この夏から一年、早苗さんの家にお世話になる。   作:ももいっぷ

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神々の遊び

 幻想郷にやって来てから、はや数日。

 まだまだ日が浅いとはいえ、里の人間にはあまり変質者扱いされなくなり、怪我のかさぶたが固まったころ。

 

 

「有羽くーん、ちょっといいですか?」

 

 

 その日の夜、夕食の出来るのを待っていると早苗さんから名前を呼ばれた。

 まだ多少痛む腕を抑えながら、台所へと向かう。

 

 

「はい、なんでしょう」

「実は今手が離せないので、ちょっとお願いしようと思って……」

 

 

 言いながら、早苗さんは忙しそうに小皿に料理を盛り付ける。

 それは拳大の小さな器に入った炊き立ての白米と、焼き魚。

 それらを二つずつ漆塗りのおぼんに並べると、俺に手渡した。

 

 

「それは、加奈子様と諏訪子様のご飯なんです。持って行ってくれますか?」

「え、俺が?」

「はい。そろそろ、いい機会ですしご挨拶も兼ねて」

「はぁ」

 

 

 早苗さんはにっこりとほほ笑むと、大丈夫ですよ、お優しい方達ですからと付け加える。

 それからすぐに、忙しそうに調理を再開してしまった。

 

 どうやら、行くしかなさそうだ。

 とは言え、突然の提案に動揺は隠せない。

 

 

 この守矢神社には二人の神様が住んでいる。

 表向きの祭神とされる、八坂神奈子。

 そして裏の祭神と言われる、洩矢諏訪子。

 

 これまでは早苗さんが料理を運んでいたし、どうやら姿を隠しているようで俺が出会うことは無かった。

 幼い頃に出会っていたのかもしれないが、俺には一つ問題がある。

 ……五歳、その辺りの記憶が曖昧なのだ。

 

 それに、早苗さんは覚えていても向こうは呪いの力を受けて俺を忘れているかもしれない。

 だが覚えていた場合、今度は反対に俺が向こうを覚えていない。

 

 

「……マジかぁ」

 

 

 だからあまり気乗りはしない。

 が、頼まれた以上断ることもできず、それに、いつかはきちんと挨拶すべき時が来るだろうとは思っていた。

 

 腹をくくって、まず八坂神奈子の元へ向かう。

 早苗さんから、二人を祀っている神棚のある部屋は教えてもらっている。

 なるべく時間をかけながら、そこへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 ……ほどなくして、俺は襖の前で立ち尽くしていた。

 緊張する。

 上述の理由もあれど、やはり相手は神様だ。失礼のない振舞いを心掛けなくてはいけない。

 

 ……第一声は、どうするべきだろうか?

 

 普通に失礼します、なのか、声を掛けてから開けるべきなのか。

 お久しぶりです、なのか、お初にお目にかかります、なのか。

 ……それはむずがゆい。俺はどうも、畏まった言い方というのが苦手な性分なのだ。

 

 うーむ。

 普通に、早苗さんに話す様な敬語で自然にいってみるのもありか。

 

 

「……そうだな、それがいい」

 

 

 あまり時間をかけて悩んでいても、せっかくの料理が冷めてしまう。

 そしたら礼儀も何もない、本末転倒だ。

 大丈夫、早苗さんだって優しい神様だって言ってたじゃないか。

 

 と、無理矢理自分を納得させ。

 ……ごくり。

 喉を鳴らし、俺はそっと襖に手をかけて――。

 

 

「失礼しま」

 

 

 

 

「第百二十五万三千二百六十一回、諏訪大戦! はっじまるよー!!」

「おっしゃかかってこい!!」

 

「叩いて!!」

「被って!!」

 

「「じゃんけん、ぽん!!!!」」

 

 

 

 

 ――――中には、一升瓶片手に赤らめた顔でじゃんけんゲームをする二人の女性がいた。

 目が合う。

 

 

「失礼しました」

 

 

 俺はにっこりと作り笑いを浮かべ、静かに、しかしなるべく素早く襖を閉めた。

 とん。

 

