したということ。
(――マズイ!)
衝撃からやっと意識が回復する。
そしていの一番に感じたのは、危機感だった。
視界の端に飛んでいく、紫の粒子を纏った槍に意識を向ける暇もなく正面を向き直し……眼前に突き出された穂先が、目に入った。
(これは……死んだか……)
ここまでくれば、もう打つ手がない。
いくら40倍近いAGI差があっても、無拍子で最高速まで到達できる訳ではない以上、ここまで近付いた槍を防ぐことは出来ない。
儂の全力防御を貫いた先程の投槍から考えれば、結界などの防御スキルも意味をなさないだろう。
衝撃波などの攻撃スキルで弾くのも無理だ。どうしても動作か溜めが必要となる。
そして頭を、脳を破壊されてしまえば、それから回復スキルを使って態勢を立て直すことも不可能。
……万事休すだ。
死を覚悟したからか、今までの記憶が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
危険に囲まれながらも、群れの一員として仲睦まじく過ごした〈迷いの森〉の日々。
【シンリキ】を討伐した人間の輝きに魅了された瞬間。
地龍を打ち倒したことで得た、弱者から強者へ成り上がった実感。
心踊った
小鬼と少女の胸打たれる果たし合い。
そして──儂を頼って集まってくれた、弟子たちの顔。
(……ああ、あいつらだけが、心残りだな)
そこらの雑魚には負けぬよう、鍛え上げたつもりだ。
だが、儂抜きで超級職や〈UBM〉に遭遇しても、生き抜いていけるだろうか。
そもそも、儂が死んでからも弟子たちが獲得したジョブは維持されるかも分からない。
このままでは、中途半端な状態で放り出すことになってしまう。
そんな後悔を抱えつつも、迫る死を受け入れようとして――
ザシュ!!
「……は!?」
「……な、に……?」
槍が、視界の外から伸びた腕によって遮られた。
槍は先程の儂の右手同様に、遮ろうとした腕を容易く貫通させ――儂の頭に触れる直前で止まっていた。いや、槍が刺さっている腕の筋肉により、押し留められていた。
予想外の状況への推移で、儂も少女も動きを止める。
だが、腕を出した一番弟子の一人、
「師匠ッ!」
「……ッ!ハァッ!」
「……くそっ!」
朱塊の叫びを契機に、止まっていた時間が動き出した。
少女に向かって咄嗟に回し蹴りを繰り出す。
少女もまた、間髪入れず固定された槍から手を放し、跳んで後退るという素晴らしい反応を見せたが……動き出しが同時ならば、AGIの差が勝敗を決する。
少女が儂の間合いから外れるより前に蹴りが到達し――咄嗟に放ったが故に手加減など微塵も考えられていない本気の
「……がはッ!」
「ハァ、ハァ……」
上半身だけの無残な姿となった少女が蹴りの衝撃波で吹き飛ばされ、木に激突する。
だが、儂はそれに意識を向けることも出来ずに放心し、呼吸を荒らげていた。
先程の一合、朱塊が間に入ってこなければ確実に負けていた。その事実が、儂を動揺させる。
「これが、腹をぶち抜かれる感覚か……。ごふッ……キッツいなぁ……」
聞こえてきた声に、ハッと視線を向ける。
少女は上半身のみの姿となり、いつの間にやら左肩と右胸部にも大穴が空いている。
有り体に言って満身創痍。だというのに――少女はまだ、好戦的で不敵な笑みを浮かべていた。
「……名は」
「?」
「お主の名は、何という?」
その笑顔を見た瞬間、反射的に問いかけていた。
なぜかは、自分でも分からない。
しいて言葉にするならば……眼前の少女が儂にとって、『少女』などという普遍的な呼び名に収まらない存在となる予感を抱いたからだろうか。
「……水無月、火篝」
しばし呆気にとられた後、おずおずと名を口にする少女――火篝。
しかし次の瞬間には、変わらず闘志の燃えた雰囲気に舞い戻っていた。
「今回は、俺の負けだ、が……次は絶対に、勝……」
これまでずっと閉じていた瞼を開き、無機質で情熱的な瞳でこちらを見つめながら宣言して……光の塵となって消え去った。
「……ああ、待っておるぞ」
これで少女との、火篝との物語はひとまず閉幕だ。
だが、儂にはまだやるべきことがある。
「朱塊」
「はっ」
儂が一声出しただけで傍に寄り跪く朱塊。
……この様子だと、やはり意識的だったようだな。
「儂は戦いの最中、
「はい、存じ上げています」
火篝を弟子で囲んだのは”群”としての儂を強さを見せつけるためであり、火篝に刻み付ける儂の印象を強めるため、実際に戦うのは儂だけと事前に決めていた。
そのため火篝と遊ぶ前に、弟子たちには傍観者でいることを言い含めていた。
これはどちらかと言えば、血気盛んな一部の弟子の手出しを防ぐためだったのだが……。
先程の朱塊のカバーは、獲得しているジョブ【
