影グルイ   作:花火師

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夢子視点

せっかくハーメルンのメールボックスにスパムが来てたのに気がついたら消えてました。……消したっけかなぁ?
誰だよぉ!消したのぉ!作中どこかでコピペして使ってやろうと思ってたのにィ!かーえーしーてー!僕宛に来てた人妻との出会い系迷惑メールかーえ、してーー!!うわぁ"ーーん!!(イオンの床でゴロゴロー)



第8話

夕日差す保健室。

先程まであった温もりはすっかり自分の体温に上書きされた。そのハズなのにそのシーツから手を離そうとする意思はまるで生まれなかった。

 

目を閉じるだけで、いまそこに彼の息づかいまで聞こえてくるようだ。

あるはずのない温もりに微笑み、彼の横顔を幻視するだけで堪らなく胸の奥が切なくうずく。

 

「……これは……?」

 

そして気がついた。

約60mm前後の傷。よく探ってみないと気がつけないほど巧妙に隠されたシーツの下。マットレスに小さな裂け目があるようだ。

 

「まさか……」

 

……おそらく正確な傷の大きさは58mmといったところでしょうか。

……ベッドを使用している内に破れたものではないでしょう。人体が横たわって付加のかかるような部位ではない。明らかに意図的に裂かれたもの。

58mmと推定できたのは、それが一般的なトランプの規格だから。つまりこれは彼が寝ていたその下に仕込んだタネ……。

 

それにしたっていつの間にこんな切れ目を……?

まさか、私とトランプをしながらベッドを裂いてカードを隠していたのだろうか。

 

棚を漁り、見つけ出したハサミをジョキリと鳴らす。

 

バッとシーツを掴んで引き剥がした。

シーツの上に載ったままの赤いカードの束が血飛沫のように辺りへ飛散(・・)する。

 

「やはり、そういうことでしたか」

 

マットレスの切れ目をハサミで切り広げ、手を忍ばせまさぐってみた。……しかし中には何もない。タネも回収済みのようだ。私の気づかない内に後処理も完璧に済ませたのだろう。

……あれだけ慌てふためきながら帰宅してったというのに、全くもって抜け目のないひと。

 

……マットレスとシーツの裏側には、ほんの少し、ピンクの粉が付着していた。

これは私が彼に施した細工。

彼の寝ている間に、制服の両袖にチークを軽くまぶしておいたのだ。その痕跡はしっかりと現場に残っていてくれた。偏に、彼がイカサマをするのかどうかを見極める為。

私は別に、イカサマをされようと構わない。そういう手段を取るならばそれを含めてギャンブルを楽しむまで。“イカサマ”も“ブラフ”も“ハッタリ”も。それら全てがギャンブルにとっては調味料に過ぎない。

でもやはり……。

 

「ふふっ、可愛らしいことをしますね」

 

こんな仕込みをしておいて、彼はそれでもなおイカサマに手を染めなかった。最後の最後まで飛び道具に頼ることなく、私との勝負を運に賭けた。

しかもそれで私に負けてしまう辺り。…………いえ、運に負けてしまう辺り、可愛らしくて仕方がない。

 

負けるかもしれないと分かっていたのに……。

彼は、わたしとギャンブルをしてくれた。

 

「嬉しいですよ、影くん」

 

自然と頬がつり上がるのがわかる。消えたはずの温もりがまだそこにあるかのように、僅かにチークの付いたベッドに頬擦りする。

 

イカサマを仕込んでおきながら勝負か技術かどちらか迷った末、私に正々堂々と臨むことを選んでくれた。私とのギャンブルに挑んでくれたことに言い様のない幸福を感じる。

 

嗚呼、彼がいとおしくて堪らない。やっぱり私は彼が好きだ。

 

「叶うことなら今すぐ……」

 

沸き上がる欲望に自然と唾を呑み込んでいた。

ほう、と憂いのため息が溢れる。

心も体も、早くも次のギャンブルを期待してやまない。彼とのギャンブルを。彼の側にいるという事実を。

 

 

