この夏から一年、早苗さんの家にお世話になる。 作:ももいっぷ
翌日。
二日酔いで痛む頭を押さえ、いつものようにお使いに出掛ける。
すると山の中腹に差し掛かったところで、目の前に人影が飛び出してきた。
そいつは両手を大きく広げ、まるで小動物が威嚇をするようなポーズを取って。
「おーばーけーだーぞー!」
と、間抜けな声で叫んだ。
なんだこの子。
「やい、いじわる人間! この前はよくも騙してくれたね!」
きっと頭を打ってしまった可哀想な子だと思い、スルーしようとしたがその言葉にふと記憶が蘇る。
この前?
ああ、あの時のへなちょこ妖怪か……。
途端に、身体中にあるあの時の傷がうずく。
……また何かされたら厄介だ。
ここは先手必勝、こんな時の為に用意していた必殺アイテムで追い払おう。
というわけで、鞄から子供の拳程度の大きな鈴を取り出した。
「これでもくらえ!」
そして、取っ手を持って左右に揺らした。
からんからんからん。
乾いた鈴の音が辺りに響く。
……おお、初めて使ったがこんなに響くとは。
これにはさしもの子グマもお手上げだろう。
「クマじゃないし! 妖怪だし!」
しかし、少女は涙目で抗議するのだった。
俺は残念そうに鈴を仕舞う。
「いじわる人間! 私に何か言うことあるんじゃないの!」
怒っています、というように腰に両手を当てて頬を膨らませる。
なんとも間抜けな顔だ。素直に誉めてやろう。
「おもしろい顔だな」
「むぅ~~~!!」
おお、怒ってる怒ってる。
どこにそんな空気が入るのかというほど、更に頬を膨らませる。
痛そうなので頬を抑えて空気を抜いてあげると、再び目の前に並び、顔を真っ赤にしながら立ち塞がるように両手を広げた。
「謝るまで、通してあげないんだからね!」
「悪かった。じゃあな」
「え、ちょっと!」
脇を通り過ぎようとする。
「ちゃんと謝ってよぉ……」
しかしそうやって泣かれてしまっては、無視して通り過ぎることもできない。
仕方なく向き直り、話を聞くことにする。
「それで、何を謝って欲しいんだ?」
「とぼけないで! 私のこと騙して、梅干し食べさせたでしょ!」
「梅干し?」
ああ、ガムの事か。
そういえばこいつ、外れを引いたんだっけな。
あの時の悲鳴は結構なものだったし、小鈴に引かせなくて良かったと思ったものだ。
さすがに可哀想だもんな、嫌われるのは避けたい。
「あの時は助かった。サンキューな」
「私、なんでお礼言われてるの……?」
想定外の言葉だと言うように、少女はぽかんとあほ面を浮かべている。
まあいい。
きちんとお礼は言ったんだし、もう十分だろう。先を急ぐことにする。
「それじゃ、またな傘子」
挨拶をして、追い付かれないように走って階段を下って行く。
あの妖怪は怒っていたが、少しは感謝してほしいものだと思う。
あの日、こちらのやり方が悪かったのもあったが、実際に人を襲おうと機会を伺っていたのは事実だったわけだし。
それを素直に早苗さんに報告していたら何とかしてくれただろう。
が、何だかそれは思っているより酷い事になる予感がしたので情けで報告しないままでいる。
まあ、おかげでどういった妖怪なのかも分かっていないのだが……。
「傘のお化け? 唐傘妖怪のことでしょうか。それがどうかしました?」
本を探して本棚を漁りながら、小鈴は答える。
人間を襲う妖怪ならこの辺りの人間でもよく知ってるんじゃないかと思って、小鈴を頼ったが正解だったようだ。
俺は小鈴の代わりにカウンターに座ってお茶を飲み弁当を食しながら、事情を説明した。
「――という訳だ。実は危ないとか、そういうのはないか?」
「うーん。ちょっと言い方は酷いですけど……あの妖怪に対する印象は概ね、坂柳さんに同意する人がほとんどだと言えます」
「あほっぽいってことか……」
ちょっと不憫だった。
……どうやらあの妖怪、多々良小傘というらしい。
何でも大昔に人に捨てられた傘がそれを恨み妖怪化した、というのが起源なんだとか。
「"人を驚かせる妖怪"なんですけど、最近は驚いてくれないから里にはあまり顔を出さなくなったって聞きました。
でもまさか、妖怪の山、それも守矢神社の参道にいたなんて」
「里に来てたのかよ……」
「ええ、驚かすのとは別で、ベビーシッターとかもやってたんですよ? 親に無断で」
「変質者じゃん」
道理で、里の人間は怪しい人物に警戒心が強いわけだ。
妖怪が普通に里に入って、人間の赤ちゃんを勝手にあやしてるとか怖すぎる。
何がしたくてそんなことしてたのだろうか。
小鈴は続ける。
「でも、私は嫌いじゃないですよあの妖怪」
「なに?」
「小さい頃ですが、他の子と一緒に遊んでもらった記憶があるんです。だからかな、驚かされてももう何とも思わないし……」
「へえ、意外だな……」
いいリアクションをしそうな小鈴が驚かないのもだが、あの妖怪……小傘の方もだ。
赤ちゃんの世話をしたり、子供の世話をしたり。
人を驚かせるんじゃなくて、人に感謝される妖怪になってるじゃないか。
……それ、ただの良い人だろ。
妖怪向いてないぞ。
「……と、坂柳さん。本のご用意、終わりました」
「ああ、ありがとな。それじゃそろそろ帰るか……」
弁当の容器を包み、本の入った手提げ袋を受け取る。
最近ではすっかり、ここで本を探してもらっている間に弁当を食べるのが日課になってしまった。
お礼に、いつものように外の駄菓子を渡すと小鈴は目を輝かせる。
まあ、こういう等価交換のようなもので成り立つ世話ってわけかな。
「それじゃ、また明日」
「ありがとうございました! あ、小傘ちゃんによろしくお願いしますね~!」
小傘ちゃんて。可愛いかよ。
……俺が言うのもなんだが。
もうすっかり舐められてるがいいのか、"人を驚かせる妖怪"。
今度会ったらつい優しくしてしまいそうだ。
……なんて思いながら、俺は帰路に着くのだった。