「他に何か聞きたいことはあるか?」
「えっと、特には……あ、やっぱり一つだけ。さっきここに連れてこられる時、最初は周りがすごい速さで動いていたんですけど、途中からそれが普通の速さになって。不思議に思って周りを見たら、みんなはスローモーションみたいに動いていて。これ、何でだか分かったりします?」
「ふむ……聞いた限りだと高AGI特有のあの現象にも思えるが……水無月、君のステータスはいくつだ?」
「えっと……」
そういえば、まだステータス見てなかったな。
メインメニューを開き、『ステータス』の項目を見る。
水無月火篝
レベル:0(合計レベル:0)
職業:なし
HP(体力):92
MP(魔力):18
SP(技力):15
STR(筋力):10
END(耐久力):9
DEX(器用):14
AGI(速度):13
LUK(幸運):15
うん、低い!
ほとんどが20以下で、そうじゃないのはHPだけだ。しかも、多分元々桁が違うものだろうから、全部低いということになる。
まあ、レベル0ならこんなものだろう。
っと、自分だけ見てないで柚芽にも見せないと。
「はい、どうぞ」
「ふむ……やはり高くはないな。《看破》で見たままだ」
「あ、そういえば、柚芽さんはスキルで見れるんでしたよね?何でわざわざ私に聞いたんですか?」
「ないとは思うが、《偽装》がかかっている事を考えてな。君のエンブリオの力で私の《隠形の術》を見破ることが出来る以上、私の《看破》を誤魔化す能力があるかもしれない」
「いや、そんなのないですし、あったとしてもそんなことしませんよ?」
「だが、水無月は自分のエンブリオのことがよく分かっていなかった。もしかしたら、水無月の意志とは関わらず《偽装》を施すような能力がエンブリオにあったとしてもおかしくないだろう?」
「それは……確かに……」
俺はまだエンブリオについて理解し切っていないのだから、柚芽の言う通り、俺が知らない機能があったとしても不思議ではない。
「そ、それはともかく、どうして私のステータスを?」
「水無月が元々いた世界のことは知らないが、この世界では、AGIが高くなるほど走る時に出すことのできる速度が上がり、それと共に体感時間も速まるんだ」
「体感時間……?」
「ああ。体感時間が速くなれば、周囲はスローに見えようになる。水無月に起きた現象はこれと同じことのように感じるのだが、水無月のAGIはそんなに高くないしな。スキルによって起こることもあるが、水無月はジョブに就いていないからスキルを持っているはずもないし」
「ふむ……」
確かに。
聞いた限りだと、その話、というかシステム?そのものっぽいけど……。
「あ、でも。さっきの動きからすると、柚芽さんもかなりAGI高いですよね?体感時間がそんなに速かったら、会話とかするのも一苦労じゃ……」
「そこは大丈夫だ。体感時間が加速するのは戦闘時と、意識してあえてやった時だけだ。AGIがどれだけ高かろうと日常生活ではその影響は受けない。まあ、これはSTRも同様だが」
そりゃそうか。
STR(筋力)やAGI(速度)が常時発揮され続けるのだったら、普通に生活することもままならない。何か物を掴むだけで壊してしまうし、先程俺が言ったように会話もできないだろう。
しかし、意識してやった時も出来るのか。
それじゃあ、俺も意識すればもう一度出来るか……?
「ん…………」
集中し、先程は偶然でなったことを、意識して起こそうとしてみる。
…………お、出来たか?
俺の視界の中の柚芽の動きがゆっくりになった気がする。
確認のために路地裏から大通りに続く方を向いて歩く人々を見ようとするが……あれ?俺の身体もスローでしか動かない……?
それでも何とか長い時間かけて向き直り見れば、やはり人々の歩く姿もスローモーションのようだ。
意識すれば、この現象を終わらせることもちゃんと出来た。やはり、これは体感時間の加速なのか?
「柚芽さん、さっきの現象、意識すれば起こせました」
「ほう……とすると、やはり……?」
「でも、周りだけじゃなくて自分の動きもスローになっていて……普通もこうなるんですか?」
「……なに?そんなこと普通は起こらないぞ。体感時間が速くなった分自身の身体の速さも上がるのだから、自分の動きがスローになる訳がない」
「え……それじゃあ、どうして……?」
え、え、マジで何で?
