ギャンブルシーンは、何となく「頑張ってるんだなー」くらいの目で見てくれると分かりやすくなる仕様になってます(読者任せ)
「うわ、ウソでしょ」
投げられたままの6を示すサイコロに、呆れたような
この空間の刺々しい雰囲気を壊す影逸の声に、眉間に大量のシワを作った先輩は腹立たしげな舌打ちを溢す。
「んだイキナリ。いいからてめーの番だ、とっとと投げろ負け犬」
現在、僕を助けようとギャンブルに乗り出したクラスメイト、朝土影逸は開始早々ピンチに陥っていた。
これが三度目。すでに賽の目が二回連続で5を記録した所だ。
ルール通りならば、あと一手で5の目が出てしまうと振り出しに戻され影逸の駒が拘束されることとなる。
しかしサイコロはあくまで1/6。一回目が偶然5だったから、二度目が5だったのは確率として1/6。三度目が5になる確率はあくまで1/36。36回振ってようやく出るような数字だ。
……大丈夫、まだ大丈夫。……だよね。
心配する僕が恐る恐る影逸の顔を覗けば、彼は僕とは裏腹に鼻白んだような顔をしていた。一気にテンションが下がったような……。せっかく動物園に行ったのにロバとラバしか居なかった時みたいな。
「……先輩さぁ。イカサマはいいんだけど、もうちょっとなかったの?」
「ちちちょっと影逸!?」
いきなり煽るような口調でため息と共にそんな事を言い始めた影逸に、後ろでヒヤヒヤしながら見ていた僕は思わず乗り出した。
「はぁあ?イカサマだぁ?これのどこがイカサマだってんだよ!てめえたった二回同じ数が出ただけでピーピー文句垂れてんじゃねえぞカスッ!!」
「えー……。あ、うんまぁ。いいんだけどさ」
「敬語も使えねえのかてめえッ!!あんま舐めてるとマジ潰すぞおい……」
「……はあ、すんません」
鬼気迫る様子の先輩に相変わらず白い眼を向ける影逸は、諦めたように先輩の投げたサイコロを手に取った。
イカサマがないよう公平にということで、サイコロは互いに同じひとつの物を使い回すことになっている。
「早く振れよぉ~!あ、これでもしぃ?5が出たらお前ほぼ確実に終わりだな。ハハッ、俺が5を出すまで待機でちゅよ~。ほらぁ!早く振れよ!!」
まるで影逸が5を出すことを前提に言っているような口ぶりだった。
……まさか、本当にイカサマなのか?何らかのイカサマをして影逸に5しか出せないようにしているのか?
だとしたらマズイ。ここで影逸が敗北してしまえば、借金は全て彼の元へ行ってしまう。僕の分も含めた全てだ。
先輩の匙加減でこのクラスメイトの人生が終わりかねない!それはダメだ!
やっぱりやめさせよう。こんな勝負は無効だ!
勝負を止めさせようと影逸の肩に手を伸ばしたその時、影逸が手を上げることで僕の制止を止めた。
「鈴井、借りは返せよ。帰り道でコンポタ一本な」
「え?」
「うまい棒、なっとう味も」
「……え?」
真っ白になった頭をおいてけぼりに影逸はポイッと丸めた紙でも転がすように、何の気負いも緊張感もなく、サイコロを机に落とした。
「……あらま」
出た賽の目は……
──5
「アハハハッ!!馬鹿が!!いやあーーっ、ツいてないなお前!まさかこんな大勝負で本当に5を出しちまうだなんてな!いやあ可哀想だぜアハハハ!!はーい振り出しに戻れ~!」
強制的に振り出しに戻された影逸の駒は、この時点から先輩が5を出すまで行動不能となった。
「かっ、影逸!……ど、どうしようっ。ええと、僕はどうすれば!影逸!変わってくれ!元はと言えばこれは僕が吹っ掛けられたゲームなんだ!だから」
「おいおい黙ってろ外野あ!!もう借金はてめえのモンじゃねえんだからよ。ギャラリーは大人しく敗北者の無様な姿でも見てブルってろ」
影逸は右手で頭をポリポリとかいて、うーんと少し面倒臭そうにサイコロを先輩へと手渡した。
「先輩、悦に浸るのはいいですけど今だいぶ酷い顔してますよ。鈴井もステイ」
先輩は隠しきれない笑みに破顔すると、手に持ったサイコロを弄び、勝ちを確信した声色でサイコロを投げた。
「なんだよもう諦めたのか?いいぜ、諦めは肝心だ!ほらよ、これで俺の勝ちだなぁ?残念だったなぁ、俺は絶対5なんて出ねえんだよ!ホラ盤上を見てみろ!俺が出した数字は5だ!!てめえはもう負けて………………ん?5?」
──5
「…………え?」
あまりにも突然の展開に、僕の間の抜けた声が静寂の中でいやに大きく響いた。
「──5、だと……ッ!!?」
先輩は食いつくように机へ両手で詰め寄った。
ボードの上には、確かに5の目が上となったサイコロがぽつりと置かれていた。まぎれもなく、たった今この三年生がふったサイコロだ。
果たして4回連続で5を出すこと等可能なのか。数学的には1/6の4乗。(1/6)^4=で、えーと…………1296!?
