◆
十秒程の浮遊感を味わった所で、穂鷹の視界が開ける。
どうやらあの不気味な穴を抜けたらしい。
いや〜よかったよかった。あの不気味さは結構心に来るんだよねぇ…。冷静だった様に見えたのは、ひたすら目一杯広がる目やら何やらに戦々恐々していただけですよ、はい。
にしても、周り暗いなあ…。夏だけど、夜風ってどの事件でも冷たいもんなんだね。ほら、頬に当たる風はこんなにも冷たくて───
「うん。抜けたのはいいけど…なんで空?」
呑気に観察しているの場合じゃなかった。いま俺頭からまっ逆さに落ちてるんでした。ヤバイね、実にヤバイ。これ、地面ドカンの頭カチ割りパターンっすね、分かります。
勿論、着地方法なんざ考えておりませんよ?普通、いきなり空から落とされるなんて思わないじゃんさぁ…。小説やマンガじゃあるまいしね。
ま、フィクションなら突然誰か助けてくれたりするんだけどねぇ。
どっぼぉぉおおおんっっ!!
…そんな都合良く出来てるわけねえんだよ、この世界。
一直線に湖に突っ込みましたよ。地面で頭カチ割りは避けられたが、空から落とされて溺れかけるとかどんな仕打ちじゃい。お陰様で強制的に現実に連れ戻されました。ちなみに何故湖と解ったのかは、水が塩辛くないというところからです、はい。
まあ、ついでにもう一つ判明した事実がある。
なんか季節が冬っぽいデス!
水めっちゃ冷たいし!
薄く氷張ってるし!
厚くなくてよかったよ。そうじゃなかったら、今頃氷に罅入れるか氷の穴からコンニチハのアザラシ状態になってるとこでした。何それ可愛い!?自分で言うのもなんだけど!
「………うん、よし。だいぶ落ち着いてきた」
…と、訳もなく、俺らしくもないバカな妄想を繰り広げてようやく落ち着いた若干18歳。我ながら、これで落ち着く人種は人として大丈夫なんだろうか。
まあとりあえず、どうやら季節が逆転しているらしかった。もう何なのさ?この不思議世界…。加えて寒さで頭が麻痺していたのか、それとも余りの唐突な進行展開についていけなくなったか。
どちらにしても、この状態で何もしないのはなんだが無性にむしゃくしゃした気分だった為、精一杯の絶叫を上げてみる事にした。
「人生舐めんなコンチクショォォォオオオオオオオ!!!!」
───少しも落ち着いてなどいなかった。
◇
「……そろそろ上がるかね」
あれから十分。
何か起こるんじゃないかと思い、湖で浮いたままの状態で待ってみたが、何も起こらないわ寒いわ体の感覚無くなってくるわで、いい加減自身の行動のバカらしさに呆れ果てて、上がることにした。幸い、泳ぎは得意である。
───で、五分経過〜(パッポー♪パッポー♪)
うん、なかなか岸につきそうにないね…‥。正直舐めてたわ。服着たままだとアスリートでも溺れるって話は強ち間違いじゃないかもしれない。
実際、服が水吸うし(そのせいで重いし)スピードも出ないし靴のせいでばた足の効果が薄いし、はっきり言ってかなり泳ぎ辛い。(絶対にそれだけが原因じゃない)
ちなみに脱げばいいじゃん?とかいう思考はない。
考えてもみろ。服もなく靴もない状態で岸に上がり、偶然近くにいた人に露出狂呼ばわりされる可能性とか恐ろしすぎるわ!俺の人生マッハで場外コースブッチしちゃいそうなシュチュエーションじゃん。まあ、周り真っ暗だけど。人どころか岸すら見えないけど。だから今どっちに向かって泳いでるか皆目見当もつきません。
まあそれでも、部長様と共に海から陸まで泳いだ時に比べたらまだマシだ。あの時は三日間泳ぎ続けたしね。後、サメとかに襲われかけたし、津波に呑まれたし…。
結論。
ヤケクソになりながらの寒中水泳。
◆
───さらに五分経過
「さて、こっからどうするかな…」
奇跡的に岸まで辿り着いたものの何をしたらいいかわからない。完全なるココドコ?状態な上に今は夜。ただでさえ人通りがあるかも分からないような場所な為、通行人は充てに出来ない。