 ああ、なんだ、お客様が来ていたのか。

 それにしても騒がしいお客様だなあ。神様の部屋で何やってるんだか。罰が当たるぞ。

 なんだか立派な衣装を着た、いかにもそれっぽい客だったがまさか、あれは神なんかじゃないだろう。

 一人は子供に見えたし。

 

 ……右向け右をして、俺は台所のある方へと引き返そうとする。

 早苗さんに伝えなくては。神はいないと。

 そして、失礼な客がいるから摘み出してほしいと。

 

 ……しかしそんな思いも空しく、俺の足はそれ以上先に進むことは無かった。

 ばーん! と大きく音を立てて開いた襖から、二本の腕が伸びて服の裾を掴んで離さない。

 

 

「よく来たぞ少年!!」

「遠慮せずに上がってきなよ!!」

 

 

 恐る恐る、襖へ向きなおす。

 するとやはり、さっきの光景は夢でも何でもなく。

 目を爛々と光らせた二人の女性は、俺を思い切り部屋へ引きずり込むと襖をばあん! と閉めるのだった。

 

 

 

 

 

「さあさ、まずはどーんと飲みな!」

「そーれいっき! いっき!」

 

 

 現在。

 俺は、神様達の部屋で誰から言われるまでもなく、正座している。

 

 目の前には並々注がれた大きな盃の酒。

 そして、向かい側にどかんと構える神様二人。

 二人とも体格の差こそあれ、どう見ても一人は子供で一人は遥かにお姉さんといった感じだが、その顔は既に酒で赤かった。

 

 一体、どうしてこうなった?

 

 

「あの、俺……」

「なんだ少年、まさか神の酒が飲めないってのかい?」

「いや、未成年ですし……」

「なあに、そんなこと気にしてんの? いいのいいの、幻想郷に常識は通用しないから」

「それにあれだ、そんな風貌して、まさか酒飲んだことありませんなんて今更いい子ぶる気かい?」

「は、はは……」

 

 

 どういう意味だ。

 確かに目つきが悪いとはよく言われるが、人をそんな見かけで……まあ、あるけどさ。

 何しても一年で忘れられるのだ。そういう方向に多少流されても仕方なかった。

 

 ……まあ、それより。

 一体これは、どうすればいいんだ?

 

 この二人が神様であることは間違いない。オーラが違う。オーラが。

 しかしどちらが神奈子でどちらが諏訪子なのかは分からない辺り、俺は彼女たちを覚えていないのだろう。

 けれど向こうは、今の状態だと曖昧だ。俺を覚えているのか、いないのか……。

 

 思っていたよりずっとフランクというか、豪快過ぎる人たちだが失礼を働くのはよくない。

 慎重に言葉を選び、疑問を解決すべきだろう。

 

 とりあえず片方の名前を呼んで反応を伺おう。

 あの小さいのなら子供っぽいし、間違えても笑って許してくれるかもしれない。

 

 

「あー、と、……神奈子様?」

「あ゛? 私のどこが神奈子に見えるって? ふざけてるの?」

 

 

 はい終了。

 失礼どころか、ぶちぎれちまったよ。

 ていうか小さくても怖いな、この神様!

 

 最悪の結果だが、まあ、どっちがどっちなのかはこれで判明したはずだ。

 こっちが諏訪子様だな。

 とりあえず謝っておく。

 

 

「……失礼しまし」

「おい、ちょっとまて」

 

 

 と、ここで神……神奈子によって声が遮られる。

 しかし掛けられたのは俺ではなく、諏訪子に対してだった。

 

 

「諏訪子。あんた名前くらいでなーにイライラしてるんだい?」

「あはは、当然でしょ? だって神奈子だもん」

「はは、そうかそうか。

 ……まあ私も、諏訪子と間違えられたら赤子でも捻り潰しちまいそうだ」

 

 

 二人は、お互いにこやかに応え合う。

 表面上は和やかに見えるかもしれないが、俺から見たら修羅場だった。

 何故って、二人ともこめかみに血管を浮かべ、口が笑っていない。

 

 二人の問答は続く。

 

 

「ちょっと、それどういう意味?」

「はっ。ちんちくりんと一緒にされたら誰だって不愉快だろうさ」

「へえ、デカブツが偉そうな口叩くようになったねー」

 

