□〈緑花草原〉【迎撃者】水無月 火篝
シルビオとのクエストから3日。
現実では、あと二週間のところまで夏休みが迫っている。
楽しみ……ではあるのだが、夏休みを安心して迎えるためには避けては通れない壁がある。
そう、期末考査だ。
俺が通う高校の学力レベルは結構高いので、余裕こいて勉強を怠ると悲惨なことになる。というか、中間考査で実際になった。
まったくしなかった訳ではないので赤点こそ取らなかったが、中学と変わらない感覚で勉強していると痛い目を見ることは学習した。
そのため、勉強時間を確保するべくここ数日はデンドロへのログイン時間を十数分程度に制限している。
……いや、ログイン自体せずに勉強しろって言いたいのは分かる。
でも本当に息抜き程度なので、大目に見てほしい。
どうせずっと勉強しようとしても、集中力なんてそう長く続くものではないし……。
そんな短時間のログインなので、3倍時間があったとしてもそう大したことはできない。
しかし、こんな時だからこそやれることもある。
「キュゥッ」
「キュイィ……」
「終わってしまいましたか。……やっと4分の3まで来ましたね」
光の塵に還る【大鼠】×2を尻目に、開いたメモウィンドウに印を付ける。
なにをしているかと言えば、今の戦闘で発動した《迎撃》の数をカウントしているのだ。
俺のメインジョブである【迎撃者】、その上級職の【
一つ目は、【迎撃者】をレベル50にすること。これはとっくに達成している。
二つ目は、HP・MP・SPを除いた素のステータス合計が2倍以上の相手を、《迎撃の心得》を使った上でMVP撃破すること。
レベル50になった時点ではまだ達成しておらず、サブジョブのレベル上げが終われば適当な相手を探し出して倒そうと思っていたのだが……シルビオに連れていかれた先で倒した【毒沼亜龍】がちょうど条件に該当していたため、予想していない形で達成となってしまった。
まあ、予定が乱れたといっても良い方向への乱れなので、この点はシルビオに感謝してもいいかもしれない。
そして、三つ目。《迎撃の心得》を一定回数以上発動すること。
この条件がまだ達成できていないため、俺は【大迎撃者】になることができていなかった。
迎撃者ギルドの受付のお姉さんいわく、レベルは50になったというのに《迎撃》を規定回数以上に使っていないのは珍しいことらしいが……そうなった理由は、恐らく俺が〈マスター〉だったからだろう。
一度死ねばそこで終わりのティアンと違って、一度死んだところで生き返る。
だから安全な相手――レベルが低く経験値が少ないモンスターだけを相手取らなくてもいいし、経験値が分散されるパーティを組まず、ソロで活動してもリスクは少ない。
さらには、エンブリオの補正のおかげで同レベルのティアンに比べてステータスが高いから、レベル的には格上のモンスターを相手に立ち回り、より多くの経験値を手に入れられる。
……こうやって改めて考えてみると、なかなかに反則的な存在だよな、〈マスター〉って。
しかし、レベル上げがサクサク進む分、相対的に減っていくのが戦闘回数だ。
戦闘回数が減れば、それだけ《迎撃》の使用回数も減る。
その結果が、レベルカンストながらも《迎撃》の使用回数を満たさない【迎撃者】というわけである。
《迎撃》の回数を稼ぐ方法は簡単だ。
モンスターを探しまわり、エンカウントしたら延々と《迎撃》のオン・オフを切り替え続けるだけである。
当然モンスターは俺を襲ってくるが、回数を増やすために殺さない程度に迎撃し、出来る限り戦闘を長引かせる。
