□〈魔香森丘〉 【大迎撃者】水無月 火篝
隠蔽を見破られ、追跡される時に使われるそのスキルは、"悪性結界"と仮称されている。
展開された結界から逃れられなかった者は、【猛毒】や【混乱】、【麻痺】など、強弱様々かつ、ランダムな状態異常を付与されるという強力な効果。
しかもその判定は発動時の一度だけではなく、10秒間隔で、最長5分間続く。
一般的に、状態異常対策の装備品は『広く対策できるが、防げるレベルは低い』『狭くしか対策できないが、防げるレベルは高い』『広い範囲を高いレベルで防げるが、回数制限のある使い切り』の3種類。
そして"悪性結界"は狙ってか偶然か、この全ての対策を突破する仕様となっている。
受けた上で対策をするのなら、状態異常回復の専門職――天地においては【巫女】などを連れて来ざるを得ないが……そうしたジョブをメインにしている者たちでは、逃げる【アイラマティ】の速度に付いていけない。
乗り物を使えばそれも解決できるが、複数人を乗せられるような乗り物は、森という地形によって動きがかなり制限されてしまい、本題の追いかけることが難しくなる。
結果的に、"悪性結界"を使われた上でそれでも追跡を続けられるのは、発動を見てからでも回避ができる、ごく一握りの速度特化だけ。
討伐を目論む9割がここで脱落するだろう。
かくいう俺も、俺1人ではその9割の仲間入りだ。俺が【アイラマティ】に挑むのを止めた理由のほとんどがこれにある。
――しかしそれも、
「……どうだ?」
「状態異常の発症数は0。対策成功です」
「よっし!第一関門突破ぁ!」
こうして、1割の方へ入り込める。
「よかったぁ……ありがと、エサルハドン」
『……』
リュージャの後ろに控える、まるで影がそのまま立ち上がったような黒い人型がコクリと頷いた。
彼?がリュージャの〈エンブリオ〉。
TYPE:ガードナー【凶傷護民 エサルハドン】。
《
リュージャの従属キャパシティをコストに顕現する【エサルハドン】は、〈マスター〉であるリュージャとそのパーティメンバーが受けるあらゆる不利益――ダメージやデバフ、状態異常を、HPダメージとして肩代わりする。
従属キャパシティという追加コストと、【エサルハドン】が倒された場合に一定時間従属キャパシティを使用不可にする制限がある代わりに、そのHPはそこらの上級職でも追いつけないほどの数値となる。
状態異常を防ぐでも治すでもなく、【エサルハドン】に代わりになって貰うことで強引に突破する。それが俺たちの立てた"悪性結界"の対策だった。
「HPの減少速度も想定通りですね。このペースであれば、討伐まで保つでしょう」
「ふふっ、やはりお役に立てるというのは嬉しいものですね~」
「ええ本当に」
とはいえ、【エサルハドン】単身では"悪性結界"を乗り切ることはできない。
いくらHPが膨大とはいえ、6人分の状態異常を受け続ければさほどかからずに削り切られるからだ。
マリアと俺に任された役割は、それを補助すること。
まず、俺の《
第Ⅲ形態進化時に習得したこのスキルは2つの効果を内包している。
いや、正確には、"本命"の効果と、"本命をより効果的に扱うため"のおまけの効果がある、と言うべきか。
しかし今必要なのは、そのおまけの方だ。
『結界内において発動した、任意のスキルの効果を2倍にする』。
第Ⅰ、第Ⅱ形態までとはうって変わってのバフ系。しかも、本命の方もこれと違う系統かつ、同じくらい突拍子のない効果である。
まったく、どういう理由でこんな進化をしたのやら……。