「……」

「……」

 

「叩いて、被って」

「じゃんけん、ぽん!!」

 

 

 ……瞬間。

 目の前に轟音と共に太く長い柱が突如として出現し、諏訪子目掛けて一直線に飛んで行った。

 諏訪子はそれを、自身が被っていた変てこな帽子で受け止めていた。

 しばらく帽子と柱がせめぎ合った後、謎の柱の方が消滅する。

 

 

「……は?」

 

 

 この間、じゃんけんの手が出されてから一秒とない。

 自分でもよくまあ観察できたなと感心すると共に、開いた口が塞がらなくなった。

 一体何で叩いて何を被っていたんだ。

 

 

「ちっ、防がれたか……」

「脇が甘いね。今回は私の勝ち」

「まあいい、余興はこれくらいにしておく」

「負け惜しみめ」

 

 

 そんな俺をよそに楽しげに会話を挟む神二人。

 そのうち神奈子の方が、再び座り直し俺に向き直った。

 

 

「それで、少年。まずは飲め」

「わかりました……」

「いっきね」

 

 

 あんなものを見せられては下手に逆らう術はなく、俺は堂々と飲酒する。

 盃に盛られた酒をぐいっと押し込み、焼けるようなアルコールの熱に耐えて一気に流し込んだ。

 

 ……熱い。

 喉がむしり取れるように熱い。

 さすが神が飲む酒というべきか、度数はかなり高いようだ。

 

 

「お、さすが若いのはいいねぇ」

 

 

 神奈子は嬉しそうだった。

 俺はといえば一気に酒が流れてきたおかげか、急速に顔が熱を持ち始めたが何とか耐える。

 ……しかし、そこに加奈子は並々と酒を注ぎ始める。

 

 何をしているのかと、盃が重くなるのに比例して俺の顔は青くなる。

 そうして注ぎ終えてから、神奈子はにやっと張り付いたような笑みを浮かべて俺に言うのだ。

 

 

「もっかいいけ」

「殺す気か!」

「お、もう本性が出たか」

 

 

 ……しまった。

 

 

「な、何のことでございますかよ」

「別に隠すことはないさ。神は全てお見通しだ」

「特に心の籠ってない敬語なんていいから、むしろ失礼」

 

 

 そんなことを言う神二人。

 さすがというか何というべきか……しかしこれでやり易くはなる。

 さっきからずっと鳥肌が立って仕方なかったからな。

 

 

「……後で怒るなよ」

 

 

 一応確認しつつ口調を崩し、ついでに体制も崩す。

 盃は酒が溢れないよう、そっと元に戻した。すぐに神奈子がそれを取って飲み干す。

 早苗さんの時の様な気恥ずかしさは一切無かったが、別に嫌味ではない。

 

 

「それでいい。少年、神の酒を飲んで倒れない根性は気に入った」

「そりゃあどうも」

「わたしは気に入らないけどね。早苗に鼻伸ばし放題だし、手を出したら潰すつもりだし」

「……そりゃあどうも」

 

 

 どうやら神奈子には好印象を抱かせたみたいだが、諏訪子には嫌われてしまったようだ。

 早苗さんに関しては仕方ないだろう……俺は男だぞ。

 

 いや、まあ、手を出すつもりなんて無いから潰される心配もしなくていいんだが。

 

 

「まあそう言うな諏訪子。せっかくしばらく共に住む身なんだ、仲良くしていこうじゃないか」

 

 

 神奈子はそう言って、諏訪子を宥める。

 

 ……なんだ、なかなかいい奴じゃないか。

 こっちの方が姿は大きいし、威圧感もあったのだが少し見直した。

 

 対してこちらは、と諏訪子を見るとめっちゃ睨んでくる視線と目が合う。

 

 そういえば、どちらかが早苗さんの先祖に当たるとかって話をしていたっけな……。

 それならばこれは、子を守る親の目というやつなのだろうか。

 ……なんて考えているのをよそに、神奈子が口を開く。

 

 

「……とまあ、そういうことでだ。少年、一つ互いをよく知るためのゲームをしようじゃないか」

「ゲーム?」

「"叩いて被ってじゃんけん、ぽん"だ。なに、安心しろ。まさか人間を吹っ飛ばしたりしないから逃げるな」

 

