この夏から一年、早苗さんの家にお世話になる。 作:ももいっぷ
夏の日差しがしっかりと神社を照らす時刻。
朝食後に俺がすることはなく、神社周りをうろうろと探索していると妙なものを見つけた。
神社の軒下に転がっていたそれを、手頃な木の棒でかきだす。
「なんだこれ……下駄?」
それは、片方しかない下駄だった。
古びて薄汚れているが、早苗さんはこんなもの履かないだろう。
どうしたものかと悩んでいると……。
「有羽くーん、ちょっといいですか?」
遠くから早苗さんの呼ぶ声が聞こえた。
……まぁ、後でいいか。
下駄を適当に縁側に放置して、本殿へ向かう。
「有羽くんは、昨日人里から登ってきたんですよね?」
本殿で俺を待っていた早苗さんは、何やら小さな巾着と小包を手に持っていた。
小包には何かをメモしてあるらしい紙が挟んである。
「ええ、まあ」
「それなら大丈夫そうですね。ちょっとお使いを頼まれてくれませんか?」
早苗さんはそう言って、手にしているものを全て手渡す。
巾着はチャリチャリと小銭が入っているような感触で、小包は両拳くらいの大きさだがそれなりの重量があった。
お使いか。
「いいですけど、それってあの里へ?」
「はい。私は今日どうしてもやらなくてはいけないことがあるので、いきなり一人でお願いすることになってしまいますけど……」
「分かりました。そんくらいなら一人で行けます」
「ふふ、助かります。もう小さな有羽くんじゃありませんもんね。
そっちがお金で、こっちはお弁当です。必要なものと簡単な地図はメモに書いてありますから……」
弁当?
なるほど、通りで重量がある訳だ。
里まではそう遠くはなかったが、結構時間がかかるのだろうか。
まあ、悪い話ではない。
仕事にもなるし、里ももう少し見てみたかったし、早苗さんのお弁当は食べられるし。
快諾して参道へ出る。
「それじゃあ気を付けて、いってらっしゃい!」
「ええ、行ってきます」
小さく手を振る早苗さんに応えて、静かに階段を下りていく。
夏の日差しが、今日は昨日より少しだけ暑く感じられた。
……と、まあ。
昨日の今日で迷うこともなく、特に問題なく里には着いたのだが、俺は困っていた。
早苗さんの書いた簡単な地図が簡単すぎる。
『この辺!』と可愛らしくも丁寧な文字で建物らしき記号に〇を付けてあるのだが、それが神社から見てどの方向なのかが分からなかった。
お使い予定の店以外の情報や位置は書いていないので、里の形からおおよその位置を割り出すことも難しい。
……やっぱり、どこか抜けてるんだよな。
先に見ておけばよかったのだが、時すでに遅し。
引き返すのも時間の無駄だし、しかし、どうしたものか……。
なんて一人道端に佇み、うーんと頭を唸らせていると。
「あ、昨日のお兄さん!」
聞き覚えのある少女の声が聞こえて、顔を上げる。
すると人通りの中からぴょんぴょんと揺れるツインテール少女がこちらへ駆けて来た。
「お、昨日の」
「こんにちはー! こんなところでまた、何を悩んでるんですか?
まさか守矢神社へ行けなかったとか……」
「ああいや、そこは問題なかった。サンキューな」
「さん?」
横文字に疎いらしい。
ジェスチャーで伝えようと指をVの字にする。
意味は理解してくれたようで、ぶい、と口に出して少女も指の形を作った。可愛らしい。
……と、そんなことで遊んでる場合じゃないな。
たまたまとはいえラッキーだ。この子なら道を知っているかもしれない。
「なあ、今暇か?」
「お使いの途中です。でも急ぎではないので、何か困ってるなら助けになりますよ!」
それは助かる。
軽く事情を説明し、お使いに行く店名と品物の書かれた紙を少女に見せた。
「あ、これ私とほとんど一緒ですね」
「なに?」
「丁度良かったってことです。案内ついでに、一緒に回りましょう!」
どうやら少女のお使いの場所と被っていたらしい。
この里もそんなに広くない所なのかもしれない。ともあれ、これで一安心だ。
昨日と同じように少女と並び、地図にルートをメモしながら買い物を進めて行く。
まずは調味料の店だ。
「あら小鈴ちゃんいらっしゃい。……おや、そちらの方は?」
「おばちゃんどうも! この方はご奉仕のご褒美においしいお菓子をくれるお兄さんです!」
「あらそうかい。今大人の方を呼んでくるからね」
「ちょっと待て」
危ない所で店のおばさんを引き留める。
誤解のないように説明を続けて十分、ようやく分かってくれたのか俺は変質者にならずに済んだ。
説明を受けたおばさんはふむふむなるほど、とひとしきり頷いた後でやっと柔和な笑みを見せる。
「そうかいそうかい。それじゃあ、あんたが早苗さんの親戚の子なんだねぇ」
「親戚? というか、俺を知ってるのか?」
「早苗さんから聞いたよ。重い心の病でここに療養に来てるんだってねぇ。まあ、のんびりしていくといいさぁ」
「え?」
何その設定?
なんて疑問に答えることもなく、おばさんはさっきまでと態度を一変。
ほろりと涙を見せながら、おまけだよと言って醤油瓶を一本追加してくれた。
重い。色々と。
「しかし早苗さん、何て言ったんだ……」
どうやら事前に一部の里の人間に俺の事を話してくれていたらしいが、独自設定が山盛りだった。
血、繋がってないし。
呪いの事は言えないだろうが、何故病人扱い……。
「お兄さん、病気だったんですね……」
「……まあ、好きにしてくれ」
隣でほろりと涙を見せるツインテール少女を連れて、どんどん店を巡っていく。
俺はその度に店の人に変質者扱いされたり、同情されてオマケを追加されたりしながらお使いをこなしていくのだった。
……なんとなく、早苗さんの狙いが分かったような気がしなくもない。