むかしむかしあるところに、陰キャと陽キャがおりました。

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インとヨウ

 昔々、世界は大きな壁で二つに分かれていました。

 

 その壁は山のように大きく分厚くて、世界の果てまで続いていました。これを超えた人は今まで誰もいません。

 

 ですが長い時が過ぎて、壁には崩れたり穴があいたりする場所が出てきました。

 

 これはその穴を通り、不運にも出会ってしまった二人の女の子のお話です。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 二つに分かれた世界の一方は暗く陰って、もう一方は明るい陽に照らされています。

 

 暗い方は陰の国と呼ばれ、一日中夜が続いてじめじめしており、やせ細った枯れ木が墓標のように点々と生えています。この国に暮らす人は陰キャと呼ばれました。

 

 明るい方は陽の国といい、空のてっぺんにずっと太陽が輝いて、色とりどりの花畑がそこらじゅうにあります。ここに暮らす人は陽キャと言いました。

 

 陰キャと陽キャはとても仲が悪く、壁が出来る前から「けっして関わってはいけない」と掟で決められていました。ですが長い時が過ぎて、その掟を気にしない悪い子が出てきました。

 

 ある二人の仲良し少女も、悪い子でした。

 

「インはひんやりしてて気持ちいいなー」

「ヨウ……恥ずかしいよ……」

「嫌なら辞めるよ?」

「嫌じゃ、ないけど」

「じゃ辞めなーい。ぎゅー」

 

 壁の穴が広がってトンネルのようになった場所で、二人の少女が抱き合っています。

 

 白いワンピースの快活な少女はヨウ。陽の国の陽キャ。ヨウがぎゅっと抱きしめる、黒いローブの少女はイン。陰の国の陰キャ。

 

 インは恥ずかしそうにしながらも、首に回されたヨウのしなやかな腕を、愛おしそうに手でつかみます。

 

「ヨウの体は、あったかい」

「向こうは暑苦しいんだよね。インはひんやりしていい感じだよー」

 

 お互いの暖かさと冷たさを交換しあう二人は、陰キャと陽キャとは思えないほど仲良しでした。

 

 不意にトンネルの中がしん、と静かになります。陽の国から吹き込む暖かなそよ風と、陰の国に降りしきる雨のしとしとした音が、二人の耳に届きます。

 

 すると、ヨウがくすくすといたずらっぽく笑いました。

 

 どうしたの? とインが首を回して振り向きます。

 

「不思議だなって。何もしゃべらないのにすっごく落ち着くの」

「別に……話すことないし……」

「毎日会ってるもんね。でもさ、話すこともないのに毎日会って、一緒にいるのに何もしないって、不思議じゃない?」

「そう、かも……?」

 

 陰キャのインに、陽キャのヨウのこの考えは分かりませんでした。

 

 人はお互いを知るために言葉を交わします。交わす言葉が途切れると、相手の考えは分からなくなって、気まずくなってしまいます。

 

 ですがヨウとインは、お互い何を思っているのか、一番大切な思いだけはいつだって分かりました。

 

「イン、大好きだよ」

「知ってる……私も、だいす……」

「ごめんよく聞こえない、もっと大きく」

「意地悪嫌い……」

 

 二人はお互いが大好きでした。何も言わなくても、からかっても冗談を言っても変わらないと思えるくらい強い、大好きな気持ちがありました。

 

 インとヨウは、幸せでした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 陰キャと陽キャはまったく違う生き物でした。

 

 陰キャは陰から生まれ、暗くじめじめした陰の国で、一生陰湿に暮らします。

 

 陽キャは日の光から生まれ、明るくきらきらした陽の国で、一生賑やかに暮らします。

 

 こんなに違う生き物たちが仲良くなることは、絶対にありえないことでした。

 

 ですがインとヨウは、違うから、好きでした。

 

 ある日のことです。

 

「あ、そうだ」

「どうしたの?」

 

 いつものようにトンネルにやってきた二人は、ただ静かに隣り合って座り、手をつないでいました。

 

 すると、ヨウが何かを思い出したように声をあげたのです。

 

「ねえ、リア充の言い伝えって知ってる?」

「ううん。何それ?」

「大人たちが話してたんだけどね。『陰と陽が交わる時、リア充降臨す』って古い言い伝えがあるんだって」

「ふーん」

 