加えて、携帯も通じないらしい。アンテナは立っているが何処にかけても繋がらない。唯一コンパスはちゃんと作用するが、だからどうした。太陽出てないし、冬以外の北極星の探し方など知らん。見知らぬ場所でのコンパスの無能さを身を以て経験しとります。
うん、冬でも見つけられませんでした。
結局、場所はかわっても遭難しているのは変わらなかった。さて、ホントどうしようかねぇ…。
「とりあえず、人を探すか…」
悩んだ挙句、未知の土地での対処方その1を行うことにした。遭難などで無人島なんかに流れ着いた場合は、まず初めに人の存在を確認するらしい。
つまりは、分からないなら人に聞けばいいんじゃね?という、謂わば他力本願精神だった。
◇
森の中に入って二十分を過ぎた頃。
「人なんているわけねえじゃん…」
人の存在を探しに森を探索してみたけど、見事に迷子になりました。よく考えればわかることでしたね。普通、こんな森ん中に人が住んでる訳がない。居たとしても、人じゃなくて妖怪やら化物やらの可能性が大です。
ちょっとでも、「もしかすれば山に伐採川に洗濯の老夫婦的な人達が住んでたりしないかな?」とか思ったのが間違いでした。人っ子ひとり居やしない。
「結局、出会ったのはこの子だけか…」
溜め息と共に頭に乗っているフサフサとした黒い塊に手をやり、ゆっくりと撫でた。
「ミィ〜」
頭の上で擽ったそうに、黒猫が身を捩る。頭の上で寝そべっていたのは、生後間も無い黒い子猫であった。
この森に入りしばらく放浪していると、ふと木陰に蹲っていた黒い塊を見つけたのだ。近づいてみて子猫だとわかった。どうやらまだ赤ん坊だったらしく、手を近づけると怯えて奥で縮こまってしまう。このままにしておく訳にもいかず、身体を撫で続けると安心したのか身を擦り寄せてくるようになった。こうして迷子に+一匹が加わり、人探し並びに親猫探しが始まったのだ。
したはいいが、自分も迷子だということを思い出した。自分の今いる場所がわからない。まるで迷路に迷い込んだ子供のように辺りをキョロキョロと見渡すが、何処も彼処も己の背丈より遥かに高い木々と、それを呑み込むかのような深淵の闇が広がっているだけ。
完全に方向感覚を狂わされていた。とりあえず湖から真っ直ぐ歩いてきたのでそのまま元来た道を戻ればいいのだが、暗くて自らが歩いてきた道程さえ分からなくなってしまっていた。そもそも真っ直ぐ歩けていたのかすら怪しかった。
そんな事実にも裏付けされ、後戻りという選択肢は思い浮かばなかった。迷っているのは事実なのだ。後戻りして迷うか、進んで迷うかの違いしかない。ならば少しでも前に進んだ方がいいだろう。この森の闇と同じ、深淵の子猫の親を見つける為にも───。
それに子猫の親はこの森の中にいる可能性は高いのだ。動物にはテリトリーというものがある。いくら自由奔放な種族だといっても、産まれて間も無い赤ん坊が自らの親と共に来た場所よりも外に行くとは考えづらかった。
「ミィ〜…ミィ〜…」
「はいはい、大丈夫だから」
頭の上の子猫が怯えたように身体を震わせる。木陰で見つけた時からずっと、まるで自分以外の何かに怯えてるかのような素振りを見せる。気配を探ってみたが、肉食の野生動物はここらでは察知できなかった。
「ま、それ以外ならいるってことなんだけど、ね…」
そう、それ以外。
森に住む木々、昆虫、鳥、獣。それら森の住民の気配に紛れるように、二種類の異形の存在が確認できた。
一つはまるで空気に溶けるかのかのように静かに漂う小さな気配。そしてもう一つは───。
「ちっ…」
そこまで思考して、近づいて来る獣の気配に気が付いた。加えて、独特の獣臭と血の臭いが鼻に届く。それらを放ちながら歩み寄って来る者が、単なる獣ではないことはすぐに分かった。
「山犬なんだろうけど…」
シルエットは犬のそれだが、その体格は人の体格など悠に超えている。出会ったことなどない穂鷹にでも分かった。こいつは、間違いなく妖怪だ。しかも人か動物か、何らかの生物を大量に殺している。鼻を突く生臭さに不穏な空気が混ざっているのを、穂鷹は敏感に感じ取った。
