東方偽人録   作:ミツバチ

13 / 18
更新遅れまくってすいません。


紅い月に瀟洒なメイドを

 

 

「はぁ…疲れた」

「おいコラ、ぐうたら巫女」

 

余りにも唐突で普段通りの一言だったので、つい素でツッコんでしまった。

 

門番を打ち破り、霊夢と穂鷹はついに紅魔館の正面口を前にする。まずは、敵中への第一歩に成功といったところだ。

殴り込みはシンプルな方がいいだろうとだだっ広い中庭を直進し、霊夢は普段通りのまま───そして穂鷹にとってとても不吉な一言を漏らしながら───敵の本拠地のドアを開いた。

 

「──案外デカイな、っと!」

「──そう、ねっ!」

 

そして当然のように、不意打ち狙いで隠れてた十数匹のメイド服姿の妖精をまとめて吹っ飛ばす侵入者二名。礼儀も何もあったものではなかった。

 

「それにしたって広すぎじゃない?」

 

さっきの初陣を皮切りに、次から次へと湧いて出てくる妖精メイドたちを無慈悲に弾き飛ばしながら、尚も二人の雑談は続く。

 

「エントランスだけでも、明らかに外から見た屋敷と釣り合わないんですけど…」

「う〜ん…誰かが能力とかで大きくしてんじゃない?」

「誰だが知らないけど、面倒なことしてくれるわね…」

 

あからさまに嫌そうな顔をする霊夢を尻目に、メイドを五体ほど弾き飛ばす穂鷹。もうツッコむのは諦めたらしい。

 

「まあ、それはともかく───」

 

神妙な顔付きに戻った霊夢が、霊符を向ってくる数名に対して撃ち出す。

 

「どんだけメイドがいるのよ、この館…」

 

倒れ伏したメイドに見向きもせず、新手に対して淡々と弾き飛ばす。やがて、百を超えた辺りで数えるのをやめた量の敵を、二人だけで全て打ち倒していた。

 

「…ったく。数が多ければ勝てると思ってる発想が何とも妖精っぽいわね」

「妖精=バカっていう固定観念はどうかと思うけど?」

「事実でしょ?」

「……まあ、傍迷惑なのは確かなんだけどね」

「もういや、帰ってお茶飲みたい…」

「こらこら、もう少し頑張りなさい。後でお茶請けも作ってあげるからさ。今は異変解決に勤しむとしようよ」

「水羊羹よろしく」

「…了解」

 

敵の本拠地の真っ只中とは思えない気の抜けた会話が今ここに繰り広げられていた。この二人、本当に異変を解決する気はあるんだろうか。

そして、後で小豆を買って帰ろうと今後の予定を一つ追加した穂鷹と、やや遅れて、やる気を取り戻した霊夢の感覚が敵の存在を捉えた。

 

「紅魔館へようこそ───」

 

銀色の髪にメイド服、カチューシャをつけた少女。

 

「───博麗の巫女。と、どちら様かしら?」

 

二人の視線先には、『つい先刻から』そこにいたかのように突如現れたメイドの姿があった。

ただ、穂鷹にとってそんなことよりも気にかかることがある。

 

「いやうん、ね?ある程度予想してたけどさ、なんか傷つく対応なんですけど…」

「そんなこと一々気にしないことね。居候ごときが家主より目立ちたいとか何様よ」

「お前もよく知ってるだろ?人間様だよ」

「兼博麗神社の居候よね、貴方…」

「同棲状態だけどな」

「あら、襲ってもよかったのよ?」

「胡散臭い奴とブン屋が覗いてそうだからやめとく」

「あっそ。どうでもいいわ」

 

あの二名に関して言えば、神出鬼没と無法が服来て歩いてるような奴らである(あいつら歩いてるとこ見たことないけど)。特にブン屋の方は、半刻と掛からない内に幻想郷全土に広めてしまうという達の悪さがもれなく付いてくる。

