影グルイ   作:花火師

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16000字ちょいくらい。



第7話

「気のせいか……」

 

 

何やら後ろで動いた気がしたんだが、振り向いたところでそこには何もなかった。人の気配かとも思ったが、こんな時間に通学路に人影があるとは思えない。5時だぞ5時。

たぶん、猫でも通りすぎていったんだろう。

現に「にゃー」と仔猫のような透き通った鳴き声まで聞こえた。

 

……やけに美声な猫だ。

 

 

…………猫か。

………………いいなぁ猫。

 

 

「にゃーん。……なんつって」

 

 

…………はぁ。

 

俺は何をセンシティブになってるんだ。猫の真似までして。こんなの誰が得をするんだ気持ち悪い。

現に俺の汚い鳴き真似に警戒したのか、街路樹の方からガサガサと暴れるような音が聞こえた。逃げられたかな。悲しみ。

 

まぁ(さわ)れたところでって話だけど。……なんの因果か、動物好きなのにアレルギーで触れないし近寄れないんだよねぇ俺。

世界を呪ってやるクソめ。この荒れすさんだ心に(ささ)やかなアニマルセラピーも許してくれないのか。

じゃあ、毛のない生き物で……。

 

……あ、無意識にセラピーとか求めてる

どうした俺。大丈夫か俺。相当病んでるぞ。

 

 

 

日が昇る時間だ。

白んだ空。奥から詰められたように並ぶひつじ雲を伝って、青とオレンジに乱反射する光が鮮やかな紫を作り出していた。

 

いつもより二時間ほど早い起床時間と、いつもより長めにカードを触った。

手に馴染んだコインを片手に家を出て、昨日見たボビー・フィッシャ(チェス王)ーの実戦集を反芻しながらスマホで竜王戦の解説を聞き流す。

 

「いかん。最近、囲碁も疎かにしてる。最新の定石も勉強しとかないと……いやでも……。はぁー、また爺さん婆さんたちに置いてかれるぞこりゃ」

 

あの人たち、白秋とか玄冬周辺だというのにとんでもなく勉強熱心だからなぁ。

 

「はぁ……さみ」

 

煉瓦敷きの色合い暖かい道すがら、少し肌寒い空気に身震いする。

街が起き出す前。この時間だけは、世界に自分一人だけしかいないような、そんなしょうもない錯覚を覚える。

静かで神秘的で爽やかで、早朝ほど黄昏るのに向いてる時間はあるまい……いや、朝だから《黄昏(たそがれ)る》じゃなくて《(さと)る》って言うのか……?わからん。日本語って難しー。

 

 

ピョコピョコと擬音の聞こえそうな垂れ耳が揺れる。

 

間抜けた思考の隅っこに、いやに朝日の反射率が高いオレンジパーカーを被った頭が映り込んだ。

同じく彼女も俺を見つけてくれたらしい、口に咥えたチュッパチャプスを取り出して、目を細め手を上げた。

 

「……およー、カゲじゃーん。珍しいなこんな時間に。早起き登校だなんて健康的だねぇ……善きかな善きかなぁ……」

 

俺も片耳のイヤホンを外し、ペコリと会釈する。

 

「先輩。ども、おはようです」

 

俺の挨拶を開いてるかどうかも怪しい程に細められた寝ぼけ(まなこ)

寝起きのためか、少し掠れながらも彼女特有の高い声で「うぃー」と気だるげに呻き、手をヒラヒラと上げる。

彼女は俺より上の学年、三年生だ。

しかし高学年でありながら身長は現役小学生とタメを張れる程のミニマムサイズ。もちろん小柄な身長に見会った可愛らしい容姿だ。ホワイトブロンドの髪に……犬……のような兎……のような、謎生物を模した垂れ耳が特徴的なオレンジパーカーを被っている。

着ぐるみにも見えるそれのせいで、パッと見パジャマを着た子供にしか見えない。

 

だが外見に油断するなかれ。(ほだ)されるなかれ。

彼女こそ、我らが大魔王学園生徒会役員が一人。選挙管理委員会会長、黄泉月(よもつき)るな。

なにやら長い肩書きだが、要約すると学園内の公式賭博を管理する絶対中立(・・・・)を謳うディーラー様である。

もちろん役職名通り、選挙管理が主な役割であるから有事の際はそちらがメインだが。

 

「ふひゃぁあ~~…………ねむ」

 

花も恥じらう乙女に相応しくない大口を開けてアクビを放つ黄泉月先輩。

子供っぽい喋り方や本人のお菓子好きも相俟って尚更来年大学生とは思えない出で立ち。その姿に老婆心ながら憐憫(れんびん)の情が湧く。

当人からすれば余計なお世話でしょうけどね。

 

「先輩、いっつもこんな時間に登校してるんですか?」

 

「ンなワケないっしょー。今日は部室の取り合いでディーラーやんなきゃいけないんだよ~、その前準備に駆り出されてんの……ふぁぁ。……んー、面倒臭いなぁ。やだなぁ。誰か代わってくれないかなぁ…………あーあ。代わってくれないかなぁ……」

 

「ま、頑張って下さいよ」

 

そんなチラチラ見られたって代わってやらんぞ。なぜ一般生徒の俺がそんな大役をやらなきゃいけないんだ。

僕、知ってるよ。これ手伝うとあれよあれよと流されて範馬勇次郎ばりのパワープレイで選挙管理委員会に捩じ込まれるやつだって。

 

 

彼女はある意味、現在支配者然としている生徒会が革命を起こされひっくり返ったとしても、変わらず安泰の地位を確立できる紛うことなき勝ち組に属する人物だ。

選挙管理委員会。箱庭を取り仕切る側の人間。

 

