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■【到極匠眼 アイラマティ】
長い年月をかけ、【アイラマティ】はいくつもの国を訪れた。
200年経っても、人も景色もさほど変わらないレジェンダリアに少し呆れたり。
アルター王城の威容やギデオンの立ち並ぶ闘技場に感嘆をこぼしたり。
ドライフ皇国の機械技術の発展に驚き、カルディナでは広大過ぎる砂漠を渡るのに辟易して……それは【アイラマティ】が人の身ではないということさえ除けば、至って普通の旅であった。
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また、【アイラマティ】が目にするのはそうした自然や風景だけではない。
『KyURurUuuuu!』
「いい加減止まりやがれ、タイヤ野郎!
――《スペクトル・カノン》!」
ある日、アルター王国のとある平野部では。
鏡面に空や草原を反射させながら縦横無尽に転がり続ける車輪を、魔術師然としたローブの青年が風や岩、闇などで形成された砲弾によって食い止めようとする光景が繰り広げられており。
【アイラマティ】は、それを少しばかり離れた茂みの影から観察していた。
(【鏡輪爆走 フォーミラー】……すごい移動速度だけど、あれって《念動》の一種だよね?――《テレキスエンジン》、発揮AGIは最大で3万!?銘に違わぬ爆走具合だね……。
でもそんな出力していたらMPなんていくらあっても足らなそうだけど――ああ、こっちで賄ってるんだ。摩擦が発生する度にMPを補給する《フリクション・フェール》か。
うーんこっちはどうやっても私に真似はできなそうだなー。私の耐久で擦れたら、摩擦が発生する云々以前に粉々になっちゃう。
大人しく《テレキスエンジン》の方だけ使わせてもらおうかな)
モンスターが戦闘していれば観察し、スキルを解析、模倣、調整する。
それはもはや一種の癖であり、"【覇王】を倒せるほど強くなる"原初の目的がなくなった今でも変わらず続いている。アイラと繰り返した育成の日々を思い出せる、というのも要因の1つかもしれない。
(青年の方は【賢者】。上級職であの若さなのに、オリジナル魔法を作り出すなんてやるね。
――《虹輝魔法》、複数の属性を一度に発動させる魔法か。詠唱も一回で全部に補正が乗るし、別々の魔法を発動させるより消費も少ない、優秀な魔法だね。【フォーミラー】に反射されないよう、エネルギー系を避けて物理系の属性に固めるようなカスタマイズもできてるし。
これは良い魔法を学習させてもらったなー)
幾千幾万の努力と試行錯誤の末に辿り着いたことがありありと分かるオリジナル魔法を、観察しただけで学習される。
それは本人に知られれば激怒されてもしかたない所業だったが……青年がその事実を知ることはない。
【アイラマティ】が、決して自らの存在を明かさず、隠形に徹しているからだ。
【アイラマティ】の戦闘力は低くない。むしろ、アイラには【未完之魔眼】の時点で〈UBM〉にも勝てる、と太鼓判を押されるほどには強い。
仮にこの戦いに乱入したら、一人勝ちできる可能性も高いだろう。もしかしたら経験値を得るだけではなく、〈UBM〉としての格も上がるかもしれない。
けれど、しない。
【アイラマティ】の目的は強くなることではなく、あくまでアイラの願いを叶えること、世界を旅すること。
そのためには、なんにしろまず生き延びる。
負ける可能性があるなら、徹底的に避ける。
今とて、観戦しながらも逃走する準備は怠っていない。
どこまでも創造主の願いを叶えるために動く。それが、ずっと変わらない【アイラマティ】の全ての
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旅を始めてから、400年ほど。
合間合間に、危険のほとんどない格下のモンスターを狩って力を貯めた【アイラマティ】は伝説級へと昇格。
黄河のほとんども周り、残すは天地とグランバロアだけ……という時だった。
『……マズイね、これ』
順調だと思われた旅に、歯止めがかかってしまう。
その問題を端的に言い表すとすれば――"容量不足"だった。
400年間の旅の中で、【アイラマティ】は多くのモノを記録してきた。
街並みや自然の風景、人々の暮らし。あるいは、ジョブの特徴やモンスターの生態、解析したそれらのスキルとその調整版。
それらは、【アイラマティ】に備えられた大容量の記憶装置のほとんどを埋め尽くすほどに膨大だった。
不要なスキルの削除は定期的に行っていたが、容量を食うのはどちらかと言えば旅の記録の方だ。
アイラの願いを果たす上で、そちらを消すことはできない。
だが、記憶装置の限界近くまで記録されている状態は演算処理への負荷が大きく、ここ最近ではスキルの発動にまで支障が出始めている。
このままでは、残り2国を回るのは不可能だった。