 

(ああ…、我々のプライバシーは何処へ…。というか、それをどうでもいいの一言で一蹴される俺って一体…)

 

何にしても、緊張感が無いのは両者共にであった。

 

「で?もういいかしら?」

「…ああ、もう済んだ」

「そう。済んだのであれば、掃除の邪魔だから、そろそろお引取り願いたいのだけれど」

「客人に御茶の一つも出さないなんて、礼儀がなって無いわね」

「ごめんなさい。私が礼儀を尽くすのはお嬢様だけなの」

 

お前にだけは言われたくないだろうなぁ…と、自分のことを棚に上げて、つい口から漏れそうになった言葉を飲み込む居候。加えて嘘と本当を含んだような疑わしいメイドの笑みに、どこぞの胡散臭い奴の笑みを重ねてしまい苦笑いを浮かべるのであった。

 

ただし、それも一瞬のこと。

 

敵を目の前にして他の事に気を取られる訳にはいかない。

メイドは腕を組み、胡散臭い笑みを崩さない。その振る舞いからは一切の敵対心を感じない。

 

(これはまた…)

 

それが逆に、穂鷹に不気味さを感じさせていた。

 

目の前のメイドは人間であり、また敵であることに疑いの余地は無い。ならば、次に取るべき行動は敵の観察である。

 

敵を目の前にした者の思考は、大きく二つに分けられる。戦闘か逃走か。敵を観察するという行為は、そのどちらともの思考、そこからの行動に深く関わりの持つ行動である。正確には敵の初動を見極める為の行動と言える。敵が次にどう動くか。それを予知することは誰しも不可能であり、人間であるならばそれは尚更である。しかし、ある程度の予測であれば、それなりの手練れであれば難しくはない。ある程度の予測を行えるのであれば、その後の行動のリスクを下げることが出来る。

 

しかし、目の前の敵は───。

 

(───分かりにくい)

 

並の者であれば見落としてしまう些細な動きをも捉えてしまう穂鷹の目は、他のものに比べて優れていると言える。その目を以ってしても、辛うじて捉えるのがやっとであった。

 

その事実が示すのは、彼女の力量である。

 

「そうそう、そのお嬢様に用があるのよ。会わせてもらえない?」

 

そして霊夢もまた、眼前に佇むメイドの力量を測りつつ話を続ける。彼女には穂鷹のような目があるわけでは無い為、目の前の敵の異常性に気づくことはない。ただ、先程戦った門番とは比べ物にならないという事だけは既に分かっていた。

 

「通さないと言っているの。お嬢様は滅多に人とは会わないわ」

「へぇ…軟禁でもされてるのか?」

「お嬢様は冥いところが好きなのよ」

「なら、そうじゃない貴女でも良いわ。あの傍迷惑な霧を撒き散らしてる理由、もしかしてそれと関係ある?」

「日光が邪魔なの。言ったでしょ?お嬢様は冥い方が好きだって」

 

霊夢の純粋な問いに、我侭にも程があるその理由を───事実、彼女自身の理由ではないのだが───悪びれもせずに答えた。

 

「なるほどね。でも私は好きじゃないのよ、止めてくれるかしら?」

「洗濯物が乾かないしね」

 

そして両名も特に憤ったような素振りを見せる事はなく、やはりどうでも良さそうな調子で返す。

 

「あら、それは大変ね。でも、それはお嬢様に直接言ってもらうしかないわね。最も、会わせる気などないけど」

「どうでもいいわ。邪魔するなら妖怪だろうと人間だろうと退治するまでよ」

 

そう言って不敵に笑った霊夢の言葉。

 

「無理ね、貴方たちには出来ない」

 

咲夜は一時の逡巡すらなく、それを否定して───。

 

「ここから先は───時の流れでさえも通行止めだから」

 

一瞬にして気配もなく背後に現れたメイドのナイフを穂鷹が刀で弾く。

 