……まぁ、絶対に入ろうとは思わないけどね。選挙管理委員会って何故か女子だらけだし。

ハーレム環境なんて、夢子に背中を刺してくれ!と大声で叫び回り大の字に寝転がるようなものだ。怖くてオチオチ登下校も出来ない。俺はまだ死にたくない。最低80は生きてやるぞ。

それに、選挙管理の人間は皆ルールやら公平に関する話題になると人格が替わったかのように恐ろし気なスイッチが入る。公平を守らない奴は殺してやるとでも言わんばかりの勢いでだ。全員、体の中にもう一人の人格でも宿してるんじゃなかろうか。なに術廻戦だ。なに戯王だ。

 

……ま、メリットをひとつ上げるとするなら……。

このまま勧誘に乗せられて『ディーラー』という役職を獲得すれば余程のことがない限り賭博の対象にされることはなくなる、ということか。

取り仕切る側になるという逃げ道。これ以上ない賢い学園生活のやり過ごし方だろう。

 

しかしだ。ずっと逃げ続けられるかというと、そうは問屋が卸さない。

会長の作り上げた奴隷制度は上手く出来てるもので、奴隷にはひとつの絶対権限、いわゆる公式戦(革命)という特権が無償で与えられる。これは一度キリの権限だが、その効力は確約されている。

これは、『奴隷は一度だけ、誰にでもギャンブルを挑むことが出来、かつ挑戦を受けたものは絶対に断ってはならない』という逃げ道を塞ぐ、強制エンカウントを迫れる下剋上システム。

こればかりは学内の生徒である以上、ディーラーどころか生徒会長でも逃げられない。

……そして、俺の場合。わざと自分を奴隷の身に堕としてでも挑んで来そうなのが約二名もいるんだワァ……。

 

……ついでに言うなら、黄泉月先輩の被る可愛い犬兎フード。あれは選挙管理委員会会員は強制装着が義務づけられてる。あれは女子が被ってこそだろう。男が被ったところで醜さを倍増させるだけだ。誰が得をすると言うんだそんなもん。

 

 

「なぁー手伝えよー、お世話してやってる先輩の頼みだぞ~?」

 

「お世話って……なったことありました?」

 

「ちぇー、可愛くないなぁもう……」

 

黄泉月先輩はそう口を尖らせる。

 

「ていうかさー、ナニ聞いてんだあ?」

 

突然、今までの気だるさとは乖離(かいり)した機敏な動きで、スマホから伸びたイヤホンの片割れを俺の手から引ったくった。

黄泉月先輩は躊躇(ためら)いもせずそれを耳に差し込む。

 

まるで恋仲の男女のように、ひとつのイヤホンで体をくっ付ける……。と思いきや、あまりの身長差に恋仲というより兄妹のような画になってしまった。

 

「ニヒヒ~」

 

「…………」

 

不憫な…………。

ううっ。なんで俺が泣きそうになってんだ。

 

頑張って小悪魔風に微笑んでくれるのが余計に涙を誘う。

しっかり成長していれば確実に早乙女芽亜里に並ぶ美女になっていただろうに。それもあんな()慳貪(けんどん)じゃない完璧小悪魔美女に。

神よ!この人が何をしたと言うんだ!

前世で大罪でも犯したのだろうか。いや、だったらそもそもこんな愛くるしく生まれてこないな。違うか。オロローン。

 

と、俺のイヤホンを奪って悪戯っ子のように微笑んでいた先輩が……。

 

「……うげ、ナニコレ。将棋?」

 

イヤホンから流れる音声に苦々しい顔で、一言。

 

 

「じじくさ」

 

 

パリンッ!

ガラスのハートが弾けた音が聴こえた。

 

「い、いやいや!将棋だって立派なゲームでしょう!!生徒会室にも置いてありますし!?将棋部だってありますしぃ!?いくらギャンブル学園だからって純粋な盤上遊技を敬遠しなくてもいいじゃないですか!楽しいですよ将棋!!」

 

「いや別に将棋を揶揄(やゆ)したワケじゃなくてコレ聞きながら登校してることに対してなんだけど……。ぷぷっ……なんか、必死過ぎてキモいなっ!」

 

 

「…………」

 

やめて、割れたハートの上でランニングマンしないで。

 

「あれ?もしかして怒った……?」

 

「………………おれ、おこったことないんで」

 

「そー拗ねんなって!」

 

黙り込んでしまった俺に、機嫌を損ねてしまったとでも思ったのだろう。

いや、まぁ……損ねてるんですけどね……。

 

そんな俺に、黄泉月先輩はポケットから飴玉を取り出すと押し付けるように渡した。

 

「ニャハハー!いやぁごめんごめん。あんまりに純粋な反応してくれるもんだからさァ、つい。カゲはもう少しひねくれても良いと思うぞ~?」

 

「はぁ……。まぁ、ご意見参考にさせて頂きます」

 

「で、これゲーソンとか入ってないの?」

 

ゲー……ソン?

……あぁ、はいはい。ゲームソングでゲーソンってことね。学校にハードごと持ち込んでるくらいのゲーマーですもんね黄泉月先輩。

 

「ソングというか、歌はないですけどBGMなら沢山ありますよ。歌入りは勉強に集中出来なくなるんで入れてないっス」

 

「真面目かよ。お、Megalovania(メガロバニア)入ってンじゃん!アンダーテイルとかやっぱ分かってんなカゲー!」

 

「うっス」

 

ちょっと嬉しい。

キモいとか言われるより何倍もね!

