□〈紫泥沼地〉 【迎撃者】水無月火篝
デンドロにおいて、属性というものは大まかに天・地・海で分類分けされている。
”気体操作+エネルギー発生”の天属性、”固体操作”の地属性、”液体操作+エネルギー減衰”の海属性であり、その下に火属性や氷属性などの細かい属性がある感じだ。
そして
現在俺が相対している【毒沼亜龍】、その大元となる【沼龍】は地龍と海龍の混血種。
司るのもまた、固体操作と液体操作の複合――つまりは、
「シャアァァ――ッ!!」
「うわっ、とっ!」
沼から水柱のごとく吹き上がった泥が、槍のように伸びて絶え間なく襲い掛かる。
速度こそそこそこ速いくらいだが、厄介なのが泥の性質だ。
大昔に襲来した〈UBM〉の能力によって地下深くに存在した鉱脈が汚染され、そこから溶け出した毒素が混ざった泥は、触れるだけで肌が爛れ装備が腐食する。
飛沫だけでも十分な毒性があるため、甘えた回避をしたり下手に武器で受け止めたりしたら、それだけでアウトだ。
それゆえ、攻撃に対処するだけでもとてつもなく気を遣う。
さらには、本体を倒しにいくには沼に踏み込まなければいけない。
足場は点在する岩しかなく、足を滑らせたら毒沼に落ちるし、泥に囲まれるため操作された泥が全方位から襲い掛かってくるようになる。
……厄介過ぎないか?
クエストの下調べのために、冒険者ギルドで自由閲覧可の資料を度々見ていたのだが、その中に【毒沼亜龍】の情報もあり、上で語ったのはそこからの受け売りである。
読んだ時点でも厄介だと思ったが、実際に戦ってみると予想以上に厄介だ。
こんな奴を相手にするって分かってたら、断固拒否したんだけどなぁ……。
そういえば、このクエストに俺を引っ張てきた張本人である、シルビオたちの方はどうなっているんだろうか?
こいつらと戦うことを承知の上で来たわけだし、攻めあぐねている俺と違ってちゃんと戦っているとは思うが……というか、そうでないと困る。
これであっさりとやられて、【毒沼亜龍】×3を俺一人で相手しなきゃいけない、とかなったら笑い話にもならん。
泥に対処しつつも、横目で盗み見るようにチラっと視点を二人に当てて――
「……嘘でしょ」
思わす呟く。
そこに映った光景が、あまりにも予想外のモノだったから。
まず、シルビオ。
「ガ、シャ、ジャァ……!」
「ふん、どうした。キレがなくなってきたぞ?」
ドン!バン!ズバン!
音が響く度に、【毒沼亜龍】の巨体が揺れ、苦悶が漏れる。
シルビオが間断なく攻撃を叩き込んでいるのだ。
そう、毒泥で濡れた身体に容赦なく素手で触っている。
だというのに、シルビオの表情は涼しいままだ。
その理由は、おそらくシルビオのメインジョブ。
【護拳士】という俺の知らないジョブであり、戦いが始まる前は防御を主体とする派生なのかと思っていたが……この様子を見ると"拳を保護する"ジョブのようだ。
よく見るとシルビオの拳が淡い光を纏っているし、これで毒から守っているのだろう。
まさか【毒沼亜龍】をメタるためだけに就いた訳ではないとは思うが、これ以上なく嚙み合っていると言える。
そんな普通じゃない戦闘風景にも驚いたが、一番はそこじゃない。
シルビオの戦う姿が、とてつもなく
極まった武術は、よく芸術に例えられる。
無駄が極限まで削ぎ落された効率的な動作に、人間が美を見出すからだ。
シルビオの拳法は、まさにそれ。
踏み込み、拳を突き出す。
軽やかな足捌きで泥を避け、腕を振る。
まるで舞い踊るかのような洗練され尽くした動きに、戦場にも関わず見入ってしまいそうになる。
そして、ネフィリム。
こちらはインパクトで言えばシルビオ以上であり、またそのベクトルも正反対だ。
「ジャア、ァ……」
「ィヒ、アハ……!ヨ、ワイ、ネ?」
【毒沼亜龍】が苦悶の声を上げている――劣勢になっている点は同じ。
問題なのは、ネフィリムの姿。
大部分を漆黒の甲殻に覆われながらも、ところどころで赤黒い肉が露出した胴体。
