小鬼討伐のクエストをイリスたち5人とともにクリアした翌日。
「葉月よ、もうそろそろ一緒にプレイしようでないか。さもないと、
とうとう、この日がやってきてしまった。
□将都 冒険区広場 【双術士】水無月火篝
「はぁ……」
本日何度目かも分からないため息を吐く。
今俺がいるのは、将都におけるセーブポイント――ログインした際、あるいはデスペナから復活した際に出現する地点――であり、その分かりやすさから〈マスター〉の定番待ち合わせスポットになりつつある広場だ。
かくいう俺も待ち合わせをしているのだが……その待ち合わせ相手が問題なのだ。
呉志賀瑠衣。
中学からの腐れ縁にして、まごうことなき変人。
俺のことを盟友と呼び、ことあるごとにちょっかいをかけてくる、正直言ってうっとうしいこいつと待ち合わせなんてしているのは、そういった契約を結んだからだ。
瑠衣も俺と同じく天地でデンドロを始めたのだが、どこかで
リアルにしろデンドロにしろ、ネカマをバラされてしまうと俺の今後に悪影響が過ぎる。
だから口止めしようとしたのだが、その交換条件として出されたのが「デンドロを一緒にプレイすること」。
背に腹は代えられないので渋々了承したが、ぶっちゃけ気が乗らなかったのでなんだかんだと理由を付けて回避していたのだ。
そのままうやむやになってしまうことを期待したのだが、本日ほぼ脅迫に近い催促を受けて、プレイせざるを得なくなってしまったのである。
「――待たせたな」
「……ん?……っ!」
すぐそばから、男の声が低く響いた。
ぼうっとしていた意識を引き戻し、焦点を目の前に立つ男に合わせる。
――その瞬間、背筋を悪寒が走り抜けた。
そこにいたのは、一見何の変哲もない男だった。
180cmを超えた長身と目鼻立ちの整った顔立ちはある程度目を引くが、人の域を超えるようなものではないし、スーツの上に白衣を着るという奇抜な恰好も〈マスター〉が増えた現在、そこまで目立ちはしないだろう。
だが問題なのは、見た目ではない。
男の内から溢れ出す、神々しいような、禍々しいような――理解が出来ない"ナニカ"。
本能が叫ぶ。――”こいつはヤバイ””逃げろ”と。
警告に逆らわず、全力で逃走しようとして……ふと、こいつの言葉を思い出した。
もう一度、男の姿を見る。
そこにはどこか、あいつの面影があるような気がして……
「……もしかして、ですけど。瑠衣、ですか?」
「うむ。その通りだ」
「えぇ……」
本能が悲鳴を上げ、逃走を図ろうとした相手がリアフレでした。……いや、どういう状況だよ。
□□□
「この姿の我の名はシルビオ・ガルセイラだ。シルビオと呼ぶがいい」
「あ、はい」
瑠衣――改め、シルビオと向き合う。
こうして改めて見ると、銀髪・碧眼というのは瑠衣と共通しているし、体格なんかも似ている。瑠衣が20過ぎまで成長すればこうなるのではないか、という感じだ。
今も先程と同じく、本能レベルのヤバさが感じ取れるが……なんか中身が瑠衣と知ってしまうと、その威圧感も半減以下だ。
というか、待ち合わせ相手から全力で逃げようとしていた自分が恥ずかしくなってきた……
「そ、それにしても。そのロールプレイ、なかなか堂に入ってますね?」
恥ずかしい気持ちを誤魔化すため、とっさに思い付いた話題を振るが……いやこれ、俺にとってはただのブーメランでは!?