まさか1296の分岐する確率の中でこんな数字を叩き出せるものなのか!?
……そんな訳がない。偶然にしたって不自然過ぎる。ということは……まさかイカサマ?
で、でもどうやって!それにどっちが仕組んだんだ。
仕掛けたのは先輩?けどそれじゃあなんで今5を出したんだ。今影逸をスタート地点から動かす理由なんてないはずだし、この動揺は明らかに想定外な事態ゆえだろう。
……ということは、影逸が仕掛け返したのか?
「なんつーか。先輩、子供っぽいイタズラするんスね」
「あ"?」
「いやえっと、機嫌を損ねたんなら謝ります」
爆発寸前の三年生を前にさしもの影逸もマズイと察したのか、明るげに両手で軽く柏手を打った。
「まぁまぁ。そうですよね、すいません舐めた口きいて。とりあえず再開しましょう。俺ですよね次」
人でも殺せるんじゃないかという鋭い目付きで影逸を
「……待てこら。どういうことだ!!なんで俺が5を出すことになってやがんだよ!!」
「え、え……?あ、ははは。何を言ってるんですか先輩!サイコロ振ったの先輩じゃないですか。もう冗句が上手いんだから。その言い方じゃあ先輩が
「……ッ!」
イカサマ、していないのか?
先輩は苛立たしげに短く息を吐く。ピアスのひとつをいじり、ポケットから取り出したガムをひとつ口の中へ放った。そして考える仕草を見せながらも、サイコロを渡す為、影逸の目の前へ転がした。
「…………ん、んー?」
途端、何かに動揺している様子を見せる影逸は、唸るように考えこみながらサイコロの置かれた盤上を睨むように見つめた。
……も、もしかして何かまずいことになっているのか?僕が気が付いてないだけで、とんでもない事態になっているんじゃ……。
しばしの逡巡の後、影逸は置かれたサイコロを手に取り、軽く投げた。
「4っスね」
「また半数を越えた数字だ」
これだけならまだ1/2だ。ここで不正を疑うのはまだ早い。
「あ、蛇に当たりましたね。2戻りか」
「次は俺だ。寄越せっ」
手渡されたサイコロが、躊躇いなく、まるで突き返すように投げられる。
先輩の投げたサイコロは5を上に止まる。
「5!?5だと!?なんで……ッ。俺がいま仕組んだのはろっ……てめえ何をしやがった!?」
「…………え?あ、いや。何もしてないですよ嫌だな」
「ッチクソが。……精々スかしてろ。てめえのイカサマを暴いて反則負けにしてやる。借金は全部てめーのモンだ」
と、先輩は目を光らせながらガムを包み紙へ吐き出し、ポケットへ突っ込んだ。
あの見た目でポイ捨てはしないらしい……。
「なんて分かりやすい……いや、ブラフか?にしては露骨だし。なんだこの人?」
影逸のボソボソとした声は先輩には聞こえなかったらしい。
かくいう、聞こえていた僕にも状況は未だ理解できてないけど。しかしこれで、先輩も2連続の5だ。あと一度5を出してしまえばここまでの道のりが水泡に帰すことになる。
「チッ…………いや、いいさ。ほら俺は梯子だ!ははっ、運がいいな。俺はもう三段目だぞ!どうだ!てめえはこのまま一段目でウロチョロしてろ!」
先輩は自分の駒をテンポよく坦々と進めていく。
しかし影逸も臆することなく、渡されたサイコロを左手から右手に持ち替えて放るように投げた。
「あ、はい。じゃ投げますね。……数は……4と」
また4!?
いやいやいや!で、でも大丈夫だ。これで次も4が出てしまうだなんてことある筈がない。それこそイカサマでもしていない限り。
「ハハァッ!てめえわかってるよな!次4を出しちまえばまた振り出しだ!」
そう言って投げられた先輩の賽の目は6を刻んでいた。
「ハッハー!また梯子だ!これで4段目の最終付近だぜ!てめえの番だ!とっとと4を出して振り出しに戻れゴミが!!」
「あの、それイカサマ宣言じゃないっスか?」
「ハァ?俺がイカサマしてるって証拠はあるんでぃすかー?」
うわぁ。なんという煽り顔。
シワを顔の中心で掻き分けたようなニチャアっとした粘ついた笑み。三年生ともあろう人が、苛立たしいを通り越して引くレベルのソレを見せる。もはや芸の域まで達したそれを用いて、全力で影逸を煽っていた。
「し、証拠はないです。すいません」
案の定、その顔にドン引きしている様子の影逸は机から椅子ごと後ずさり、露骨に「うわぁ」という表情をしていた。
しかしいつまでも距離をとっていてはゲームが出来たものではない。
影逸は、満を持してサイコロを投げた。
ここでもし4を出してしまえば、影逸は振り出し。また先輩が4を出してくれるまで動けなくなる。それだけは……頼むっ!