ああ、こんなお遊びではなく全身全霊をかけたギャンブルをしたい。彼と、彼の全てを賭けたギャンブルをしたい。

嗚呼、彼が破滅を賭けたギャンブルに乗り出たらいったいどんなイカサマをしてくれるのだろう。いったいどんな手練手管を施してくれるのだろう。いったいどんな表情で挑んでくれるのだろう。その気迫を感じたい。その声を聞きたい。その眼で鋭く睨まれたい。

あらゆる手を尽くして欲しい。あらゆる手を尽くしたい。見上げるほどの小細工とタネを山と築き、策略と謀略と運命にがんじがらめの戦場を築きたい。

彼ならば可能だろう。二者択一に類する究極の戦場を作ることも。数百の選択から勝利を掴むのも。

なんと血の滾る話か。なんと血の滾ることか。

 

 

…………しかし。

 

 

「……うーん。散らかってしまいましたね」

 

思案に明け暮れていた私の周りには無造作にばら蒔かれたジャンケンの落ち葉(カード)たち。

これを片付けなければ。少し億劫ですが仕方ありません。シーツを剥がす前に鞄に入れておけばよかったものを、すっかり失念していました。それもこれも彼の魅力のせいでしょう。許せませんね、これはまたギャンブルをして頂かないと。今度は友達として、ギャンブルの賭け金にとびきりのヴェーゼを頂くとしましょう。

 

しゃがんで一枚一枚集める最中だった。

 

一枚のカードを見て手が止まった。

それに描かれているのはグー。なんの変哲もないグーのカード。

 

 

「…………」

 

 

乙女にあるまじきことなのでしょう。

それでも私は唇をつり上げて下卑た笑みを浮かべてしまった。

 

「なるほど……」

 

なぜならそのグーは、ここには存在しないはずのもの。

私が早乙女芽亜里と臨んだ投票ジャンケンには本来存在しなかったグー。

これらのカードは全て投票者であるクラスメンバーの手書き。僅かな違いだ。イラストの大きさ、書き方、筆圧。ボールペンかシャープペンシルか鉛筆か。まったく同じモノを書く人間など存在せず、それぞれがそれぞれの特徴を持っていた。覚えている(・・・・・)

だがこれだけは今日描かれたどのカードとも違った。このカードだけは私の記憶にない(・・・・・・・)

 

「なるほど……っ!!」

 

この一枚は、彼の持ち込んだカードだ。

投票ジャンケン経験者の彼。私がカードを持ち出したのと同じように、彼もまた持っていたのだ。いつ誰が臨んでくるかも分からないはずの、このギャンブルの手札を。

仕込み?……いいえ、元々持っていたと言うだけの話。

マットレスの下に隠してた?……いいえ、彼は気がついていたのでしょう。私が袖にチークをまぶしていたことに。だから手品のブラフを張った。マットレスの裂け目に気が付くだろうと予測し、このカードから目を逸らさせる為に。事実、こうしてカードを一枚一枚確認していなければ気が付けませんでした。

なんという見事な意識誘導(ミスディレクション)でしょう。裏をかいたと思った私は見事に踊らされていた。

根っからの奇術師。根っからのギャンブラー。

 

……本当に彼は、私を滾らせてくれますねぇ。

 

対外的には私の勝利と言えるでしょう。

でも私は負けたのです。彼の手練手管に。気がつかない内に絡め捕られ勝利を断定してしまった。

運に勝ち、彼に負けた。

ギャンブルに勝ち、彼に負けた。

 

嗚呼、なんて素晴らしいのでしょう。

 

手品に惑わされた。彼の手で踊らされた。なんという快感か。なんという至福か。

こんな美しい

勝利を捨ててまで挑んでくれた男の子に、血がより熱く脈動を打つ。

脳内から溢れる分泌物に体が震える。まるで宙に浮かんでいるかのような高揚感。

 

 

「愛しています、影くん」

 

 

そのグーのカードに、ひとつの口付けを落とす。

 

私の中でまたひとつ彼への愛情が膨れ上がった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

彼の右手にはコインが握られていた。

いや、『握る』では語弊がありますね。コインを操っていた、が正しいでしょうか。

無意識であるように手元へ目線すら送らずに。五指を使いこなして淀みのない鮮やかなコインロールをしていた。

 

