影グルイ   作:花火師

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第2話

さて、無事誕生日を迎えて17歳。現在高校2年生である。

 

あの怒濤の日々はあっという間に過ぎ去った。

ある日、偶然にも父親の転勤するという話が浮上した。好機とばかりに俺はその話に乗っかり、蛇喰夢子と別れた直後、逃げるように転校することとなった。

 

一度転勤が始まると、あちらこちら飛ばされる父に翻弄されながら、俺も場所を転々とした。

いつまでも転校をし続けるつもりはないし、いずれは高校も卒業する。ずっと父に付いて回る訳にもいかないし、いつかは地元に帰る事になるだろう。

 

うん。帰るよ。

 

 

………………いつかは。

 

具体的にはあの美少女に彼氏ができた頃に。

 

彼氏……できるよね?

 

中身はアレだけど、あんだけルックスがいいんだし……できるよね?

できて。お願い。じゃないと安心できない。安心してお家に帰れない。

 

そんなこんなで、2年生に成って暫く。

不定期に飛び移る父の仕事に付いていき、3つの転校を経て、俺はここへたどり着いた。

 

私立百花王学園。

日本有数の大富豪学園である。

富裕層の裕福でお金持ちでボンボンなお坊っちゃまお嬢様がお通いあそばされる、平民とは断絶された世界の教育機関に俺は叩き込まれることとなった。

 

なぜかって?

 

 

 

 

『あ、もしもし影の坊主か?その辺にデッカイ学園あるだろ?俺コネあるからよ、そこで別嬪でも捕まえて逆玉狙えよ。んじゃな!』

 

『え?え、ちょっと武内さん!?待って電話切らないで!それってどうい…………うわ、切りやがった』

 

 

 

ということである。

 

 

 

 

ということである

 

 

 

訳わかんねえよな。うん。訳わかんねえ。

 

いやさ。確かに武内さんは昔から手品教えてくれてて、その度に、金持ちの女に養って貰いたいだのなんだのとヒモ発言が目立つ人だったけど、まさかそれを俺に押し付けようとしてくるとは想定外だった。

 

確かにヒモは理想ではあるけど、流石に情けなさ過ぎてそんな状況に陥りたくない。

夢は夢のままでいいのだ。そんなのが叶ったら罪悪感で心が潰されそうだ。

 

武内さんも武内さんだが、そのまま押し付けられたコネを笑顔で受け取って手続きしちゃう親父も親父だ。

確かに有名校だけどさ。限度ってものがあるじゃん。俺が不祥事でも起こしたらどうするつもりなの?親父の首が物理的に飛ぶなんてことも有り得る世界よ?

なんでそんな衝動的なの。血は争えないってか。思い付きでなんでもやっちゃうから後々後悔するんだよなぁ!

 

しかも、それに飽きたらずこの学園。普通ではなかった。

てっきり金持ちと取り巻きがウフフアハハなんて優雅に午後じゃないティーを啜りながら貴族のような生活を送っているのかと思いきや……。

 

 

「あぁ!また外したっ!くそ、次は50万!50万賭ける!」

「はーいフルハウス。頑張って臓器でも売って借金返してねー」

「4出ろ!4!!出なかったらこのサイコロのメーカー潰す!!」

「へへへぇ、歩兵が5万王将が60万か。こりゃあ儲かるなぁ」

「ええっとお祖父様からまだ200万は借りれるから……。やる!私も参加する!」

「はーい張った張った!今なら当たれば400万!参加費50万ぽっちで当ててみないー!」

「くっそ!!お終いだああぁあぁあ!!」

「なによお金くらい。あんた身体でも売れば~?」

 

 

 

…………なにここ怖いんだけど。

 

 

拝啓 母上

 

ここは戦場です。

そこかしこで事あるごとに賭場が乱立しています。

僕は日々机にすがり付いて興味のない振りを続ける毎日です。

何故ならば、ちょっと足元を滑らせれば借金にプレスされるからです。請求書でぶん殴られる未来に戦々恐々としながら過ごす日常は刺激的ですが、僕は遠慮したいです。帰りたいです。普通の高校に帰りたいです。

何が悲しくて青春の一時をこんな人間の悪意蔓延(はびこ)学舎(まなびや)で過ごさなくてはならないのでしょう?