 ヨウは顔を赤らめ、はしゃいだ様子でインに詰め寄ります。

 

「インとヨウって私たちの名前でしょ? 言い伝えに出てくるなんて、すごくロマンチックじゃない? 運命的っていうかさ」

「ロマンチック? うんめー?」

 

 インはヨウの言いたいことが分からず、首をひねるばかりです。

 

「よく、分からない……それより、リア充って何?」

「大人たちが探してる、伝説の生き物のことだけど……もう、そっちは気にしなくていいのに!」

「だって、気になった、から……ごめんね、空気また読めてなかった」

 

 陰キャは空気が読めません。話も合わせられませんし、人の気持ちを察することも苦手です。それが陰キャなので、変わることもできません。インはそんな自分が大嫌いでした。

 

 つぶらな瞳に、うるうると涙が浮かびます。

 

「せっかくヨウが教えてくれたのに……」

「大丈夫。気にしないで。私はそんなインが好きなんだよ」

 

 でもヨウは、大好きでした。

 

「自分の気持ちに正直で、人に合わせることをしなくて、でもちょっとしたことで落ち込んで。みんなみんな、インのいいところなの」

「いいところ……」

「うん。正直でまっすぐで優しいところ」

「だけど、私は嫌い……」

 

 変わらずしょんぼりしているインですが、ヨウには関係ありません。

 

 たとえどんなにインが自分自身を嫌いでも、

 

「私があなたを大好きだから」

 

 それ以上にヨウが、好きでいればいいのですから。

 

 インは顔を真っ赤にして、ぷいとそっぽを向きました。

 

 

 またある日のことです。

 

 インがトンネルで待っていると、ヨウがふらふらしながらやってきました。

 

「ヨウ……変な匂い……」

「またノミカイだよー、気持ち悪いー……」

 

 たくさんのお酒で酔っ払っているようです。

 

 ヨウはふらりと倒れ込み、冷たく柔らかいインの太ももを枕にしました。

 

「毎日ノミカイ、お疲れ様……」

「うう、もうやだぁ……」

 

 ヨウは辛くて泣いていました。

 

 陽キャは一人になることができません。知らない同族も含めてみんな友達で、友達が何よりも大事なのです。そして、友達からノミカイの誘いがあると、決して断れません。

 

 ヨウはノミカイが苦手でした。おいしくないお酒を呑んで、好きじゃないお歌を歌って、つまらないおしゃべりで作り笑いをしなければならないのです。

 

「嫌だって言いたいの。つまらないって言いたいの。でもそんなことしたら、仲間はずれにされちゃう。一人にされたら、死んじゃう……」

 

 陽キャは友達が何より大切です。でも、ヨウは独りでした。

 

 独りじゅないフリをするところが、周りに合わせてばかりの自分が、

 

「大嫌い……」

 

 ヨウは大嫌いでした。

 

 でも、

 

「私は……好き」

 

 そんなところが、インは好きだったのです。

 

「空気を読んだり、周りの人に合わせたり……私には、絶対できない。嫌なことはしたくないから……自分が嫌なことを、誰かのために我慢してやるのは、ヨウが優しくて、強いからできること。だから……強くて優しい、ヨウが好き」

「……えへへ」

 

 たどたどしく、けれど力強く。

 

 いつもよりはっきりしたインの言葉を聞いて、ヨウはふにゃりと笑います。火照ったヨウの頭を、冷たいインの手が優しく撫でて、ヨウはお酒の気持ち悪さを少しの間忘れました。

 

 あなたが嫌いでも、私が好きだから。

 

 インとヨウはまったく違う生き物ですが、お互いを想う気持ちは同じなのです。

 

 だから二人は、とっても幸せでした。

 

 

 でも幸せは長く続きません。

 

 

 別の日、インとヨウはトンネルで二人してぼうっとしていると、陽の国の方向から大勢の人たちが押しかけてきました。

 

 その人たちは、インの目には眩しいほどおしゃれで垢抜けた格好をしていて、黒いてるてる坊主のようなインとは雰囲気がまったく違います。

 

 インは反射的に、ヨウを背中に庇うように位置取りました。

 

「こんなトンネルがあったなんて。ヨウ、帰るぞ。陰キャにかまってちゃいけないんだ」

「やだ! 私はインと一緒がいいの! ノミカイには出るから、放っといて!」

 