盾職ではあるがENDの他にAGIも高く、味方を庇う戦いが可能な分防御能力が低い【守護者】と、【盾鬼】の特殊進化先であり、防御能力が高い代わりにAGIがあまり上がらない【城鬼】は相性が良く、弟子の中でも堅さと戦闘で連携した時の安定感は随一だ。
だが、いくらAGIが上がり、カバー時に機動力を上げるスキルがあったとしても、あの場面において、儂の危険を察知した瞬間に準備を始めたのでは到底間に合わない。
つまりは。
「最初から、手を出すための準備をしていたのじゃな」
「はい、その通りです」
悪びれもせず、淡々と答える朱塊。
しかしそれは、反抗的だとかそういうことではなく、むしろ――。
「師匠の身に万が一があってはいけませんので」
「……そうよな。お主は、そういう奴じゃよな」
朱塊を一言で表せば、真面目だ。
どんなことにも力を抜かず、完璧を目指していくその姿勢は素直に称賛できるものであり、儂がいない時の纏め役としても活躍しておる。
が、真面目が過ぎる故に、融通が利かない。
自分が正しいと思ったのならば、群れの仲間から恨まれるとしても、儂の命令に逆らうことになったとしても、それを貫き通す。
それこそが、朱塊という鬼だった。
「しかし、私が師匠の命令を破ったのは事実です。なんなりと処罰を」
「……いや、よい。どうであれ、儂はお主に命を救われた。そして、救われるような場面を生んだのは儂の油断が原因じゃ。お主を責めるのは筋違いであろう」
そう、油断だ。
儂は命脅かされたあの瞬間まで、火篝を格下としか見ていなかった。
確かに、ステータス上だけで見れば天地がひっくり返った所で勝負にならぬ格の差があった。
じゃが、小鬼との戦いで、儂との遊びで、火篝の強さはそういった次元の強さではないと分かっていたはずだ。
だというのに、儂はその認識を改めることなく、初見殺しの一撃をわざわざ迎撃するなどといった愚行を犯した。
昔から考えれば、儂は桁違いに強くなった。が、いつの間にやら強者であるからこその弱点、慢心も得てしまっていたらしい。
「儂もまだまだじゃな……」
思わず、悔しさが呟きと共に漏れ出る。
……じゃが、今回は朱塊のおかげで命拾いできた。
生きてさえいれば、反省することも鍛えなおすこともできる。
今は、やるべきことをしなければな。
「……今回は、儂のわがままに付き合わせて悪かったな」
「師匠がわがままなのはいつものことでしょう。もっと付き合わされる我々のことを考えて下さい」
「そうかぁ?俺は楽しかったけどなぁ、慌てる師匠なんていうレアモノが見れてさぁ!」
「おい、不敬だぞ碧蛾。常日頃から、お前はもう少し態度を考えろと言っているだろう」
「んだよぉ?」
「まあまあ。落ち着きなさいよ、朱塊。碧蛾も無闇に煽らないで」
「……全員、うるさい」
弟子たちの方へと向き直り声をかければ、いつも通り騒ぎ出す一番弟子たち。
そこへ他の弟子たちも次々と加わり、賑やかさは増していく。
そんないつも通りの光景に思わず頬が緩む。
「お主ら、一旦静まれ!……よし、全員聞いているな。儂らはこれから拠点を移す。此度は感付かれている上での移動。これまで以上に慎重に、長く移動することとなる。事前の取り決め通り、各々が不足なく役割を果たすことが肝要じゃ。よいな!」
「「了解!」」
儂の号令を受け、それぞれ動き出す弟子たち。
それを眺めながら、少しだけ先程までの戦いと少女に想いを馳せて……儂もまた、準備のために動き出した。
□飯沼 葉月
【致死ダメージ】
【パーティ全滅】
【蘇生可能時間経過】
【デスペナルティ:ログイン制限24h】
「……ッ!」
直前まで森と鬼たちを映していた視界が、アナウンスと同時に自室の天井に切り替わった。
デスペナした。そう認識した瞬間に、飛び起きて腹部を確認する。
……うん。当たり前だけどちゃんと繋がってる。痛みもない。
「はぁ……」
思わず全身の力が抜け、飛び起きたばかりのベッドにUターンする。
それも仕方ないだろう。
さっきまで、俺の腹が誇張抜きで無くなっていたのだから。
「痛覚遮断、ONにするの忘れてた……めっちゃ痛かった……」
最初の【小鬼】戦でOFFにした後は一度もまともに攻撃喰らってなかったし、ルガリードとの遊びが始まってからはそんな事考えている暇もなかったのでしょうがなくはあるが……それでも、こういう重要な所を忘れてしまうのはいけない。
何かあると途端に視野が狭くなるのは、昔からの悪い癖だ。
……視野が狭くなる、と言えば。
「まさか、あそこで横槍が来るとはな……正直、勝ったと思ったのに……」
俺が思い付いた、ルガリードに勝つための手段。
それは、就いてはいたがこれまで使い道がなかった【投槍士】と、ガチャで出した呪いのアイテム【闇怨の砥氷】の合わせ技だ。
【投槍士】の基本スキル《ジャベリン》で意表を突いて隙を生み出し、もう片方の槍でとどめを刺す。
