この夏から一年、早苗さんの家にお世話になる。   作:ももいっぷ

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孤独

 神社へ帰ると、外から見た様子がいつもと違い、何だか騒がしかった。

 昨日まではほとんど聞こえてこなかった賑やかな声と、ちょっとした騒音。

 

 それが何なのかは、中を見なくても大体察することは出来る。

 あの神様達が姿を見せるようになった事による、変化。

 

 やれやれ、と思いながら神社へ入り、いつものように居間を通って台所を目指す。

 居間の襖を開けたところで、むわっと酒臭い匂いが鼻孔を突いた。

 

 

「おっ。やっと帰ったか少年、待ちくたびれたぞ? ほれ、飲め飲め」

「ちょっと神奈子! それ私の酒! あんたは水でも飲んでろ!」

 

 

 こちらの姿が見えるや否や一升瓶を突き出してくる神奈子と、じとっと睨み付けてくる諏訪子。

 

 

「……なんであんたらがここにいるんだ」

「何言ってる、私の神社だよ?」

「今まではあんたと早苗に気を使って引っ込んでたけど、ずっとここでこうやってたのよ」

「やっと顔合わせが出来たからねぇ。遠慮せずにこれまで通り行こうって決めたのさ」

 

 

 そう言って、一升瓶を仰ぐ。

 

 ……なるほど。

 確かにまあ、これだけ賑やかな神様がいる中、早苗さんが一人で食事を取っていたとは考えにくい。

 遠慮していたっていうのは、いきなり環境が変化した俺を少しでも困惑させないためなのか、早苗さんが話し易いようになのか。

 

 何にせよ分かることは、これからは四人で食卓を囲むんだろうなということだ。

 昨日みたいに流されないように、毎日気を引き締めなくちゃな……。

 

 とりあえず、今日からいつもと違うということで何となく入り方を変えてみるか。

 居間へ踏み出して、適当に心の籠っていない挨拶をする。

 

 

「それじゃ、お邪魔しますっと」

「ああ、邪魔だ邪魔だ」

「んじゃ帰る」

「まあそう言わずに座りなさいな!」

 

 

 どっちだよ。

 

 強引に肩を寄せられて、俺は二人の間にねじ込んで座らされる。

 酒臭い……。

 

 

「お、これはなんだ?」

 

 

 神奈子が手提げ袋を探り、数冊の本を取り出す。

 『本当は怖い家庭の呪い』と題された本を掲げ、嬉しそうに叫ぶ。

 

 

「エロ本か!」

「気は確かか」

 

 

 ……なんて馬鹿なことをやっていると、早苗さんが台所からやって来て神奈子の本を取り上げた。

 

 

「もう、神奈子様! ふざけてないでテーブルを片付けてください! 諏訪子様も!」

「えぇ~。そういうのは居候の仕事でしょ」

「おかず抜きですよ?」

「ちぇ」

 

 

 早苗さんにどやされて、二人は渋々と酒瓶や盃を片付け始める。

 俺も今日の荷物を早苗さんに渡し、台所へ向かい夕食の準備を始めた。

 といっても、俺に出来るのは精々テーブルを拭いたり食事を運ぶのを手伝うことくらいだが。

 

 

「有羽くん、今日は暑かったでしょう? 立派なスイカを貰いましたから、楽しみにしててくださいね」

 

 

 隣で料理を盛り付けながら、早苗さんは嬉しそうに微笑む。

 そういえば最近は夏らしい暑さになってきたなと、俺は今更ながらに実感する。

 ここに来たばかりの頃は、変に肌寒かったというか……。

 

 

「早苗、今日は白米大盛りで頼んだよ!」

「あ、わたしもー」

「はいはい、ちょっと待っててくださいねー」

 

 

 いつもより何倍も騒がしい、夕食前の風景。

 せわしなく動く早苗さんは、それでも何だか、いつもより楽しそうに見えるのだった。

 

 俺も、こんな光景を微笑ましく思う。

 賑やかに盛り上がる食卓の様子を、普段と違う笑顔を見せる早苗さんの様子を、

 山に木霊しそうな神様達の笑い声も、全部。

 

 きっと家族というもののいる食卓は、こんなにも賑やかで、笑顔が溢れているものなのだろう。

 俺は……その、決して記憶には存在しない見知らぬ光景を。

 

 ……どこか遠くの、別の世界を眺めるように、ただ見ているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――その日の夜、夢を見た。

 

 真っ白な空間。

 沢山の大人たちの中で、まだ小さな俺はただ一人ぼっちで立っている。

 大人はこんなにも多くいるのに、全ての人間が俺を避けて動いた。

 

 どんなに叫んでも大人たちは冷たい視線を向けるばかりで、誰も応えようとはしない。

 そのうち叫ぶのも疲れてしまって、今度は力の限り暴れまわった。

 それでも、大人たちの反応は変わらない。

 

 暴れるのも疲れてしまったころ、今度は声の限り泣き続けた。

 どんなに無視されても、どんな言葉を浴びせられても……。

 

 

 

 そして、そのうち、大人たちはみんな消えていた。

 同時に真っ白な空間に影が下りて、俺だけが暗闇に一人閉じ込められる。

 それでも叫んで、暴れて、泣き回った。

 

 ……孤独は、何よりも辛い事だった。

 例え無視されても、大人たちが何を考えているのか分からなくても、それでも孤独よりはマシだったという事に気付く。

 

 戻ってきて欲しいと願いたい。

 けれどそれは、もう願う資格すらないのだ。

 

 やがて俺は、何も考えなくなった。

 暗闇の中で生きているのか死んでいるのか分からない、不思議な感覚に囚われながら過ごす。

 少しずつ、孤独が心を蝕んでいった。

 

 もう、終わってしまっていいと……。

 ここに俺がいる意味も、この先生きるために呼吸をすることも、全てが無駄だと思うようになって。

 まだ開いていた目を、わずかに閉じる。

 

 

 

 ――けれど、その時。

 何か温かいものが頬に触れた。

 

 それは優しく、温かいものだった。

 それは俺の涙を静かに拭うと、ゆっくりと俺の身体を引き寄せる。

 やがて身体全体がその温もりに包まれたとき、声が聞こえた。

 

 

 

『私は決して、あなたを忘れたりしませんから――』

 

 

 

 ……その瞬間、死にかけた世界に色が戻る。

 ただまばゆい光が、その人を照らす。

 一人の少女が、静かに俺の頭を抱いてくれていた。

 

 

 

 ……それから、しばらくの間世界は白いままだった。

 少女に慰められて、俺の世界は色が戻ったかのように見えた。

 けれど、ある時大人たちが現れた。

 

 大人たちが少女の手を引くと、少女は嬉しそうに駆けて行く。

 少女は、きっと止まってくれただろう。

 俺がかつて大人たちにそうしたように、叫び暴れて泣き回り……。

 

 しかし、それは出来なかった。

 少女の嬉しそうな横顔を見て、動けなくなってしまう。

 

 そして俺は理解した。

 何故この空間に閉じ込められているのかを。

 どうして、そうしようと思ったのかを。

 

 

 走り去る少女を、ただ見つめていた。

 遠くで手招きする少女に、軽く手を振った。

 再び暗くなる世界の中で、ただただ、ひたすらに振り続ける。

 

 ――いつまでも、いつまでも、それを続けるのだった。

 

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