 彼らはヨウの友達でした。友達として、ヨウの掟破りを注意しにきたのです。

 

「おバカめ。一緒にいれば、焼き焦がす。後悔することになるぞ」

 

 ギクリ、と汗を流すイン。

 

 そんなインの前に出て、ヨウは強く言います。

 

「意味わかんないよっ。私たちに構わないで!」

 

 ヨウがそう言うと、友達は眉を吊り上げました。

 

「コイツは空気を読まないやつだ! やっちまえ! 友情ロープ!」

「きゃああっ!」

「ヨウ!?」

 

 友達の手から放たれた友情がロープになって、ヨウをぐるぐる巻きにしました。陽キャの特別な友情は、友達を縛ることができるのです。

 

「和を乱すな、周囲に合わせろ、みんな同じことをしろ、空気をよめ! ウェーイ!」

「ウェーイ!」

「お前も返事しろ、ヨウ!」

「やだ! 私は自分を曲げない! やりたいことをやるの!」

 

 頑張って意見を言うヨウ。周囲に合わせるのはもう嫌でした。

 

 ですがヨウの友達は、一斉にインに手を向けます。

 

「陽キャビーム!」

「い、陰キャバリア……! うぐっ!?」

「イン!」

 

 陽キャの圧倒的なコミュニケーション能力が、光線となってインに襲いかかります。インはどうにか陰キャの拒絶バリアで防ぎますが、すぐにバリアが破られ、陽キャのコミュ力に当たってしまいます。

 

 インはぱたりと倒れ、声を出す力もありません。

 

「陽キャと陰キャは一緒にいてはいけない。この場でお別れさせてやる!」

「や、やめて!」

「なら返事をしろ、空気を読め!」

「うう……ウェーイ……」

「よーし、いいぞ。帰るぞみんな、ウェーイ!」

「ウェーイ!」

 

 縛られたヨウを連れ、陽キャたちはトンネルの向こう側、光のあふれる暖かい場所へ帰って行きます。

 

 静かなトンネルには、痛みと悔しさでべそをかくインだけが、ぽつんと残されました。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 ヨウは次の日、トンネルに来ませんでした。インとヨウが出会ってから、初めてのことでした。

 

 きっと行きたくもないノミカイに連れて行かれたのでしょう。嫌そうに周りに合わせるヨウの顔が頭に浮かびました。

 

 ヨウが嫌がっているなら、助けにいかなきゃ。

 

 そう思って陽の国に踏み出そうとするインですが、とたんに怖くなって、自分のお家まで走って帰りました。陽キャビームの痛みを思い出してしまったのです。

 

 枯れ木の森を走り抜け、かたつむりの町に着き、自分の殻の中に飛び込むと、扉をしめてへたり込みます。はらはらと、涙がこぼれました。

 

 大切な人を助けに行きたいのに、痛いのが怖くて動けない。そのことが情けなくて涙が流れ、泣いている自分が情けなくてまた涙が出ました。

 

 そうして毎日毎日、殻に閉じこもって泣いていたある日。

 

 こんこん、と扉がノックされます。

 

 だあれ? と返す暇もなく扉は開かれました。

 

「イン! 大丈夫!?」

「ヨウ……? お酒臭い……」

 

 そこにいたのはヨウです。

 

 インを愛おしそうに抱きしめて、頬ずりしました。負けじとインも抱きしめます。

 

「私、勝ったの! ノミクラベでみんな倒して来たんだよ!」

「そう、なんだ……」

「うん! これならまた毎日会えるね!」

 

 ヨウは、ノミカイで行われる陽キャの決闘、ノミクラベに勝利しました。きちんとノミカイには参加しているので、文句は言われません。

 

 このことを聞いたインは、とても情けない気持ちでした。ヨウではなく、自分自身がです。

 

 ヨウはあの日、嫌だとはっきり言っていましたし、決闘でも勝ったといいます。怖いものに立ち向かって、ヨウの力で乗り越えました。

 

 それなのにインは、辛いことから逃げて泣くばかりで、ヨウを助けにいけませんでした。しかも、大切なヨウにとっても大きな隠し事をしています。

 