【アイラマティ】は、解決策を模索し――1つの決断を下す。
『……もしかしたら、
そして始めるのは、自らの
アイラから受け継がれた魔眼の作成技術、各国で観察し模倣した生産職のジョブスキルと、エレメンタルを筆頭としたモンスターのスキル。
それらを用いて、内部構造を変化させる。
元より薄かった外装を更に薄く、演算装置の一部は解体して。そうして空いたスペースに解体したパーツを流用し、足りない分はモンスターのスキルで増殖、変質させ、記憶装置が増設されていく。
これまでの情報量から逆算して、2国をギリギリ回りきるだけの容量は確保できた。
だが、その過程で演算装置までも減らした代償として、これまで通りの演算処理は賄えない。
それを解決するために……基本となる演算の
『……簡易人格、構築完了。――あとは頼んだからね』
その一言を最後に……【未完之魔眼】の頃から稼働し、アイラの半生を共にした人格が停止し。
【――簡易人格プログラム、起動】
【目標確認。最大目標、"個体名:アイラ・リオールの夢の成就"。個別目標、"国家:天地及びグランバロアへの回遊"、"各国家の風景・ジョブ・モンスターの記録"】
【行動計画の立案を開始】
それまでに比べ無機質な人格が、【アイラマティ】として新たに稼働を開始する。
……当たり前の話であるが、アイラの人格・記憶を丸々模倣したこれまでの人格の稼働にかかる演算処理は、並大抵のものではない。
ゆえに、基本となる部分は同じでも、人間的な感情や主観をエミュレートする部分を省いた簡易人格を組み上げ、処理が軽いこちらへと託したのである。
この簡易人格はアイラと同一とは到底言えないため、『自分の写し身である【アイラマティ】に世界を見て回ってほしい』という願いに応えられているのだろうか、そんな懸念はあったが……それでも、ここで旅を断念するよりはよほどいいと、そう判断していた。
【……行動計画完成】
【目標地点、国家:天地へと設定】
【――転移誘発魔法《サークル・テレポート》、発動】
【……我らが眼に、未知なる光景が映らんことを】
《サークル・テレポート》。
主にレジェンダリアで自然発生する魔法現象、《マジック・サークル》を人為的に発生させ、その上で転移魔法が発動するよう調整する、レジェンダリアの魔術師が理論を提唱しつつも、魔力量の問題で実用化のなされなかったオリジナル魔法である。
まき散らしたMPが霧のように【アイラマティ】の周囲を渦巻き、次第に輝きを帯び……次の瞬間には、発光と共に忽然と姿が消えた。
そして、旅は再開する。
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人格が変わっても目標は変わらないため、行うべきこともそれほど変わらない。
訪れた先で風景を、街並みを、人やモンスターを記録する。それを繰り返しをしていくだけだ。
だが2点だけ、変わった……それも、悪い方向へと変わってしまったものがある。
1つが、旅が
内部構造の改造は、専用の施設も道具もない状態で押し通した、無茶なモノだった。
その結果、いつ不具合が生じて自壊してもおかしくない、それほど不安定な状態になってしまったのである。
そして2つ目が、組み上げられた簡易人格に粗さが残ってしまったこと。
基本的に、プログラムの一部だけを変更する場合でも、その部分だけを変更すればそれでよい、という場合は少ない。
繋げて設計されていたり、知らず知らずのうちに影響を与えていたり、そういった部分もまとめて調整することでバグを減らし、想定通りの機能を発揮するようにしていく、そんな作業が必須だ。
けれど、切羽詰まった状況では満足できるまで調整を行うことができなかった。
これらの不具合は即座に旅を終わらせてしまうような致命的なものではなく、どちらか片方だけであれば、なにも問題なく旅を終えられたかもしれない。
……だがここで、2つが最悪の嚙み合いを見せてしまう。
【内部構造の異常を確認。目標達成の支障となる可能性、大】
【修理を検討――不可能】
【異なる対処法を演算……終了】
【行動計画を一部変更】
【行動時間を
■天地北西部 山岳地帯
「っ、〈UBM〉だ!」
「ずいぶん小さいが……いや、油断してはいけないな。まず私が当たってみよう」
「おう、頼んだぞ!ある程度様子を見たら、一気に片を付ける!」
【【一刀武者】【影】【大陰陽師】【僧聖】、確認。記録開始】
クエストの最中だった1つのパーティーの前に、小さな〈UBM〉――【アイラマティ】が姿を現す。
前までの人格ならば絶対にすることのない、リスクの大きな行動だが、これが【アイラマティ】の考えた対処法。
"不具合が出る前に、できうる限り最速で旅を終わらせる"。
そのために、街や風景の記録は大雑把にすませ、次の場所への移動を開始し。
ジョブやモンスターを記録するために、これまでのように戦闘が起こるまで待つのではなく、自ら戦いを仕掛けに行く。