ある程度時間が経つと、俺にまともに戦う気がないことをモンスターも察して逃げ出そうとするので、それで1セット終了だ。一応、ドロップアイテム目当てに逃げ出そうとするモンスターは倒しておく。
目の前にモンスターがいるだけでいいなら逃げようとしてもずっと足止めしておくのだが、戦意を喪失していると《迎撃》の発動条件から外れてしまうので仕方がない。
あとはまたモンスターを探し出して……の繰り返しだ。
「……ん?」
手帳をしまい、倒してしまった【大鼠】の代わりとなるモンスターを捜すため走りだそうとして――ふと気付く。
ティレシアスの範囲内に男が入り込んでおり、俺のいる方向に歩いてきていた。
年は20代後半から30代前半あたりか。
まだまだ若々しく精悍な顔つきだが、どこかくたびれてるようにも感じられる。
モンスターの素材が織り込まれた戦闘用の着物と腰に帯びた刀から、男は前衛の戦闘職だろう。左手に紋章はないからティアンだ。
ここは将都近くのフィールド。俺以外にもレベル上げ・素材集めをしている人は当然いるし、〈マスター〉・ティアン関係なく何度かすれ違ったこともある。
別におかしなことはない。強いて言えば、ティアンなのにソロなところは珍しいが、それだけだ。
なにもおかしくないはずなのに……なぜだか俺の心はざわついていた。
とはいえ、露骨に避けていくのはよくない。逆にこっちにやましい思いがあるように見えてしまう。
『とくに何も思ってませよ』という態度を取り繕って男とすれ違い――
「シッ!!」
「……っ!」
首元に迫った白刃を背中から抜きとった――準備していた槍で受け止める。
まさかとは思ったが、ほんとうに辻斬りだったのか……。
「……ふん!」
「くっ」
鍔迫り合いのような態勢での膠着状態は、辻斬りからの押し込みで崩された。
力負けした俺は追撃をされぬよう、押された勢いも利用して跳び下がる。
この力負けというのは、文字通りの意味だ。
辻斬りのSTRが、《迎撃》込みの俺のSTRを上回っている。
襲われると同時に《看破》してみて驚いた。
MP以外のステータス全てが、俺より200も300も上だったのだ。
辻斬りのメインジョブは【剣豪】。合計レベルは150。
いくら俺の方が下級職×3の合計レベル115だとしても、エンブリオの補正、《迎撃》のバフがありながらここまで差が開くなどありえない。
パッと連想するのはエンブリオだが、辻斬りはティアンだからそれではない。
だとすれば恐らく、エンブリオにも匹敵すると言われる特殊な装備――
ティレシアスの看破が適用されるのは生物だけ。
どの装備がそれかも、どんなスキルを持つかも分からない。
ただ一つ言えるのは、先程までより一層気を引き締める必要があるということ。
なぜならば。
それこそは、俺が果たせなかった"〈UBM〉討伐"という偉業を、この辻斬りが成し遂げたという証明なのだから。
□□□
「はぁッ!」
「う、くぅっ!」
戦いは、終始俺の劣勢だった。
逆袈裟斬りが腹をかすり、続けて繰り出された突きの連続を捌ききれず二の腕を抉られる。
双槍を振り回すも、その全てはいなされ、躱され……しかし、そのおかげで距離は稼げた。
「ハッ、ハッ……ハ……」
一旦場をリセットし、乱れた呼吸をどうにか整える。
だが、うかうかとはしてられない。
今も辻斬りがこちらの隙を伺っているのがひしひしと伝わってくる。
好機と見られれば、すぐにでも斬りかかってくるだろう。
……なぜ、ここまで苦戦しているのか。
ステータスが俺より高いからか?
違う。それだけで苦戦するようなら、【毒沼亜龍】に勝ててなどいない。
技量が凄まじいからか?