「イン? どうしたの?」

「ううん……なんでもない。また会えて、嬉しい。ずっと一緒……」

「私も嬉しいよ! 私たちはずっと一緒!」

 

 苦しいことから目をそらすのは、陰キャの得意技でした。

 

 目の前にいる大切な人を、強く抱きしめます。

 

 離れ離れになった二人でしたが、また幸せになったのでした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 しかしいくら幸せでも、結局インは陰キャでヨウは陽キャだったのです。

 

 再会から少し経ったころ、二人はやっぱり例のトンネルで仲良く過ごしていました。

 

「わ、私にこういうのは、似合わない……」

「そんなことないよ! うん、すっごくかわいい、似合ってる!」

「そうかな……」

 

 ヨウはお土産に持ってきた、陽の国のお花を、インの髪に付けました。真っ黒なインの髪とお花の白色がコントラストになって、よく映えています。

 

 おしゃれなんてしたこともないインは、顔を真っ赤にしてうつむきました。

 

 その様子がよけいかわいくて、ヨウはたまらずインを抱きしめ──そこで気が付きます。

 

「えっ?」

「あ、やだ、離れて……」

「イン、あなたその手は? それにほっぺも……」

 

 ぶかぶかのローブの下に、インの手はありませんでした。いいえ、手どころか腕もなくなっています。よく見ると、きれいな白いほっぺも、灰のような白色になっています。

 

 ローブを払い除けて見てみると、二の腕までしかありません。断面のところは、ほっぺと同じく灰になっていました。

 

「なんでもないよ」

 

 インは慌ててヨウから離れました。

 

「なんでもないわけ、ないでしょ! 何があったの? 他の陽キャにいじめられたの? それとも──あっ……」

 

 ヨウははっと息を呑みます。

 

 とっても賢いヨウは、灰になったインのほっぺと手は、ヨウがよく触るところだと気がついたのです。

 

 一緒に居ると、焼き焦がす。陽キャは陰キャを焼き焦がす。訳の分からなかった友達の言葉も、思い出しました。

 

「そういうことだったんだ……」

 

 陽キャのコミュ力は、陰キャにとってどうしようもない毒でした。

 

 たとえ光線にしなくても、ヨウにその気がなくても、一緒にいるだけでインを焼き焦がすのです。このままでは、インの体全部が灰になる日も遠くないでしょう。

 

 ヨウは泣きそうになりながら、声を絞り出します。

 

「どうして言ってくれなかったの?」

「ヨウと一緒にいたいから。心配かけたくなかったから」

「……嫌い」

「え?」

「インなんて大っ嫌い! バーカ、バーカっ!」

 

 大声で言い捨てて、走り去るヨウ。

 

 とっさに伸ばしたインの手は、虚しく宙を切って。

 

 どんなに仲がよくっても、結局二人は陰キャと陽キャなのでした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 トンネルに残されたインは、ぺたんとその場に座り込んで、何日も何日も考え続けました。どうしてインは怒っていたのでしょうか。

 

 たしかにインはこのままヨウと一緒にいると、灰になって消えてしいます。

 

 でもインが消えたって悲しむ人は誰もいません。陰キャは友達を作らず、他人に無関心で、一生孤独に生きるからです。灰になっても悲しむどころか気づきもしませんし、イン自身も後悔しません。大好きなヨウと会えないくらいなら、死んだほうがいいと思います。

 

「あっ、そっか」

 

 インはやっと気づきました。

 

 インがヨウを好きなように、ヨウもインを好きなのです。

 

 好きな子が灰になったら、悲しい。だからヨウは怒った。

 

 とても簡単なことでしたが、賢くないインには難しい問題でした。

 

「行かなきゃ」

 

 でも賢くないインだって、今やらなきゃいけないことはすぐに分かりました。

 

 友達を傷つけたなら、ごめんなさいをするのです。

 

 トンネルの出口はイバラで閉じられていました。しかし不思議なことに、インが前に立つとイバラがするすると引っ込み、道が開きます。

 

「……まぶしい」

 

 まばゆい陽の光に、陽キャビームの痛みを思い出して、一歩後ずさります。けれど、

 

「行かなきゃ」

 

 インはもう、迷いませんでした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 陽の国はお日さまに照らされ、まぶしく輝いていました。トンネルのすぐ外はお花畑があって、遠くにはお酒の湖とおしゃれの森が見えます。