……実際に起きるかも分からない、未来の不確定なリスクを避けるために、今、大きなリスクを抱え込む。
そこには明らかな矛盾があるが、今の【アイラマティ】はそれに気づけない。
数日かけてマップ中を荒らしまわり、メジャーなジョブと一帯のモンスターを記録した【アイラマティ】は、新たな風景とジョブ――特に、未知である可能性の高い超級職を求め、首都たる将都へと転移する。
目論見通りに超級職を複数確認すると、彼らを誘い出すために付近の森に陣取り、被害を与え……その末に、想定外の、天敵とも呼べる者たちによって
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【《ブリング・バッド》、直撃……効果確認できず】
【観測、解析――テイムモンスターの保有スキルが原因と推測】
【直接攻撃による排除を実行】
【《虹輝魔法》、属性分布:平均、展開数:偏重で調整。発動……敵個体の火器攻撃による相殺を確認】
【《サークル・テレポート》による逃走を検討――準備時間中に破壊される可能性大。却下】
発動するスキルのことごとくが対処され、【アイラマティ】は逃げることしかできず、それすらも追いつかれそうになっている。
……本来ならば、彼らは【アイラマティ】の天敵足りえない。
万を超えるジョブスキル、数千に届くモンスターのスキル、そして、100へ迫る〈UBM〉の固有スキル。
学習し改良したそれら膨大なスキルの中から、適宜最適なスキルを発動することが可能なのだから。
けれど演算能力が低下した今の状態では、移動・戦闘行動をしながら発動するスキルを選択し、切り替えることができない。事前に設定していたいくつかのスキルを発動するので限界だ。
だからこそ、汎用性が高い《ブリング・バッド》と《虹輝魔法》を攻撃手段として設定してはいたが……いくら汎用性が高くても、手の内がバレれば対策される。
それは当たり前のことだが、今の【アイラマティ】はそこまで
先代の人格は、ひたすらに創造主のことを想い、託すことを選んだ。その選択自体は、決して間違いではないはずだ。
それが結果的には、ひたすら悪い方向へと転がってしまっている。
【……断》、使用を検討】
【使用後の行動に支障を来す可能性大。却下】
【……当該スキルの使用を除いた、状況打破方法の考案が不可。再度、使用を検討】
【使用後の行動に支障を来す可能性大。却下】
このほぼ摘んでしまった状況をどうにかする手段は……実はある。
"奥の手"と呼ばれるような、軽々しく使うべきではないものだが……それでも、後がないこの状況ならば迷わず使うべきだろう。
なのに、使わない。
これもまた、不完全な思考演算の弊害。行動方針を決めたのとは逆に、使った後のリスクばかりを重要視し実行へと移すことができない。けれどもそれ以外に状況を変える手段がないため再度検討する、無限ループへと陥ってしまう。
最後の最後まで、生まれてしまった不具合が足を引っ張っていく。
「《
「《
『――KIIIAAAAAAA!』
検討と却下を繰り返し、時間を無駄にしたその末に……終わりの時が来た。
祝福を与えられて産まれた蒼鳥が、【アイラマティ】を破壊するべく迫りくる。
【《虹輝魔法》、属性分布:平均、威力:偏重で調整。発動……間に合わず】
【《断害絶壁》、励起確認……破壊】
【……断》、使用を検討】
【使用後の行動に支障を来す可能性大。却、下……】
迎撃のための《虹輝魔法》は発動すら出来ず。
発動していた障壁魔法は、嘴の前にガラスのように砕け散り。
一瞬の後に破壊されるこの後に及んでも、まだ無限ループから抜け出せない【アイラマティ】、その思考演算の片隅に、1つの記録映像が再生される。
『おやすみなさい、
【……】
"人間らしさ"を削除した今の【アイラマティ】にとって、それはただの数ある記録映像の1つ、そのはずだ。
だというのに。
【……使用を検討】
【
【――《神断》】
起動後からずっと、不具合に振り回され、選択を間違い続けてきた【アイラマティ】は。
この時ばかりは、間違えなかった。
【アイラマティ】保有スキル(一部)
・《コンシール・メソッド》
ジョブやモンスターから学習した隠密や気配、五感操作系を十種類以上複合したスキル。
上級職では基本見つけられず、対応範囲も広い。
・《深淵観測》
黄河辺境の湖に潜む伝説級〈UBM〉【蛸塞秘督 オクトレス】の固有スキル。
五感やスキル等で発見された時に発動。相手の姿と位置、大まかな強さを把握する。
・《断害絶壁》
約200年前、カルディナに所属した【壁王】が編み出したオリジナル魔法。
発動後、魔法は待機状態で維持され、危険が迫ると、自動的にほぼ全ての属性に対応した障壁を張る。
待機状態中は微量にMPを消費し続けるが、魔法発動までの隙が存在しないため、奇襲への対策や魔法発動が間に合わないタイミングでの最期の砦としてとても優秀。