 

「あーあー!そろそろCODもフロムも任天堂も新作も出るしマジ大変だな~。会長の遣いっぱしりばっかやってると時間取れなくてつれーよー。誰か手伝ってくれねーかなー。気の遣える後輩とかいたらなぁ~。いねーかなぁ~~?」

 

「いないです、頑張って下さい」

 

だからチラチラ見るな!!手伝ったらオシマイだって分かってんですよこっちゃあ!!

 

「ま、新作ゲーム出たら一緒にやるくらいなら全然いいですよ」

 

「ったりめーだろぉ。何言ってんだよ逃がさないからな」

 

「当たり前だったんだ」

 

「当たり前だ」

 

「初耳です」

 

「今決めたからな」

 

「ですよね」

 

「だ」

 

至近距離のやり取りに、ふと俯瞰的に自分を見てみた。

仲良さげに三年生の女子と登校する姿。もしかして俺、いま高校生活初めてのリア充してる?

 

……判断が早い!

 

……ってふざけてる場合じゃないか。

よく考えろ、相手はあの黄泉月先輩だぞ。知らない人から見たら身長差のせいもあり犯罪的だ。

よくて兄妹。最悪誘拐犯。

 

……いや、考えても栓なきことか。いくら犯罪チックに見えようと無罪は無罪だ。誰に何を言われる謂われもない。

黄泉月るなを知る学園生徒なら、変に目撃されたとてロリコン呼ばわりされることもない筈だ。

生徒会って基本、奇人変人の集まり、魔王様御一行みたいなものだし。ここ通学路だし。

 

「……へぇ…………。猫も杓子も夢中ってワケか……。ンフフ、いいこと思い付いた」

 

「え、猫がなんです?……なんて言いました?」

 

「んーんー。なんでもー。あそうだ、ちょいとちょいとカゲ後輩よ。少ししゃがんでくれるかな?」

 

「しゃがむ?……まあいいですけど」

 

ちょいちょいと袖を引かれ、謎の催促に首を傾げながらも指示に従ってみる。なんだろう。身長差に首でも疲れたのだろうか。それとも肩車でもして登校しろとか。そこまで身長がコンプレックスなのだろうか。

いや、肩車されたら余計に惨めになるだろうから違うか。

単に足としての役割ってことか?

 

そんな失礼な思考など、次の黄泉月先輩の行動で消し飛んだ。

 

 

 

チュッと、頬に口付けされたのだ。黄泉月先輩に。

 

 

 

「…………………………ぬ?」

 

 

黄泉月先輩は付けたままだったイヤホンを外すと、そそくさと俺を置いて通学路を小さい歩幅で駆けていく。

 

「じゃあなカゲー!いつでも生徒会室に遊びにこいよー!歓迎するからなー!にゅふふ~~」

 

くるっと振り向き手を振り去っていく。俺はその姿が消えるまで見送ることしか出来なかった。

 

 

…………。

 

 

え、もしかして俺のこと好きなの?

 

 

あー、どうしよう。

これ青春始まっちゃったかもしれん。でも彼女あのルックスだしな。歳上とか性格とかは喜ばしいくらいに好みなんだけど容姿が小学生に見紛うレベルだからな……。いやそんなものは強い想いの前にはあってないような壁なのか……?

いやいや待て相手はあの黄泉月先輩だぞ!早まるな!ロリコン呼ばわりされても否定出来ないぞ。……いやでも頬とはいえ女子にチューされるとか人生初体験だし。

 

これが……モテ期なのかッ!?

 

すっかり頭ものぼせ上がり、耳元に流れる将棋の解説などもはや念仏同然だった。

 

 

「…………って馬鹿、待て待て落ち着け。ありえないだろう。あの会長の下で働く黄泉月先輩だぞ」

 

ふと我に帰って冷静に考えてみた。

これはもしや、噂に聞くハニートラップというやつでは?

……なんだハニートラップって。ルパン三世かゴルゴさんの世界でしか聞いたことないぞ。俺のような庶民からしたら一種のファンタジーだ。

 

 

……それにハニートラップをしかけてくるならもっと色っぽい女子を使ってきそうなものだけど。……でも生徒会の女子って……。

会長は論外。副会長はそもそも喋ってくれない。

秘書の五十嵐(いがらし)さん……は会長一筋のソッチ系だからあり得ないし。

西洞院(にしのとういん)さんはパッと見美人だがすぐ般若顔になるし、そもそもお色気ってタイプではない。

夢弓弖(ゆめみて)……なら芝居も上手いし適任かもしれないが一応アイドルだ、ゴシップの元は作りたがらないはず。

(すめらぎ)後輩も楓にゾッコンだからない。

 

うん生徒会の女子陣全滅!ハニートラップできる奴なんていないわ!となると、消去法で黄泉月先輩が選ばれた……?

いやでも、消去法でいくなら黄泉月先輩も消えていきそうだが……。

 

なるほど、わからん!

 

 

ここまでの考えが全くの杞憂であることに、すぐ気がつくことになる。

 

あの頬っぺたチューはハニートラップでも何でもなく、黒髪をなびかせ背後から迫り来る彼女を煽るための、黄泉月るなの悪質な置き土産であることに。

 

 

ローファーの足音が忍ぶように鈍く迫る。

ヒヤリとした白い手が首元へ息を殺して這い寄る。

 

 

 

平和な朝の一時(ひととき)が阿鼻叫喚に変わるまで

 

 

 

あと5秒。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

お友だちになった(・・・・・・・・)というのに、扱いが雑なんです!酷いと思いませんか鈴井さんっ!」

 

 

 

ぷくーっと愛らしく膨れた頬で夢子は訴えた。

 

「まぁまぁ夢子、影逸はああ見えてシャイだからさ。許してあげてよ」

 