冷えきった空気の中で一際輝く朝焼け。

暖かな日差しが夜の帳を押し上げ、朝へと塗り替えていく。

しゃがんだまま、コートが地面に触れないよう気を付けながら膝上に挟むようにまくり上げた。僅かに逃げる暖気に身を小さく震わせる。

しかし身辺の気配りもそこそこに、私は目標から目を逸らさず捉え続ける。

 

相変わらず感嘆するほど洗練された所作に驚かされ、見惚れる。ああもう素敵です影くん。

一流のマジシャンは無意識にコインやカードを隠し操る動作を行うと言うが、彼の動作はまさにそれ。後ろから見ているというのに、右手に持ったコインが左へ、左にあったものがポッケの中から。彼の回りに空間を操る魔法が展開されているのではと疑うほどの見事なコイン捌きをしていた。

人の目につかない場所でも真摯にイカサマへ流用できる技術を磨く姿に、またひとつ惚れ惚れと甘いため息をついてしまう。あの繊細かつセクシーな手つきで身体中を愛撫されてしまったら、いったいどんなに…………コホン。少々お下劣でしたね。

それにあの横顔。なんと凛々しく可愛らしいことでしょう。叶うことならび今すぐ抱き締めて部屋にお持ち帰りしたいです。もしくは抱き締められてお持ち帰りされたいです。

 

「なんだ?」

 

「っ……!」

 

だらしなく弛みきった口許を抑えて咄嗟にその場で更に深く身を(かが)めた。

 

彼がこちらを向いたのだ。

これこそが直感というものなのでしょうか。否、これは愛なのでしょう。彼の中で未だ燻る愛の火種がきっと燃え上がる瞬間を待ちわびてのことなのでしょう。

 

「……気のせいか……?」

 

こちらをまじまじと見ている気配。

止まったままの足音に彼の不審がる意思を感じた。

 

愛の力とは斯くも凄まじいものです。

彼の歩く足音に自分の足音を重ねて音を消し去り、香水をつけずコンディショナーも香料控え目のものを使った。

人にとって気配を察知する機能の正体は微弱な静電気の干渉によるものと言われています。しかしこの距離ではそんなものはあってないようなもの。となればあの察しの良さは愛としか言いようがありません。愛!まさに愛です!私も愛してます!もう、好きッ!!

 

未だに警戒を解かずジッとこちらを見ている彼。しかしこのストーキン…………。見守る(・・・)という影ながらの私的警備を知られてしまうのは困ってしまいます。私はありのままの彼を見守り、知り、愛で、鑑賞し、記録したいのですから。

とにかく、バレないように誤魔化さなければ……。

そこではたと、彼が寮から出てきた際に黒猫を見かけたのを思い出した。

 

小さく咳払いをひとつ。

そして

 

「……ニャーン」

 

絞り出したのは野性動物に化けるという道化じみた手法。使い古されて手垢がついた、どころか化石のような手段です。

ことギャンブルやゲームにおいて聡明な彼を、こんな下策で誤魔化せるとは考えにくいですが……。

 

 

「なんだ猫か」

 

 

あれっ!?

騙されていました!なんて……。

なんて可愛らしいッ!!!

 

彼が動物好きなのは知っていましたが、まさか本当に騙されてくれるとは思いませんでした。なんて愛らしい。好き!好きですよ影くんっ!!どうしてそう萌えポイントを稼ぐのが上手いのでしょうか!?

……しかし、私の拙い猫の鳴き真似に引っ掛かってしまうほど純粋だなんて。将来、誰かに騙されてしまわないか心配です。やはりここは私が彼の伴侶として、下賎で卑しいハエたちが(たか)らないよう守らなくてはなりませんね……。

 

「んん"っ」

 

そこで彼の咳払いが聞こえた私は、反射的に意識を戻して彼の行動に意識を向けた。

未だ学校へ行こうとする気配のない影くんが、こちらへ顔を向けているのをその咳払いで感じ取った。その直後のこと……。

 

 

……それは、起こった。

 

 

 

 

「に、にゃーん。……なんつって」

 

 

 

…………ハァンンンンンッッッ!!!!!!!!