「ふむ、ロールプレイか……確かに
だが幸いなことに、シルビオには気付かれなかったようだ。淡々と言葉を返してくる。
いやでも、ちょっと待て。
「あの言動って、わざとやってたんですか?溶け込むために?」
「うむ」
「……だとしたら間違ってますよ、完全に」
瑠衣への周囲の人間からの評価は、『天才。だがそれ以上に変人』である。
当然だ。どう考えても、あの態度で溶け込めるわけがないのだから。
まあ、"素"だというこちらはこちらで馴染めそうかと言われれば絶対に否なので、そこを改善しようとした試みは正しかったのかもしれない。あくまでその試みだけだけれども。
「なに?親しみを感じやすいよう、気安さを出していたのだが……間違っていたのか?」
「はい。疑う余地なく、間違っています」
「そうか……」
今更ながらに現実を知ったシルビオがどこかしょんぼりとした雰囲気を纏う。
その様はさながら大型犬のようでどこか憐れみを誘う面白いものだったが……今の俺には、それよりも気になるものがあった。
「ところで、その子は……?」
その子――シルビオの後ろに隠れ、白衣の裾を握りしめながらこちらを興味深げに見上げる幼女のことだ。
紅いメッシュが入った黒髪で、120cmほどの背丈にこれまた紅い装飾が施された黒いドレスを見つけている。
長身男性であるシルビオと並んでいると、まるで親子か――あるいは、拐わされた幼女と犯罪者にでも見える。
とはいえ、彼女はシルビオの娘でも、誘拐事件の被害者でもないだろう。
俺の見立てが正しければ……
「ふむ、こいつか。こいつは我のエンブリオ、TYPE:メイデンwithチャリオッツ・ガードナー【命喰天姫 ネフィリム】だ。――ほら、挨拶しろ」
「……ねふぃりむは、ねふぃりむ。……よろしく」
幼女――ネフィリムは少しだけ口を開き、すぐにさっと身体ごとシルビオに隠れた。
やっぱりエンブリオ、そしてメイデンだったか。
メイデンであるエヌとどことなく雰囲気が似ているという、俺の見立ては間違っていなかったらしい。
「……すまんな、火篝。こいつは少し警戒心が強くてな。じきに慣れるとは思うが」
「いえ、別に大丈夫ですよ」
しかし外見年齢も性格も、エヌとはずいぶん違うな。
まあ、エンブリオはマスターに合わせて変化していく千差万別な存在なのだから、むしろ違うのが当たり前か。
……ん?てことは、ネフィリムの容姿がロリなのは
「ん?なんだ?」
「……いえ、何でもありません。それより、早くクエストに行きましょう。時間は有限です」
「……まあ、それもそうだな。では行くぞ」
思っていたことなどおくびにも出さずにシルビオを促す。
怪訝な顔をしていたが、俺の言うことに納得したのか、冒険者ギルドに向かって歩き出した。
□〈紫泥沼地〉 【双術士】水無月火篝
冒険者ギルドに着いた俺たちは、シルビオが事前に目を付けていたクエストを受注し、依頼場所である将都の東――その昔襲来した〈UBM〉の影響で、今なおところどころで毒の泥が沸きだすフィールド、〈紫泥湿原〉に来ていた。
……のだが、実を言うと俺は、さきほど受注したクエストの内容を知らされていない。
受注もなにもかもシルビオが一人でやってしまったからだ。
当然内容を聞いたのだが、「心配するな。我と火篝なら何ら問題なくこなせる程度のものだ」としか返ってこないので、諦めた。
その分、話題はクエストではなくそれぞれのこと――特にエンブリオのことになる。
「ネフィリムちゃんはチャリオッツ・ガードナーだと言っていましたが……ネフィリムちゃんもモンスターを作り出したりするんですか?」
俺の頭の中に、同じくメイデンでありガードナーでもあるエヌのことが思い浮かぶ。
「そうとも言えるし、そうとも言えぬな」
「というと?」
「ネフィリムはモンスターを作りはせぬ。ネフィリム自体がモンスターとなるのだ」
「へえ」
なるほど。そういったパターンもあるのか。
「そして、そうとも言える理由がこれだ」
「……ん」
シルビオが、沼地に入ってから泥に足を取られて転びそうだったため肩に乗せていたネフィリムの前に手を掲げた。