昼。

影逸が生徒会会計さんに拉致された。

 

何事かとその様子を観察すれば、なんのことはない。いつものように容赦なく襟首を捕まれて引き摺られて行く様が見えた。しかしなぜか今回に限って影逸は廊下の角へ消えていくその最後まで感涙に満ちた笑顔を浮かべていたのは記憶に新しい。

いつもなら嫌そうな顔で渋々引き摺られていくのに。

 

連れて行かれる影逸に、呆気にとられる夢子の肩を叩いた僕は教えたのだ。

 

「大丈夫だよ夢子。あんなの日常茶飯事だから」

 

その後。

夢子とふたつの机を合わせて食事をとっていた。そんな折り、夢子は思い出したように膨れっ面で抗議の声をあげたのだ。

 

「だからといって、肩に手を置いて朝の挨拶をした途端に悲鳴を上げて逃げるだなんて傷付いてしまいます。そうは思いませんか!」

 

愚痴を溢す夢子が相手だが、影逸ぶりの同級生との会話だった。

影逸と絡みはじめてからというものの、不用意に僕たちに近づく生徒は極端に減った。これも生徒会に目をつけられた影逸の影響だろうか。

僕としてはギャンブルがしたいわけでもないし、渡りに舟だ。

まぁ、実際のところ、僕は影逸という友達がいればなんだっていいんだけど……。

 

……とはいえ、悲鳴を上げて女の子から逃げるだなんて、確かにそれはちょっとフォロー出来ないよ影逸。

 

いやいやと、そこでかぶりを振って考えなおしてみた。

いくら影逸とはいえ、女子相手に言えない悩みのひとつやふたつあったって可笑しくはない。きっと逃走に至るまでの何かがあったはず。

ここは男の僕が、理解者としてフォローするのが友人のつとめだよね!

 

「何かしら影逸も抱えてるんじゃないかな。普段は凄くマトモだし、常識人だし頼りになるし。それにほら、こういう時こそ支えてあげるのが僕たちの役目だからさ。そうすれば絆だって深まるんじゃないかな」

 

「なるほど!弱ったところを突くのですね!」

 

「あはは、夢子は中々ユニークな言い回しをするんだね」

 

言葉の綾かな。夢子も意外と口下手だったりするんだなぁ。

 

「それにしても、影逸どうしちゃったんだろ。昨日の朝からずっと顔を青くしてたし。ちょっと体調が優れないだけだって言ってたけど……」

 

本人は何も話してくれない。でも、明らかに何かあった様子だ。でも影逸が話してくれないってことは今話すべきじゃないから……だと思う。

いま僕らが出来るのは、あのどこか怯えた様子の影逸と遊ぶなり雑談するなりで少しでも元気になってもらうことくらいかな。

 

「とにかく、僕たちは僕たちなりに影逸を気遣ってあげることが一番の薬じゃないかな」

 

「クスリ……っ!流石です、依存性を持たせればいいんですね!」

 

「うん。……うん?」

 

なぜだろう。どこか噛み合ってないような……。きっと気のせいだよね。

まぁ夢子って変わってるし。昨日だって単身であっという間に早乙女を負かして幽霊のようにいつの間にかどこかへ消えちゃって……。

謎多き転校生だ。

 

「ところで鈴井さん。影逸くんはどうして会計の方に連れていかれてしまったのでしょうか。……ま、まさか、カツアゲと呼ばれる伝説のアレなのでしょうか!」

 

伝説のアレって……。

「それはないよ」と、心配そうにアタフタする夢子を安心させるため、明るい声色で否定した。すると僕の思ってた方向とは逸れて、夢子は謎の熱を上げていく。

 

「でっ、では!!ではもしかしてもしかすると、ギャンブルでしょうか!?まさかとは思いますが生徒会が影逸くんを召し上げてギャンブルを強制しているのでしょうか!なんという蛮行でしょうっ、許されません!私も参加してきます!!」

 

「待って待って待って!!!」

 

食事の途中だというのに広げたお弁当はもはや目にも入っていないらしい。

 

「生徒会室はどこでしょう!」

 

「ストップ!夢子ストップー!」

 

法螺貝の音色まで響きそうなほど、武将もかくやと言わんばかりに雄々しく立ち上がる夢子をどうにか引き留める。

 

「たまに、ああして生徒会の会計さんに連れていかれてるんだよ」

 

「たまに、ですか……?」

 

「うん。よくわからないけど、影逸に必要な知識を叩き込んでおくとか何とかって聞いたよ。ほら、影逸って特待生だからさ、きっと勉強を教えてもらってるんだと思うよ」

 

「そうでしょうか……」

 

「うん、たぶんだけどね」

 

まぁ確証はないんだけど。

 

 

 

 

黄泉月(よもつき)さんが言ってたから、たぶん本当」

 

 

 

 

 

 

 

──鈴井さん

 

 

 

 

 

 

その時だ。

発せられた声を夢子が出したものと理解するまで数秒かかった。それほどまでに底冷えするような、地を這うような、別人のような、迫力の籠った声だった。

 

 

「黄泉月……。黄泉月さん。……なぜでしょう、聞き覚えがある名前です」

 

「え……っと。夢子?どうし──」

 

「鈴井さん。黄泉月という女の子のこと、詳しく教えてくださいませんか?」

 

「……ゆ、夢子?」

 

あまりの迫力に無意識で唾を飲み込んだ。

昨日、早乙女とのギャンブルで見せた狂気的な熱量とは正反対の、泥のように重く黒々とした圧力だった。

昨日の今日で絡んでくる生徒はいない。が、遠目に夢子を見ていたギャラリーたちも、何気なく過ごしてたクラスメイトも、殺気に近い迫力に当てられたのか、確実にいま、僕たちの周囲に空間が広がった。

