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長い廊下の突き当たりを左に曲がると、古風な道場が見える。母屋とは離れになっており、本家もあるという由緒正しき剣術道場であった。名を
その道場の木戸を穂鷹が開けると、門下生達が全員正座で入り口に向かって頭を下げる。その様は、自分が偉くなったように錯覚させるに足る光景だった。
「やあ、待っていたよ。待ち遠しかったよ。こんな山奥までよくきたね」
不遠慮で、不躾で、不仕付けで───。
図々しく、白々しい。
いつも通りの傲慢さで彼女は言い放った。
「ここまで呼び寄せたのはあんただろ?…ったく、人の事情も知らないでさ…」
「ああそうだよ。君が呼び寄せられたんだよ。予備寄せられたんだよ、穂鷹くん」
穂鷹の反論など全く意に介さない。傲慢で暴慢なこの道場の師範代であり、我が神話研究会の部長である檟谺本人は、道場の一番奥で待っていた。
この見た目超絶美人の部長は、剣道柔道水泳野球卓球ラグビーバスケットアメフトテニスサッカースキーサーフィンロッククライムレーシングサイクリングセーリング───その他諸々エトセトラ、凡ゆる世界一と勝負してその全員を打ち負かすという、妄想ここに極まるといった感じの超人想像図を齢十五歳で体現してしまった御人である。其れらの勝負は非公式で限られた人しか知らないはずなのだが、ここ日本だけでなく世界から弟子志願者が殺到した。部長は全員突っぱねたが勝手に弟子を名乗る者も少なからずいたという。本人は完全に放ったらかし、というかそもそも興味すらなかった為、どちらが悪いと言われれば悩みどころである。その不届き者の内の一人が道場主をしているのがこの道場である。
どちらともなく道場の中央に進み、1メートルほど離れて相対する。両者の目前に二振りの木刀。何をするかなど、この場を見ればわかった。門下生は既に壁際まで退避済みだ。よく訓練できた生徒達である。
「少し時間を貰うよ?」
そう言うと穂鷹は、神前・刀にそれぞれの礼を行う。
「お待たせ」
「ふむ、礼儀だけはしっかりしてるんだね。感心感心」
「色々と失礼すぎんだよあんた…」
「事実だからね、何にも出来ない穂鷹くん?」
「煩いよ、何でもできる部長様」
いつも通りの挨拶も済ませ、谺は正座、穂鷹は無手直立のままで静止した。
「え……?」
思わずといった風に門下生の中から疑問の声が上がる。立ち上がらない谺、木刀を持たない穂鷹は、そのまま互いに礼をする。その異様な様相に、門下生たちは既に呑まれていた。
この谷峨駞道場は剣道の道場ではなく剣術の道場である。だが、この道場の本質が居合術であることは門下生たちはまだ知らない。
居合とは、いつ如何なる状況下においても対処できる剣術。それは着座姿勢であっても同じ事。つまり、谺は既に構えを取っていた。
対して穂鷹の無手の構えは、剣士が剣を失った時にも戦う為のもの。つまりは穂鷹もまた剣術の構えを取っていたのだ。
しかし、やはり異常であることに変わりはなかった。今は剣がある状態にも関わらずの無手の構え。抜刀状態からの斬り合い、という概念が固まっている谷峨駞道場門下生は、居合・抜刀術の恐ろしさを、文字通り身を以て知っている。況して無手の剣術など、聞いたことがなかった。
(さてと、どれくらいなのかね…)
門下生の静かな喧騒の中、穂鷹は静かに一歩下がり、攻め手を模索していた。何せ部長が剣を扱う姿を直に見るのは、今日が初めてなのだ。
