この夏から一年、早苗さんの家にお世話になる。   作:ももいっぷ

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人里にて

 久しぶりに、昔の記憶が蘇る。

 

 五歳の頃だ。

 その少女は、俺より二つも歳が上なのにとっても泣き虫だった。

 

 地域の子供たちを集めて行われた遠足旅行。

 子供たちの中でも一番年上だったからだろう、少女は得意気になって自分だけどんどん進んで行ったら迷子になったらしい。

 初対面で年下の俺に、泣きじゃくりながらそんなことを言っていたっけ。

 

 つまるところ、結構おっちょこちょいなのだ。

 それは少女が成長し、やがて幻想郷と呼ばれる土地に消えてしまうまで、時折顔を覗かせていた特性だった。

 

 

 ……まあ、要するに。

 俺が早苗さんの手紙の指示通りに動いた結果ちょっとした手違いが起こるのは、ある意味で必然とでも言えるのだろうか。

 光に飛ばされた先は、時代が違うんじゃないかというほど古い恰好をした人々が、これまた古い作りの往来を行き来している場所だった。

 てっきり神社に直接運んでくれると思っていた俺は、思いもよらぬ場所に多少混乱しつつも通行人を呼び止め、早苗さんの情報を集めたのだが。

 

 

「早苗さん? ああ、あの人ならここには住んでないよ」

「見ない恰好ねぇ。ひょっとして外の人? それならあそこに行くのはおすすめしないわよ?」

「彼女はほら、あそこに住んでるんだよ」

 

 

 そう言って着物の人間が指差したのは、そう遠くない場所に見える山だった。

 

 

「"妖怪の山"さ。食べられないように気を付けなよ」

 

 

 わなわなと震える手で、後のルートがどこにも示されていない手紙を見つめる。

 さ、早苗さん……あなたって人は……。

 

 

 

 

 

 ……どうやらここは、俺のいた世界で言う町のような物らしい。

 町ではなく里と呼ばれているのだが、一体どれだけ時代に差があるのだろうか。

 まるでタイムスリップしたかのような不思議な感覚。

 それも薄れてきたころになってやっと、俺にも助け舟が出される。

 

 

「あのぅ、何かお困りですか?」

 

 

 妖怪のいるという山に命懸けで入るか悩み、道端で頭を抱えていた俺の顔を心配そうにのぞき込む少女。

 ちらりと見やると、まず飴色で軽快に揺れたツインテールが目に入った。

 続いて目立つのが、紅色と薄紅色の市松模様の着物。

 

 くりっとした朱色の目で、こちらを見つめているその少女と目が合う。

 すると少女は可愛らしく首を傾げて、不思議そうに問う。

 

 

「あれ? 見かけない顔ですね」

 

 

 その台詞は今日で何度目だろう。

 となれば、この後に続く言葉は『もしかして外から――』である。

 

 

「もしかして――」

「そうだ、外から呼ばれて来た。東風谷早苗という巫女の知り合いだ」

「あれれ、まだ何も言ってませんよ! もしかして予知能力者!?」

 

 

 先手を打つ。

 この里の人間ときたら、出会い頭はまるでRPGの村人のように同じような言葉しか話さない。

 まあ、こんな着物だらけの中に俺の様なTシャツ短パン……いかにも現代人がいては、まず疑問に思うのも無理はないが。

 

 

「……と、こほん。

 早苗さんのお知り合いなんですね。それで、どうしたんですか? 何か悩んでいるように見えまして……」

 

 

 どうやら少女はお人好しのようだ。

 言い換えれば、親切とも言える。自分から助けになろうと声を掛けてくれた人は、他にはいなかった。

 

 しかしこんな小さな少女が、何か知っているだろうか……。

 まあ、ダメ元だな。

 

 

「それが、早苗さんはあの山にいると聞いてな……会いに行きたいんだが、妖怪? が出るとか何とかで」

 

 

 我ながら、なんだか情けないことを言っているものである。

 いや、妖怪……そりゃあいるんだろう。

 今更信じてないとか言わないが、現代っ子というより大の十八歳が、妖怪が怖くて身内に会いに行けませんなんて台詞情けなさ過ぎる。 

 ……笑われないだろうか?