 

 

「身長は約135前後、黄色がかった髪と恐らくお菓子好き、どこかファンシーな出で立ちで容姿はとても幼く、人をからかうのが得意な印象を受けました。黄泉月さんとは、彼女のことですよね?この学園で二年生にもなる鈴井さんならもっと詳しいお話も知ってますよね?ご存知ですよね?今の発言から会ったことのあるようなニュアンスでしたし、是非聞かせてくださいな。いったい彼女はなんなのでしょう。いえいえ特に他意はないのです。が、今朝たまたまお見掛けしまして。彼女がいったいどこの馬のホ……こほん、どこのアバズ……こほん、どこのどちら様なのか気になって気になって仕方がないのです。さて鈴井さん、彼女はいったい誰なのでしょうか。年齢は?住所は?家族構成は?嫌いなものは?好きなものは?大切なものは?仲のいい友人はいますか?私は彼女の全てが知りたいのです。ああ誤解なさらないでください、あくまでこれは一過性の知的好奇心に過ぎません。ですから何の憂いも物案じもする必要は一切ないんです。彼女を害そうだなんて5ミリも思っていませんから。ですから知っていることがあれば教えてくださいませんか?氏素性、知っていること、知らないこと、全てを、私に、教えてください」

 

 

「え、ええと……」

 

黒い前髪のカーテンからギョロリと覗かせた赤い目が、言葉にできないほどに爛々と凄味をたぎらせていた。蛇に睨まれた蛙のようにカチコチになった体をどうにか動かす。

話さないと。

本能がそう強く訴えていた。

 

恐らく、夢子の気になっているのは黄泉月るな先輩。選挙管理委員会会長の彼女で間違いないだろう。

……流石に住所やら家族構成、友人関係なんてものは知らないが。

僕は僕の持ちうる限りの情報を話した。

 

そこでふと思ったのだ。

影逸が生徒会にいたく気に入られていることまで話すべきだろうか、と。

大したことのない話だと思うけど……。けど、なぜか僕は躊躇ってしまった。僕の中で何かが囁くんだ。ここが大きな分岐点であると。

 

「……こ、これくらいかな。僕はおろか、一般生徒じゃ三年生役員と絡むことなんて殆どないし、話を聞いたのも一回きりだったからだからあんまり詳しくないんだ。ごめんね」

 

話さないことにした。

ここまで鬼気迫る夢子に言ってはいけない気がした。

 

 

「…………そうですか」

 

「う、うん」

 

スッと細められた眼光。

それは思案に耽る色なのか、猜疑の眼光なのか、はたまた僕の情弱さに怒気を孕んでいるのか。

悪さをしたわけでもないのに自然と冷や汗が背中を伝う。

 

「わかりました」

 

夢子の感情を読み取ることも出来ない内に、夢子はニコニコとした笑顔に戻った。

 

「鈴井さん。今後とも、よろしくお願いしますね」

 

夢子は同い年とは思えないほどに、凄艶に微笑む。

 

 

……か、影逸。夢子がすこし怖いよ。助けて。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「誰かに呼ばれたような……」

 

 

「何を言っているこの阿呆。電波の受信はよそでやれ」

 

生徒会室。

大きな机を挟んだ位置でペンを握る楓は、こちらに見向きもせず呆れた声でそういつものツンデレ発言を溢した。

 

「『ちゃんと取り組まないとテスト落とすぞ。俺は心配だ』って言いたいのね。わかってるわかってる」

 

もちろん教えてもらってる身だ、無下にすることは出来ないし予習復習も欠かしてない。だがそれだけ勉強してもギリギリなくらい、ここの特待生制度は高レベルの学力を求められる。

楓様様だよ本当。

でも資金運用の基礎は教えてくれなくていいです。俺生徒会に入るつもりないんで。

 

「き、貴様……。喧嘩を売るなら相手を選べ。俺がその気になれば貴様のような一般生徒なぞ指先ひとつで──」

 

「わーってるわーってる。心配ありがとな、マジで。何より今日の楓は超絶ファインプレーだった神かと思った。地獄に仏あり。生徒会に楓ありだ」

 

「馴れ馴れしいぞ、何度も言わせるな。俺のことは豆生田(まにゅうだ)と呼──」

 

「つか、あんのロリ悪魔めェ……!今度合ったら只じゃおかねえ!俺のヨッシーでヤツのネスをギッタギタにしてやる……っ!!」

 

「…………朝土、貴様これ以上くだらんことを(わめ)くならここに会長と生志摩(いきしま)を呼ぶぞ」

 

「いやあ!資金運用も教えて欲しいなあ!!」

 

呆れたようにため息を溢した楓は、何気なく窓の外へ視線を送った。

 

「……まったくこの馬鹿め。……ん、なにやら今日は雲行きが怪しいな。降らないといいが」

 

「あ、本当だ。曇ってきた。……なんか嫌に重い雲だな」

 

「あぁ」

 

 

 

これは一雨くるかもな。

 

 

 

生徒会室の扉。

 

ヌルリと、わずかに開いた隙間に血の気の引いた白魚のような女性の指が差し込まれた。

 

 

温度を求める怪物のように、部屋に入ろうと蠢くそれは

 

 

 

「探したぜえ……っ!かぁげえぇ!いつぅぅぁぁあっ!!」

 

 

 

隙間から、ダラリと真っ赤な舌を垂らした。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

眼帯をした隻眼の女。

 