相手は納刀しており、更に着座姿勢。
長さは3m半───いや、速度が分からない以上、間合いも少し広く取り刃圏に入らない事が無難と判断した。
と。
そこで。
二人の距離が開きかけた、そこで。
穂高が、谺から、離れようとした、そこで───
「───!!」
穂高が反応した。
「しゅっ!」
二瞬。長さが倍になったかのような錯覚を覚えるほどに、全身で突き出した木刀から距離を取る。それを追うように、谺は腰を上げ、爪先を立てた状態で、膝を使い穂鷹との間合いを一気に詰めてくる。その圧力に負け、穂鷹は左に回り込む。帯刀は左腰。抜刀術では死角になると判断した。
「はっ!」
気合いと共に上段から円を描くように手刀で斬りかかる。
その瞬間、谺は左膝を軸に横に向き直りながら右膝を立てつつ、上方に抜刀、同時に上段から打ちつけて来る穂鷹の攻撃を受け流しながら立ちあがる。その全ての動作が同時に、一呼吸で完了してしまう為に、門下生が身を乗り出してしまった。立ちあがりに攻撃を受け流しつつ、穂鷹の左を取り、谺が即座に首に木刀を当てる。
決着がついた───。
◇
「グ・・・ル・・・・」
背中を切り裂かれた白狼が、苦悶の声を挙げる。
理解できなかった。距離が開いているのにもかかわらず、その背中には切り傷がきざまれている。届くはずのない距離で、届くはずのない斬撃にやられたのだ。理解できるはずなどなかった。
故に理解しない。何も考えず、思考から外す。
「意外に硬いな…」
そして、穂鷹もまた知るはずなどなかった。
この魔法の森が満ちている瘴気を永きに渡りその身に受けることで、その白銀の体毛が鉄よりも硬く鋭い凶器へと変貌していた。
それは外から来た人間如きが知り得るはずの無いことである。
「ふっ!」
だが、穂鷹は迷わず前に出る。先ほどの斬撃───〈新月〉で斬れないことは分かった。〈新月〉とは名ばかりで、実際は風を飛ばすただの鎌鼬である。ならば直接叩き斬れば、どうか?風の刃ではなく、鉄の刃なら───。
「ちっ…!」
しかし、力を乗せて振りかぶった刀は空を切る。
白狼もまた動いていた。
あの刀には自分を殺す力があると本能で察した。直接喰らうのはまずい、ならば当たらなければいい。自然で生きてきた強者の思考である。
白狼は横に跳んでいた。そして、そのまま器用に身体を回転させ、振り下ろした姿勢の穂鷹に襲いかかった。人のものより一周りも二周りも太い四脚の、何十何百倍もの脚力を存分に生かした突進。人の目には消えたように見えたであろう速度を以って迫り来る巨体。だが、それに穂鷹は反応した。巨体を避ける為に、穂鷹は上に跳ぶ。
「なっ…!?」
───そして、同じく上に跳んだ白狼に叩き落とされた。
白狼は突進の速度を脚力だけで跳躍へと向けていた。速度を落とすのではなく、無理矢理力の方向を変えたのだ。ただの人間には出来ない芸当であった。その絶大な脚力で地面へと叩きつけられた。唇が切れて、血が垂れた。その血を拭うことなく横に転がる。
「っ!」
刹那、穂鷹の頭があった場所を白狼の脚が踏み抜いた。穂鷹もただ避けただけでなく、回避と同時にその脚を斬りつけたが、不自然な状態での斬撃だった為にその傷は浅い。
体制を戻し、再び白狼と対峙する。
「───────────っ!!」
突然、白狼が吠えた。
狼の遠吠えに人は恐怖を感じるというが、こちらは文字通りの恐怖だ。
(───っつ!)