僕に出来ることは祈るだけ。影逸の勝利に、賭けることだけ!
目は……ッ!
──6
「ハァアアアア!?6だとぉおおお!?フザケテんじゃねえぞくそがああああ!!テメエッ!!イカサマしてやがんな!!てめえは4を出すって決まってたろうがよおおおおお!!?」
「理不尽過ぎません!?え、これすごろくですよね、運勝負ですよね!?」
「黙れ糞が!!汚ねえマネしやがって!!何しやがったこのクサレ○○○!!ブチ殺すぞオイ!!」
椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった三年生は影逸の胸ぐらを掴むと、唾を飛ばして汚い言葉で恐喝じみた行為に及んだ。
「ええ!?……いっ、いやいやいや!!な、なんで!?なんで俺が怒られるんスか!!」
「てめえがイカサマしてるからだろうが!!舐めやがってこのクソガキがぁ!!」
「なんスかそれ!先輩だってイカサマしてたじゃないですか!ていうかもう殆どイカサマ勝負になってたじゃないっすか!」
「ハァ!?してませんけどぉ!?俺はイカサマなんて、いっっっっちミリたりともしてませんけどぉお!?おいこらクソガキィ、言い掛かりはやめてくれませんかねぇ!?」
「ええい、離せ!離せええい!暴力反対!」
「先輩!落ち着いて下さい!影逸も!」
「るせえスッこんでろ!ゴミはシャシャリ出てくんじゃねえ!!」
「うっ、うわっ。唾を飛ばすな汚いなもう!つーかいつまで胸ぐら掴んでるんスか伸びちゃうでしょ!!あ、もう許さねえ、こんのっ……何が先輩だボケエ!!だいたいルールも守れない奴が生徒会に入って何を守るんでぃすかー!?」
口喧嘩が始まった。
「守るだあ!?訳わかんねえこと言ってんじゃねえぞタコが!生徒会はこの学園の権力トップ集団なんだよ!入ればやりたい放題だ!ルール?ハッ!ルールを守るのは三下の仕事だろぉがよお!!」
「じゃアンタも俺らと一緒に三下やろうぜなぁ先輩ィ!!お似合いですよぉおお!!」
「るせええええッ!!三下は三下でやってろ!俺様を巻き込んでんじゃねえ!ルールを守る三下を上手いこと使ってやるのが俺様たち天上の人間の使命なんだよ!!」
「はああっ?自分が上等な人間だとでも思ってるんですかあ?ハハハこれはオメデタイですなぁ!んならもうちっとイカサマ上達して完璧にバレないようになってから言ってくれませんんん!?あんたのポンコツ
「はいお前ぶちころーーすっ!!」
「あちょっと!?先輩、暴力はダメですって、影逸も落ち着いて!手はダメ!手は出しちゃダメっ!あーーっもう!!とにかく一旦二人とも離れてっ。はーなぁあれーーてーーーっ!!」
掴みかかる先輩に、抵抗していたが徐々に苛立ちを見せてやり返そうとする影逸。そしてそれに割って入るようにどうにか止めようとする僕。
すごろくだった筈が、すっかり揉み合いのやり取りに変わってしまった。
だが三つ巴の下らないやり取りはそう長くは続かなかった。
「そこまでにしなさい」
張った訳でもないのに、空間を裂くように鳴った凛とした声が聞こえた。
自然と黙り込む三人の視線は教室の入り口へ。そこには、日本人離れした容姿でシルバーブロンドをふたつに編み、左右で輪にしている特徴的な少女がいた。
水色のリップに涼しげな目許。黒いストッキングを履いたすらりとした足を晒し、有無を言わせない眼光を放つ美しさと涼やかさと鋭さを兼ね備える少女。
彼女を一目見て浮かぶものといえば『氷』だろうか。眼の前に立つだけでもその存在感は圧倒的だった。
彼女こそが、百花王学園、現生徒会長。
この学園で、カーストの階級を空気や雰囲気でなく
冷たい瞳に、どこか燃えるような光を灯して。まるでご馳走を見つけた肉食獣のようにギラギラとした視線を僕の友人へ送っている。
「DARE?」と首を傾げる影逸に、生徒会長桃喰綺羅莉はあからさまな舌舐めずりをした。色気の溢れるその姿だが……どうしてかその美貌と眼光に恐怖が先行する。
いち早く呆然とした空気から復帰した先輩は、あからさまな下心に顔を弛緩させながら会長へと無遠慮に近付いた。
「……お、おいおい綺羅莉ちゃんよお!どーしたんだこんな所まで。あ、もしかしてようやく俺とデートしてくれる気に──」
「うるさい。引っ込んでなさい羽虫」
「は、はむし……?」
が、物の見事に冷えきった歯牙にもかけない言葉でバッサリと罵倒され、歩き出した勢いのまま床に崩れ落ちた。
……か、可哀想に。
なんとも言えない同情も浮き上がるが、この人に同情すべきなのか、僕にはちょっとよく分からない。
桃喰綺羅莉は、まるで蛇のように。
すらりとした陶器のような手で、しなやかな指先で、影逸の顎をクイッと持ち上げた。あまりのセクシーな挙動に見ているだけのこちらまでドキリとさせられる。
が、しかし影逸は違う捉え方をしたらしい。女性でもドキドキしてしまいそうな美貌を前に、顔を真っ青にしながら「既視感ありゅー……」と呟いていた。なんの話だろう?
