(紅魔郷であってるっけ……?)
幻想郷に来てはや半年。見馴れぬ土地と身慣れぬ生活感も半年も経てば何処かへと消えてしまうもので、今ではすっかり幻想郷の暮らしを満喫していたりする。この間の模様を簡単に紹介しよう。
まず、人里に行った。
ほぼ大凡の人間がこの人里で暮らしているそうだ。見た限りでは、どうやら幻想郷に住む人たちの生活水準は外の世界より低いらしい。歴史で習った江戸時代の城下町ような町並みをしていた。そんな純和風の風貌は、無駄なものが多い外の世界の街より余程美しく見えたというのは何とも皮肉である。
この人里には上白沢慧音という人物に会いにいった。彼女はワーハクタクという聞きなれない種族の妖怪らしいかった。名前から推測するに人か人狼の白澤版といった感じだろうか。本当にこの幻想郷にはいろいろな人がいるのだと改めて認識させられた。
彼女には『歴史を食べる程度の能力』というものがある。彼女にはその能力で友人や家族の中の『俺の歴史』を食べて貰うことをお願いした。友人とあの二人と、無いとは思うが両親が俺の死という現実を抱え続けることを取り除けるならそれでよかった。本当にそれでよかったのかと、帰り道中案内役を買って出てくれた橙に何度も聞かれたが、それでいいのだ。基本的に『戻れぬなら前へ』がモットーの俺である。
───というのは建前で、実際はあのなんとも面白味がない世界から逃げる為の艇の良い言い訳だったりするわけだ。ま、これも嘘かもしれないが。どう取ってもらっても構わない、勝手に解釈しておいてくれ。人は肝心な時ほど勝手に判断するものだし、何より理由など俺にとってどうでもいい。と、こんなことを言っておけば随分と綺麗事のように聞こえるだろうか。
まあ、この話はここまでにしておこう。そうそう、何故か寺子屋で授業を受け持って欲しいと頼まれてしまった。正直なところ、子供は苦手だ。人の言うことを素直に聞く癖にその通りに動こうとしない。
予想が出来ない。
予想外。
俺は予想外という言葉嫌いだ。何でも知っている想像の産物としか思えない存在であるとか、そんな想像しただけで羞恥に顔を赤らめてしまうようなことを公言し肯定する気などさらさら無い訳だが、だがまあ何の嫌がらせか俺はその存在を知っている。だから俺はこう言わなければならない。俺は予想外は大嫌いだ。予想以上も予想以下も俺は認めない。
───とは言ってみるが、俺は予想外が大好きだ。予想以上も予想以下も大好きだ。さっきも言っただろう?俺は面白いことが大好きだ。言ってなければ今言った。
まあ、そんな事はどうだっていい。大切なのは生きていく上での生活源を、つまりは金の出処を掴んだということだ。嫌な言い回しになったのなら謝る。すまない許してくれ。俺にその気などなくても気にするな。口に出さなければ違いなどない。
次いで変な三妖精にも会った。サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア。この三人(三匹?まあ、どちらでも構わないが)は神社に来ていたずらし放題だったのを俺がとっちめたら、それ以来何故か懐かれてしまった。完全にイタズラの対象として狙われた俺と霊夢は、日夜妖精のイタズラと闘い続ける羽目になってしまった。いい加減飽きてこないかとも思うが、三妖精にその気配はない。これだから子供は嫌いなんだ。
それから藍には弾幕の練習相手になってもらっている。本来なら上級の妖怪九尾の金孤である藍が人間の相手をする道理などないのだが、橙のことがあってか案外軽く引き受けてくれた。今の戦績は全戦全敗。元より勝てるなどとは思っていない。だが良い勝負が出来る程度には強くなっている。あれから一度だけ紫に八つ当たりも兼ねて挑んでみたが軽く遇われてしまった。今なら前よりマシな勝負になるだろうか。
そんな心にも無いことを考えながらこの半年は過ぎていった。
「こいつに任しとくとロクなことにならねえな……」
◇
「ところで霊夢、こんな話を聞いたことあるか?」
いつもは勝手にやってくれる穂鷹がいないお陰でお茶を淹れさせられたついでに戸棚から数枚くすねてきた煎餅に手を伸ばしながら唐突に魔理沙がそんな話を繰り出したのは、容赦の無い炎天下の下、扇風機とスイカが恋しくなる真夏日のことである。