名監督の作るホラー映画と遜色ない、恐怖を体現したような光景だった。

血色の悪く見える紫のリップと口許につけた二つのピアスを吊り上げ、鋭利な四白眼を見開き涎を垂らしながら破顔していた。

 

「見つけたぞ朝土、影逸ぅぅ……ッ!」

 

生徒会室の扉をうっすらと開けたのは学園きっての狂人。自らの目玉をペンで抉り取ったという生けるレジェンド、バーサーカー生志摩(いきしま)(みだり)

俺が最も会いたくない人物の一人が、(わず)かに開いた扉から顔を覗かせている。

……いや、俺じゃなくてもこんなヤベーやつに会いたい奇特な人間はいないだろうけど。

 

「灯台もと暗しってのはマジであるんだなぁオイ。てめえを探し回ってた今までの時間が勿体ねえぜ。ここに居んなら居るって言えよなぁーあ?」

 

「いいからそのシャイニングごっこやめろよ」

 

いつまでも顔を扉に挟んだまま「んふー」と、ぬるそうな鼻息を吹き出している。黒目の小さな目玉だけが独立したようにギョロリと視線で俺を下から上へ(ねぶ)るものだから鳥肌がおさまらない。

つか、んふーってなんだ。んふーって。そんな気持ち悪い言動でいいのか女子高生。もうちょっと端から自分がどう見えるのか意識しろよ女子高生。

 

「じゃ、勉強続けようか」

 

「あぁ……」

 

「オォイ!なぁ影逸よ!アタシの話を聞けっての!!聞いてんだろォ!?」

 

「聞きたくもないので聞いてないということで」

 

勉強の邪魔になっている生志摩に、楓は少し苛立たしげに眼鏡のブリッチを持ち上げ光らせた。無言の圧力というものをこれでもかと放っている。言いたいことはわかる。俺と同じことを考えていることだろう。「「はよ居なくなれ」」と。

……まぁ、伝わってないみたいだけど。

 

生志摩は、ゆらゆらと支えを失った人形のように不気味に頭を揺らしながら囁くように言う。

 

「なぁ影逸よぉぉ……。追いかけんのもいい加減飽き飽きなんだよ。観念してくれよォ。今日という今日こそ、アタシと──」

 

「てい」

 

「った」

 

が、そこへ丸められたポスターによる一撃が下った。

 

生徒会室を通せん坊する形の生志摩を後ろから小突き現れたのは、今朝大変お世話になったあの小悪魔ロリだった。…………ちょっと危ない表現になってしまったけどそういう意味じゃないのでセーフ。

今朝大変お世話になったロリもとい、黄泉月るな先輩その人であった。

 

「妄ちゃん邪魔。生徒会室入れないでしょーが」

 

「……へいへい」

 

「まったくもう。……ってあらら、カゲじゃん!どしたどしたー!今朝の今でもう私に会いたくなっちゃったのか!可愛い後輩だなぁもう私まで照れちゃうぜぇ~」

 

「…………」

 

よくもまぁそんな台詞をいけしゃあしゃあと言えたもんだなこのロリめ。誰のせいで生徒会室に避難してると思ってんだ。

にぇへへーと自分の頭を触っている黄泉月さんに、俺はひたすら冷たい視線を送っていた。届け、この想い。

 

「んなことよりよォ!影逸!今日こそ──」

 

「生志摩、貴様美化委員長だろう。今日はミーティングがあった筈だ。なぜここにいる」

 

「…………あアァ"?」

 

黄泉月先輩を押し退けて俺へ駄々をこねようとした生志摩だったが、楓様の救いの手が差し出された。

おお、かみよ!かみはここにおられた!あがめるのだ!

 

「美化委員会だぁ?ンなもんどーだってイイだろうがよォ!だいたいテメーになんの関係があんだ?あ?会計メガネ」

 

「フン。品のない女め。大口開いて喚くのは結構だが、会長の慈悲で役員でいられているという事実を忘れるな。役割も果たせず下品な振舞いが目に余るようならば報告してもいいんだ」

 

「はぁあ?会長にチクっちゃうぞーってか?馬っ鹿じゃねーの!勝手にやってろや幹事めがねぇ!!」

 

とまぁ、中指をたてる生志摩と中指をたてる(メガネをなおす)楓がそんな醜い言い争いをしている。

そして聞いての通り。恐ろしいことにこの狂人生志摩妄。生徒会役員美化委員会でありながら、その長なのである。

美化とはいったい……。長とはいったい……。哲学だろうか。

 

相も変わらず犬猿の仲のようで、今日も今日とて楓の正論パンチがゴムゴムのガトリング。

それでもめげない生志摩は机に腰を乗せると、楓との直線を遮るように俺の方へ体を倒した。

机に転がるという品のない行為。ここに鈴井がいれば説教されていたことだろう。というか現在進行形で楓にやめろと叱られている。聞こえてないっぽいけど。自由過ぎか。

 

「なぁ影逸ぅ。いつになったらアタシと組んでくれるんだよ。アタシはお前がいないとダメなんだよ、なぁあ」

 

ワーイ、モテモテダー。色男は困っちゃうナー!