地面が一直線に抉れていた。音による共鳴破壊は有名だが、こんなデタラメなことができるのはさすが化物といった処か。
穂鷹は咄嗟に身を翻すのと刀を前に出すことで直撃は防いだ。だが、その両耳から血が垂れる。大音量の咆哮に鼓膜が破れたのだ。
そして、二度目の咆哮が放たれる。
「貰いっ!」
だが、今度は穂鷹も動いた。
負傷しながらも、咆哮の特徴や威力、範囲を正確に見極めていた。この咆哮は確かに強力だが、周囲に撒き散らすものより威力を圧縮したことで、その周囲はただうるさいだけの空間となっていた。
幅は約16m。ギリギリ、ホントに僅かな時間差で、穂鷹は音の破壊から逃れていた。ブレスを放った直後の刹那の硬直の間に、白狼の身体に肉迫する。狙うは柔らかい首元。今度は刀は抜かず、鞘のまま振り抜く。
「〈叉月〉───」
抜かずの衝撃剣をまともに喰らった白狼は、その身と同じ月に吸い込まれるように湖へと落ちた。
◆
白狼が湖に沈んだのを確認して、刀をしまう。しまうといっても空間を操作して別の場所に転移させただけなのだが。
「はぁ…疲れた」
今日はハード過ぎる一日だ。遭難し、落下し、寒中水泳し、迷子になり、挙句に巨大な狼に襲われる。どこのスペクタクル映画だよ…。
「とりあえずは親猫を探さないとな…」
木の根元に置いてきた子猫のことを思い出し、そちらに向かおうとして───自分が倒れているのに気がついた。
「───うわぁ…これはちょっとまずいわぁ…」
気づいた時にはもう手遅れであった。声を挙げてみるが、反して身体は全く動かない。その指さえまともに動いてはくれそうにない。
この森の瘴気がただの人間には毒だということを、やはり穂鷹は知らなかった。子猫がこちらに走り寄ってくるのが見える。
(ごめん…君の親を探すのはまた今度、ね………?)
黒猫が此方に飛び込んでくると共に、穂鷹は気を失った。
◆
───。
──────。
「ふふ…見事だよ穂鷹くん。よく今の一瞬で背後を取れたね」
「ギリギリだったけどな」
谺の持つ木刀の鋒の先に敵はいない。逆にその首筋に手刀の鋒が添えられていた。
あの一瞬───谺の木刀が首筋に当てられる直前、獣のように四肢を目一杯使って地面と水平に跳んでいた。そして、そのまま手刀を谺の首筋に添えたのだ。
この間、僅か0.02秒。
人の境地を軽く超越したこの素早さは、超人を地で行く部長にも劣らぬ穂鷹の才能でもあった。
「うんうん、いい感じに仕上がってるね。これなら大丈夫そうだ」
「勝手に納得しているところ悪いんが、不穏な空気がひしひしと感じるのは気の所為か?」
「ん?何だい?僕のワクワク感が伝わったかい?心臓のドキドキ感が感じられたかい?」
「ああ、確かに感じたよ。俺はあんたのワクワク感に心臓がバクバクだがな。ていうか、さっさと状況を説明しろ」
「ははは、なら話は早い!」
「話聞けよ」
いろんな意味でポカン状態の門下生たちの前で、「世界一周旅行〈死んだらごめんねツアー〉」の計画が一方的に組み上げられていった。
そのツアーの説明を受けたのが出発してからだというのは、実に笑えない話であった───。
◇
「……………」
どれぐらい眠っていただろう。何故か目覚めがかなり悪い。悪夢でも見た感じだ。穂鷹がゆっくり目を開くと、和室と思われる天井が目に入った。
(ん?天井?俺、確か外で……)
記憶を辿ろうとするが、うまくいかない。気絶していたのだから当然と言えば当然であった。
だが、無事だった。無事かどうかは微妙なところではあるし、あの状況からどう助かったかも知らないが、生きているだけで無事だというものだろう。
「ミィ〜……」
自分の体の上から聞き覚えのある鳴き声がした。
(そういやさっきの猫……無事だったんだな……)
天井を見上げたまま、確かめるように手を猫の頭に乗せた……つもりだった。
「う……ん……」
(………………………はい?)
幻聴かもしれないが、いま女の子の声がしたような気がする。もう一度猫?らしき頭を撫でてみる。
「う…に……」
やはり女の子の声がした。
(なんかおかしくね?)