 

 このまぶしい国のどこかにいる、ヨウを探さなければなりません。

 

「ウェーイ! こんにちは!」

「うぇっ? こ、こんにちは……」

 

 まぶしさに目を細めているインに、大きなお花が声をかけました。

 

「おやおや? あいさつができないなんて、君は陰キャかい? ウェーイ!」

「うぇ、ウェーイ!」

「いいぞ、君は陽キャだ! さあ、何して遊ぶ? ノミカイ? カラオケ? スポーツ? オシャレ?」

「え、えっと……」

「そういえば見ない顔だね? お名前は? 趣味は? 好きな食べ物は? カレシいる? どこ住み?」

 

 お花の圧倒的なコミュ力に、インはたじたじになっています。

 

 会話に間が空くと、お花さんは鬼のように顔を歪めました。

 

「こんなに話が続かないのは初めてだ! やっぱり、お前は陰キャだな!」

「そ、そうだけど……」

「騙された、白いお花をしてるから! それがなければ、トンネルを通さなかった!」

 

 お花さんが言うと、トンネルはお花さんのイバラで塞がれました。お花さんはトンネルの見張りだったのです。

 

 お花さんは花びらをまき散らして怒鳴ります。

 

「陰キャはいるだけで空気を乱す! 生まれるべきじゃなかった! 気持ち悪い、生理的に無理! 死ね死ね死ね、消えろ消えろ消えろ! ペッ!」

「い、陰キャバリア……!」

 

 吐き捨てられたコミュ力をバリアで防ぎながら、インは大慌てでお花畑を逃げ出しました。

 

 おしゃれの森に入ったところで、しばらくはあはあと息を整え、やっと動けるようになります。

 

 見上げると、立派な木がひしめいていました。こずえの間からおひさまの光がキラキラ降り注ぎ、光の格子になっています。

 

 木には、見たことないほどおしゃれな服や、きれいに盛り付けされたパーティー料理が生っていて、インは場違いな気持ちになりました。

 

 早くヨウを見つけて、ごめんなさいしないと。

 

 小走りで森を抜けた先には、大きな湖がありました。

 

 お酒のにおいが鼻をつきます。陽キャがノミカイで使う、お酒の湖でした。

 

「あれが、ノミカイ?」

 

 湖のほとりには、人だかりができています。ノミカイをしているのでしょうか?

 

 陰キャバリアで姿を隠し、こっそり近づいていくと、

 

「ヨウ!」

「イン!? どうしてここに!?」

 

 友情のロープで縛られたヨウが、陽キャたちに囲まれていたのでした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「陰キャバリアっ……!」

「うわっ、陰キャだ!」

「退け、退け! 陰キャが出たぞ!」

 

 インが人だかりに飛び込んでバリアを使うと、怯んだ陽キャたちが友情ロープを引っ込めます。

 

 そうして自由になったヨウに、インはひしと抱きつきました。

 

「ヨウ、ヨウ……!」

「イン、どうして……ダメだよ、私と一緒にいたらインの体が!」

「ごめんなさい。その事を、謝りにきた。でもやっぱり、私は、ヨウと一緒がいい。それがダメなら、灰になる」

 

 謝りにきたのに、仲直りにしにきたのに。ヨウを見たとたん、インは気持ちを抑えられません。たとえ灰になってヨウが悲しむとしても、いっそのこと──。

 

「おバカ。灰にならなくていいの。そのための、方法があるんだから」

「方法……?」

「そうだよ。……みんな聞いて!」

 

 ヨウは立ち上がって、取り囲む陽キャたちに告げます。

 

「もう一度言うよ! 私は陰の国で暮らす。陰キャになって、ずっとインと一緒にいる!」

 

 陰キャと陽キャが相容れないなら、どちらかが合わせればいい。それが、あの日泣いて帰ってきたヨウの出した答えでした。

 

 当然、みんな仲良しの陽キャたちが許すはずありません。

 

 陽キャのリーダー、カンジと呼ばれる男が、集団から一歩出てきました。

 

「愚かな! 我々の友情を拒んでまで、陰キャを選ぶというのか! そんな訳ないよな、我々はみんな仲良しの友達だ。一人だけ違うことをするなんて、冗談にきまってる。みんなもそう思うだろ!」

