この夏から一年、早苗さんの家にお世話になる。   作:ももいっぷ

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小グマ少女

 翌日。

 俺は昨日教わった通りに水汲みと山菜交換に出掛け、そつなく事の済んだその帰り道。

 

 

「……ん?」

 

 

 帰りの山道に、昨日は見かけなかった獣道が伸びていることに気付いた。

 かなり乱暴に草をかき乱して作られたそれを見て、たらりと冷や汗が流れる。

 

 ……妖怪に襲われなくても、ここにだって動物くらいいるよな。

 もし、クマにでも襲われたら為す術はない。

 しかも今はめちゃくちゃ重い水桶と、山菜の入った篭を背負っているわけだ。

 

 とはいえ、動物が通っているならこのまま放置しとくのも不安でしょうがない。

 

 

「今度、少し調べてみるか……」

 

 

 クマには鈴が有効だと効いたし用意してこよう。

 ……そう決めて、足早に帰りを急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 朝食を終えると、昨日と同じようにお使いを頼まれる。

 それと、お使いついでに本の返却。

 随分と読み終えるのが早いものだ。

 

 

「それじゃあ有羽くん、行ってらっしゃい」

「はーい、行ってきまーす」

 

 

 気の無い返事をして、弁当を片手に出発する。

 朝の仕事は思ったより荷物が重く辛い部分もあるが、こちらはそうでもない。

 それに今日は醤油などの調味料の買い出しもないし、特に比較的手持ちが楽になるはずだ。

 

 鈴奈庵で自分も何か借りてみようか、と考える。

 俺はまだまだ幻想郷の事を知らないし、案内雑誌みたいなものがあればいいんだけどな……まあ、観光地でもないし、期待するだけ無駄か。

 ……などと適当なことを考えながら、石造りの階段を下りていく。

 

 

 とんとん。

 

 ……とんとん。 

 

 

「……」

 

 

 とんとんとん。

 

 ……とんとんとん。   

 

 

「……」

 

 

 ととんとん。

 

 ……ととんとん。

 

 

「……」 

 

 

 さて。

 この山はただの足音ですら木霊するような山だったろうか。

 

 とととととと。

 俺は足早に、一気に階段を下る。

 

 

 ……とととととと。

 

 

 やはり少し遅れて、俺とは別の足音が続く。

 ……早苗さん、ではないな。

 この音の軽さは、失礼だが早苗さんのものでないと予測できる。

 

 となると、誰だ。

 こんな山の中で、後を付けるように後ろを付いてくる相手なんて……。

 

 ……は。

 まさか、クマ?

 

 

「……まずいぞ」

 

 

 今朝の獣道を思い出す。

 

 もしかしたらあの時山菜の匂いを嗅ぎ付けたクマが後を付いてきて、一人になるタイミングを伺っていたのかもしれない。

 大人のクマであればもっと足音は大きそうなものだが、子グマなら話は別だ。

 すぐに襲わないのも、自分より身長の高い生物にまだ警戒していると考えれば説明がつく。

 

 ……額に冷や汗が流れる。

 

 鈴は持ってきていない。

 すぐに用意するべきだったと、今更後悔するが遅い。

 もう後には引き返せないのだ。

 

 後ろを振り返ればそこには、ほら、涎を垂らして今にも獲物に襲い掛からんとする子グマの姿が……。

 

 

「くそっ!」

 

 

 たたたたたた、と俺は小刻みにダッシュして階段を下る。

 少し遅れて音が続く。 

 

 考えろ、考えるんだ。

 小グマだってバカじゃない。俺が山を下りきる前にどこかで襲い掛かってくるだろう。

 鈴じゃなくてもいい……クマを撃退するには……。

 

 そうだ、確かクマは大きな音が苦手じゃないか!

 何も道具がなくても、人間には大きな声がある!

 

 

「……よし!」

 

 

 思い切り雄叫びをあげて、人間は恐ろしい動物だということを理解させてやろう。

 タイミングを見計らって、俺は大きく息を吸い込む。

 

 そして、急ブレーキをかけて止まると、くるっと後ろを振り返って大声で叫んだ!!