まあ、それは今は置いておこう。
重要なのは、この効果の対象条件が、結界の中で発動するだけなこと。
展開の起点である自分は勿論、敵のであろうと味方のであろうとスキルの強化ができる。
そしてこの《祝罪》で強化するのがマリアの〈エンブリオ〉、TYPE:テリトリー【母神恩寵 デメテル】のスキル、《母神の抱擁》だ。
『最大6人を対象に、HP・MP・SPいずれかの自動回復を付与』という、これだけならどこにでもありそうなスキル。
特徴的なのが、対象数を増減させると回復量も増減すること。
それも反比例ではなく、対象数を減らせば減らすほど、飛躍的に回復量が上がっていく。
その回復量、1人を対象にすればなんと30倍。
複数対象でありながら、ただ1人を対象にした方が強いという珍しい仕様になっている。
この《母神の抱擁》を《祝罪》で強化して【エサルハドン】に施すことで、"悪性結界"によるHPダメージはほぼ相殺できる。
完全にではないのでジリジリとHPは減ってしまうが、追いつくまでの猶予としては十分だ。
『……ッ』
3つの〈エンブリオ〉による
たしかに"悪性結界"を受けたはずがお構いなしに突き進む【アルゴー】に、【アイラマティ】も心なしか驚いたように身を震わせた。
『……。――』
そうしている間に差は縮まっていくが、動きを再開した【アイラマティ】の次なる妨害が来る。
【アイラマティ】の周囲に浮かび上がる炎弾、水刃、岩槍、etc。
ありとあらゆる属性の魔法が起動し、一斉に飛来する。
"悪性結界"を乗り越えたと思えば、次に向けられるのがこの魔法の弾幕だ。
先程も言ったが、ティアンで"悪性結界"を抜けようとすれば速度特化しかない。
しかしその追跡は、この弾幕によって足止めされる。
間を抜けられるようなヌルい密度じゃないし、避けようと横に移動すれば、その間に【アイラマティ】は追跡を振り切って逃げてしまう。
そして、こんなにバラまいておきながら、それぞれの魔法の威力は普通に上級クラスなのだ。
無理やり突っ切ろうにも、速度特化がそんなことをすればどうなるかは……想像に難くないだろう。
今度は俺たちも、真っ向から飛び込むことはできない。
【エサルハドン】のおかげでダメージを即座には食らわないが……こちらの回復は"悪性結界"だけでやっと相殺なのだ。
ここに魔法のダメージが加われば、辿り着くまでに【エサルハドン】が倒れてしまうのは確実。
――だからここからは、
ヒュゥゥゥ、ドドォーン!!
空気を引き裂きながら飛翔する
発射地点にいるのは、百間狭。
「【アイラマティ】。貴様は特に罪を犯したわけではないが……この世界に俺の求める"美少女百合空間"を作り上げるという大望を成すため、貴様を爆殺し、その礎としよう!」
なんか恐ろしいことを口走りながら、左手の紋章より次々とミサイルを取り出し、間髪入れずに発射していく。
搭載された
弾幕へ対抗するにはどうすればいいのか。
簡単なことだ。こちらも
冗談のようだが、今回に限ってはこれが最良である。
別の手段として考えられるのはバリアや盾で弾幕を"防ぐ"ことだが……残念ながら、追いつくまでの間、上級魔法を雨あられと撃たれても問題ないような〈エンブリオ〉が今回はいなかった。
そのため、防ぐのではなく"迎え撃つ"ことが決められ、その役割に選ばれたのが百間挟でありその〈エンブリオ〉、TYPE:アームズ【爆神装 シヴァ】だった。
いわゆる生産系〈エンブリオ〉である【シヴァ】のスキル《拒みし悉くを爆壊せよ》は、見ての通りミサイルを生成できる。