 

 開きかけた襖をピシャリと閉められ、元の位置に連れ戻される。

 そうか、それなら安心だ。

 本気で殺されると思って逃げたが無駄だとも分かった。提案ではなく、これは強制なのだ。

 

 諦めて再び正面に向き直ると、加奈子は丸めた新聞紙と空になったおぼんを目の前に放った。

 

 

「神器だ」

「ただの紙と木だろ」

「ルールは分かるな? これをお前と諏訪子で――」

「ちょっと神奈子。わたし、こいつとゲームなんてしたくないんだけど」

「諏訪子、これは戦争だ。逃げるならお前の六十八万四千三百五十二回目の敗北となるが、どうする?」

「潰す」

「決まりだねえ」

 

 

 めちゃくちゃ不穏な事を口走る諏訪子に、何の躊躇いもなくオーケーサインが出される。

 紙と木だよな?

 大丈夫なんだよな、これ。

 

 どうか命だけは助かりますようにと神に祈るが、神は無情にも目の前にいるこいつらだった。

 やっぱり仏教かな……。

 

 

「そう気を落とすんじゃないよ。大丈夫、プレイヤーは諏訪子の代わりに私が務めてやろう」

「何言ってるの神奈子、それじゃ潰せないじゃん……じゃなくて、意味ないじゃん」

「安心しな。きちんと諏訪子の出番もある。なに、ちょっと特殊なルールを設けるだけさ」

「特殊……まあ、自分の手を汚さずに処理できるならいいけど」

 

 

 そう言って……神奈子は、さっきまで見せていたのとは違う、邪悪な笑みを浮かべると。

 ゾクっと背筋に悪寒が走るのにも容赦なく、言葉を紡ぐのだ。

 

 

「叩かれたら、少年と諏訪子は服を一枚脱ぐ! 脱げなくなったら負けだ! 以上!」

「帰る!」

「そうはいかせないね」

「ぐ……結解を使うなんて……」

 

 

 浮かび上がった高校生の考える罰ゲームの様なルールに、諏訪子は襖へ走ったがどうやら神奈子が何かしたらしい。

 部屋から出れないらしく、諦めた様子でため息をついた。

 

 それにしても、それはほぼ野球拳じゃないか。

 しかも脱ぐ方がそっちなのか。

 

 

「神奈子、それならせめて私が……」

「駄目だ、お前は認めただろう? 私が代わりを立派に果たしてやるさ」

「だってそれは!」

 

 

 何やら諏訪子が抗議の声を上げているが、俺としても神奈子に賛成だ。

 潰されたくないし。

 

 

「いいだろう、受けて立つ」

「そうこなくっちゃな、少年。さあ、裸の付き合いだ。熱いゲームにしようじゃないか」

「神奈子、手加減しないで真面目にやってくれるんだよね!?」

「さあ、第百二十五万三千二百六十三回、諏訪大戦の開幕だ! 叩いて、被って――」

 

 

 諏訪子の声を無視して、声を張り上げる。

 俺もその声に合わせて思い切り声と拳を奮った。

 

 

 

「「じゃんけん、ぽん!!」」

  

 

 

「神が負けた~~~っ!!」

「ちょっと!?」

「よしっ」

 

 

 神奈子はグーを出し、俺の手はパーだった。

 緊張で少し反応が遅れたが、相手はおぼんを取らずに、わざとらしく雄叫びを上げながら頭を抱えるだけ。

 諏訪子が驚愕の表情で神奈子を見るのと同時、新聞紙を手に取り、遠慮なくひっぱたく。

 

 

「そぉいっ!」

 

 

 バッシン! と思い切りのいい音が響く。

 それと同時に、謎の力で諏訪子のスカートが弾け飛んだ――。

 

 

 

 

 

 ……そんなやり取りは、騒音に気付いた早苗さんが部屋をこじ開け、半裸で半狂乱の諏訪子が泣きつき。

 トランクスが弾けた俺と目が合い、聞いたこともないような悲鳴を上げられるまで続いたのだった。

 

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