え?ていうかここ学舎だよね?日に日に人としての人権を失った若者が続出してるんですけど。ラスベガスのディーラーも真っ青で逃げ出すような世界なんですけど。なんだよ賭け金が万単位って。ゼロ二個多いよ。

話によれば、この国の未来を担うものたちには勝負強さや駆け引き、なにより運が必要だからギャンブルを推奨してるとのことですが、正直正気を疑います。国の行く末をギャンブラーに委ねんなやボケと学園長を張り倒してやりたいです。ついでにこんな事を了承した国のトップも鼻フックしてやりたいです。

朝土の系譜が一族郎党末梢されそうだからしないけどさ。

と言うかギャンブルって出来るの18歳からだよね?モノによっては20歳からだよね?なんで皆堂々と賭博してんの。なんで堂々とチップジャラジャラさせて高笑いしてるの。日本国を支える人間育ててるんじゃなかったっけ?無法地帯も良いところだよ。法律を千切っては投げ千切っては投げなんですけど。

 

俺、老人会での100円ババ抜きが恋しいです。饅頭争奪戦の百人一首をまたやりたいです。

お家に、帰りたいです。

 

まだまだ死にたくないので死にもの狂いで頑張ります。母さんも健勝で。

 

 

ps.機会があったら親父を一発殴っといて下さい。グーで。

 

 

書き殴るようにしたためた手紙を雑に折り畳んで自分の鞄に忍ばせる。

 

別世界の様、静まりきった教室にはペンの音だけが駆け回る。

どれだけ世紀末染みた学園であろうと、エリート校はエリート校。授業を受ける生徒たちの姿はとても勤勉的で、今まで見てきた高校と違いスマホをいじるような輩は誰一人いない。

誰もが真剣な表情で勉学に励んでいた。

まぁ、若干一名、止めどなく沸いて出る不平不満という名のパッションを紙に綴っている男子生徒がいたんですけどね。

 

しかし知れば知るほど奇天烈な学園だ。

勉学のレベルもそこそこ高く、授業に臨む態度も積極的で模範と言える生徒ばかりなのに、昼休み放課後になった途端豹変する者が多い。もはや二重人格だよ。サザンのサラリーマンのPVかって話。

 

 

 

だが、こんな地獄にも一縷の光はあったのだ。

 

 

「数学ってやっぱり難しいよね。もう何を求めたいんだかサッパリだよ」

 

授業が終わり昼休みになると、持参した弁当箱を片手に俺の元へ寄ってきた。

 

気弱そうな目元と物腰の柔らかいへにゃっとした雰囲気。染めてもいない髪と朴訥な容姿。

そして何より……。

 

 

「いやぁ。僕は皆みたいに賭け事は得意じゃないから、なんか肩身が狭くて」

 

 

常識人!!

常識人なのである!!

 

この廃退しきった欲望渦巻く学園において、唯一無二のオアシス。

それがこの男。鈴井涼太。

 

「あ、この前借りた500円返すな。さんきゅ」

 

「うん。どういたしまして」

 

このやり取りである。

 

これが他の生徒だったとしよう。

想定されるやり取りはこうだ。

 

 

『あ、この前借りた500円返すな』

 

『うん。利子はこんくらいだから返金は20万ね。現金あればここで受けとるけど?それとも振り込む?ギャンブルで帳消しでも狙ってみる?負けたらもっと悲惨な額になるかもだけど。大丈夫、腎臓片方売るくらいで済むから』

 

 

これくらいは差がある。

どれだけ価値観がズレてるのかお分かりだろう。

もはや異世界じゃ。この机の外は異世界じゃ。俺はこの平穏な世界に引きこもるぞ。こちとら競馬競艇どころか、パチンコすらしたことのないピュア男子だぞ。

俺が許容するのは数百円単位の奢りコイントスくらいだ。

庶民なめんな!!