このミサイル、威力、射程、速度、搭載する機能などを百間狭の任意でカスタマイズできるのだが……総合的な性能上限があり、ある要素を高めれば他の要素を低くする必要がある。
当然と言えば当然の制限。
その上で【シヴァ】が選ばれたのは、この制限を取っ払うことができるからだ。
通常の消費に加え、HPやアイテムを捧げれば捧げるほど、出来上がるミサイルは高性能になる。
それこそ、上級魔法に匹敵する速度と威力を備えた上で、魔法だけを対象にした誘導機能を搭載できるほどに。
威力を上げれば発射レートや撃てる回数が減るのが普通なところも、事前に量を生成して紋章にしまっておけばそれもない。
結果として、魔法とミサイルの弾幕はどちらも途切れることなく、色鮮やかな閃光と爆音を散らす拮抗状態を作り出していた。
「うひゃぁ……スゴい光景だ……」
「リュージャさん、呆けずに!私たちも続きましょう!」
「えっあっ、はい!」
鏡石さんから預かった巾着、その中から紙束を取り出し、一枚取り外す。
「「《勅》!!」」
その紙――呪符を構え、起動ワードを唱える。
【アルゴー】の眼前に半透明な壁が展開され……爆煙を突き破って現れた光の矢と衝突し、対消滅。役目を終え、燃え尽きた符とともに消えていった。
この呪符は、【陰陽師】や【巫女】がよく使う符とは別種のアイテムだ。
彼らの符が魔法の発動を補助する役割なのに対し、こちらは呪符が主体となって魔法を発動するため、少量のMPさえ流せば、魔法スキルを覚えてなくても魔法を使うことができる。
この符は百間狭が撃ち漏らした魔法に対応するために用意された。
ミサイルの弾幕とて、全ての魔法を漏れなく相殺できるわけじゃない。
光属性や雷属性などのように弾速が桁違いな魔法、物理的な干渉ができない闇属性、あとは、単純に数が多くて取り零したやつ。
魔法の総量から比べればなんてこない数ではあるが、放っておくことはできない。
俺とリュージャがこの役割を任されているのは、言ってしまえば消去法だ。
少量ではあるが確実にMPを消費しなければならないので、それぞれの役割にMPを使うマリアと霧鮫は除外。桃金浦と百間狭も手が埋まっている。
となれば、見つけるまでが主な役割な俺と、ガードナーが役割の主体でMP消費もないリュージャがやるしかない。
壁や盾を絶え間なく展開し、攻撃魔法で迎撃もしながら、【アイラマティ】を注視する。
"悪性結界"は無効化し、魔法弾幕に対処し、逃走にも食らいついている。
ここまでは俺たちの作戦・相性勝ち。
だから、問題なのはここからだ。
「なぁ。このまま倒せると思うか?」
「……正直、不安ではあります。倒せて欲しいですけど……」
百間狭のミサイルと、鏡石さんが渡してくれた呪符。これらで、対策としてもってきた俺たちの手札は全て出し尽くした。
今のところ判明している能力については、全て対処できている。
だが……もし、判明
保険は用意してある。
それでも、ないならないに越したことはない。
これまでとは違う動きがあったらすぐに警告できるよう、【アイラマティ】を見続けて……。
「――距離、50mを切りました」
「うっし!目標到達だ!」
何も起こらないまま、目標としていた距離を突破していた。
「なんだ。意外とあっさりだったな」
「そ、そうですね……私、なにもしてないような気もします……」
「だからといって油断はしないようお願いしますよ。特にあなたは、手元が狂えば全員お陀仏なのですから」
「わかってるって!」
――本当に、これで終わりなのか?