「あら?いい反応してるわね」

「生憎と気配に敏感なもんでね」

 

刀を収め、向き直る。

まったく見えなかった、というか気づいたら目の前にいた。まるで、移動の時間が切り取られたように。それに、いつの間にか館の入り口も閉ざされていた。

 

(能力、か…)

 

外からでも館全体を把握出来る穂鷹の超感覚をすり抜けて目の前に現れ、みすみす背後を取られた。加えて、内外と視覚の違う館、知らぬ内に閉められたドア、さっきから不可解な現象が起こりすぎている。

 

(空間を操る能力か…?だけど、なんか違和感が……)

 

穂鷹は、その違和感に対する答えを持ち合わせていない。

 

「霊夢」

「はいはい、分かってるわよ」

 

穂鷹が名前を呼ぶと同時に、今度は霊夢が端へと下がる。

 

「あら、貴方一人?二人同時でもいいのよ?」

「霊夢の相手は異変の元凶だ。前座は俺たちだけでいい」

「随分な言い草ね。その余裕、いつまで続くかしら?」

「とりあえず、この異変を解決するまでは保たせるさ」

 

両者は互いに笑みを浮かべながら、そんな上辺だけの会話をする。

 

「そういや質問に答えてなかったな。俺は灼馳穂鷹、一応人間だけど魔法使いだ」

「私は十六夜咲夜。この紅魔館の主であるお嬢様の命により、メイド長を務めさせてもらっているわ」

「そう。どうやら後者だったらしいな」

「何が、かしら」

「囚われか、忠誠か。外から人間の気配は把握出来たから、俺なりに背景を考えてみた」

「そうね、貴方の予想は当たっているわ。だからこそ───」

「ここを通らせる訳にはいかない?」

「ええ」

 

どうやらこれ以上の長話は不要だと判断した穂鷹が刀に手を掛ける。

対する咲夜も、穂鷹の行動を合図に、自らの手の中にナイフを出現させた。

 

「だったら、さっさと始めようか」

「そうね。そしてさっさと終わらせてあげるわ」

「それには同感だけど、どっちが勝つかは別だな」

「貴方の時間も私のもの。ただの魔法使いは私に勝てない」

 

咲夜の声と共に、両者は弾かれたように距離を取る。

 

地に足を着けると同時に穂鷹が刀を振るう。刀の軌跡をなぞるように瞬時に弾幕が生み出される。数は十。放たれる否や、それらは散り散りに不規則な軌道を描き、退けるべき相手へと襲い掛かる。

 

「遅い」

 

───白刃の閃き。瞬きよりも遥かに短い刹那の間、曲芸のように捌かれた咲夜のナイフによって、全ての弾幕は紅魔館の空に消えていた。

 

「見たところ追尾性があるようだけど、打ち消してしまえば意味はないわね」

「………簡単に言ってくれるなあ」

 

不規則に迫り来る弾幕を寸分違わず迎撃することがどれほど難しいか、穂鷹自身よく分かっている。あくまで澄まし顔で言ってのける咲夜の行動を窺いながら、穂鷹は周囲の壁面に視線を走らせる。

 

(放った弾幕の数は十。壁に刺さっているナイフの数も十、か……)

 

その結果が示す事実───即ち、命中率100%(パーフェクト)。恐らくは単に手数を増やしたところで意味は無い。彼女が投げるナイフの命中精度は、穂鷹の認識以上に高いものだった。

 

「けど、みすみす引き下がるって訳にもいかないんだよ」

「そう?残念、今ので諦めてくれると良かったのだけれど」

 

一定以上の距離を保ちながら対峙していた両者だったが、そこまで言って、つぅ…と咲夜の方が構えを変えた。握られていたナイフは魔法のように消え失せ、無沙汰になった右の掌を前方に突き出す。

 

「なら、実力行使も仕方ないわね」

 

言って、真っ直ぐに伸ばしたそれを徐に振るった。

 

(上……!?)