 

「ちょっとポチー。パン買ってきてよ。」

 

「はっ、はい!!」

 

しかし庶民を置き去りに世界は回る。

多額の借金を背負い、金に首が回らなくなった生徒たちは『家畜』として扱われるという、奴隷制度のようなものまで横行していた。

頭のネジが外れてるどころか、ネジ閉めすぎてパッカーン割れちゃったんじゃないのというレベルだ。助けてガンジー。

 

『家畜』。

男なら『ポチ』。女なら『ミケ』という称号を与えられ、一般生徒より下の序列扱いとなる。古式ゆかしい階級制度。苛めを正当化できる校則だ。

なんでも、桃喰さんが生徒会長として発足してから出来た制度らしい。

 

……下世話な話。女の子を家畜扱いという構図には少し興奮した。鈴井くんにそんな猥談を振ったら引かれた。その場は冗句だと乗りきったが。

猥談にも乗らないなんて、流石鈴井。こいつはもしかしたら聖人なのかも知れない。

 

閑話休題。

 

ぶっ飛び過ぎというか。世界がかけ離れすぎて俺には理解の及ばない領域だ。

制度や金銭感覚や規模や常識。もろもろのギャップがデカ過ぎる。

 

「なんというか。俺は鈴井が常識人で助かったよ、お前のお陰でアブれない。二人一組とか言われても百人力だ」

 

「あはは。百人じゃなくて僕一人だけどね。でも助けられたのは僕の方だよ。僕の借金を取り返してくれたのは影逸だったしね」

 

「取り返したって言っても、丁度お前が三年生に吹っ掛けられてたゲームにちょっかい出しただけなんだけどな」

 

「あの恩は忘れないよ。お陰で僕はポチにならなくて済んだんだし。改めて。ありがとう影逸」

 

温和な笑みを浮かべて頭を下げる鈴井に、なんだか複雑な心境になる。

あの時俺が口を出さなければ、俺は今ごろ三年生に目を付けられることはなかった。しつこく勧誘されることもなかったろうし、勧誘されない妬みを抱えた生徒たちに絡まれることもなかった。

平穏な学生生活を送れていたはずだ。

 

いやまぁ。後悔なんてしてないけどさ。

だからこそ複雑だ。

 

「でも」と鈴井は頬張った食べ物をキチンと咀嚼し呑み込んでから、思い付いたように口を開いた。

 

「影逸はなんでギャンブル強いのに誰とも勝負しないの?」

 

「ふぉぁ?誰が強いって?」

 

「話すのは呑み込んでから」

 

育ちのいいやつめ。

 

ゴクリと口の中の唐揚げを胃に落とし、俺は勘違いを正す。

 

「あのな、俺が出来るのは精々盤上ゲームだけだ。大体、ギャンブルなんて運次第なモンに強いも弱いもねーだろ。俺の運気なんてその日の星座占い次第だよ」

 

「そっか。影逸が言うならそうなのかもね」

 

「おいこら鈴井。なんだその理解してますよアピール。違うからな!俺は本当に普通の庶民だかんな!ギャンブルなんて不得手も不得手の一般ピーポーだからな!」

 

「はいはい。わかってるよ。影逸は生徒会長に絡まれたくないんだもんね。影逸は普通。影逸はギャンブルが大の苦手。わかってるわかってる」

 

「お、おまぇ。…………あぁもうそれでいいや」

 

鈴井涼太は勘違いをしている。

俺がギャンブルで強いという勘違いを。

なぜそうなったのかは自分でもわかっている。

 

覚えがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『蛇と梯子』」

 

 

 

放課後の校舎。

ほぼほぼ生徒たちの帰宅した教室で、鈴井が頭を抱えていた。

 

撫で付けた茶髪に耳にはいくつものピアス。後から聞いた話だが、生徒会候補として名を連ねていた生徒らしい。

そんなガラの悪い三年生は機嫌悪そうに俺を睨み付けると、唾を吐くように言う。

 