確認しようと頭を持ち上げる。まず子猫と目が合った。穂鷹の胸の上で気持ち良さそうに丸まっていた。だが、その頭の上に穂鷹の手はない。
「ごめんね、ちょっと降りてくれるかい?」
ミィ、と応えるように鳴くと、ゆっくりとした動作で子猫は体から降りる。次いで、子猫の後ろにいた明らかに寝起き顔の猫耳の少女と目が合う。その少女の頭の上に穂鷹の手はあった。
「……」
「……」
ワッツ?(巻き舌風)
(え?だれ?この子…。)
遭遇、迷子、襲撃と来て、今度は見ず知らずの場所で見ず知らずの少女とご対面とか笑えないんですけど、割とマジで。こういうことが起こるのはゲームや漫画の中だけだと思っていたけど、それをまさか自分が体験することになるとは…。いやはや、自生って何が起こるかわかんないもんだね!もうワックワクが止まらない♪
(うん…展開が凄すぎてテンションがヤバめになっておりますな……)
てか、なんで意味不明な時ってwhat?って言っちゃうんだろうか。誰?って聞いてるんだからwho?なはずなのにね。
それこそ意味不明じゃん!の思考をしていた為に、端から見れば猫耳少女と見つめ合ってる様にしか見えない現状に気づかない二名(?)。
周りにキラキラフレームの幻覚が見えた気がした。
……これ、なんてギャルゲーっすかね?
そんな童貞丸出しの思考は一先ず置いといて、事実上二人とも無言のまま沈黙が続いていた。
『おはようございます。』
そして、ハモる。何処ぞの朴念仁ではないが、何故『ハモる』なんだろうか?モニるでいいじゃん。監察官とかもよく使いそうじゃん、モニる。一つに統一されて分かりやすいと思うよ?
(…にしても、非常に気不味いであります!)
彼女いない暦=年齢の俺には、少女と見つめ合うシチュエーションは中々にキツイものがある。これを平然とこなす二次元の主人公には敬服するね!というわけで、だーれーかー!!ヘーループーミー!!
そんな俺の悲痛な叫びを聴きつけて、天使が舞い降りた───。
テンパって、ふざけたことを考えてみる。
「橙、その人間の具合はどう……だ?」
すると、ホントに天使が現れた件について。襖を開き現れたのは、九つの金色尾を持つ狐耳女性。
九尾の狐───。別名
目の前の女性もまた、その伝承に違わぬ強力な妖力を放つ絶世の美女であった。
「あ、藍さま」
その美貌に魅入っていると、一早く気を取り戻した猫耳少女が女性の方に向き直る。遅れて穂鷹も、そちらに目を向けた。藍と呼ばれたその女性は、襖を開けたままの状態で固まっていた。その顔に段々と影が差してくる。
(ああ…なんか、ヤバめな雰囲気が…)
経験上、沈黙が何よりも怖いということは嫌というほど身に染みて理解している。そして、ついでとばかりに身体が震え始め、穂鷹の不安が現実味を帯びてきた頃。遂に、女性の中で何かが弾けた。
「貴様っ!橙に何をしている!?」
横に広げた女性の手の平から、無数の光弾が穂鷹に襲い掛かった。
「いや、何それ!?って言ってる場合じゃないね!!?」
ドゴオオォ……ッ!
対して穂鷹は、気づかれないよう布団の中に出現させた刀で謎の光弾を斬っていく。正直座ったままだと刀は振りにくいため全て斬るのは不可能だったが、とりあえず直撃は避けていた。
「ちょ!ま───危ないって!まず状況を確認しようよ!」
「問答無用!」
「聞く気無しな上に理不尽すぎるよこの狐!!?」
再度、爆音と破壊音が響いた。この不毛な争いは、穂鷹が寝ていた和室を半壊させるまで続いたという。
きつねうどんは好きですか?
因みに私は掛け蕎麦派。