 

直後、穂鷹の頭上からは百の数など優に超える量のナイフが降り注いだ。しかも、『何もないはずの場所』から、である。さらには壁に反射するように軌道を変えながら、四方から穂鷹を襲う。穂鷹の弾幕のように複雑なそれではないものの、数が余りにも多ければ話は別になる。しかも、その一つ一つが的確に死角を突く軌道を描いているのである。

 

「──ったく、めんどくさいな!!」

 

穂鷹は咄嗟に地を蹴り、機敏に動き回りながらそれらを避わし、時には刀を使って撃ち落としながら退路を確保する。そんな穂鷹の様子は、第三者である霊夢からも劣勢に見えていただろう。

何より、彼自身も把握が遅れた事に対して内心舌を打っていた。

 

が、しかし───。

 

(───まさか、避け切る…?)

 

仕掛けた方の咲夜も額に皺を寄せていた。

それもその筈である。先の攻撃は、そもそも『出始めが認識できない』ように放たれたものだ。それを目の前の相手は、明らかにナイフの群れが『動き出す以前』から回避行動を始めていた。身体のことではない。ナイフを見た瞬間に反応した関節や筋肉の動きで、彼の思考が既に回避へと向けられ、そして完了したことを知った。確かに、反射神経と回避速度が卓越していれば避けきる事自体は不可能な話ではない。だが、あれは違う。あれではまるで予知である。直感のレベルを超えている。

 

それとも、あるいは『そういう』能力なのか、と考えそうになった自らを制した。彼女にとってそのような存在は一人で十分なのだ。

 

「…厄介ね」

 

ここにきて、咲夜の意識は相手の力量が強敵に足るものだと判断した。その認識は彼女から余裕を捨てさせた。それと共に、その容赦さえも───。

 

「スペルカード」

 

【奇術「ミスディレクション」】

 

穂鷹を膨大な数のナイフが狙う。それらを全て最低限の動きで避けながら、穂鷹は敵の観察を進める。

 

瞬間移動、空間拡張。

 

そのどちらとも空間を操ることで為し得る現象である。ここから見ても、彼女の能力は九割空間に干渉する類の能力で間違いない。しかし、先程感じた違和感がずっと頭の中を支配していた。

 

(何か違うんだよな…。こう、何か見落としてるんだけど…)

 

それが何か、穂鷹には分からない。だからこそ敵を徹底的に観察して、その答えを探り出す。

 

その為にも───。

 

「───まずは、こっからだな」

 

既に『把握』した弾幕をものともせずに、一息で相手の目前まで跳ぶ。それと同時に目の前に投げたカードを刀で横一線に斬り裂いた。

 

【剣符「三月──初魄」】

 

斬れたカードから、咲夜のものに勝るとも劣らない量の刃型の弾幕が放たれる。ただし、その速度は比べものにならないが。

 

「いい弾幕だけど、無駄よ!」

 

しかし。

刹那、その声と共に咲夜の姿が消える。気配で分かる、穂鷹の背後に移動した。しかし、これは予想通りだ。

 

「悪いけど、まだだよ」

「───っ!」

 

穂鷹の言葉に違和感を感じた咲夜が咄嗟に身体を捻るのと、一瞬前まで立っていた地面が縦に斬れたのは同時であった。

 

(一体何処から───)

 

疑問を口にする暇もなく、さらに横へと飛び退く。その身を追うように斬撃の跡が続き、その咲夜の姿が再度消えた。

 

「…なる程、見えない斬撃ですか」

 

先程よりもやや距離をとって現れた咲夜に、穂鷹は苦笑いを浮かべながら振り向く。

 

「今のを避けるかぁ…」

「攻撃というよりも、オプションの意味合いの方が強い弾幕ね。全方位に向けて放たれる透明の高速の弾幕、あれを認識して避けるのはほぼ不可能。そして、そちらに気を向ければ、今度は本命が避わせない…」