「森の案内人、なわけないか…」
自らを鼓舞する為にふざけた事を言ってみるが、効果は薄かった。血の匂いが嫌に鼻についた。
ヒュウ……。
他のことに思考が逸れたのは一瞬。妖怪の呼吸音が嫌に近くに聴こえ───。
「ふっ!」
その背に輝いた二つの眼光を見やるより早く、穂鷹は子猫を抱えて咄嗟に横に跳ぶ。一瞬遅れて、つい先ほどまで立っていた場所を妖怪の鋭い爪が引き裂いた。その爪は刃のように鋭く、長い。木が何本か、根元から折れて倒れた。
穂鷹はその場で半歩身を引く体制で、敵である妖怪を観察する。木々の間から漏れた月の光に照らされた妖怪の姿は酷く異様。体毛は月に当てられ白銀に輝き、闇を背に佇むその姿は一種の芸術のようでもある。
ただ、その口元だけが紅く染まっていた。ペンキが飛び散ったような、そんな漠然とした色ではない。何年、何ヶ月とその身の芯まで塗り込んだような───。畏怖と敬服さえ覚える程の鮮やかな紅がそこにはあった。
事実、この白銀の大狼は何百年という永きに渡りこの森を生き、凡ゆる物を喰らってきた最古参の妖怪の一匹であると同時にこの森の主でもあった。
「ガッ!!」
二度目の攻撃を避ける。体格に似合わぬ、恐ろしいほどの瞬発力と俊敏性であった。4m超の物体が砲弾並の速度で迫ってくる姿は圧巻の一言だ。到底、人が避けられる速度ではない。
だが───。
「甘い」
避ける。避けた。
対する穂鷹も、人間と思えぬ俊敏性で、紙一重で迫り来る鋭爪を躱していく。いくら企画外であろうが、そこはやはり獣は獣。鋭く速いが単調すぎる。そのほとんどが直線での攻撃だった。
ある程度身を躱した後、穂鷹は後退した。後ろ向のまま、露出した木の根を器用に避けながら森の中を跳び行く。
「グルッ!」
敵を捕らえられないことに苛立ちを募らせたのか、白狼は愚直にもその後を追った。
ただし、地ではなく木を駆けて。
その巨体の有するデタラメな全身の筋力を使い、バネのように木から木へと跳ぶ。跳ぶ度にスピードが上がっていた。
「いや、それ反則でしょ…」
穂鷹の後退が止まる──止められた。穂鷹の逃走は僅かに六秒。六秒しか、か、六秒も、か。いや、人間にしてはよく逃げたと称賛するべき数字であるのは確かだ。しかし、そもそも穂高の行動を逃走と判断するには、やはり微妙な数字ではあった。
「やれやれ、参ったなぁ…」
だが、現状からすればたった六秒、だ。あの数秒の内に、回り込まれていた。
「ガァッ!!」
木を蹴った速度のまま獲物の背中に、その鋭爪が振り下ろされる。再び繰り出された爪の一撃を、今度は全力で横に跳ぶことで避ける。先ほどよりも僅かに反応が遅れ、体制を崩した。
高い身体能力に頼ったデタラメな白狼の追撃に、穂鷹は対処し切れない。敵の爪が穂鷹の頬を浅く裂いた。視界に自分の血が飛び散るのが映る。だが、それを気にせずに穂鷹はある場所へ向かって走った。
記憶が正しいならばあと少し、あと少しで───。
「ガルッ!」
そしてその場所に、飛び掛かった白狼と共に踊り出た。
白狼がその身に噛み付こうと、紅い口を開ける。穂鷹は何度も地面を転がりながらも、白狼の腹部を蹴り上げ脱出する。飛び掛かられた時に木の根の側に下ろした子猫が怯えながら此方を見ていた。
「よし」
目の前に広がる広大な湖には、綺麗な月が映し出されている。戻ってきていた、あの湖に───。
此処こそ穂鷹の目指していた場所であった。
「さてと、これでやっと戦える」
どうやら人語が理解できるらしい。無造作に言い放った穂鷹の言葉に、白狼は首を傾げるような動きをする。それを前に、穂鷹は手を横に伸ばし、何かを握るような動作をする。その手を薙いだ───。
「それじゃ反撃開始といこうか!」
───その手に持った刀が、白狼の脚を切り裂いた。
ま、毎回こんな感じなんでよろしくお願いします。
感想の方、お待ちしております。