違う。この辻斬りが、人並み外れた才覚を長年に渡るたゆまぬ努力で磨き上げてきたことは、太刀筋から否が応でも感じ取れる。
けれど。最近自覚してきたことだが、どうやら俺には戦闘の才能があったらしい。
遠目から他のマスターやティアンの武芸者を観察したり、リアルに上げられた動画を見てみたりしても、俺ほど動ける人間は少なかった。
現在の戦いにおいても、辻斬りの動きを理解し、目で追うことは十分に可能だ。
また、どうやら辻斬りも本調子ではないようだ。
技の冴えは良いのに、どこか身体がそれに付いてきていない様子がある。
スペックだけで考えれば、もっと良い勝負をしていてもおかしくはない。
それでも俺がここまで苦戦しているのは、ひとえに……
「……太刀筋に迷いがあるな。もしやそなた、人と殺し合うのは初めてか?」
「……!」
今まで一度も話そうとしなかった辻斬りの言葉に――そしてなにより、今の心中を言い当てたその内容に、ビクリと身体が震えてしまった。
戦闘を始めた当初は、俺も今まで通りに戦おうとしたのだ。
だが、これまでモンスターを相手にしていた時と同じようにいかなかった。
斬りかかろうとする度に、これまで出会い、仲良くなったティアンたちの顔が頭を過ぎる。
目の前にある命をが、一度失われればもう二度と帰ってこないモノなのだと、思い出してしまうのだ。この辻斬りにもまた、俺のような誰かに大事に思われているのかも、なんてことを考えてしまうのだ。
そうなるともう駄目だった。
どうしても太刀筋が鈍り、隙を見つけてもそこに反撃を差し込めない。
その結果が、この劣勢を招いていた。
静寂があたりを包み込む。
攻撃が出来ない俺では襲いかかったところで隙を見せるだけ。だから動かない。
けれど、そんな制約がないはずの辻斬りもまた、これまでの勢いが嘘だったように動かず、正直言って不気味だ。
生まれたこの膠着をどうするか、思考を重ねて――
「……1つ」
「え?」
「先達として、1つだけ忠告をしよう」
辻斬りの言葉によって、その思考は一瞬で破壊された。
……どういうことだ?辻斬りが、襲いかかった対象である俺に、忠告?
「そなたは、なんのために武器を握った?
富、名声を得るためか?武芸の神髄を極めるためか?家の存続のためか?あるいは、大事な者たちを守るためか?
いずれにせよ――武器を握ったなら、迷うな、躊躇るな。ここは
刃をもって願いを叶えようというならば、覚悟を決めろ。己のために誰かを害する覚悟を。
……決まらぬというならば、武器を捨て街へ戻るがいい。それが、そなたのためだとなろう」
混乱しきりの俺へと矢継ぎ早に述べられた言葉の数々。
その一言一句に込められた重さによって、頬を打たれたかのように思考がクリアになっていく。
そして同時に、投げかけられた言葉へと思考がのめり込んでいった。
――なんのために武器を握った?
……最初は、これまでのMMOでも戦闘職をしていたから、なんて軽い動機だった。
でも。初めての戦闘で、小鬼と戦って。
この世界で生きたいと。この世界の住人と同じ立場で戦闘を楽しみたいと、そんな"願い"を抱いたのだ。
……ああ、そうだ。思い出した。
それが、今も変わらぬ俺の願いだった。
だというのに――なんで俺はこんな
「……お主ら
うつむいて腕の力を抜き、沈黙したままの俺をどう解釈したのか。
辻斬りが俺へと歩み寄り、刀を振り上げる。
その言葉通り、一太刀で殺すつもりなのだろう。
なににも邪魔されず、刀が振り下ろされ――
「……」
「……こふッ」
信じられぬと目を見開く
”トドメの一撃が最も油断に近い”とは、なんのラノベの台詞だったか。
その言葉通り、トドメを刺そうとしていた辻斬りは、するりと懐に入り込んだ俺に対応することもできずに、背中から二本の槍を生やす羽目となっていた。
「ぅ、ぁが……」
刀を取り落とし、よろよろと後退る辻斬りを冷静に眺めながら、その辻斬りのおかげで気付いた
思い違いは2つ。
1つは、
それら自体は間違いではない。
だが、そんなことは
今まで俺が殺した【小鬼】も【毒沼亜龍】も、失われて帰ってこない。俺が殺そうとした【ルガリード】は、たくさんの弟子たちから大事に思われていた。
その観点で言えば、ティアンとモンスターは結局のところ同じモノ。
であるならば、モンスターとの戦闘を楽しめて、殺せて――ティアンと戦えない、殺せないなど、そんな道理はない。