「それを初見で避わしておいて、剰えそれを見破るんだから、俺としては笑うしかないんだけど…」

「でも、なかなか面白い弾幕だったわよ?」

「お褒めに預かり光栄だよ」

 

自身の作った弾幕を褒められるのは悪い気はしない。

ただ、咲夜だけでなく穂鷹もあの胡散臭い笑みを浮かべることになるとは何とも皮肉であった。

 

「───それと、今のでようやく分かったよ、君の能力」

「……」

 

ただし、そこに付け加えられた穂鷹の言葉に、一瞬にして咲夜の顔から笑みが消えた。

 

「まったく、今の今までこんな単純に気づけなかったなんてな」

「……どういうことかしら?」

 

今までの自身の馬鹿さ加減に呆れつつ、言葉を続ける。

謎解き開始。

 

「まず一つ目。瞬間移動、館の空間拡張とここまでは良かった。俺は単に空間を操作する類の能力だと思い込んでいた。だがその次だ」

「次…?」

「ナイフだよ」

 

地面に突き刺さったままのナイフを指し示す。

 

「あれだけのナイフを離れた敵の頭上から仕掛けるなんて芸当は、空間を操っただけでは為し得ない。前の二つとは違って、これだけが人の力が必要になる。ここで俺は、当初の空間を操る能力という予想に違和感を覚えた」

 

空間を操るだけでは無理な現象。人の力の存在。それは人の行動が介入する余地があるということ。

 

「そして二つ目。その頭上からのナイフを避けようとした時、あんた咄嗟に能力使っただろ?」

「……あら、バレてたのね」

「俺がナイフが放たれる前に動いたことで全て避けられてしまうと予測してしまったあんたは、能力を使ってナイフの軌道を微妙に変えた。俺が気づくか否かのギリギリの面で───」

 

確かに、彼女のナイフの命中率は凄まじいものであるが、自身の手から離れたものはどうしたってその限りではない。だからこそ、動きを完璧に読んだ咲夜のナイフ捌きは、穂鷹の胸に純粋に感嘆の一言を湧き上がらせた。しかし、それは能力を使ったという一言で打ち破られてしまう。

 

「つまりは、完璧過ぎたんだよ。全てのナイフが俺の死角を突く形で放たれるなんてあり得ない。加えて空間を操れるなら、自分よりも俺の座標を移動させた方が確実に勝負をつけやすいからな」

 

故に、ここで空間を操るという当初の説は瓦解したも当然である。

 

「そして三つ目。さっきのスペルカード、実は見えないんじゃなくて、人の無意識に向けて放ったものなんだよ」

 

人は無意識下にあるものを見ようとはしない、それが例え見えている筈のものであったとしても───。

 

「他に意識を向ければ、例え見えていようともそのものには無意識となる。じっくり注意深く見れば簡単に見破れる、ただの単純な手品だよ。しかし、さっきの君にはその余裕はなかった。俺がそうなるように撃ったんだから」

「───私はそれを知らずに、貴方の思い通りにタネを見破ってしまった」

「ミスディレクション、だったけ?君自身がそれに嵌るっていうのは、まだ未熟な証拠だよ」

「返す言葉もない」

 

今度はあの胡散臭い作り笑いではない。少し困ったような苦い笑みである。

 

「で、最も決定的な四つ目。君の持つ銀時計だ。いつもは死角にあったから見えなかったけど、さっきのスペルで咄嗟に能力使った時は隠しきれなかったみたいだね。しっかり見えてたよ」

 

咲夜は観念したかのように、ポケットから銀時計を取り出す。

 

「と、ここまでの条件で予想できる能力は───」

 

静かに構えられ、しかし力強く振り抜かれた刀から弾幕を放つ。

 

「───『時間』だ」

「…ご明察」

 

そして穂鷹の放った弾幕を、時を止めることにより避わした咲夜がそのの声に応じた。

 