「貴方たちのギャンブル、見せてもらったわ」
「は、はぁ……」
「私、分からなかったの。貴方がどんな手を使って賽の目を操ったのか」
操った……?
やはり影逸もイカサマをやっていたのか。
先輩の口振りからするに、あちらの不正は確かだろう。それに対抗するにはそれこそイカサマで返す他ない。
「ねぇ……?教えてくれないかしら」
「あの、ち、ちょっと?……近いんですけど。近いんですけどっ!?」
会長は後ずさる影逸を追うように迫る。
背後は教室の窓。後退が出来なくなった影逸の逃げ場を奪うように、ドンッと顔の両隣に両手を付いた。まさか本当に見る日が来るとは思わなかった。伝説の壁ドンである。
顔はすぐ近くまで近づき、あと数ミリでキスしてしまいそうな距離感だ。
「あ、あの!ここ学校っ」
ひゃああ。
あまりに刺激的な絵面で、反射的に僕は間抜けな声を上げ、両手で顔を覆った。
しかし彼女らの耳には届かない。
「ねぇ? お し え て」
「む、無理ですって!この学園で生きる生命線なんですよ、バラしたら今回みたいな事態に何も出来なくなるんですよ!つーかあなた誰ですか!?」
「あら、誰でもいいじゃない」
指の隙間から覗くそこでは、会長が影逸の脚の間に膝を挟み込み、身長差から見上げる形で体をくっ付け、影逸の唇を指先でフニフニとつついて妖しく微笑んでいた。
は、鼻血が出そうだよ影逸。
「け、警察呼ぶぞ!俺は女だからってセクハラを許すほどフェミニストじゃないんだ俺は!!俺は!!」
「まあ、怖いわね」
「こっちの台詞!」
「いくら出せば教えてくれる?即金なら5000万あるわ。足りなければ小切手で好きな額を提示してちょうだい。数十兆を上回らなければ数日で払えるから」
「国家予算か!!」
「いいから教えて頂戴」
「ぬがああ離せええ!!助けて鈴井いい!!襲われてるー!!俺の春がっ、春が散るー!!」
「か、会長。そこまでに」
首を大きく振ってイヤイヤイヤダアアと絶叫する影逸を見ていられなくなった僕は、どうにか助け船を出そうとする。
……が、
「てめえ2年坊!なんで俺じゃなくてお前が綺羅莉ちゃんに迫られてんだよ!!そこは俺のポジションだおいこら!!代われゴミカス!!」
「うるさいわね。海外へ飛ばそうかしら」
「離してええええ!!」
と、混沌としてきた教室に、またもや乱入者が現れた。
それは黒髪をサイドテールにした女子。常に無表情で会長の横に付き添っている……確か生徒会書記をやっていた人だ。
「あぁ、ここですか。ようやく見つけましたよ会ちょ……っ!!?な、何してるんですかッ!この
「あら清華。見つかってしまったようね」
「綺羅莉ちゃん!俺にも迫ってくれ!いつでもウェルカムだからよ!!」
「離してよおおお!!無理矢理はイヤあああ!!」
……カオスだ。
これが、朝土影逸が僕を家畜の座から引き上げてくれた日。
そして、朝土影逸が目を付けられた日だった。
会長「邪魔したわ、これで許して頂戴」現ナマポーン
影逸(._. )……イチジュウヒャク
鈴井「や、やったね負債チャラだよ(震え声)」
影逸(._. )……センマンetc
影逸(._. )ゴセ……エ?……ン?ゴセンマン???
影逸( ゜Д゜)
影逸( Д )_。_。
※この後、受け取らず普通に勝ちました。