 

 

 

「ぐあおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉ!!!!!!!!」

「……ぴぎゃーーーーーーーーーーーーー!!!??」

 

 

 

 俺の大声に続いて、甲高い悲鳴が山に木霊する勢いで続く。

 後ろを振り返り両手を大きくあげ、威嚇のポーズを取っていた俺が目にした影は……地面を浮いている。

 

 何事かと思い顔を上げると、目の前に両腕を大きく上げて泣き叫んでいる、見たことの無い少女がいた。

 

 は、誰?

 クマは?

 ……なんて、その答えを知るより先に。

 

 

「うわあぁぁぁ!!」

「ほんぎゃーーー!!?」

 

 

 少女がそのまま俺の身体へと顔面から体当たりしてきて、強い衝撃に当たり前のように身体のバランスが崩れる。

 咄嗟の判断で何とか少女を抱き止めることはできたが、それだけだった。

 

 ……思い切り、共に階段を転がり落ちていく。

 

 

「うおおおおおお!?」

「あぶ、あぶ、あぶ!!」

 

 

 ……どれくらいそうなっていたのだろう。

 ある程度身体を痛めつけられたところでそれは止まり、俺は少女の下敷きになる形で横道に投げ出される。

 

 身体は痛いが、何とか動かせそうだった。

 ……生きてる。

 なんか知らんが、俺は生きていた。

 

 

「いつつ・・・…」

 

 

 とりあえず身を起そうとすると、何か固いものと額がぶつかった。

 上で伸びている少女の額だ。

 どうやら気絶していたようだが、少女はその衝撃で目を覚ました。

 そして、すぐ目の前に顔のある俺と、目と目がばっちり合う。

 

 少女の瞳は、不思議な色をしていた。

 優しい紅色の左目と、青空を思わせる澄んだ蒼の右目。

 きょとんとした顔でこちらを見つめているその顔は、小鈴ほどではないがまだ幼さの残るものだった。

 

 ……そして、湧き上がる最大の疑問。 

 

 

「……お前、誰だよ」

 

 

 少なくともクマじゃない。

 そして、知っている相手でもない。

 

 まじまじと見つめていると少女は段々と顔をこわばらせ、俺の上から飛ぶように離れた。

 そしてその場でふらふらと立ち上がると、右手に持っている紫色の何かを上に掲げる。

 ぴしっ、と俺を睨み付けると。

 

 

「……お!」

「お?」

「おばけだぞ~~!」

 

 

 …………。

 ……。

 

 一見無事そうだからほっとしていたのだが。

 どうやら、落ちた衝撃で頭が弱ってしまったらしい。

 

 

「あ、あれ、驚かないな……なんでかな……」

 

 

 可哀想なものを見る目を向けていると、少女はあたふたと困惑し始めた。

 無理もない。

 突然意味不明な言動を発してしまった自分に驚きを隠せないのだろう。

 

 俺はそのまま、まじまじと少女を観察する

 少女の服はぼろぼろだが、色はなんとか確認できる。

 右目の色と近い青色で、水色のスカート。

 髪も同じく青色で、全体的に青が目立つ分赤色の左目がより際立っている。

 

 

「が、がおー」

 

 

 そしてどこか間の抜けたあどけない表情で、そんな言葉を繰り返すものだから。

 俺もふらふらと立ち上がり、少女の目の前へ進むと、

 

 

「がおおーっ! ……いたっ!」

 

 

 色白のおでこに、軽くデコピンをする。

 少女は痛そうにおでこをおさえた後再度俺を睨み付けたが、もう一度デコピンの構えを見せると目を閉じて怯んだ。

 構わずにもう一発いっといた。

 

 

「あだっ! なにすんのさっ!」

「それはこっちのセリフだ」

 

 

 ……小グマではなかったが、こいつが人の後を付けて動いて、思い切り突っ込んできたのは間違いない。

 お互い何だかんだんで動けるみたいだが、石段を転がり落とされたんだ。

 デコピンで済ませてるのは優しさだろう。

 

 だというのに、少女は抗議の声を上げた。

 

 

「だ、だってあなたが突然止まって大声で驚かすから!」

「お前が妙なことするからだろ!」

「しょうがないじゃない! お腹空いてたんだから!」

「訳の分からんことを言うな」

 

 

 でこぴん。

 

 

「いったっ! またぶったー!」

「ぶってないぶってない」

 

 