「スペルカード!」

 

突如として咲夜の周囲に魔力が渦巻き、内に冷酷な銀の輝きを帯びて白熱する。

 

【幻在「クロックコープス」】

 

氷点下を連想させる魔力の放出と、それに呼応して展開される白銀の列。それらの全てが穂鷹に対して切っ先を向け───。

 

一斉掃射。

 

それが最も適当な表現だった。但し、撃ち出されているのは銃弾ではなくナイフである。しかも、先程のような一方向からの射出ではない。文字通り全包囲からの波状攻撃。

 

(こいつはマズイな…)

 

初撃を無難にやり過ごした穂鷹でさえも、表情には差し迫ったものが僅かながら見え隠れする。

      

「仕方ない。借りるぜ、スペルカード!」

 

それでも穂鷹は状況を打破するべく行動を起こす。

 

【偽符「M─マスタースパーク」】

 

それは、初めて戦った時に見せた、魔理沙のスペルカードの劣化版である。ただし威力だけを言うならば、それは本元にも勝るものであった。纏った紫電は一層に輝き、空間に自らの残滓を映しながら標的目掛けて迅る。

 

(迎撃が───!)

 

さしもの咲夜も、これを迎撃するのは不可能である。高速の砲撃が全てのナイフを跡形も無く消し去り、直撃した。

 

「これでやられててくれると有難いんだけど……」

 

薄れる魔力光、その線上に彼女の姿はなかった。

 

「だよなぁ……」

「まったく、やってくれたわね…」

 

つい先刻まで砲撃の中心に居たはずの咲夜は、今はそれよりも後方上空に存在していた。ただ、その左腕は力無く垂れ下がっているように見える。穂鷹が目を凝らすと、服が僅かに焦げていた。どうやら、そこだけ『回避』が間に合わなかったようであった。

 

「っ………」

 

一方の咲夜は、無事な方の腕で動かない左腕を押さえつつ呻いていた。表情には苦痛こそ窺えないものの、幾許かの焦燥がいよいよ見え隠れし始めていた。

 

「さて、どうする?片腕しか自由に動かないんじゃ、さっきみたいな曲芸は無理なんじゃない?」

 

現状が、反転した。

 

それは、詰まるところ物量によって戦局が変化するような状況になった事を意味している。現状の咲夜ならば、手数を増やした斬撃は撃墜し切れないだろうと踏んでの発言である。そして、それは揺るぎようのない事実でもあった。

 

「───この程度で優位に立ったとでも思われては、困るわね!!」

 

咲夜の裂帛とも言える叫び。それを聞いたと同時、穂鷹の目の数ミリ横を白銀の一撃が通過していった。閃光にも見えたそれは穂鷹の肌を掠め、その頬に一筋の傷を走らせた。

 

(これは………どうやら読み違えていたみたいだな!)

 

ここにきて尚───速い。

 

その事実を認識すると同時に、穂鷹は回避行動を開始する。

 

(霊夢のが移ったかな…)

 

即断と、それに伴う即決。寸分の迷いなき行動により追撃を免れると、穂鷹は改めて距離を保つべく加速した。

 

「スペルカード!」

 

───加速したその背に、強烈に圧し掛かる魔力を感じた。

 

十六夜咲夜による、スペルカード宣言。

そのプレッシャーは先程のものと比べても桁違いである。空気が質量を持ったかのように重く感じる。明らかに全力での攻撃であった。

 

【幻世「ザ・ワールド」】

 

空間を埋め尽くす『無秩序』な弾幕。

大小様々のナイフが乱れ飛び、光弾が何の法則性もなく発生する様は、既に思考して避けられるようなものではなかった。それは、数秒でも考え込んでいればその時点で手詰まりになる、一時の逡巡で勝敗が決する。今、この場を支配しているのは、そういう類の攻撃だった。

 

そして灼馳穂鷹は、刹那、その目で『把握』した弾幕を前にして、行動した。

 

「これだけあると……後はそこしかないんだよ!」

 

混沌たる弾幕の渦の中、彼は怯む事なく前進した。自らの直感が導き出した、この場で唯一の安全地帯へ。

 

(な………突っ込む!?)