普通はならないレベルのAGIで体感時間が加速したり、そしたら普通はならない自分までスローになったり……普通はならないこと多すぎなんだよ!
「……そういえば、水無月はエンブリオが孵化する前は普通の眼だったんだよな?」
「え、ええ」
「もちろん、そのときは周囲全部を見ることのできるような能力は持っていなかったよな?」
「もちろんです」
「とすると……これもエンブリオのせいかもしれない」
またかよ!?
と叫びそうになるのを必死で堪える。
いや、俺のエンブリオ、さっきから色々とし過ぎじゃないですか?
「水無月はレジェンダリアという国を知っているか?」
「えっと、エルフとか妖精、亜人達が住む妖精郷、というぐらいなら」
「レジェンダリアは、国中の空気に高濃度の魔力が含まれていて、そのせいで起こる災害『アクシデント・サークル』などもあるが、その分、高い自然魔力のおかげで豊富な魔力が含まれた素材などの資源が多く取れる場所であり、魔道具作りが盛んな場所だ。
そうして作られたマジックアイテムは国のシンボルの一つで、レジェンダリア以上に良質なものを大量に生産できる国はないと断言できる。まあ、同程度で少し方向性の違うマジックアイテムを製作できる黄河はあるが」
「へえ」
レジェンダリアってそんな所だったのか。なんか楽しそ……ん?なんか今、背筋がブルっと来た……?まるで、関わってはいけない人々が大量に蠢く光景を垣間見てしまったような……気のせいか?
「その影響か、マジックアイテム製作系のジョブのほとんどはレジェンダリアか黄河でしか就くことができない。そんなジョブの内の一つに、【
「なにそれ!」
すごい興味を引かれる名前なんだけど、魔眼って!
「お、おお……あー【魔眼】というのは、マジックアイテムの一種だ。脳に接続し、疑似的に視覚を増やすことが出来て、【魔眼】越しに視覚系のスキルや“視認”が条件のスキルを使ったり、単純に視界を広める用途で使われたりする。ものによっては、【魔眼】自体にスキルが込められていて、見るだけでそれを使うこともできるらしい」
「そんなのもあるんですか。すごい便利そう」
「しかし、【魔眼】には二つの欠点がある。一つ目が、極端な流通量の少なさと高額によって手に入り辛いこと。【魔眼職人】に就くことのできる才能の持ち主自体が少なく、その上慣れた者でも二回に一回は失敗するほど製作の難易度が高いため、市場に出回るのは少数だ。しかも製作には多額のリルや希少な素材を要求し、数が少ないことも相まってかなりの高値が付く。低い出来のものであろうと500万は下らないだろうな」
「うわ……良い話にはやっぱり裏があるんですね……」
「そして二つ目の欠点だが……
「……はい?」
それってさっき、長所……というか用途として言ってなかったっけ?
「人の脳は普通、二つの眼球からしか視覚情報を得ていない。それなのに、眼がもっと増えたらどうなると思う?」
「あ……」
「そうだ。脳の処理能力が追い付かず、良くて頭痛、悪ければ頭がおかしくなる可能性もある。それが【魔眼】がなかなか普及しない理由だ。といっても、慣れればある程度は緩和できるし、その有用性から愛用する者もいるようだけれども」
「う、わぁ……」
なんかもう、それしか言えない。
まあ、当たり前と言えば当たり前だな。
身体の器官を勝手に増やすようなものだ。どっかで不調が起きない方がおかしいか。
「ところで水無月、君は今の話を聞いて何か思わなかったか?」
「何か、って?」
「【魔眼】の場合は、眼球が一つ増えるだけでそれだけの問題がある。もしその数が2つ、3つと増えたら?問題はもっと大きくなるだろう」
「それは、まあ」
「じゃあもし、それが自身の周囲全てを視れるほどに増えたらどうなると思う?」
「そんなの、問題が致命的なものになっちゃいます」
「そうだな。だが、それを可能とする存在があるかもしれない……そう、例えば、君のエンブリオ、とか」
「……え……あっ!」
そこまで言われて、俺はやっと理解した。
そうだ。今まで俺に何の不調もなかったから考えもしなかったが、そもそも、
俺はリアルでも、エンブリオが孵化するまではこちらでも、元々普通の人と同じような眼しか持たず、同じような視界で生活していた。
それが、ティレシアスが孵化したことで半径100メートル内の周囲は全て視ることができるようになった。先程言った通り、直線的に見れる距離は大幅に減ったが、それでも視ることで入ってくる情報量はどう考えてもこちらの方がかなり上のはずだ。