そして2つ目が、ティアンを殺さずにいることが"この世界で生きること"の否定であると気付いていなかったこと。
辻斬りが言っていたように、天地に生きる武芸者たちは個人・組織問わず、人同士の殺し合いを日常としている。
そんな世界で武芸者として生きていきたいというなら、人を殺すことを躊躇してはいけない。それでは、俺の抱いた”願い”は叶わないのだから。
「……苦し紛れ……という訳では、ない、な。……これで、新たなる強者が芽吹いたか」
刺さった槍が肺を傷つけたのだろう。
血反吐を吐き、満足に息も吸えないような状態で……それでもなお、辻斬りは言葉を紡いでいた。
「くくっ……これで我の人生も、終わりか。……当然だな。我が抱くは願いではなく、ただの未練。どのみち、叶わぬモノだったのだから……」
《看破》に表示されるHPが、止まることなく減っていく。
辻斬りの言葉は次第にうわ言の体を成していき、もはや目の前にいる俺のことを認識しているのかすら怪しいものだ。
「あぁ、だが……最期は、あいつの手、で――」
最期の言葉を言い切る前に、辻斬りは仰向けに倒れ込む。
……ステータスを表示しなくなった《看破》が、そこにあるのが既に
「……」
そんな死に様を、俺はなにをするでもなくただ見つめていた。
思い違いに気付き、辻斬りの言葉を借りるならば覚悟を決めた。
だが、たったそれだけで、それまでの葛藤が全て消え去るわけではない。
後悔ではない。嫌悪でもない。
表現できない感情が胸を渦巻いていて、体を動かせそうになかった。
けれど、いつまでもこうしてはいられない。
無理やりにでも体を動かすべく、やるべきことを探して――辻斬りの体に歩み寄る。
真横まで行くと、辻斬りに刺さったままだった槍に手を伸ばし、思い切り引き抜いた。
モンスターとの戦いで散々経験していたはずなのに、槍を通して伝わってきた肉の感触に思わず顔をしかめてしまう。
……やっぱり、心の奥底ではまだまだ割り切れていないようだ。
槍を引き抜いた後、続いて辻斬りの懐をまさぐる。
こいつの境遇からするとあるかどうかは五分五分だったが……ほどなくして、目当てのものが見つかった。
それは、箱型のアイテムボックス。
フィールドに出るティアンが持ち歩き、自分が死んだら生き残った仲間に収納してもらって家族や故郷に送り届けてもらうという、いわば”棺桶”だ。
もしフィールドで放置された遺体を見つけたら、可能であれば回収して欲しい、そう茜ちゃんに聞かされていたティアン独自の風習である。
自分が殺した相手の供養をするなど、人によっては笑うかもしれない。
だが、己の願いのために誰かの願いを踏みにじったのだとしても……いや、だからこそ、最低限の礼儀は持つべきだと、俺は思う。
これからも俺はきっと、誰かの願いを踏みにじり、殺していくのだろう。
それでも、この思いだけは忘れたくない。
遺体を収納したら、アイテムボックスを冒険者ギルドに届けるために、将都に向かって歩き始める。
色々あって、精神的に限界が来そうだ。
これを届けたら、今日はもうログアウトしよう……って、そうだ!
「これ、テスト勉強の息抜き目的だったのに……」
正直、テスト勉強に身が入る気がしない……。
天地が舞台な中、火篝ちゃんを世界派にした時点で、いつか書かなきゃいけないと思っていた話です
ただ、そんな重要な話であるためか、まったく納得できずにずっと書き直してました
"書けなくて進捗が進まない"ではなく、"書いてるのに進まない"のは初めての経験だったと思います
ちなみに、火篝ちゃんが作中の通りに覚悟を決めた、あるいは覚悟が決まってしまったのは、"【小鬼】や【ルガリード】に会っていた" "天地だった"という2点が大きいです
ティアンと同じように、モンスターとも心・言葉を交わしていたから
馴染もうとした世界が、人が殺し合うことを常識とした国(世界)だったから
これらがない世界線、それこそアルター王国などから始めていたら、ティアンを一切殺さないでデンドロをプレイすることもありえたことでしょう
あと辻斬りについてですが
"事情を知らない相手を殺すこと"が重要だろう、ということで作中ではほとんど語りませんでしたが、妄想が膨らんでしまい、結構な量の設定を作ってしまいました
腐らせておくのももったいないので、『設定集』のところに載せておきます
興味がある方は読んでみて下さい