この夏から一年、早苗さんの家にお世話になる。   作:門番2丁目

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思っていたよりずっとUAやブックマークがあり驚いています。ありがとうございます。
そして誤字報告をくださる方、いつもありがとうございます。


お札売りの妖怪

 今日は天気がいい。

 いいお使い日和だと思ったのだが、早苗さんからは別の事を提案されていた。

 

 

「今日は週に一度のお札参りの日なんです」

 

 

 そう言って手渡されたのはいつもの手提げ袋に入った、大量のお札。

 神社の神棚なんかに置かれているそれが、束になっていくつか入っていた。

 

 

「……お礼参り?」

「お札です。里に行って、御贔屓になっているお店や民家にお札を配る日なんです」

「へえ」

「そして、半分は人通りの多い所で売るんですよ」

「へえ……え、それ俺がやるんですか?」

「はい」

 

 

 早苗さんは笑顔で言い切る。

 困った。

 ここに来てからもよく言われるので分かったのだが、俺はあまり人相がよろしくない。

 言い方を変えれば、愛想がない。

 

 バイトをした事はあるが、こういった仕事が向いてないのは自分でも分かっていた。

 しかし早苗さんの頼みである以上無碍に断れない。

 

 

「大丈夫です。有羽くんならきっと完売できますよ」

 

 

 ……ただ、プレッシャーをかけるのはやめてほしい。

 

 

「早苗の頼みだよ!! 全部売ってきな!!」

「残して帰ったらあんたのおかずはないよ!!」

 

 

 神は無視する。

 俺は手提げ袋を受け取って、自信なさげに答える。

 

 

「ま、やれるだけやってみます」

「はい! よろしくお願いしますね」

 

 

 まあ、由緒正しい神社の札ってだけで売れるかもしれない。

 とりあえず適当に引き受けて、俺は里へ下りるのだった。

 

 

 

 

 

 ……そうして、里で札が配り終わり。

 ついに販売をするとなったところで、小鈴の好意により鈴奈庵の前のスペースを借りることが出来た。

 丁寧に机と椅子まで用意してもらった。

 

 

「それじゃあ、私はちょっと中で本を整理してきます。何か困った事があったらいつでも言ってください!」

「ああ、サンキューな」

「ぶい!」

 

 

 年下なのに、俺の方が何倍も助けられていると実感する。

 そういえばここに初めて来た時も最初に声を掛けてくれたのは小鈴だ。

 

 あの時は、ここまで色々してもらえる知り合いが出来るなんて思ってもみなかった。

 もう一週間が経過したんだな……。 

 なんて思い出に浸りながら、適当に札を並べてそのまま待つ。

 

 

「……」

 

 

 人は俺をちらちらと見ながら通り過ぎていくが、誰も立ち寄らない。

 やはり、声掛けとかが必要なのだろうか。

 だとしたら俺には無理だろう。

 

 ……小鈴が戻ってきたら、お菓子を餌に宣伝をお願いしてみようか。

 我ながら狡い事だと思うが、さすがに全く売れませんでしたで帰る訳にはいかないしな。

 と、そんな時。

 

 

「あ~~~!」

 

 

 大きな声を上げて、こちらへダッシュで近付いてくる影が一つ。

 客か。

 少し気を引き締めて姿勢を正し、接客の準備をする。 

 

 

「いじわる人間! ここで会ったが百年目よ!」

 

 

 ……近付いてきた影の正体は多々良小傘だった。

 客じゃなさそうなので、小さくため息をつく。

 

 やがて小傘は目の前まで来ると俺を睨み付けた。

 相変わらず化け傘を持ちながら、俺の前でそれを掲げるといつもの様に叫ぶ。

 レパートリーの少ない奴だ。

 

 

「おーばーけーだーぞー!」

「じゃあ、こうしないとな」

 

 

 机にある札を一枚手に取って顔に張り付ける。

 不思議そうな顔をした。

 

 

「ん? なにこ……あ、あつっ!!」

 

 

 小傘は札の貼られた顔を抑えながら机の周りをぐるぐると走り回る。

 効果は抜群なようだ。

 販売員なんだから一度くらい、商品の効果を実感しておかなくちゃな……。

 と、しばらく小傘を眺める。

 

 何事かと通行人たちも足を止め、暴れる小傘を観察していた。

 そんな中、一人の通行人が小傘にぶつからない様気を付けながらやって来る。

 

 