ネフィリムもまた手を掲げ、間隔を空けてシルビオの上に重ねる。
ネフィリムの手が波打ったかと思うと、ポトンと雫が垂れたような音と共にシルビオの手のひらに何かが落ちた。
「なんです、それ……ひっ!」
その何かを見極めようと手のひらを覗き込み――ロールプレイなんか忘れ、思わず素の悲鳴が漏れた。
一言で表すのなら、”肉の蟲”だろうか。
全身が赤黒い肉で構成され、芋虫のごとく手足のない円柱形の身体をくねらせ蠢いている。
言葉を飾らずに言ってしまえば、めっちゃキモイ。
「こいつはネフィリムの
説明しながら、分体を乗せた手をこちらに差し出してくる。
「……なんですか、その手は」
「火篝にこいつをやろうと思ってな」
「要りませんよそんなの!」
「要らぬのか?こいつを受け入れれば、もっと強くなれるのだが」
「どういう、ことですか?」
「ネフィリムのスキル《
「……むぅ」
確かに、その効果は魅力的だ。
ステータスはいくらあっても困るものではないし、スキルが強くなるのも嬉しい。
だが――
「いえ、お断りしておきます」
「なぜだ?」
「……なんとなく、ですかね」
そう。本当になんとなくだ。なんとなく、これを受け入れるのは良くないと感じた。それだけだ。
シルビオから害意は感じないから、ただの杞憂かもしれない。
でも、俺は俺の直感を信じることにした。
「そうか。残念だ」
言葉とは裏腹に何も感じてなさそうな表情でシルビオが分体をネフィリムに返す。
のだが、そんなシルビオとは対象的に、返されたネフィリムが分かりやすくむっとした表情を浮かべた。
ネフィリムと目を合わせるように顔を動かすと、「ふんっ!」といった感じでそっぽを向いてしまう。
どうやら、分体を受け入れなかったことで嫌われてしまったらしい。
その様子は本物の幼女のようで可愛げがあったが……そんな可愛い子に嫌われてしまったというのはちょっと落ち込むなぁ……。
「……この辺りか」
「クエストの場所に着いたんですか?」
落ち込んでいる俺をよそにずんずん進んでいたシルビオが、唐突に足を止める。
目の前には、このフィールドの中でも特に深い毒沼の一つがあった。
俺たちが近づいたことに気付いたのか、ボコボコと沼が泡立ち、泥を押し上げながら現れる威容。
――その大きさは、優に5メートルを超えていた。
「……あの、今回のターゲットって」
「ああ、こいつらだ」
【
蛇のごとき長胴をうねらせ、鋭利な爪を備えた四肢で泥をバシャバシャ叩いて威嚇する
「亜龍級じゃないですか!しかも三体!?」
亜龍級で思い出すのは、先日のパーティークエストで遭遇した王小鬼。
取り巻きの大量の雑魚こそいないが、今回はまさかの三体である。
だが狼狽える俺と違って、シルビオは堂々としたものだ。……いや、こいつが選んでここまで来たのだから当たり前か。むしろそうでないと困る。
「相手に不足はないだろう。一対一で片も付くゆえ、誰かが手持ち無沙汰になることもない」
「私の方が、相手から見て不足な気がするんですが……」
「はっ、そんな訳はなかろう。火篝よ、お前はこの我が認めた
「え、ちょっと。……えぇ」
一方的に喋るだけ喋り、毒沼亜龍に足を向けるシルビオ。
その隣には、いつの間に肩から降りたのか、自分の足で別の毒沼亜龍に歩みを進めるネフィリムがいた。
「……ああもう、こうなったらヤケです!」
ここまで来てしまったのだ、引き返すという選択肢はない。
使い捨てのジョブクリスタルでメインジョブを【迎撃者】に変更し、双槍を構えて三匹目の毒沼亜龍をにらみつける。
――クエスト、スタートだ!
【毒沼亜龍】のイメージは、ぶっちゃけてしまうとモンハンのオロミドロの尻尾細いバージョンです
最近サンブレイクやっていたので、ターゲットのモンスター考える時に自然と浮かんできましたね……
こいつ登場させるだけのために周辺フィールドの一つを沼地にしてしまいましたが、こういったその場の思い付きが後々予期せぬ不具合を起こしてしまうことを書き終えた今になって思い出して、ちょっと戦々恐々しています…