東方偽人録   作:ミツバチ

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華人小娘

 

「見えたわ、あそこね」

 

霊夢の勘を頼りに異変の元凶を探す二人は、湖に浮かぶ島へと到達する。

 

「紅い霧に紅い屋敷。なんともまあ、わかりやすい共通点だな…」

「…ここまで紅いと目が痛いわ」

 

紅魔館の異様な姿は既にハッキリと目に映っている。

周囲の紅い霧は、まるでその館に纏わりつくかのように、赤壁を不自然に包み込みながら、そこを中心に発生していた。

陸地が見えた時点で一旦着地する。

軽く意識を集中させて、穂鷹は館の気配を探る。

 

「…やっぱりここが原因で間違いないな」

「…分かるの?」

「気配を探るのは得意だから、な」

「……」

 

館に向けて歩きながら、霊夢が視線で続けろと言ってくる。

 

「館中には低級の…これは妖精だな、それが殆ど。だけど、それらに混じって地下の方に俺と同種の奴が一人───」

 

───妖精、魔法使い

 

「館の中心にこの霧の気配と同じ力を持った奴が一人。近づいてみて分かったけど吸血鬼だ。多分こいつが元凶だな」

 

───吸血鬼

 

「で、そいつに付き添うように…驚いたな、人間の気配だ」

 

───人間

 

何気に多彩な面々が揃っておられる館らしい。

 

「人間?」

「そう、人間」

 

霊夢が訝しそうな視線を送るが、腑に落ちないのは俺の方だ。

 

「妖怪だらけの館にたった一人の人間、ねぇ…」

「しかも、どうやら館の主様のお付きときてる」

「脅迫されたか、それともその役に見合う力の持ち主か…」

「まあ、どうでもいいわ。異変解決の邪魔をするんなら退治するだけよ」

「相変わらずブレないねえ、霊夢は」

「博麗の巫女である私がブレてちゃダメじゃないの」

「そりゃそうだ」

 

さも当然かのように人事を返されて、穂鷹は肩を竦めて薄く笑う。

 

「それで、他は?」

「まあ、それぐらいかな。地下に結界が張ってあるみたいで、正確には読み取れないけど。で、残りは───」

「止まりなさい」

 

正面玄関も間近と言うところで、その声は霊夢たちの『背後』───穂鷹が今まさに指し示した方向から、唐突に耳へ届いた。

それは何の変哲もない普通の声であり内容だったが、しかし霊夢が最初に抱いた感想はこうだった。

 

(ついさっきまで、この近くに気配なんか感じなかったんだけどなぁ…)

 

霊夢自身、勘が良いとは思っているし察知する能力にも長けている。

つまり、横の居候に頼むまでもなく、違和感や気配というものに敏感な彼女も周囲の状況はある程度把握出来ていた。

流石に種族や離れた存在の位置までは分からなかったが。

そんな彼女がこうも簡単に接近を許した。

それは霊夢にとって、余り歓迎できる事態とは言い難いはずのものであった。

 

(う〜ん……。なんで気付かなかったんだろ………ま、もう良いけど)

 

だが、彼女は表情一つ崩さない。

事実そんな状況に直面して尚、霊夢の内心に焦りや緊張感というものは一片たりとも浮かんでこない。

彼女は知り合いにでも声を掛けられた時のような気軽さで振り返ると、声の主を視界に収めながらのほほんと言った。

 

「門番かしら?」

「その通り」

「ネズミ一匹くらいは通す門番?」

「ただのネズミなら、中ですぐに駆除されるわ」

 

挑発を兼ねた軽口は、予想通り全く通用しなかった。

龍と刻まれた星が付いた帽子、緑色のチャイナドレス。その館の門番にふさわしい、紅の髪を持つ女だ。

ただし、人ではない。

紅き館の妖怪門番───。

一拍置いて穂鷹の前に霊夢が進み出る。

今回ばかりは霊夢自身が相手をするつもりでいた。

 

スペルカードルール───。

 