胴体同様ほとんどが甲殻で構成された頭部。そこにあるべき眼球は存在せず、あるのは代わりと言わんばかりの空洞と裂け目のような大口、悪魔の如き巻き角。
そして胴体に手足として接続されているのは、骸骨の腕・怪鳥の翼・兎の脚・魔樹の根etc……十数個もの、モンスターのパーツ。
そこには、人見知りする幼女の面影などどこにもなく。
異形、
【毒沼亜龍】が必死に泥で攻撃するが、ネフィリムは顧みずに進行し、大鬼の掌で骨を握りつぶして狼の牙で鱗を食い千切る。
決して泥が効いていない訳ではない。
何らかの軽減スキルを持っているのか想像よりもダメージ量は少なく、少しずつ修復もしているようだが、それでも泥を受け止めた甲殻がひび割れ、飛沫に触れた肉が毒で爛れていくのは変わらない。
ただ、それを意に介していないだけだ。
自らへの損害など考えず、ただひたすらに敵を惨殺する。
その生物としてあり得ないさまに、本能が
……弱いと思っていたわけではなかった。
リアルでの付き合いからシルビオが天才だということは思い知っていたし、わざわざ連れてきて堂々と戦いに向かっていたのだから十分な勝率があるのだろうとも思っていた。
でもまさか、ここまでだとは……
その在り方はまさに対極で、でもその戦い方には人を惹きつけて止まないという共通点があって。
力を余すことなく振るい、圧倒・蹂躙していくその光景が。衝撃が。
「……ああくそ。そんなの見せられたら――昂ってきちゃうじゃん」
――俺の闘争心に火を付けた。
逸らしていた焦点を、目の前の【毒沼亜龍】に合わせ直す。
唐突に連れてこられた困惑も、事前知識に頼る理性も一旦捨て、ただ正確に彼我の実力差を図る。
……やっぱりそうだ。
【毒沼亜龍】は確かに、厄介な性質を備える強敵だ。でも、
勝率は十分に存在する。
気が動転していたのと資料にあった情報に踊らされて、勝てない相手だと錯覚して勝手に萎えていたが、実際はそこまでではない。
むしろ、全力を出せば勝てる可能性がある強敵という……俺の
「ルガリード以来ですね、楽しめそうな戦いは」
こなしたクエストは大繁殖した小鬼の殲滅が大半で、それ以外のモノにも強敵と呼べるモンスターはいなかった。
先日の【王小鬼】と小鬼の大群との戦闘は窮地ではあったが、6人全員が生き残ってクエストを達成することが最優先で、楽しむ余裕はなかった。
久しぶりに、胸が躍る。
「では、行きましょうか!」
「シャ……?ジャァ!」
《迎撃》をAGIのみに指定し、地面を蹴って沼の中の岩場に跳び移る。
防御に徹していた俺の唐突な方針転換に一瞬戸惑っていたようだが、決め手がなかったのは【毒沼亜龍】も同じであり、これ幸いにと泥の槍を一斉掃射する。
だが。
「ジャ……!?」
「はぁあああ――ッ!」
当たらない。
着地、跳躍、着地、跳躍――次々と岩場を跳び回り、一切停滞しない俺に、泥は追いすがることも出来ていない。
けれど、なにも不思議なことではない。
STR・AGIの二極化で対処していた時ですら若干遅く感じられていた泥に、《迎撃》をAGIのみに振った今、遅れを取ることはあり得ない。
それならば、とでも言うように、泥の動きが変わる。
俺そのものを狙っていた泥が、俺が次に着地する岩場を予測して、着地狩りを狙うようになったのだ。
着地点が限られている俺への対抗策としては妥当なものだ。
しかし。
「――《双つ薙ぎ》」
その程度では、止まらない。
レベルが上がったことで解放された【双術士】のアクティブスキルに、瞬間的に《迎撃》を切り替えて増加したSTRを合わせれば、飛沫すら残さずに泥を吹き飛ばせる。
着地狩りを阻止し、《迎撃》を切り替えて再度跳ぶ。
「――《尖貫》!」
「ジャァアアッ!?」
あっさりと着地狩りを破られ隙を見せた【毒沼亜龍】に肉薄、再度《迎撃》を切り替えたSTRと【槍士】カンスト時に解放された現在最大火力のスキルで、鱗を砕き、肉を抉る。
保険をかけつつの特攻だったため深手は与えられなかったが、少なくないダメージは入った。