「ウェーイ!」

「みんなはこう言ってるぞ! 冗談なんだろ、ヨウ!」

「冗談なんかじゃない! 私はもう、自分を曲げたりしないっ!」

 

 どよどよ、と陽キャたちがざわめき、カンジは怒りで顔を真っ赤にします。

 

「空気の読めない自己中心女め! 我々みんなでリア充になる夢を忘れたか!」

「リア充は、仲良しだけじゃ至れない! 言い伝えはそう言ってる!」

「あんなものはデタラメだ! もういい、みんなやってしまえ、友情ロープ!」

「陰キャバリア……あうっ」

 

 インはバリアごとロープに跳ね飛ばされ、ヨウはまた縛られてしまいます。

 

 おまけにインは陽キャたちに取り押さえられました。指一本動かせません。

 

 カンジはヨウを睨んだ後、インの方に近づいてきて、顔を蹴っ飛ばしました。

 

「あうっ!? 痛いよう……」

「貴様が悪いのだ! 我々がやっとリア充になれるというとき、この女をたぶらかした! 我々の夢をどうしてくれる!」

「辞めてよ! 私は、私の意思でインを選ぶの! インは何も悪くない!」

 

 言い争いが聞こえる中で、インはぼんやり思いました。

 

 やっぱり、私はダメな子だったな。

 

 友達を傷つけて、そのことを謝りにきたのに、何も考えず飛び出してしまって。痛い目に遭って、ヨウに迷惑をかけてる。だから大っ嫌いなんだ。

 

「この期に及んでまだ、穢らわしい陰キャを庇うとは……いいだろう。そこまで言うなら、貴様らまとめて死んでしまえ」

 

 陽キャたちはインたちから離れ、きれいに整列して、腕を向けます。陽キャのコミュ力が光線になって、インたちを狙っていました。こんなにたくさんのコミュ力に当たれば、陽キャのヨウでも灰になってしまいます。

 

 縛られたまま這ってきたヨウは泣いています。

 

「イン、ごめん、ごめんね……! 私たち、こんな形でしか一緒にいられない……」

「違う」

「えっ?」

「なんだと?」

 

 だからインは、力いっぱい。

 

 ヨウを突き飛ばしたのでした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 突き飛ばされたヨウ。

 

 怒り心頭だったカンジ。陽キャビームを構えていた陽キャたち。

 

 その場にいる誰もが、インの豹変にぽかんとしています。

 

 一番早く立ち直ったのは、カンジでした。

 

「ほう。違うとは、何のことだ」

「私たちは……」

「聞こえんぞッ! 声を張れ陰キャァ!」

「……私たちはッ! 最初から一緒にいないッ!」

 

 陽キャと違って、喉の弱い陰キャのイン。大声で喉が切れて血を吐きますが、構わず声を張り上げます。

 

「私はヨウに嫉妬した! コミュ力がある、友達もいる、おしゃれでかわいくて、みんなに想われてる! 妬ましくて羨ましくて、気が変になりそうだった……だから! 陰キャの道に、引きずり込もうとした!」

「ふん、そのようなウソで──」

「なん、だと……!」

「……続けろ」

 

 何かを言いかけたカンジですが、陽キャたちの方をちらりと見て、空気を読みました。

 

「陽キャに陰キャの苦しみを味わわせてやりたかった。陽が陰る絶望を、孤独に生きる寂しさを。後少しだったけど……もう、無理みたい」

「なんて酷いヤツなんだ!」

「ヨウはこんなにお前のことを思っているのに!」

「友達ごっこでヨウを騙していたんだ! ヨウは悪くないんだ!」

「……その通り。全部私の悪だくみだった」

 

 陽キャたちはとても怒って、陽キャビームの狙いをイン一人に絞ります。

 

 カンジは無言で空気になっていました。

 

 一方、縛られたヨウは。

 

「……そ、そんな。イン、違うよね? 私を置いてけぼりにするつもりじゃ、ないよね……?」

 

 とっても賢い頭で、インの気持ちをすべて、察していました。

 

 縋るような目で、インに呼びかけます。インはツンと顔をそむけ、目も合わせようとしません。

 

 その様子が陽キャたちは気に入らなかったようです。

 