 

 

耳から侵入し鼓膜を優しく叩いた声。愛らしくも恥じらいの隠せないしかし動物に対する優しさと媚びの混じった猫の鳴き真似に、私の脳天から雷が落ちたような錯覚を覚えた。

 

にゃーん…………ニャーン……………ニャーン……ャーン

 

彼の声を忘れてはならないとフルに可動し始めた脳が大量の糖分を消費して、今の天使の声を永久保存する。

それでも真っ白になった頭はトンカチで殴られたような衝撃に耐えきれず、ついには茂みの裏であるその場で膝を折り突っ伏してしまった。

完全に油断していた。地に倒れ伏してなお、膝が笑っている。影くんの甘い声に、猫耳を付けた影くんの幻覚が頭の中に浮かび上がったその瞬間、私の中でプツンと線が切れるような音が聞こえた。

 

じわりと鼻の奥に広がる生暖かい感触。

乙女にあるまじき姿勢で地面に転がる私は、感覚のない手が茂みを揺らしていることを意識の端で何となく捉えていた。

ああ、いけない。

もしこんな姿を彼に見られてしまったら……私は……私は…………!!

 

『な、何してるの……?夢子……さん?』

 

あぅ!見ないでっ!見ないで下さいまし、影くん!!

さん付けなんて、そんな距離を置いた呼び方をしないで下さい!

 

『…………もう明日から俺に声かけないでくれ』

 

そ、そんな!そんなご無体な!!

行かないで下さい影くん!私ははしたない女です、でも貴方がいないと生きていけないのも事実!いっそ妾でも構いません!体だけの関係(カキタレ)でも、都合のいい女でもいいのです!だから見捨てないで下さい!!そんな冷たい目を向けないで下さい!!

 

脳内で行われる妄想のやり取りに身悶えしているのも一瞬。意識を現実に戻して冷静に深呼吸をする。

…………でも、それはそれで……滾ってしまいますね!

おっといけません。切り替えましょう。

 

未だ立てずにいる私ですが、幸いなことに影くんはこちらを怪しむことなく「……へへ、猫にも逃げられるのか……悲し」と悲壮感あふれる大きなため息と共に歩き出した。

その落ち込む姿にとてつもない程に母性本能が擽られる。

ああ、抱き締めたい。頭を撫でたい。舐めまわしたい…………。

いっそ……ギャンブルの敗北で負けて『舐めろ』と言って貰えないでしょうか。いえ、逆に勝って『舐めさせて』とお願いするのもありですね。

……いけませんね。影くんが関与するとすぐ下世話な妄想に駆られてしまうのは私の悪い癖です。

 

まったく。彼は無意識だというのにどうしてこうも私を動揺させ、弄ぶのが上手いのでしょうか。本当にもう罪な男性です。残りの人生全てをもって責任を取って頂きたいところです。

 

移動し始めた影くんにどうにか追い付き、隠れながらも護衛を続ける。

 

 

それにしても影くん、こんな朝早くからの登校だなんて。昨日私に負けてしまったのがよほど堪えたのでしょうか。

先日保健室で抱き付きついでに仕込んだ盗聴器からも、夜遅くまで、そして朝早くから、駒を打つような音とカードをめくる音が聞こえていました。

鈴井さんから聞いていた登校時間より数刻早く朝の支度を始めたのには焦ったものです。臀部に火をつけられた思いでした。

 

……ふふっ。

悔しかったのでしょうか。だったら嬉しいです。

何にしても興奮覚めやらぬ体のご様子。お揃いですねっ。かくいう私だって勝てたとは言えイカサマを見破ることが出来なかったのが不完全燃焼なのですから。

というのは建前で、早くもまた、あの全身が歓喜して止まないスリルを味わいたくて堪りません。

ああ、次はいつシテもらえるのでしょうっ。読めないイカサマ、アドレナリンの止まらない心理戦。そしてそれらを嘲笑うように否定し、導くように肯定する運否天賦。

滾ります……。滾ってしまいます……ッ!