 

……ンな訳あるかい。

昨日今日と通して見ると、まるで俺がこの学園でモテモテであるかのように見えるだろう。

数々の少女に言いよられ「なぜかモテるんだよな俺。今日も別の女に付きまとわれて、とーっても困ってるんだゼ!」なんて。そんなイケすかないなろう系主人公にでも見えるかもしれない。

だが実のところ、それは了見違いだ。そんな都合の良い世界がある訳がない。いや、この学園でモテたらモテたで疑心暗鬼になりそうだけどさ。

 

まあつまり要約せずに、パンチの効いた本文から切り込むならば。生志摩についての出だしの一文はこうだろう。

 

 

生志摩妄は変態である。

 

 

こいつは紛う事なきドM。

ジョジョ風に言うならドドドドドM。

ジョジョじゃなくてもドドドドドM。

それも自分から突っ込んでくるアタッカー型ドMだ。

 

なんでも会長にギャンブルで負けて、この生徒会室でやらかしたという例の……生志摩自身の目玉を使った渾身のペンパイナッポーアッポーペンをかました事件。あれが性癖を目覚めさせる引き金になってしまったようだ。

ギャンブルをして、結果負けて、自分の体が無惨に痛め付けられるスリルがどうしょうもない位に好きになってしまったらしい。特殊性癖ここに極まれり。

ギャンブルというものは、普通の人間であればベットするものは基本お金、そうでなくても自分が得をする何かだ。せっかくギャンブルで勝ったのに、相手に負傷を負わせたいなんて、そんな生産性のない真似をするやつはまずいない。普通の精神性をしていればまず起こり得ないことだ。……普通であれば。

そう、それを平気でやってしまうのがあの桃喰綺羅莉という怪人。好奇心さえ満たされるのなら常識も倫理も二の次三の次。

 

で、生志摩はそんな会長に負けるのにすっかりハマってしまった。ゾッコンだ。本気かどうかわからないが、会長に殺されたいとまで(のたま)っている始末。

しかし会長もひねくれにひねくれてる。そう簡単に生志摩を喜ばせる筈もない。生徒会に生志摩を入れることで過度な自傷行為を禁止させ、その上で無視を決め込んでいるようだ。

飴を与えることも忘れず、「私がギャンブルをするに値する状況を作れるのなら相手をしてやってもいい」なんて条件まで出したらしい。

 

ここまで情報が揃えばわかるはず。

そう、この変態。生志摩妄は俺とタッグを組み、俺をダシにすることで会長とギャンブルしようと企んでいるのだ。

迷惑千万。勘弁してくれ。というかその流れだと、コイツスリルのために自分でハンデ背負いながらギャンブルしそうだ。そうなれば確実に俺まで敗北のペナルティを課されることになる。誰が喜んでそんな目にあいたいと言うんだ。

却下だ却下。

 

 

そんな訳で。納得のいかないままに、いつの間にか生志摩妄というバーサーカーにまで付け狙われる毎日になってしまった。

運の良いことに……というか、会長の(はかりごと)だろうが、美化委員会は割と多忙らしく遊び回っている余裕はないようだ……。絡まれる回数はそれほど多くはない。生志摩は仕事をバリバリこなせるタイプではないし尚更(なおさら)

お陰で俺はこれまでシャバ(自由)の空気をわりかし吸えていた訳だ。……夢子が現れるまでは。

 

「なぁああ、かぁげぇぃぃつぅぅっ。一緒に組んでくれよぉぉ。いいだろぉぉ?」

 

「やだね」

 

「じゃあよ組んでくれりゃあ一発ヤらしてやっからよ!」

 

…………ねぇ、なんで普通の女の子いないの?

 

うちひしがれた。

現実は非常だ。

 

「当然参加賞だ!参加してくれりゃいい!参加してくれりゃあヤらしてやるって!なっ!?」

 

「な、じゃねえボケ!」

 

つい口が悪くなってしまった。だが俺は悪くない。こういう自分を軽視し過ぎる女に配る優しさなどない。

こいつはどれだけ楓と俺で説教してもこういう発言をやめない。欲望の為なら他はなんでもよし。ほんと将来が心配だ。

 

それと悪いが俺は女子への理想が高い!普通の女の子じゃなきゃ無理!

…………あれ、高い?

 

「てか、今日勉強会の日だったんだなぁ、報告書持ってきたら妄ちゃんまでいるもんだからビックリだよ」

 

「ええ。まぁ勉強会というより俺がこの庶民に一方的に教鞭を取ってるだけですが」

 

「にゃははー、カゲにはもっとこの学園で面白可笑しく暴れて欲しいからねぇ~。学力なんかで消えてくなんて勿体無いし、教えるの頑張ってな」

 

「他人事だと思って……。あんなトラブルメーカー、俺には御しきれませんよ」

 

「そこがいいんじゃない。この学園であんな人間は稀有だよ。大事にしなきゃ」

 

意味は分からないが何やら俺の学力を馬鹿にされてる会話なのは理解出来た。

 

「こら先輩と楓。よく分からんけど俺が面白可笑しくてなんだって?特に黄泉月先輩、今朝のことといい、人で遊ぶのも大概にしてくださいよ……?」

 

「聞こえな~い」

 

「おいこら影逸、てめえはアタシの話を聞けよこら」

 

どれだけ無視しても顔を近付けて視界を遮ってくる。そんな生志摩の頭を手で押し退けながら黄泉月先輩にぶーぶーと文句をつけるも飄々とした態度に逃げられるばかり。ぐぬぬ。

 

その時。

 

「っいっだぁ!!生志摩、てんめっ!」

 

ふいに右手に激痛が走った。

何かと動転しながらも痛みの元へ視線を向けた。

 

噛まれていた。

邪魔な頭をどかそうと力んでいた左手が、女子高生に噛まれていた。

どうしてこうなった。人の手を噛むとか何歳児だよお前痛い痛い痛い痛い

 

「痛い痛い痛いッ!!いつまで噛んでやがんだ離せって馬鹿!!」

 

「ガルルルルっ!!」

 

「野犬かてめえは!!馬鹿馬鹿馬鹿っ、血出てる!血ぃ出てるって!!」

 