「私の住んでいる魔法の森があるだろ?その森を抜けた先に、霧の湖ってのを知ってるか?」
「知ってるわよそれぐらい。何度か行ったことあるもの。で、その湖がどうしたのよ」
魔理沙はボンヤリと空の彼方を見つめ、幻でも見たかのような口調で続けた。
「ああ、私の見間違いかもしれないが…。この前、対岸に真っ赤で大きな建物が見えた気がするんだ。たが、そこに行ってみても霧が濃くて何も見えなかったんだけどな」
その言葉を聞いた霊夢はお茶を一口啜ると、眉をひそめて言った。
「魔理沙、貴女また変なキノコでも食べたんじゃない?幻覚作用のとか…」
「おい、またって…。私は別にキノコが好きなんじゃないぜ?それに喰ってる訳でもない」
「あら、そうなの?」
「…霊夢。お前、一体私を何だと思ってるんだ?」
「え?森のキノコ好きでしょ?」
「…分かった。もういい」
これ以上は自分が不利になると感じ、魔理沙は早々と降参のポーズを取ることを決意した。
「で、その建物がどうかしたの?」
霊夢もそれ以上は何も言わずすぐに話を切り替えたが、どこか興味無さそうな複雑な表情だった。
「ああ、その建物を見たような気がしたって言っただろ?それからなんだよ、人里で変な噂が立ちはじめたのは…」
「ふ〜ん…」
それでもあまり興味を示さない───というか聞き流している風さえある霊夢の表情を見て、魔理沙は顔を顰めながらもその先を続けた。
「なんでも、森の奥で綺麗な妖精がいて、そいつを見た奴は全員いつの間にか眠っちまって、そんで起きたら身体が怠くて仕方なかったらしい」
「へぇ…それは何とも不思議な話ね」
と言い、霊夢はゆっくりと煎餅を頬張り湯呑みを傾けた。
「おいおい、もっと他の返答は無いのかよ!『キャー』とか、『怖いー』とか!」
「はいはい。キャー、怖いー」
「......それでだな、その人間たちが霧の湖の館に奇妙な影を見たって言ってんだ。まぁ私は見たことないがな」
霊夢は軽い溜息を吐くと、チラリと横にいる親友に視線を移す。
「…貴女、そんな人里の噂を信じてるの?」
魔理沙はバツの悪そうに霊夢から顔を背ける。
「まぁ、そんな話を聞いたってだけだ。ただ、私は面白そうだから信じるけどな」
「ご勝手に」
そう言ってまた湯呑みを傾けようとする霊夢を見て魔理沙はニヤリと笑うと、最後の一枚だけ残っていた煎餅を手に取って勢いよく立ち上がった。
「これは情報提供代として貰っていくぜ」
魔理沙はそう言うが早いか、残りのお茶を一気に飲み干して箒に飛び乗った。
「あ、こら...!」
「じゃあな、霊夢!また来るぜ!」
魔理沙はそう言い残すと勢いよく空高く舞い上がった。その反動のとばっちりを受けた霊夢の周りでは砂煙がもうもうと舞い、霊夢は慌てて顔を袖で覆った。
大空に、一つの黒い点が奇妙な叫び声と共に突き進んで行く。空の彼方へと飛んで行く魔理沙を見送りながら、霊夢は口に入った砂粒を吐き出して低い唸り声を上げた。
「はぁ……」
面に薄い砂の層を浮かべた湯呑みを見下ろして、霊夢は静かに中身を流しへと捨てた。
◆
「はい、今日はここまで」
『ありがとうございました!!』
「気をつけて帰れよ〜」
家主がとばっちりにあっていることなど露知らず、博麗神社の居候である身の穂鷹は寺子屋にて本日の授業を終えたところであった。教師を引き受けてから半年も経つと皆も慣れてくれたみたいで、すっかり気に入られてしまった。
基本的に午前中で授業は終わる為、寺子屋の庭では妖精や妖怪の子供たちが遊んでいた。夏真っ盛りの所為なのか何処からかスイカまで持参する強者までいた。
けれど、そこに人間の子供の姿はない。幸せに満ちているけれど何かが欠けている。ここはそんな不思議な場所でもあった。
「お疲れ様」
「ああ、悪いな」
庭先で子供たちの姿を見ていた雇い主に冷やしておいた冷茶が乗った御盆を差し出す。慧音はそれを受け取り、一口煽って、また子供たちに視線を戻した。御盆の上にはそれとは別に、こちらは俺が持ってきたスイカが半月に切られて乗せてあった。
「どうだ?今の生活には慣れたか?」