 

 

 

「およー、カゲじゃーん」

 

 

 

 

 

────誰でしょう、あのオンナは。

 

 

 

何やら影くんと親しげに会話をしている様子。口惜しいことにもこの距離では話声を聞き取る事ができません。

影くんがこちらへ背中を向けているせいもあり、影くんの唇を読むこともままならない。相手方の高学年らしき女生徒も身長のせいで影くんに隠れてしまい上手く読唇をすることが叶いません。

 

……この学園がギャンブル学園だということは以前より知っていました。そこの生徒たちが影くんたちに集るという心理は察するに余りあります。

ギャンブラーとしてではなく、プレイヤーとして。彼は紛うことなく、私の生涯で見てきた中でも頂点に達する人。

技術云々は彼の魅力の全ての中での一部に過ぎません。まぁもちろんあの両腕に宿った千変万化のテクニックは非常にそそるものがあるのも大いに頷けますし私もあの腕で背後からガバッと抱きついて頂きたいものですがそれは置いておて。……ふふ。…………ハッ!そうじゃなくて。影くんの魅力的なところは山ほどありますが、まずあの身長体格顔つき、表情の豊かさや声のトーン。少し抜けてるところや寝顔があどけないところ。部屋に一人きりで奏でる鼻歌が少し上手なところ。クシャミをすると「きしゅっ」と可愛らしいところ。困った顔、微笑んだ顔、緊張している顔、怯えている顔、漏れだす感情の全てが尊いところ。そしてそして…………どうしましょう。あげたらキリがない上に数々の影くん名シーンを思い出してたら何だか体が熱くなってきました。いけませんいけません。

ともかく、この学園の人間たちは彼をプレイヤーという意味で捉え、その力量から甘い汁を啜ろうと跳ね回っているのでしょう。この蛾ども。害虫が。

駆除してしまいたい。

 

「……妬ましい。何を話しているのでしょう。羨ましいです。転校二日目。朝に偶然出会して毎朝一緒に登校するという切っ掛けを作るつもりでしたのに」

 

どうしてこうも上手くいかないのでしょう。

……いえ、先程の天使の声を聞けたことを含めたらプラスマイナスゼロ……むしろプラスでは……?

悔やまれます!なぜ私は今日の今という時にボイスレコーダーを起動してないのでしょうか!一生の不覚です。録音さえ出来ていれば家宝にしましたのに……!!

 

八つ当たり気味に、恨みがましく影くんの向こうにいるであろう女生徒を睨み付けると、不意に重なっていた位置がずれた。

 

「…………なっ!!!!」

 

なんと言うことでしょう。あの女影くんのイヤホンを片方耳に差し込みやがりました。それは余程関係の良い友達かカップルにしか許されない、仲の良さの表れ。いや、影くんに近寄る女なんて絶対惚れた上での接近に違いありません。確かに女子となれば影くんに魅了されてしまうのは仕方ありません、それは認めましょう。

 

しかし!!!

この私を差し置いて影くんの右イヤホンを耳に差し込むだなんてなんと不埒!なんと厚顔無恥!!淑女の片隅にも置けません!!あの右イヤホンは私が狙っていたのですよ!!……くっ、こうなったらあの女を殺してあのイヤホンを数時間かけて洗い流し、また影くんに使用して頂いて今度こそそれを私が……。

 

なんて、考えていたその時。身長にともなった幼い顔つきの女生徒と目があった。

目を丸くしていたその女生徒は、しかし私を見てニヤリと嫌な笑みを浮かべ小さく唇を動かした。

 

 

──夢中

 

 

夢中と、確かにそう言っていた。

夢中?

 

…………夢中!!!??

 

影くんにですか!?あなたやはり影くんに夢中だというのですか!?こ、こうしてはいられません。多少不自然でも偶然を装ってあの二人の間にアバンストラッシュを叩き込まなくては……!

 

 

そんな最中、不意にしゃがんだ影くんへ彼女は幼い顔を寄せた。

 

 

……チュと。影くんをしゃがませていた女生徒は、その頬へ口付けを見舞ったのだ。

 

 

 

 

 

……………………………………なるほど」

 

 

 

 

私に、喧嘩を売っているようですね。

ここで激昂するほど私は愚かではありません。が、言葉に出来ないほどの激情を抱えているのも事実。

 

 

 

 

 

 

その喧嘩、買いましょう。

 

 

覚悟していて下さい。

 

 

 

 


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