だが、ただ投げるだけではすぐ対処されてしまうし、渾身の一撃を叩き込んでもステータス差的にかすり傷が関の山だろう。
そこを埋めるのが、ガチャ産アイテムである【闇怨の砥氷】だ。
このアイテムを武器に塗ることで、防御力・防御スキルを無視して攻撃できるようになる。これなら隙を生み出すことも、致命傷を与えることも十分に可能だ。
これが俺が思い付く限りの中で一番勝率が高かった手段なのだが、勝利を掴み取るにはいくつかの賭けを突破しなければいけなかった。
まず、砥氷の呪いのアイテムたる所以であるデメリット《反傷》。相手に与えたダメージが同じだけ、ランダムな部位に返ってくる呪いだ。
隙を生むための投槍で与えたダメージが心臓や脳に返ってきたらそれで終わりだし、足や右腕に返ってきたら態勢を崩したり力抜けたりして、本命の一撃を外す可能性が高まる。
また、砥氷の効果が発揮されるのは氷片が塗られている間だけだ。
苦し紛れでも障壁なんかを張られてしまえば、それを突破する間に氷片が落ちてしまう。
そして最後に、投槍を手足で直接迎撃してくれるかどうか。
手足での迎撃が最も効率よくなるよう間合いは調節するが、それでも遠距離攻撃や障壁で対応された場合、肝心の隙が生まれない。
そんな、正直言って失敗の確率の方が高い作戦だったが……事態はその全てが、俺の思い描いていた通りに進行してくれた。
投槍は迎撃に繰り出された腕を抉りとり、【反傷】で穿たれたのは槍を投げ終えた後の左肩。本命の右が障壁で遮られることもなかった。
俺の槍は届くがルガリードの拳と脚は俺の身体に届かない位置で仕掛けられるように調整して投槍をしたから、苦し紛れの反撃で相打ちに持ち込まれることもない。
あの時の俺は、勝利を確信した。
だというのに。
視界の外から伸びてきた腕。
本命の一撃が阻まれ、砥氷の効果が無効となった。穂先がルガリードに当たらないように腕は筋肉の収縮で止めていたが、仮にルガリードに当たっていても無傷だっただろう。
それからは、流れるように反撃を受けた。
単純なステータス勝負となっては勝ち目がない。
避ける間もなく蹴りをくらい、腹をぶち抜かれてあっさりと死んでしまった。
……死ぬ間際に名前を聞かれたが、あれは一体なんだったのだろう。
「最初に配下たちからの手出しはないと言ってたのに……いや、それを鵜呑みにした俺が悪かったか」
普通に考えて、そのままでは死んでしまうというのに約束を守る訳がないだろう。
あるいは、ルガリードには守る気があったが、配下たちが勝手に破ったのか。あの時のルガリードの反応からすると、こちらが有力か。
あの群れの絶対者はルガリードだ。それが欠けては、自分たちの不利益となる。守るのは当然だ。
卑怯だとは思うが、悪だとは思わない。同じ立場だったら俺もそうするし。
ただ、それで負けを認められるかと問われれば、それは別の話だ。
ふと、デスペナ前に口に出した言葉を思い出す。
『今回は、俺の負けだ、が……次は絶対に、勝……』
そう、次だ。
〈マスター〉である俺にはまだ、次の機会がある。
そこで勝利を果たし、借りを返す。
そのためにまずは……強くならなきゃな。
「あぁ、早く24時間経たないかなぁ……」
デンドロで初めて明確な目標が出来たというのに、その前に立ちはだかる
それを口惜しく思いながら、激闘で疲れた俺の意識はゆっくりと夢に落ちていった。
ひとまずこの話で一段落です。
今後は
閑話集→将都事件②→天地放浪
みたいな感じで進めていきたいと思います。
遅筆なのでお届けできる頻度はかなり低めではありますが、今後も読んで頂けると嬉しいです。
【鍛鬼導師 ルガリード】
ランク:伝説級
種族:鬼
主な能力:学習・統率・鍛錬
最終到達レベル:---
討伐MVP:---
MVP特典:---
発生:認定型
保有スキル:
《一学十解》
ジョブの固有スキルを習得した際に発動。
習得したスキルのジョブに関連した全ての情報(ステータス傾向、固有スキルの原理、就職条件)をアーキタイプ・システムから取得する。
《皆改鬼鍛》
《一学十解》にて情報を取得したジョブを、自身の『配下』に就かせることができる。
ただし条件があり
1.取得させられるのは対象の『配下』と相性が良いジョブだけ
2.取得させるジョブに就職条件がある場合、対象の配下が満たしている必要がある
3.ジョブのレベルは対象の『配下』のモンスターとしてのレベル×2までしか上がらない
これらを満たせば、与えられるジョブの数・質に制限はない。数百、数千を対象に与えることも、超級職を与えることもできる。
備考:既存技術の習得・再現と、技術指導に関して、デンドロ史上五指に入る才能の持ち主。その反面、既存技術にとらわれない新技術の開発能力はあまり高くない(もちろん、一般人と比べれば十分に高い)。