「ええ、まあ…人里の人たちにもよくしてもらってますしね」
ここの人里の人たちはホントにフランクで、初対面の俺に対してとてもよくしてくれていた。採れたての野菜やらキノコやらを差し入れしてくれることもあった。先ほどのスイカもここに来る前に八百屋の叔父さんから貰ってきたのだ。
(なんか、俺って貰ってばっかのような気が……後でちゃんとお返しでもしておくか)
俺は密かに出来る限りの幾ばくかの恩返しを心に決めた。ま、何はともかく。
「じゃ、俺は帰るわ」
「ホントに良いのか?このスイカ貰ってしまって」
「いいのいいの。俺は『寺子屋の子たちと一緒に』って言われて貰ってきたんだ。貰ってくれなきゃ俺が叔父さんに怒られる」
見た目五十過ぎにして八百屋を営む叔父さん。毎日朝から晩まで畑で働いている人間の腕力を馬鹿にしてはいけない。現に農業を営んでいるウチの部長の叔父は素手で岩を叩き割るほどの猛者である。
「そうか。ではありがたく貰っておこう」
「おう、ありがたく貰っておいてくれ」
軽い返事を置いて穂鷹は寺子屋を後にした。
「さて、バイトも終わったし…」
だが寺子屋を出た足は博麗神社には向かず別の方向へと向かっていた。
◇
「…はい、到着」
数分ほど歩いて辿りついたのは、霧の湖と呼ばれる人里とさほど離れていない大きな湖だった。
…というか、俺が初日に落とされた湖です。結構トラウマになってんすよ?あの時の……。冬だったし、寒かったし。だからといって夏なら良いという訳じゃないけど。
「さてさて、ホントにあるなぁ…」
湖畔に立ち、目の前に広がる風景を呆れ半分驚き半分の気分で見つめる。
「霧の湖に浮かぶ紅い館。こりゃまた派手な…」
紅、紅、紅。壁面全て紅一色。どんだけ派手好きなんだよ、ここの当主は…。
なんか心理的にものすごく近寄りたくない感じがするのでこれ以上は近寄らない。頼まれたって絶対やだ。どうせイタい奴が出てくるに決まってる。
「さてと、この感じは紫のか…」
この一帯はここに来た当初から違和感を感じていた。どうして?と聞かれるとなんとなくとしか答えようのない感覚の為、そこから突き詰められると困るのだが、真実はこうしてその感覚が正しかったということを教えてくれている。
ここら一帯に残った力の痕跡を調べてみると、どうやら紫がつくった結界の術式だということがわかった。神社に泊まった翌日、やつあたり気味に一度だけ手合わせした時に紫の力の質は把握しておいたし、こいつは間違いなく紫の結界だ。
「だとしてだ。この結界を張った理由はなんだ…?」
分からないが想像ならできる。今、人里では貧血症状で家で療養している人がおり、その全員が森の奥で綺麗な妖精を見たと言っているらしい。恐らく、その妖精絡みだろう。
貧血症状。
館の色。
紅色。
つまり、血の色。
血───
「─とくれば、吸血鬼か…」
吸血鬼。
狼男、フランケンシュタインと並ぶ『三大怪物』と呼ばれる世界最高の怪物である。生と死の狭間に存在し、生命の根源とも言われる血を吸う不死者の王とされる。腕力など、生体のスペックが人間を遥かに超えており、体の大きさを自由に変えたり、コウモリや狼などの動物、霧や蒸気に変身する能力を持つ。
と、これぐらいが予備知識だ。後は十字架や銀、ニンニク、陽の光に弱いとか、心臓に杭を打つと死ぬとかそれぐらいだ。正直、ここが幻想郷でなければ考えもしない可能性だが、ここではありえないことを主軸に持ってきた方が合っている気がする。
で、その吸血鬼があの館に住んでいて、それを封じる、または隔離する為に紫が結界を張った。
何故?知らん。この結界は十年近く張られていたようだし、俺はその時の幻想郷を知らない。そもそも十年以上も封じ続けられる結界など始めて見た。さすがは妖怪の賢者といったところだ。
「ダーメだ…。憶測は所詮憶測だな……」
色々考えてみるが、どれも空気を掴むような感覚で要領を得ない。憶測か感だけで物事を推し量ろうというのがそもそも無理な話だ。
「しゃあない、今日は帰るか…」
これ以上の思考は無駄と諦め、俺は霧の湖を後にした。
◆
季節は夏。
辺境の地は、紅色の幻想に包まれた───
◇
紅魔郷ってこんな感じ?