 涙目だが相変わらず強気な少女は、しかし俺と距離を取る。

 その時、先ほどは気にしていなかった少女の右手にある傘が異質なことにようやく気付いた。

 

 ……ただの傘だと思っていたが、よく見たら目のようなものが大きく一つだけ付いている。

 それだけならまだ模様と言い張れなくもなかったが、その下から大きく伸びている舌がそれを否定する。

 涎を垂らしているそれは、間違いなく生きている舌に見えた。

 

 

「……お前、妖怪か」

「そ、そうだよ! 怖いんだよ! うらめしやー!」

「はいはい」

 

 

 普通は驚くものだろうが、何だかこいつは怖くなかった。

 怖さより健気なあほっぽさが勝るのだ。

 

 しかし、これで説明が付くな。

 お腹を空かせてきたというのは、妖怪だから俺を食べる気だったのか。

 後を付けて機会を伺っていたのも、ある程度間違いではなさそうだ。

 

 とはいえ。

 こいつも妖怪である以上ちょっとまずいな。

 早苗さんは大丈夫と言っていたが、事故とはいえ実際に危害を加えられたのだ。

 でも、こいつ弱そうだしな……。

 

 

「うぅ、驚いてくれない……お腹すいたよぅ。もうやだよぉ……」

 

 

 現に、目の前で膝を抱えてめそめそと泣き出してしまったし。

 この構図は傍から見ると、山中で俺が襲い掛かり、少女をぼろぼろにして泣かせたみたいな構図だ。

 

 ……絵面が非常にまずいことに気付く。

 もしここに参拝客が登ってこようものなら大変だ。

 ロリコン野郎坂柳、それだけは許してはいけない。

 

 

「……分かった、泣くなよ。腹が減ってるんだな?」

「うん……ぐすっ」

「これやるから元気出せ」

「……え?」

 

 

 俺はそう言って、奇跡的に無事だった手提げ袋の中から弁当を……渡さなかった。

 ……もったいないので、小鈴用にと持ってきたお菓子を取り出す。

 

 

『三個に一個すっぱいぞ! ぶどうガム』

 

 

 遠足おやつの定番ガム。

 小鈴で遊ぶつもりだったが、命と尊厳には変えられない。

 袋を開けて、俺は中に入っている三つのガムを取り出した。

 

 

「ほら、一つ選べ」

「なにこれ?」

「甘いお菓子だ」

「……いいの?」

 

 

 甘い、と聞いて少女の目が輝く。

 女の子は妖怪の姿をしていても甘いものが好きなようだ。

 俺は三つのうちの一つを少女に手渡した。

 

 これは大人用に調整されたタイプの商品なので、一つでもある程度の大きさがある。

 そして、そのぶん外れを引いた時のすっぱさも尋常じゃない。

 それは成人男性が思わず叫んでしまうほどだそうだ。

 

 まあ、そうそう外れなんて引かないだろ。

 

 

「……ありがとう。私、あなたを傷つけたのに」

 

 

 受け取った少女が申し訳なさそうに言う。

 

 

「まあ、そうだな。俺は優しいんだ」

「うん、本当にありがとう!」

「じゃあ俺は行くから。……それ、ゆっくり舐めて溶かすように食べるといいぞ」

「分かった! えへへ、あまーいお菓子……」

 

 

 笑顔で手を振る少女に見送られて、階段を降りていく。

 降りながら、ガムを一つだけ口に含んで一気に噛んだ。

 

 

「あっま……」

 

 

 シュガーシロップをそのまま閉じ込めたような液体が口いっぱいに広がる、むせ込むような甘さ。

 これが当たりなら、外れを引いたら一体どんなリアクションをするのだろうか。

 

 

「ぎゃーーーーーーーー!!!」

 

 

 ……しばらくしてから遠くの方で何か悲鳴が聞こえたので、その疑問は解決した。

 なるほど、これはすっぱそうだ。

 

 外れでも表面は甘いガムなんだから、嘘は言っていない。

 ……神罰が下ったんだなと適当に流しながら、俺は里へ下りるのだった。

 

 

 

 ……なお、最後のガムは小鈴の口に入った。

 「あっまーい!」と大喜びしているのを見て、女の子の味覚というのはよく分からないものだ、なんて思うのだった。

 

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