この新たなルールが提唱されてから、初めての異変である。

道中でも雑魚相手に何度か勝負は挑んだが、いずれもこのルールを当然のものとして受け入れていた。

目の前の門番も同じようにルールに従うのなら問題はない。

だが、従わなければ実力で従わせなければならない。

それが新たなルールを提唱し、管理する博麗の巫女たる自分の最優先とされる仕事である。

 

霊夢の胸中を正確に察してくれたのか、穂鷹は逆に一歩後ろに引いていた。

いつも霊夢の考えを真っ先に察して行動してくれる。

この居候といると楽だ。

穂鷹といることが何気に気に入っている自分がいる。

 

(あ、あと料理が美味しいところとか。お茶も淹れるの上手いのよねえ、同じ出涸らしなのに…。ずっと居候しててくれないかしら…)

 

敵を前にしても相変わらずのマイペースな思考を展開している霊夢の目の前で、相手がゆっくりと、数枚のカードを懐から取り出す。

 

「私は紅美鈴。お嬢様の元まで行きたければ、私を倒してからにするのね」

 

どうやらスペルカードルールには従うつもりらしい。とりあえず懸念が消えた。

 

「そのお嬢様とやらが誰かは知らないけど───」

 

全身を緊張させながら、ただし緩い姿勢で霊夢は精神を研ぎ澄ませていく。

その目は完全に戦闘用のそれへと切り替わり、獲物を狙うモノのそれと同等の笑みを浮かべる敵に向かって、不敵な笑みを向けた。

 

「───押し通らせてもらうわ」

 

次の瞬間、激発するように霊夢は美鈴の放った弾幕の最中へと突っ込んだ。

 

 

博麗の巫女と紅き館の門番。

 

実質、初の本当の弾幕勝負。

 

その闘いを、穂鷹は巨大な鉄門を背に観ていた。何処から出したのか、穂鷹の前には紅茶が乗ったテーブルと椅子が出現していた。

文字通りの観戦である。

 

「う〜ん…やっぱり見よう見まねでやってみても上手くいかないなぁ…」

 

霊夢は修行しないし、魔理沙はご飯を集りに来るだけなので、暇つぶしにと『香霜堂』とかいう名前の雑貨屋(というかガラクタ屋)にて紅茶のポッドとカップを買ってきて、カップを温めたり時間を測ったりと本格的な紅茶の淹れ方を練習してみたのだがどうにも味がイマイチなのだ。

こう、味に深みが無いというか、香りが薄いというか…。

 

「はぁ…。どっかに美味しい紅茶の淹れ方、教えてくれる人居ないかな……」

 

当人も気付いて居ないが、この男も相当なマイペースであることは最早疑いようもない事実である。

 

「ほおぉ……。こりゃあ綺麗だ」

 

そして呑気にも、放たれる弾幕の数々に素直にそういう感想を口に出来るところからも、それは明らかであった。

だが、その体の裏にあるものは冷たさではなく確かな信頼であるのもまた確かであった。

 

目線の先では、色彩豊かな弾幕を危なげなく躱している霊夢の背中があった。激しい極彩色の弾幕が紅い空を照らす様に広がり、霊夢を覆い尽くす。

しかし、それに相対する霊夢もまた桁違いの実力だった。

無数の凶弾を次々と抜けて行く。

相変わらず、傍で見ていても全く当たる気がしないな。と、穂鷹は安心感や頼もしさと同時に諦めすら抱いていた。

 

「やっぱ霊夢は凄ぇな…」

 

穂鷹はそっと、手元の紅茶に視線を落とした。

紫に言われ、嫌々ながらも1日に一度は神事と弾幕の修行を行ってきた霊夢を、短くはあるが隣で見てきた。本当に嫌々で、半刻も続けば良好な霊夢の修行。溜め息ばかりの霊夢を修行に専念させようと、紫と二人でそれなりに案を練った。

気分屋の彼女をその気にさせるのは、それだけでとてつもない労力を必要としたのだが、なんとか修行は続けさせた。

 

その間で抱いた印象は、まさに天才の一言であった。

 