 

即ち、『咲夜自身』への迫撃。

 

「ちっ………!!」

 

反射的に距離をとろうとした咲夜だったが、既に遅い。初速の有無は決定的であり、彼女がそれを得る前に穂鷹は十分に接近している。

 

「気をつけなよ、こっちはさっきのよりも痛いから」

 

そう告げる穂鷹の前方。翳した刀と咲夜との間にあるその空間に、何か透明な球状の空間が発生した。一見してシャボン玉のようにも見えるそれだったが。

 

「スペルカード」

 

「!」

 

穂鷹の言葉に反応して、弾けた。拳大だったものが無数の粒と化して飛び散り、その各々が捩れるようにして針状の形態を成したと思いきや───全てが咲夜目掛けて突撃していた。

 

「っ!?」

 

【剣符「三月──銀鉤」】

 

殺到する魔力針の嵐。それは本来、霊夢が霊力で以って持ち入る攻撃手段であり、練習の合間に穂鷹がその目で『把握』したものであった。

押し寄せる数は尋常ではない。まともに食らえば気絶は必至の攻撃だろう。

 

だが───。

 

(間に合う………!)

 

それら全てが咲夜の身に触れるより早く、彼女は『時を止めた』。時間を操る事を可能とするのが、十六夜咲夜の持つ能力なのである。時間を止める事と加速させる事に限定されるものではあったが、多くの状況において自らに優位をもたらす能力だと、彼女は考えていた。この能力、実は対象とする物や人などによって『時間を止めていられる時間』にも制限が生まれるのだが、それはあくまで実用可能なレベルでの話なのだった。

 

(さっきは不意を突かれたけど)

 

今度は間に合った、と。咲夜は内心で大きく頷く。今や彼女は自分だけの時間の中に居た。

 

(これで……)

 

咲夜は現状で最も優位を保てる場所となる、穂鷹の背後へと移動した。余りにも距離を取っては振り出しに戻るだけであるし、それ以外の空間は自らの発生させた弾幕で溢れかえっていたからである。

紅魔館のメイド長は、いざ勝敗を決するべく手にしたナイフを握り締め───。

 

「───ぐ……がっ!?」

 

時間操作が終わりを迎えたその瞬間(・・・・)に撃墜された。

 

「命中」

 

正面───それは最早明後日の方向となっていたが───に向けてスペルを放っていた穂鷹は、これといった特別な表情を浮かべる事もなく、迫撃前(・・・)に放ち、その場に留めておいた不可視の斬撃、その炸裂音を聞いて振り返った。

 

行動としては至極簡単である。穂鷹が一枚目のスペルで見せた無意識の斬撃。あれを先程のスペルに紛れて、咲夜が移動する場所()をわざと作り、そこに放つ。尚且つ、一度見たことにより認識されることを考慮し、咲夜へと接近することで自身の身体で斬撃を隠した。これが一連の過程の全貌であった。

 

穂鷹の視線の先には、自ら(・・)斬撃の直撃を受けて姿勢を維持できず、落下していく咲夜の姿があった。

 

「うわぁ…まだ意識があるんだ。凄い気合だな…。でもまぁ、ある意味丁度良かったのかね」

 

折角だからお嬢様とやらの居場所を教えてもらおう。このだだっ広い館を無駄に歩き回るよりかはマシである。

穂鷹は一人ごち、地面に膝をついた咲夜へと近寄っていく。

 

「……の…敵……を…ま……る……い」

 

その途中。距離を縮めるに従って、穂鷹は目の前の相手が肩で息をしながらも何かを呟いている事に気が付いた。

 

(何だ…?)