見かねた楓がどうにか生志摩を引き離してくれた。

細身の楓じゃ頼りにならないと思ったのも一瞬。引っ張るような力業ではなく、腕を生志摩の首に回し力強く絞めたのだ。

その絞め技に、流石に噛むことより逃げることにシフトした生志摩はようやく口を離して教室の端へ猫のように離脱した。

 

ペッと吐いた唾には俺の血が混じってるのか、絵の具の様に赤かった。

それに気がついて左手を見れば歯形がくっきり残り少なくない出血をしていた。マジで勘弁してくれ。

 

「なあ影逸!てめえがアタシを相手にしねえってんなら、ギャンブルで決めようぜ。アタシが勝ったらチームを組め。お前が勝てば何でも言うことを聞いてやるよ」

 

「…………」

 

最近どっかで聞いたフレーズだなぁ、それ。

 

「…………はぁ。……まあそれで済むならやってやらんでもないけど」

 

かまわんさ。万が一負けても、チームを組むことと会長とギャンブルすることは別問題だもんね!勢いのある内に受けて余計なプラスアルファを付けさせず終わらせてやる。

手品で生き残ってる人間の手を噛みやがったんだ、容赦しねえからな反則しまくってやるぜ。

スッゾオラー!!!!

 

「ぬおっ、ギャンブルー!?いいねぇ!じゃ私ディーラーやるよん!」

 

黄泉月先輩が喜色満面で手を上げピョンピョンと自己主張をする。

 

「へへっ、じゃあゲームはこいつだ」

 

そう言って生志摩がスカートのポケットから取り出したのは一丁のリボルバー。

 

……こいつなんでリボルバーなんてポケットに生身で入れてんの?

いくら玩具とはいえ……。いや、うん。玩具とはいえそんなものをこの年齢で常備してる時点でこいつがどれだけアホか理解で──

 

 

 

 

 

その瞬間、銃声が鼓膜を破く勢いで叩いた。

 

 

 

 

 

ギギギと首だけで振り向くと、俺の後ろにあった花瓶が無くなっていた。その場に崩れた陶器の欠片と散った花たち。……壁に空いた風穴。

水が高級なカーペットを惨たらしく濡らし、赤黒く染め広がっていく。まるで俺の体から流れていく比喩であるかのようで、サァッと顔から血の気が引いた。

 

「ロシアンルーレットだよォ!単純かつ最ッ高にトべる究極のゲームだァア!!」

 

「…………」

 

「生志摩、いたずらに花瓶を撃ち抜くな。言った筈だぞ。美化委員として相応しくない行いは報告すると」

 

「っせえな!」

 

「ちょっと妄ちゃーん。せっかくディーラーやろうと思ったのに、これじゃ私の存在意義なくなくなーい?」

 

「先輩までそんなこと言うのかよ!いーじゃねーかロシアンルーレット!なんでわっかんないのかなこのスリルの気持ちよさがさァア!!」

 

「ん~……。にゃはは!ダメだねこりゃ、やっぱ私妄ちゃんの相手面倒臭いわ!」

 

「生志摩。ギャンブルをやるのは結構だがせめて血を洗い流せる場所でやれ」

 

「わかってるっつーの、るせーな」

 

なんでこの人たちこんなケロッとしてられんの?

……え?あれ?俺が可笑しいの?明らかにモデルガンの威力じゃないよね?ゲームとか言ってたし、もしかして俺だけが何かしらのファクターを理解出来てないのか?

 

「アハッ!んじゃ、やろうぜェ影逸」

 

生志摩はこれからのギャンブルに、欲情したように赤らんだ頬を上げて笑顔を作った。

 

撃つわけでもないただの威嚇……というよりは意気込みなのだろうが…………「やろうぜ」とリボルバーの銃口が俺へ向けられた途端、全身の毛穴が開くような錯覚を覚えた。

その打ち金がカチリと音をたてられた、その刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノォオオオオオオオオオオオオ!!ノゥゥォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」

 

 

鳥肌もすくむ足も忘れて、俺は扉を壊さん勢いで開き全身全霊の全速力で爆走した。

 

前々から気づいてはいたけどさ……。

あいつらアタマオカシィッ!!

世紀末かよ、なんでピストル構えてる奴を前に平然としてられんだよ!!

哲学者デカルトは嘘つきだ。

To know what(人の考えを) people really think(本当に理解するには), pay regard to what they do(彼らの言葉でなく), rather than what they say(彼らの行動に注意を払え).』

なんて名言がある。

 

今までなんとなく援用することもあったこの名言も、今となってはもう理解できないね!ギャンブルとか言って回転式拳銃取り出す人間の思考なんて1ミリも理解できませんね!したくもありませんね!

なんでこうなった!まさか緋弾のアリアの方がマシとか言ったからか!?ウッソだろおい伏線だったのあれ!!?

 

火事場の馬鹿力とでもいうのか、今までにない焦燥感と脚力で廊下を駆け抜けていく。

背後からの怒りの静止など知ったことではない。逃げなくてはならないのだから。

命に代えられるプライドなどない。闘争心などない。好奇心などないィィイ!!

生きとし生けるもの、命を大事にィィイイ!!

 

死にたくないの一心。

しかし悪魔の部屋からすぐに狂人は這い出てきた。

極上の味を覚えた野犬はそう簡単に諦めなどしない。

 

 

「待てエエッッ!!!根性見せろタマなしがゴルォアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 

 

地獄の鬼ごっこが始まってしまった。

 

 

 




青春ダナァ……

地の文が多くて読みにくくないですか?

  • 多い!冗長だボケェ!
  • 足りん!足りんぞマヌケェ!
  • あ、丁度いいです。
  • 好きにやって、ヨシ!m9(°∀°現場猫)
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