守りに徹し、安全を確保しながらの戦い方では千日手だった。
必要なのは、リスクに晒されながらも確実にリターンを得る戦い方。
脅威となる泥から逃げ、打ち破り、《尖貫》を叩き込む。
勝利の道筋は見えた。
あとはこれを繰り返すだけだ。
「はあぁっ!」
「ジャッ!シャアァ……!」
段々と【毒沼亜龍】の生傷が増えていく。
それに対して、無傷のままの俺。
ダメージトレードでは完勝だし、傍目から見ても俺の優勢だろう。
でも、実情はそこまで余裕がある状況ではない。
(右斜め前、ダメ。左……直近は大丈夫だけど、後々詰む、ダメ。前しかないか)
何をしてるかと言えば、着地する岩の選定だ。
沼地内に点在する岩場だが、その位置間隔は均等ではない。
下手な所に跳べば、逃げ場がなくなってしまう。
高速で跳び続ける中、思考は一瞬で判断を下さなければならない。
それだけではなく、常に最大速度を出し続けなければならず、でこぼこで不安定な岩場へと踏み外さずに着地しなければいけない足。
進路を塞ぐ泥を打ち破り、【毒沼亜龍】に全力で攻撃を叩き込み続けた腕。
端的に言えば、全身に疲労が溜まりに溜まっている。
一つのミスで取り返しようもないほどに悪化するこの状況において、疲労は大敵だ。
鈍った思考が判断を誤り、袋小路に跳んでしまうかもしれない。
着地に失敗して沼へ落ちるかもしれないし、槍を取りこぼすかもしれない。
それを【毒沼亜龍】は理解しているからこそ、俺を休ませぬよう、ノーダメージでも攻撃の手を止めていない。
俺がミスを犯すか、それより先に【毒沼亜龍】のHPが削り切られるか、そういう戦いなのだ。
ミス一つ許されない重圧、苦境。
それを前にして俺は。
「あはっ、あははははっ!」
当然のごとく、笑い声を上げていた。
互いに力を出し尽くし、技を凝らした小鬼との死合とは違う。
自分で遊ぶ格上に対して、隙を突き寝首を搔こうとしたルガリードとのとも違う。
全てが自分の中で完結する、まさにゲームのような戦い。
相手との感情・意思のやり取りがない分、すこし淡泊だが、だからこそ際立つ純粋な楽しさ。
その新しい感覚が、心を躍らせる。
(……あれ?なんだろ、この感じ……)
そんな楽しさに湧き立つ心とは別に、冷静な理性が違和感を感じ取っていた。
今までの俺の動きは全て、綿密な思考のもとで行われていた。
岩場の配置を把握するのはもちろん、岩場のどこに着地すれば踏み外さないか、いつ攻撃をしかければ反撃を食らわないか。
だが今は、考える前に全てが
着地すべき岩場も体の動かし方も【毒沼亜龍】の隙も、思考によるタイムラグなく、手に取るように理解できる。
これは、数日前の指揮の時と同じような……いや、違う。
あの時は『指揮のやり方』がなぜか理解できただけで、実際に思考していた。
今はあの時よりもそう、ギアが一段階上がったような……そんな実感がある。
けれど、その感覚の核心に踏み込むより前に。
楽しさに突き動かされずっと動いていた身体は、【毒沼亜龍】をギリギリまで追いつめていて。
「これで、トドメです!」
「シャッ、ァァ……」
叩き込んだ渾身の《尖貫》が、【毒沼亜龍】のHPの全てを消し飛ばした。
□■□
「……それこそが、お前の輝きか。才覚を存分に発揮し、窮地を楽しみながら打ち破るその姿、なんと眩いことか。この世界がなければその輝きが曇り、打ち捨てられていたとすれば、誠に度し難いことよ。その点は、あの
……だが、まだそこが限界ではなかろう。お前の真の輝きをいつか我が引き出せてみよう。それまで待っていろ、
□□□
「ふぅ……なかなか、疲れましたね」
沼地から抜け出し陸地に着いた途端、気が抜けたのか全身の疲労を実感し、そのまま地面に寝転ぶ。
しかし今となってはその疲労は嫌なモノではなく、達成感を含んだ心地よい疲労に変わっていた。
あの感覚の正体が掴めなかったのは残念だったが、今はこの疲労に身を任せていたい。
「見事な戦いぶりだったな、火篝よ」