一度見たものを瞬時に理解する把握力。

それを瞬く間に自身のものとし、行使することの出来る人並み外れた吸収力。

 

それらを以ってしても、余りある天賦の才能───圧倒的なまでの戦闘センス。

 

「スペルカード、ブレイク」

 

その声を辿って、紅茶の面から視線を上げると霊夢が最後のスペルカードを突破したところであった。

 

 

【霊符「夢想封印」】

 

七つの霊力弾が美鈴の最後の弾幕を掻き消し、そのまま押し流していった。

圧倒的な霊力を込めた弾幕を喰らった美鈴は、激戦の果てについに地へと伏した。

 

激戦───ではあった。

 

しかし、死力を尽くしたと言えるのは、片方だけであった。

 

「なるほど。確かに強い、ですね」

 

目の前の敵に全力で挑み、死力を尽くした。

だが、それでも敵わなかった。

完敗だった。

地面に寝転がったまま立ち上がることもない美鈴は、霊夢を素直に賞賛した。

 

スペルカードルール。

 

圧倒的に妖怪に不利なルール。

本来の決闘であれば勝てたなどと自惚れるつもりは無い。

ルール上での決闘とはいえ、妖怪である彼女は人間である霊夢に圧倒されたのだ。

 

「あんた、体捌きは中々のもんなのに弾幕の方は全然ね。単純過ぎて詰まらなかったわ」

 

本気で心底詰まらなかったと思っているような霊夢の表情に、美鈴は少なからず悔しさを覚えるもそれもすぐに霧散した。

勝てば官軍負ければ賊軍。

敗者がグダグダ言ったところで、それは全て弱者の言い訳であり、負け惜しみでしか無い。

ならば私が言うことは一つ───。

 

「…参りました」

 

それを聞き届けると、目の前の勝者はその場を去っていった。

 

 

「で、なに寛いでんのよあんたは」

 

美鈴との弾幕ごっこから戻ってきての第一声がこれである。

お疲れ様とかの労いの言葉が喉の奥に無理矢理押し戻された。

 

「あれ?見えてた?」

「当たり前でしょ。…ったく、人が頑張って闘ってたっていうのに…。少しは心配するとかしなさいよ」

「………」

 

こいつの口から頑張るとかいう単語が出ると素直に驚く…。

 

「…何よ?」

「い〜や、別に」

「あ!まさか汗で透けた私の身体に欲情した?ヘンタイヘンタ〜イ!」

「ちょっ!お前、誤解を招く発言はやめてくれる!?汗なんて一っ粒もかいてないだろ!」

 

透けるどころか汗一つない霊夢のその身体を見遣る。

 

「でも身体は見てたのよね?」

「ぐっ……いや、まあ確かに見ましたけど…」

「やっぱりヘンタイね」

 

がふっ!

……女の子に言われると結構傷付くのね、憶えとくわ。

 

「さぁて、憂さ晴らしも済んだし、これで心置きなくお邪魔できるわね」

「俺はサンドバックじゃないぞ〜」

「はいはい。ヘンタイは黙ってなさい」

「すいません霊夢さん。割と本気でハートがブレイクしそうなんでやめてください」

「ははは。賽銭よろしく♪」

 

懐から小振りの賽銭箱を出し、此方に押し付けてくる。

 

(案外ちゃっかりしてるよ、この貪欲巫女!ていうか、いつも持ち歩いてるのそれ!?)

 

色々とツッコむべきポイントはあるが、神に仕える身としてその貪欲さはどうなんだろうか…?

信仰を集めるとかと同じ感じで有りなんだろうか。

 

「余計な時間を使っちゃったから、早いとこ用事を済ませに行かないと♪」

「はぁ…。もう何でもいいからさっさと終わらせて帰ろ…」

 

賽銭が入ったことに上機嫌な霊夢と、「ヘンタイ」攻撃で思わぬ精神ダメージを受けてテンションだだ下がりな穂鷹という対象的なコンビが、門番の居なくなった鉄門を押し開ける。

 

紅魔館の扉は、重さに比べ大層な音を立てて開かれた。

 

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