「どこの誰だか知らねえが、てめぇが余計なチャチャ入れなきゃ俺が100万手にいれて終わってたんだよ。あんま調子こいてんじゃねえぞ2年坊主」

 

「あーいや。でも流石にイカサマは見逃せないっていうか。こいつ俺のクラスメイトなんで、勘弁してやってくれませんか?」

 

「っせえ!勘弁?するわけねえだろ。イカサマだろうが何だろうが、そいつはもう200万の負債があんだ。お金は返すモンだろ?それともてめーはパパとママに借りた金は返さなくて良いって教わったのか?あ?」

 

「えっと……つまりイカサマは容認して然るべきと?」

 

「当たり前だろ。バレなきゃイカサマとは言わねえんだからよ」

 

舌を出して馬鹿丸出しで笑う上級生を見ながら、俺は遠くなった目で呆れていた。

 

なんこれ。ルールもクソもあらへんがな。日本の未来は明るいなぁ。

 

つい方言になるほど呆れていた。

どうしよう。数十年後には日本終わってるかもしれない。いつか本当に地下に労働地区とかペリカとか作られるかもしれない。

 

「だからよぉ、ギャンブルで決めようぜ」

 

三年生の先輩は鞄からくるめた布を取りだし、並べた机に広げた。

そこには10×10のマスが描かれている。

 

「『蛇と梯子』か。これまたマイナーな」

 

「え、朝土くん。このゲーム知ってるの?」

 

「クラスメイトなんだ、影逸でいいぞ」

 

「じゃあ僕も涼太って呼んでよ」

 

「わかった。よろしくな鈴井」

 

「あれ?り、涼太って……」

 

「いや、お前は鈴井って感じだ」

 

「……なんで僕、名前否定されてるんだろう」

 

 

さて。蛇と梯子。

これは中々聞かないマイナーなボードゲームだが、ルールは簡単だ。わかりやすく言えば『すごろく』である。

 

まず10×10のマスを使う。

左下から1。右へ1~10とマスの中にかかれた数字へ駒を進める。そこから上段で折り返して牛耕式(ジグザグ)に進んでいく。

10×10ならば左上がゴール。そこに数ぴったりでゴールすることで一抜け。

だがこのゲームには名前の通り、『蛇』と『梯子』が存在する。

盤上に不規則に梯子と蛇が配置される。斜めだったり横だったり、縦や横マスを蛇と梯子が跨ぐ。

サイコロを振り、梯子に当たった場合。例えば梯子の両端が3と12に在ったとすると、3から12へ跳ぶことが出来る。梯子は小さな数字から大きな数字へ跳ぶラッキー枠。

蛇は逆。当たれば大きな数字から小さな数字へ戻される。

つまり、二種類のジャンプ枠があるすごろく。それが蛇と梯子。

ちなみに、サイコロで6が出ると連投出来るルールもある。だが6を三回連続で出すと振り出しに戻され、他のプレイヤーが6を出すまで動けなくなる。

 

「せっかくだ。今回は手を加えようぜ坊主共。振り出しルールは6じゃなく4以上からだ。4以上を三回出したら振り出し。誰かが4以上を出すまでスタート地点で強制停止。イカサマされちゃ堪らないもんなぁ」

 

何やら含みを持たせた笑みを見せる先輩に、反射的にため息が溢れた。

イカサマする気満々じゃないか。

 

「……まぁいいけどさ」

 

「アン?」

 

 

選択を誤ったな。

ボードゲームでのイカサマ?大いに結構。

こちとらボードゲームでのイカサマなんて調べ尽くしてるしやり尽くしてるんだわ。

それでもじじばば連中にはボロクソに負けてるんだ。やれるものならやってみろ。

 

そして願わくば。

五桁にも及ぶ俺の戦略と手品(イカサマ)の全てを。

じじばばを越える手腕をみせてくれ。

 

 


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