 

此方に背を向けるように地に首を垂れる彼女の口元は見えない。

彼は運動能力や通常の第五感こそ優れているが、その実、直感と呼べる第六感に関しては常人と比べても大差はない。

 

それでも───。

 

うわ言のように発せられる不鮮明な言葉に込められた威圧感を感じ取り、半ば反射的に意識をそちらに集中させていた。

 

───瞬間。

 

信じられないほど鮮明に、その言葉は穂鷹の耳へと届いた。

 

「『奇術』……エターナルミーク……ッ!!!」

 

直後、発生した無数の魔力球が、不用意に接近した穂鷹の眼前で爆ぜるように飛散した。距離にして数メートル。あと数歩踏み込めば直接打撃が届く間合い。とても避わせる距離ではない。

 

(これで───)

 

全身に傷を負い、既に満身創痍である咲夜でさえ、その一瞬は勝利を確信した。

 

「仕方ない、か……」

 

弾幕が敵へと到達までに要する時間は1秒にも満たない。しかし咲夜は、その狭間確かに聴いた。

 

「スペルカード」

 

目の前の、今正に自身が放った弾幕にその身を呑まれようとしている敵の唇から零れ出たのは、驚愕の言葉ではなく、況してや諦めのそれでもなかった。

 

【雷符「疾風迅雷」】

 

紛れもない、スペルカードの発動宣言である。

 

(は………?)

 

咲夜が己の体感時間を極限にまで圧縮し、それこそ自らの時間を止めるに等しい状態に置くことでしか、穂鷹の動きをその目で捉えることができなかった。

 

風が踊る───。

 

魔法使いを中心にして、衝撃波にも似た圧力の大気の流れが一瞬にして空間全体に広がった。そしてその『風』に触れた先から、全ての魔力球が跡形も無く消滅していく。

 

冗談のようにあっさりと。

何の抵抗もなく。

それが当たり前のように。

 

その光景は最早、相殺のそれですらなかった。それは、まるで一方的な『消去』───。

 

少なくとも咲夜の目には、そのように映った。

 

目を疑う間も、時を操作する隙も与えること無く、敵の選択を奪い去る。

 

果たして、その真相は一太刀での圧倒的な初速による千の斬撃であった。

 

穂鷹の「疾風迅雷」は、自身の肉体に魔力により生み出した電気の負荷を掛けることで、本来脳への命令の省略により起こる反射を強制的に引き起こし、潜在能力の限界すら超越する動きを引き出すというものである。

 

本来は電気と限界を超えた動作、その負荷に身体は愚か、脳すらも耐えられず尽く破壊されてしまう。己の身体──血管や神経に至るまで──全てを魔力を纏うことにより、ようやく扱うことのできる力。生み出されるその初動は、光速にも匹敵する。

 

その圧倒的なまでの初速を、刀を振るうことにのみに費やすことで生み出された、「千を超える数の一太刀」という矛盾する斬撃は互いに合わさり『風』となり、正面のものどころか既に過ぎ去った弾幕さえも無造作に消滅させた。

 

「…使っちゃったな」

 

それまでになく軽薄さの抜けた穂鷹の呟きにも、しかし咲夜はそれに気を配ってなどいられなかった。

 

「今のは、何…………?」

 

咲夜はダメージの残る体の疲労感も忘れ、半ば反射的に問い掛けていた。言葉にしなければ、とても受け入れられなかったのだろう。それほどまでに理不尽極まりない現象であったと言える。

 

「……」

 

だが、穂鷹は何も答えようとしない。咲夜に追い討ちをかけるのでもなく、自分の優位を誇るのでもなく。穂鷹はただ黙って中空を睨んでいた。

 

そして突然、壁際で今まで沈黙を保っていた博麗の巫女が、言う。

 

「そろそろ、姿を見せてくれてもいいんじゃない?ねえ───お嬢さん」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。