「人と話すときは、相手の目を見ろッ!」

「もう許さんぞ、外道畜生のクソ陰キャめ!」

「陽キャ……ビィームッ!」

「陰キャバリアッ!」

 

 陽キャたちのコミュ力が、流星雨のようにインへ飛んでいき。

 

 数々のノミカイで鍛えられたコミュ力が、イン一人のバリアで止まるわけもなく。

 

 小さなインの体を、飲み込みました。

 

「きゃあああっ! イン、イーン!」

 

 自分の体が灰になっていくのを感じながらも、インは非常に安らかな気持ちでした。

 

 陰から生まれ、一人で生きて、自分勝手に友達を傷つけて、ずっと役立たずだったけれど。最期のこの時だけは、胸を張れる。友達のために頑張った、この瞬間だけは──

 

 インが目を閉じたその時。

 

 びきり、と乾いた音が鳴って。

 

 世界を分かつ大きな壁に、亀裂が入りました。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 陽キャたちの陽キャビームはたしかに命中し、陰キャ陽キャに関わりなく灰も残さず消滅させるかに思われました。

 

 ですが、インはまだそこにいます。

 

 何かを悟ったように穏やかな顔つきで、空を見上げていました。

 

 ヨウもカンジも、陽キャたちも、呆然としています。

 

「ずっと不思議だった。陽キャって、陰キャってなんだろうって。同じ人なのに、何が違うのかって」

 

 世界に染み渡るような声で、インは話し出しました。

 

「今、わかった。私たちは同じなんだ。暗くて陰気な自分が嫌いで、明るいけど集団に縛られる自分が嫌い。自分が嫌いなだけの人間だった。それが私たちを隔てていた」

 

 呆然とするヨウの前に、インはしっかりと立ちふさがって、続けました。

 

「自己嫌悪を乗り越えて、自分を好きになること。簡単なことだった。それだけで私たちはみんな──リア充になれるんだ」

 

 その瞬間、陽キャすら凌駕する圧倒的な力が、インを中心に吹き荒れます。

 

 陽キャたちは飛ばされないよう、どうにか踏ん張るので精一杯でした。

 

「まさか、リア充だと!?」

「奴が伝説のリア充だというのか!?」

「怯むな、陰キャの戯言だ! フォーメーション、イッキノミ! やつをもう一度叩く!」

 

 どうにか整列しなおして、もう一度強烈な陽キャビームを放ちます。

 

 太陽のようなコミュ力光線はまっすぐインに向かいますが、吹き荒れるリア充力にかき消されました。

 

「馬鹿な、かき消しただと……!?」

「友達百人、ノミカイ週七の異名を持つ我々の全力を……!?」

「撤退だ! 一度退いて態勢を──」

「ううん、ダメ。ここでこらしめる」

 

 いっせいに踵を返す陽キャたち。

 

 ですが逃げる方向にはすでに、インが回り込んでいます。

 

 吹き荒れるリア充力が一度インの体内に引っ込みました。嵐の前の静けさが湖畔を満たして──

 

「リア充コンフィデンス」

「ぐああっ!」

 

 台風のようなコミュ力──いえ、自信と余裕が陽キャたちを吹き飛ばします。自分を信じ、充実した心から放たれる余裕の力は、陽キャたちのコミュ力とは比べ物になりません。

 

 陽キャたちはみんな気絶して、その場に倒れてしまいました。

 

「すごい……すごいよイン! まさかインが伝説のリア充だったなんて!」

 

 インの力で友情ロープが切れ、自由になったヨウがはしゃいだ様子でインに駆け寄ります。

 

「リア充なら、私のコミュ力なんてどうってことない。ずっと一緒にいられるね!」

「……ううん」

「い、イン?」

 

 首を横に振るイン。

 

 不安に駆られ、ヨウが手を伸ばして、そして絶句しました。

 

 インの体は全身が灰になっています。風が吹き、白い灰が足元から散っていきました。

 

 リア充にコミュ力は効きません。ですがリア充になる前に、インの体はすべて灰になっていたのです。

 

 リア充コンフィデンスでどうにか持ちこたえていたものの、もう限界でした。

 

 最期の言葉を考える余裕もないほどに。

 

 だから、考えなくてもすぐに言える気持ちだけ、遺すことにしました。

 

「大好き」

 