湧き立つメンバーを横目に、1人考え込む。
あまりの拍子抜けさに、むしろ嫌な予感は強まって……。
……いや、大丈夫なはずだ。
ここまで接近してしまえば、あとはトドメを刺すだけ。
そして、そのトドメは外しようがない。
「霧鮫さん、あとは頼みます」
「うん!私たちに、任せて……!」
これまでずっと、ただ待機していた……いや、待機しながらも、ギリギリまで
「いくよ、エヌちゃん……!」
目前に掲げた左手、その紋章から怒涛の勢いで水が噴き上がる。
空中で集まった水球はボールサイズを超え、人間大を超え――【アルゴー】すら上回るほどに膨れ上がっていく。
エヌ――【水成神母 エヌマ・エリシュ】の保有するスキルは2つ。
第1スキル《
現在の霧鮫のHPは、たったの1桁。MPとSPにいたってはなんと0。
今の今まで、回復するたびに変換を続けていた証拠だ。
そして、そのコストを消費し、ガードナーを生成するのが第2スキル。
「《
『…………!!!』
水球がうねり、胴を、翼を、嘴を……仮初の肉体を象っていく。
産まれるガードナーのステータスとスキルは、それぞれ消費した父水と母水の量に比例して強くなる。
あれだけの水を消費すれば、普段使役する亜龍級を超え、純龍級、その中でも上位に位置するほどの力を持つだろう。
けれど……まだ足りない。
「《祝罪は行いに呼応せり》!」
ゆえに、強化を上乗せしていく。
2倍のブーストを加えられた水球は、ドクンと、一際大きく脈を打ち――
『KIIIAAAAAAA!』
ここに、伝説級の蒼鳥が産まれ落ちた。
『KYAAAAAA!!』
生誕の余韻に浸ることもせずに、一直線に【アイラマティ】へと飛ぶ蒼鳥。
《交わり産まれる神性》で生成されるガードナーには、時間制限がある。
それはガードナーが強ければ強いほど指数関数的に短くなり、亜龍級で3分、伝説級である蒼鳥であれば恐らく3秒にも満たないだろう。
その制限を理解しているからこそ、〈マスター〉の望みを叶えるべく、一心不乱に突き進んでいる。
普通であれば、どれだけ強かろうと、3秒未満の命で出来ることなどたかが知れている。
だが、一撃でも与えれば倒せるほど本体が脆い〈UBM〉を相手に、50mまで近付いたこの状況ならば。
それは決定打となる。
『――』
【アイラマティ】が魔法を起動するが――遅い。
蒼鳥のAGIは1万を超えている。体感時間を加速した俺でやっと目で追えるほどの速さに、魔法は形になることすらできず。
キュィ、パリィィイン。
『……』
常時展開されながら、最後の砦として隠され続けていた防御障壁も、提供された情報を元に、母水を消費して付与されていた防御貫通のスキルによって容易く破られた。
最早打つ手のなくなった【アイラマティ】へと、蒼鳥の嘴が突き立てられ――
〈エンブリオ〉のお披露目オンパレードでどうしても説明が増えてしまう分、途中で分けようかなとも思いましたが
上手く切れ目が作れずに結局諦めました…
【凶傷護民 エサルハドン】
TYPE:ガードナー
特性:身代わり
モチーフ:「身代わり王」の儀式を実践したことで知られるアッシリアの王"エサルハドン"
ガードナー体:実体のない人型の影
《身捧ぐ民草》
ガードナーに自身とパーティーメンバーの受けたダメージと状態異常、デバフをHPダメージとして肩代わりさせる。HPが0になると消滅する。ガードナーへの直接干渉でHPが減少することはない。
ガードナーは従属キャパシティをコストとして生成され、最大HPが消費したキャパシティに比例する。
ガードナーが消滅した場合、一定時間、消費していた従属キャパシティが使用不可になる。
備考:今回はできるだけHPが高い単体が必要だったため従属キャパシティを一度に全てコストにしていたが、何回かに分けて消費することで、複数体の【エサルハドン】を生成することもできる。
【アイラマティ】討伐メンバー
索敵・強化・■■担当:水無月火篝 【盲目視眼 ティレシアス】
輸送・追跡担当:桃金浦 【踏破船傑 アルゴノゥト】
魔法迎撃担当:百間狭 絶許 【爆神装 シヴァ】
回復担当:マリア 【母神恩寵 デメテル】
状態異常担当:リュージャ 【凶傷護民 エサルハドン】
攻撃担当:霧鮫 【水成神母 エヌマ・エリシュ】