「私はお前がこうして会いに来てくれるんだから、それだけでいい……と、思う」

恥じらいながらもそんなことを言っていた彼女が、自分の知らない間にバンドを組んで、どんどん変わっていった話。

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前編。




 彼女と初めて会ったのは、中学生の頃。同じクラスになって、彼女と隣の席になった時だ。

 どうも彼女は頭が良いらしく、なんかよくわからないけど学園にはあまり来ない。必要な単位は取得しているからとか、なんとか。

 

 まあとにかく、そんなこんなで彼女はあまり学園にこない。だから隣の席になったところで、関わる機会なんて訪れないわけで。俺はいつも、隣の空席に寂しさを覚えながら過ごしていた。

 

 けれどある日、そんな彼女が学園に来ていた。詳しい理由は全然わからないが、彼女がこうして学園に来ているのはかなりレアなことだった。

 だから、少しだけ話をしてみよう。そう思って普段は空席である俺の隣に座っている彼女に、俺はこう話しかけてみた。

 

「……市ヶ谷さんって、可愛いよね」

「は?」

 

 ──なんて。

 馬鹿みたいな一言で、俺たちの関係は始まった。

 

 

 

「──なあ有咲」

「なに?」

 

 それから暫く経ったある日の放課後。

 俺は家には帰らず、いつも通り学園に来なかった有咲の家に直行した。特別用があるわけでもないけど、それでも放課後は自然とここに来てしまう。

 この自分の家には戻らず有咲の家に直行するってのも、気がつけばほぼ日課みたいなものになっていた。それくらいの頻度で来ている。

 

「そろそろ卒業なんだし、最後くらいは学園に来たりはしないの?」

「しない」

「即答……」

 

 そうだ。俺たちは、もうすぐで中学生が終わる。

 俺は有咲とは違う学園に行くから、有咲と同じ教室に向かうのはもう出来なくなるのだ。

 だから俺としては、残り短い中学生活を有咲と一緒に過ごしたかったんだけど……。

 

「いや、そんな露骨に寂しそうな顔するなよ。別に私だって、本気で嫌ってわけじゃないよ。ただ、さ」

「ただ?」

「疲れるから、教室にいると」

「ああ、なるほど」

 

 まあ、そう言うのなら仕方ない。俺も強制したいわけではないし、別に学園じゃなくてもこうして一緒にはいられるのだから、不満はない。

 

「けど有咲、高校生になってもそれを貫くのかよ? 悪いことではないけどさ、あまり良い高校生活とは言えないでしょ」

「それはわかってるけど、でも……。多分、行かない」

「……まあ、無理に行く必要はないだろうけど」

 

 ただやっぱり、俺としては有咲にはちゃんと友達を作ってほしいとは思う。こうやって俺ばっかと話していても、飽きてくるんじゃないかとも思うから。

 

「別にいーんだよ、私はこれで。それに高校生になったら、お前は学園にいないんだから。行く意味がない」

「……動機が不純だ」

「ふんっ。いいだろ、別に」

「まあ、うん……」

 

 そんな理由で学園に行かないなんて、どうかと思うぞ。けど……。

 

「でもほら、学園に行けば新しい友達が……」

「いらない。お前がこうして会いに来てくれるんだから、それだけでいい……と、思う」

「有咲……」

「な、なんだよ! 気持ち悪いこと言わせんな!」

「いやいや、勝手に言ったんだろ!」

 

 有咲の()()になれてるそれが、嬉しかったりもする。それが俺の正直な気持ちだった。

 

 

 

 ──だった。はずなのに。

 

 気づけば俺はそれが、()()()()になっていった。

 

 

 

 ****

 

「今日もいない、ですか」

 

 高校生になってから、何ヶ月かが経った。

 俺も流石に今の環境にも慣れてきて、落ち着いた学園生活を送っていた。

 

 そんなある日の放課後。

 俺は中学の時と同じように、有咲の家に来ていた。高校生になってからも一応来るようにはしていたのだが、俺が電車通学になったのもあって、以前ほどの頻度では来ることが出来なかった。

 それでも今になってはこの生活にもなれてきたから、有咲の家に行く暇が出来てきたのだが……。

 

「いや、大丈夫です。それじゃあ」

 

 今度は逆に、有咲が家にいないことが多くなった。

 今日も来てみれば有咲のおばあちゃんが、有咲の留守を伝えてくれた。少し前に話を聞いたけど、どうも学園に行っているらしい。

 

 取り敢えず大人しく引き返して、自分の家へと足を運ぶ。何もない住宅地を、一人で歩く。

 

 しかしこれは一体、どういう風の吹き回しだ。あの有咲が学園になんて。おかしいだろ。だって、俺があれだけ聞いてみても、行かないの一点張りだったのに……。

 あ、いや、違う。

 学園に行くのは良いことだ。それ自体は別になんだって良い。ただ俺は、疑問なだけで……。

 

「……は?」

 

 俺は、誰に()()()を?