「あの、守矢神社さんのとこですよね?」

「え? あ、ああ」

「一束お願いします」

「え?」

  

 

 唐突に話し掛けられて、札が売れた。

 そう多くはない額が売上用の巾着袋へと入っていった。

 すると、それが合図だったかのように人々は段々と動き出す。 

 

 

「お、俺も! 二束くれ!」 

「うちは三束!」

「丁度切らしてたんだ、一束で」

「こんなに効くんじゃ、一つ貰っていこうかしら」

 

 

 お、おう……。

 守矢神社のものだと分かったからだろうか。

 人々が次々と押し寄せては、札は飛ぶように売れていく。

 

 

「ねえ、これとってよ~~!」

 

 

 いつの間にか小傘が足に泣きならが縋りついてきた。

 俺はとりあえず札を人数分捌いて落ち着いてから、頭の札を剥がしてやった。

 取るや否や、小傘は一歩距離を取り猫のようにシャーっと威嚇する。 

 

 

「いじわる人間のばか! なんか私に言うことないの!」

「ああ、サンキューな」

「何でまた感謝されてるの……?」

 

 

 困惑の表情を浮かべる小傘に、小鈴にくれたのと同じお菓子を握らせる。

 

 

「これはほんの気持ちだ」

「えっ? ……い、いじわる人間もようやく謝る気になったんだね」

 

 

 何を勘違いしたのかは知らないが、嬉しそうなので良しとする。

 何故なのかは分からないが、いつも涙目で不憫ではあったからな。

 たまには良いことをするものだ。

 

 ところで札の方は、さっきの一瞬でもう半分も売れてしまった。

 この分なら、小傘に協力してもらうことで残りも心配無さそうだ。

 

 

「なあ傘子、もう一回貼らせてくれないか?」

「絶対いやっ!」

 

 

 振られてしまった。

 

 

「というかその、傘子っていうのやだ! 私には多々良小傘って名前があるの!」

「なんか、小鈴と被るんだよな……」

 

 

 小鈴と小傘。

 呼んでるといつか間違えてしまいそうだ。

 二人とも反応がおもしろいという点は変わらないが、小鈴はあまり悪戯をすると可哀想だから間違えないようにしないと。

 

 

「い、一応いじわる人間の名前も聞いといてあげるけど」

「え、やだよ」

「……そういうこと言うからいじわるなの!」

「冗談だ。俺の名前は……そうだな」

 

 

 しばし考える。

 さて、何て呼ばせたらおもしろいだろうか、と。

 素直に教えてしまう選択肢は頭には浮かばなかった。残念だ。

 

 そういえば……外にいた時はメイド喫茶っていうのに行ってみたかった時期もあったんだよな。

 小傘の間抜けなところを見ていると、こんなのがそういうお店で人気が出るんだろうなとか、適当なことを思う。

 なので。

 

 

「そうだな、俺の事はご主人様と呼んでくれ」

「……なにそれ? ほんとに名前なの?」

「おいおい、失礼な奴だな」

「あ、ご、ごめんね」

 

 

 小傘は申し訳なさそうにする。

 もしかしたら、小鈴以上にピュアな妖怪なのかもしれない。

 ……。

 

 

「ところで、いじ……ご主人様は何をしてたの?」

「見ての通り、お札売りだ」

「うえ、嫌な商売だね……」

 

 

 表情が青ざめる。

 やはり妖怪の小傘には気分の良くないものらしい。

 まあ貼られるだけで暴れるくらいなんだから、かなりの効力があるのだろう。

 妖怪とやらが目に見えて身近にいる幻想郷だからこその商売だな。

 

 

「そうだ、あと半分あるんだ。良かったら手伝ってくれないか?」

「私、妖怪だよ!?」

「でも人間の役に立つことしてるんだろ? ベビーシッターとか」

「う、そ、それは……関係ある?」

 

 

 なんでお前がそんなこと知ってるんだ、という目で見られる。

 気にせずに続けた。

 

 

「俺の役にも立ってくれ」

「その言い方なんかやだ! それに妖怪がお札売るなんて変でしょ!」

「頼むよ、怖くてかわいい唐笠妖怪の力が必要なんだ」

「……もう、しかたないなぁ」

 

 

 ちょろかった。

 再び札を机に並べ、小傘と二人で人を呼び込んでいく。

 

 ……かくして俺は、お札売りの助っ人に妖怪を呼ぶ事に成功したのだった。

 多分、妖怪向いてないんだと思う。

 


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