 インの最後の一片が、さらりと吹かれて消えていき──真っ白なお花も花びらとなって、吹き散らされたのです。 

 

 

 

ーーー

 

 

 

「ハーッハッハ! 愚かな小娘だ。実にお粗末な演技だった」

「……」

 

 空気になっていた陽キャのリーダー、カンジが大笑いしました。

 

 インの思惑に気がついていたものの、空気を読んで黙り込み、友達の後ろに隠れていたのです。

 

「自己嫌悪の打破によりリア充へ至るだと? 戯言を……。真のリア充はこの俺、多くの陽キャに慕われノミカイを主催するカンジ様以外にない! 友達の数とノリの良さがリア充に至る鍵なのだ!」

「……許さない」

 

 ゆらり、とヨウが立ち上がります。

 

 静かな立ち姿から先程のインを思い出し、怯むカンジですが、負けじと声を張ります。

 

「ふん、出来損ないの陽キャの貴様に何ができる? 下らん自己犠牲で救われた気分はどうだ? 陰キャ一匹死なせて清々したか、それとも罪悪感か?」

「どっちでもない」

「なっ、こ、この力は!?」

 

 ヨウを中心にすさまじいコミュ力──リア充コンフィデンスが吹き荒れます。

 

 この瞬間、世界に二人目のリア充が生まれたのです。

 

「バカな!? 友を死なせておいて貴様、リア充になるのか!? 罪の意識や自己嫌悪はないのか!?」

「あるわけない」

 

 リア充覚醒の鍵は、自分を好きになること。インを死なせたヨウが自分を好きになるなんて、普通はありえません。

 

 しかしヨウはこの時、自分のことが世界で一番大好きでした。

 

 周りに合わせるばかりで、明るいフリをしても本当はただの寂しがりで、誰にも心を許せなくて、だけど誰かが一緒じゃないと孤独に耐えられない。挙げ句のはてに大切な人を死なせてしまった──それでも、大切な人が大好きと言ってくれた。

 

 たとえ灰になろうとも、命を捨てるほど大好きだと、そう言ってくれたから。

 

「インが最期まで好きでいてくれた私を──誰が嫌いになるもんかっ!!」

「くっ、生意気なガキが! 陽キャァァァ──ビィームッ!!」

 

 目前に迫るコミュ力光線を見つめながら、ヨウはその光の中に、大切な思い出をみとめていました。

 

 トンネルを見つけ、つい陰の国に入ってしまったあの時。寂しさと暗さで泣いていたヨウを、家まで案内して、なぐさめてくれたこと。一緒にトンネルを探して、いざ帰るときに寂しくなって、話しているうちに仲良しになったこと。

 

 その記憶はコミュ力の光よりもはるかに眩しくて──思い出の眩しい力が、リア充の力をさらに強めます。

 

 光線は、一睨みで消え去りました。

 

「リア充ゥゥ──」

 

 呆然とするカンジに詰め寄り、溢れ出るリア充パワーを拳にこめて。

 

「コンフィデンスッ!!」

 

 カンジのほっぺを殴り飛ばす。

 

 その衝撃が世界を揺らし、亀裂の入った陰陽の壁は。

 

 ガラガラと音をたて、崩壊したのでした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 こうして陰と陽の区別はなくなり、世界には昼と夜が生まれました。

 

 真のリア充として覚醒したヨウは、リア充の女王として陽キャ、陰キャたちをまとめ、二つの種族が区別を乗り越えて仲良くなるお手伝いを、根気強く続けました。

 

 そのかいもあって、種族を問わず多くの人間が新たなリア充として覚醒していき、ヨウはみんなから頼れる女王として、そして何よりも友達として慕われました。多くの友達から、何より自分自身にも好かれるヨウは、世界一のリア充として有名になります。今やヨウのことを知らない人はいません。

 

 ですがヨウを慕う友達はみんな口をそろえてこう言います。

 

 女王様が心から笑うのを見たことがない。

 

 女王様が誰かを友達と呼ぶのを聞いたことがない。

 

 女王様はいつも、誰も知らないどこかに姿を消す。

 

「イン……」

 

 壁のがれきで建てられたお城のてっぺんで、ヨウはお月さまを見上げながら。

 

 もう二度と会えないあの子の名前を、そっとつぶやくのでした。

 

 

 



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