だがそれなのに、俺には何の支障もなかった。
増えた情報量に振り回されることも、酔うことも、痛みを覚えることもなく、ただ普通に順応していた。
そんなの、普通はあり得るはずがないのに。
「先程例に上げた【魔眼】だが、その最高級品には【魔眼】自体に演算機能が搭載されているものがあるらしい。そこで取得した情報を分析することで、脳に負担をかけずに処理し、頭痛などの起きうる障害を失くすことができる。君のエンブリオにもこの機能があり、だからこそ君には不調が起きないのではないのか?マジックアイテムとしては最高級品であっても、エンブリオならばそれと同等以上のことが出来ても不思議ではないしな」
「……なるほど」
確かに、すごく説得力のある説明だ。
この世界の人々がそういうものを作れるのだったら、運営という、この世界の神的存在が用意したエンブリオに出来ない道理はないはずだ。
「そしてその機能が存在する前提だが、君の体感時間の加速にもそれが関わっているのだと思う」
「どういうことですか?」
「【魔眼】の演算機能は情報の分析程度が限界だが、恐らく水無月のエンブリオはそれ以上の演算機能を持ち……情報の分析だけではなくその先、思考など、“得た情報からどう考えるか、感じるか”という部分の処理もしている。要するに、脳とほぼ同じ働きをしている」
「え、脳と同じ……!?」
「ああ。体感時間の加速が起きる原因は、AGIが上がるだけではない。極限の戦闘を行っている時や死の間際など、スキルによらず体感時間の加速が行われる場合もある。そういうのが起こるのは、頭が限界以上に回っている、つまりは脳の処理速度が限界以上に速まっているからだ。水無月のエンブリオが脳と同じ働きをしていると仮定すれば、脳と同じ処理をする演算装置が二つあることになる。だから普通の者より処理速度が上がり、体感時間が加速された、そう考えることができる。この場合は頭の処理速度が上がるだけだから、身体がそれに付いて行かないのも納得できる」
「……ふわぁ」
確かに、それなら全部合う。
先程まで出た疑問が全部解消できる、万全の考察だ。
それはそれとして……この人の頭の回転ヤバくない!?
何でさっきの条件だけでそんなことまで考えられるの……?凄すぎだわ……。思わず変な声が出てしまうレベルだよ……。ちょっと惚れそう……。
「……ん?大丈夫か?」
「……あ、はい、大丈夫です。疑問を解消してもらってありがとうございます」
「いや、まだ決定した訳ではないからな。それでも、まあ、礼は受け取っておくよ……他にはなにかないか?」
「え?……ああ、無いです」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、少し経って先程まで話していたのは柚芽に聞きたいことを聞いていたのだと思い出して返事する。
「柚芽さん、今日は色々なお話ありがとうございました」
最初さらわれた時はどうなるかと思ったが、エンブリオの隠された能力にも気付けたし、本当に良い時間だった。
「いや、元々私の不手際から始まったことだ。礼はいいよ。私は見回りに戻るが、また今度会ったら一緒にお茶でも飲もう」
「はい、ぜひ!」
「ふふ、じゃあ、またな」
そう言って《隠形の術》を発動させると、柚芽は路地裏から出て人込みに紛れていった。
メインメニューの時計を確認すると『16:41』だった。
柚芽にさらわれたのが大体『16:35』くらいだったから、現実時間で5分、こっちの時間で15分程度話していたことになる。
よし。当初の予定からは少し遅れたが、俺も冒険者ギルド行くか。
《見えざる瞳、視る異能》
副次効果その2 演算能力
これは副次効果というか、あるべくしてあるというか、ないと困るというか。
何かしらの補助がないとスキルで増えた情報量に順応できず、その補助としてエンブリオ側が選んだのが『今の処理能力で処理できないのならば、単純に処理能力増やせばいいじゃない』という方法です。
”AGI以外全補正G””スキルが一つだけ、しかもただ視る結界張るだけ”ということで余った分に加えて、”盲目にする”制限のためにリソースが多くあり、もう一つの副次効果に行った分以外全てがこちら側に注ぎ込まれた結果、視覚情報処理の補助に一部を使っても、AGIの発揮値×10程度まで体感時間の加速を普通に行える処理能力を手に入れました。