 

 

「ああ、なんだそんなことですか!」

 

 

 しかし目の前の少女は笑わず、いや笑顔ではあるのだが嘲笑するようなことはなく。

 

 

「妖怪の山とはいえ神社ですから、きちんと人が通れる安全な道があるんです。

 よければ私が案内しますよ。付いてきてください!」

 

「え、マジ?」 

 

 

 そんな道があったのか。

 なら何故他の人間は教えてくれなかったのか。

 

 ともあれ、これは大助かりだ。

 腰かけ代わりにしていたキャリーケースを引きずり、少女に並んで付いて行く。

 少女は歩きながら、錆のせいでガリガリと音を立てるキャリーケースを不思議そうに見た。

 

 

「それ、お荷物ですか? 不思議な形……」

 

 

 どうやらキャリーケースを知らないらしい。

 あまり技術が発展してないとは聞いていたが、着物を着て現代人を珍しがるくらいだし、本当に見たまんまの発展速度なのかもしれない。

 田舎ってレベルじゃないな……。

 

 

「中に服とか、タオルとか歯ブラシとか、色々入ってるんだ」

「ええ、中に!? すっごく硬そうなのに壊しちゃうんですか!?」

 

 

 そんな反応に思わず苦笑する。

 だがまあ、初見じゃ無理もないだろう。

 

 

「壊さないぞ。きちんと中身を取り出せるんだ」

「え、えぇ? 壊さずにどうするんですか?」

「それはだな……」

 

 

 ……そうは言ってもリアクションが楽しくて、つい遊んでしまいたくなる。

 緊張続きだったからか、どうもこの子の反応は見ていて癒される。

 なのでちょっとからかう事にした。

 

 

「実はこいつは外の世界の妖怪でな、俺が命令すると口を開いてくれるんだ」

「よ、妖怪!?」

「気をつけろよ、下手に近付くと食べられちまうぞ」

「えっ!」

 

 

 物珍しさからか、つい荷物に顔を近付けていた少女の顔が青ざめる。

 そしてのそのそと荷物の反対側に移動し、足早に先を急ぎ始めるのだった。

 

 

「愛い奴め……」

 

 

 俺がそんな少女に癒され後ろ姿を目で追うのは、傍から見れば中々の不審者だった。

 ……なのでまあ、当然と言えば当然なのだが。

 周りの大人達からの視線がとても痛いことに気付く。

 

 

「お、おい、冗談だって」

 

 

 そんな視線から逃げるように、足早に少女の後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

「はい、着きました! ここからなら"比較的"安全に守矢神社へ参拝出来ますよ!」

 

 

 里を出てから15分ほど。

 意外と近かった山の入り口に案内された。

 そこには他の入り口より広くスペースが設けられ、そしてとても現代的な乗り物が用意してある。

 

 

「……ロープウェイ?」

 

 

 このいかにも時代錯誤な装置に、目を丸くする。

 そりゃあ確かに安全だろうが、周囲の景色に不釣り合いすぎる……。

 電車もあったのだし、今更なのかもしれないが。いや、しかし。

 

 

「そうです! これを使えばほとんど安全に神社まで行ける……んですけど、今は壊れちゃってるんですよね」

「え?」

 

 

 そういえば、確かにちょっとガタが来てそうな見た目ではある。

 しかしだとしたら、どうするのだろうか。

 

 

「でも大丈夫です! この辺りは行き来しやすいように整地もされていますから。

 神社の加護を受けた道ですし、他と比べれば一番安全なんですよ!」 

 

 

 つまり、他の場所と同じく山に入り登る必要がある。

 素人からはちょっと入り口が広いだけで中はそう変わらないように見えるのだが、現地人が言うのだからきっと安全なのだろう。

 

 やはり一抹の不安は残るが、ここまで来た以上進むしかない。

 俺はお礼にとポケットから、コーラ味の飴を数個取り出して少女に与えた。

 

 

「わぁぁぁ……しゅわしゅわする!」

 

 

 こんな簡単な物だが気に入ってくれたようだ。

 少女の反応に満足すると、キャリーケースを再び動かして、山の中に入る準備をする。

 

 

「ありがとな。とりあえず、ここから行ってみる」

「はい、どうか"ご無事で"!」

 

 

 安全だと言うのにどこか物騒な言葉を放たれる。

 ……額に冷や汗をかきながら、俺は山を登り始めるのだった。

 

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