 有咲が学園に行くのは、とても良いことで。俺はずっとそれを望んでいて。

 だから俺は多少しつこくとも、俺がいなくても学園には行ってほしいって、言い続けた。そしてそれが叶った。ほら、良いことだ。

 なのに、なんだ、この気分は。俺の中にある()()()が潰されたような。

 

「義務?」

 

 気づけば、足は止まっていた。辺りはすっかり夕日の色に染まっていて、もう暫くすれば夜になるだろう。

 

「…………」

 

 早く帰ろう。早く。

 

 

 ****

 

 

「市ヶ谷さんって、あんまり学園に来ないからさ。ずっとその席が空っぽで、寂しいんだよ、俺」

 

 あの日俺は、たまたま登校してきた市ヶ谷有咲に、単なる好奇心で色々と話しかけていた。

 

「だから今日は市ヶ谷さんが居てくれるから、俺すっげー嬉しいんだよね」

「そ、そう……」

 

 当の本人は、かなり引いていたけれど。それでも喋り続けた。一方的に。

 

「あいつ、ホントに誰とでもああだよな」

 

 そんな声がどこからか聞こえてきた。教室内の誰かの声だ。多分、クラスメイトだろう。

 

「誰でもああやって話しかけて、関わりを持とうとする。そのコミュ力には驚きだよ」

「わかる。でもさ、あいつ──」

 

 聞こえてないとでも思っているのだろうか。それとも、わざと聞こえるように言っているんだろうか。それはわからないけど、でも。

 

「──なんか、義務的に話しかけてくるよな」

 

 間違いなくこの声は、俺を否定していた。それだけはハッキリと理解した。簡単に。

 

「……市ヶ谷さん、今日一緒に帰らない?」

「え? な、なんで」

「ん。いや、ようやく会えたからさ。出来れば、話せる間に話しておきたいなってさ」

 

 

 

 

 

 

 思えばあの日に俺が有咲にしつこく(せま)ったから、今があるわけで。

 

『市ヶ谷さんとは、昨日初めて喋りましたけど』

『お前、それなのにあそこまで話せるのか……』

 

 有咲に話しかけまくった次の日に、俺は担任に呼ばれて市ヶ谷有咲との関係性を聞いてきた。どうやらその時は、あいつにあそこまで話しかける俺に驚いたらしい。

 

『お前は、彼女と仲良くなりたいか?』

()()()()()()()

『……そうか。それじゃあ、そんなお前に頼みがある』

 

 確かその頃、有咲は既に必要単位を取得していて、いわば休学中だったはず。でも先生はなるべく教室に来て、みんなと一緒に過ごしてほしいとか言ってた気がする。青春だとかなんとか。馬鹿らしい。

 

『市ヶ谷有咲の友達になってやってほしい。それで、彼女が()()()()()()()にでもなってほしい』

 

 多分それは、有咲にとってはただの迷惑なのだろう。

 担任といえど、他人に自分を変えてやってほしいなんて、迷惑どころか失礼だろ。

 でも俺は。

 

『いいですよ、それくらい』

 

 簡単に引き受けた。善意とか好意とかそういうのじゃなくて、ただただ俺は自分の中にある──。

 

 

「──っと。ちょっと! 聞いてるの!?」

「うえっ!?」

 

 その声で、一瞬にして現実に引き戻らされる。目の前には、どういうわけか母が立っていた。

 

「ボーッとして、どうしたの? まあそれより、有咲ちゃんが来てる」

「え? あ、ああ」

 

 それだけ言うと、母さんは部屋から出ていった。有咲が来てるって、なんでだろうか。

 なんて、考えても仕方ない。とにかく、早く玄関に行かないと。もしかしたらかなり待たせてしまったのかもしれない。

 

 

 

「……遅い」

「ご、ごめん」

 

 そうして急いで出てみると、案の定怒った有咲がいた。やっぱり、それなりに待たせてしまったらしい。

 

「ま、まあそれより、急にどしたの有咲」

「いや、今日ウチに来てたって聞いたから……」

「ああ、うん。それが?」

 

 それでわざわざ来たと言うのだろうか? だとしたらなんで今日だけ? 今までも何度か行ったけど、お前が居なかったことはかなり多かったはずだ。

 

「いや別に、それがどうってわけじゃないんだけどさ。なんか、用があったのかな……って」

「別に、なにもないけど」

 

 なんだか有咲の様子がおかしかった。どこか遠慮しているというか、なんというか。そんな気がした。わかんないけど。

 

「そ、そっか」

「ああ」

「…………」

 

 それだけ言うと、有咲は黙ってしまった。やっぱり、なんだか変だ。

 

「有咲、どうかしたのか?」

「いや、その……ちょっと、お前に用があって」

「? なんだ」

 

 少し言いづらそうにしながら、有咲は口を開いた。

 

「私、ちょっと前から学園の……と、()()、とバンドを組み始めてさ。今度ライブをすることが決まったから、お前にも観に来て欲しくて……」

「…………」

 

 その有咲の口から聞く有咲自身の情報は、俺の知る市ヶ谷有咲とまるで異なっていて。突然目の前の彼女が、知らない人に見えてきた。

 でも俺は。

 

「ライブ?」

「ああ……ダメ、か?」

「いいよ、それくらい」

 

 簡単に引き受けた。善意とか好意とかそういうのじゃなくて、ただただ俺は自分の中にある──。

 

 

 

 ──義務感で。

 

 

 




やる気次第。

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