パチパチと拍手をしながら近づいてくるシルビオ。その肩には、幼女に戻ったネフィリムが乗っている。
疲労困憊な俺と違って、二人ともかなり余裕そうだ。
「危なげもなく倒していた貴方に言われても、素直に喜べませんよ……」
「何を言う。我が賞賛したのは、単純な強さではない。戦い方、それを実行する才覚、思考。全てをひっくるめてだ。ただ強いだけのモノなど、この我がたたえるわけがなかろう。安心して存分に喜ぶがいい」
「そ、そうですか。……ならまぁ、一応受け取っておきます」
「うむ」
相変わらずの尊大な態度だが、それでも褒められれば嬉しいものだな。
「これでクエストは達成ですか?」
「ああ。【毒沼亜龍】三体の討伐は完了。あとはギルドで報告するだけだ。報酬は我とネフィリム、火篝で二等分でいいな?」
「いいんですか?そちらが二体倒したというのに……」
「よい。誘ったのは我だからな」
「……なら、お言葉に甘えて」
これでこのクエストも終わりか。
シルビオの素が判明したり、唐突に亜龍級と戦わされたり、色々とあったな。
あとの問題は……今後も同じように強引に誘われないかどうか、だ。
今回ので満足したなら良いのだが、そうではない場合は今後も今日みたいに無理難題をふっかけられることとなる。ネタを握られている以上、断ることも出来ないし……。
「案ずるな。我から強制して連れ出すことはもうない」
そんな俺の思考を読んだようにシルビオが切り出す。
「我が知りたかったこと、見たかったことは今回で十分把握できた。お前の秘密も、決して漏らさぬと約束しよう」
「……それならまあ、一安心ですね」
シルビオ――瑠衣は奇人変人の類で傍迷惑な奴ではあるが、騙したり悪意ある嘘をついたりはしない。そういった所は信用できる人間だ。
こう言ったのならば、本当にもう脅すようなことはしないのだろう。
「では、帰るとするか」
「はい。そうしましょう」
「……んっ!」
「えっとその、ネフィリムちゃん。そんなに何度も分体を差し出されても、受け取ることは出来ないというか……」
「んんっ!」
□□□
ちなみに、亜龍級を三体倒しただけあって報酬はかなり高額だった。
具体的に言えば、二等分した取り分ですら、小鬼掃討クエストで貰った全額を超えている。
嬉しいやら悲しいやら……複雑だ。
火篝ちゃんは、一緒に戦う仲間がいる時など、状況によっては理性が強まって戦闘狂になりません
本能全開で戦闘狂してる方が本領発揮はするけど、その分勝つためならば安全とか考慮しなくなるのでリスクは跳ね上がる諸刃の剣的な感じもあります
【護拳士(プロテクト・ボクサー)】
拳士系統上級職。AGIが最も高く、STR、ENDもある程度上がる
今回のような毒や棘で防御した触れづらい相手に気にせず攻撃できる上、雷や闇属性魔法などの本来は避けるしかない攻撃を迎撃することも可能
ただし便利な分、前衛上級職の平均よりステータスがだいぶ低く、保護できるのは拳だけ(スキルレベル最大でも肘あたりまで)で、爆発が直撃すると拳だけが残ってたりするので、あまり人気ではない
シルビオの場合はネフィリムと彼特有の■のおかげでステータスを度外視できるため、利便性を求める一環で就職した
【命喰天姫 ネフィリム】
TYPE:メイデンwithチャリオッツ・ガードナー
能力特性:強者化
モチーフ:堕天使と人の間に産まれ、共食いで強く大きくなった聖書の巨人たち“ネフィリム“
備考:ネフィリムは肉や魚、乳などの動物由来のものしか食べない
実はシルビオ自身に"強くなりたい"という願望はほとんどなく、彼の■が強く影響した結果、このような〈エンブリオ〉となった
《堕天を血肉に》
生み出した分体に寄生された存在のスキル効果を増加し、ステータスが上昇した際にその数値を増加させる。
分体は形態数×20体生み出せる。
《■■■》《■■■》
《堕天を血肉に》を前提とするスキル。
ガードナー時の異形化と関係がある。
詳細秘匿。